繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

 

 

 中央の大きな光。その左右にある青と赤、外側で三角形を作っている三つの色。壁画そのものは、さっきまで見ていた時と何も変わっていない。けれど、中央の右下にあったはずの黒い光だけが消えていた。

 

 白金色の輪へ重なりかけるほど近くにあって、指で触れたところまで覚えている。目を凝らしても、今そこにあるのは石壁と、最初から刻まれていた細い線だけだった。

 

「左右の二つは、すでに分かっているようだね」

 

 背後から聞こえた男の声に、黒い光から意識を戻す。

 

 青い髪の男は俺ではなく、壁画を見ていた。近づいてくるわけでもなく、左の青い光へ目を向ける。

 

「青は時、赤は空間。この地方で古くから語られてきた、時を司るディアルガと空間を司るパルキアを表していると考えられている。そして、この壁画そのものは、シンオウが生まれた時の出来事を残したものだそうだ」

 

「ディアルガとパルキアなら知ってる。ハクタイで銅像を見たし、時と空間の神だって話も聞いた。青い方が時計みたいになってるからディアルガで、赤い方は空間が裂けてるみたいだからパルキアかなって思っただけ」

 

「知っているものを、目の前にあるものと結びつけたわけか。それなら中央が気になるのも当然だろう」

 

 男の視線が、二つの光より大きく描かれた中央へ移る。

 

「時と空間よりも古く、世界そのものの始まりに関わった存在を示しているという説がある。外側の三つについても創世と無関係ではないとされているが、古い神話ほど伝わり方は一定ではない。当時の人間が何を見てこの形を残したのか、それを完全に説明できる者はいない」

 

 壁画を見上げる。

 

 中央の光は、名前も姿も知らない。けれど左右にディアルガとパルキアがいるなら、朝に聞いた「創世の歴史」や、ヨスガで聞いたシンオウを作ったという神の話と繋がっていてもおかしくない。

 

 周囲のピンク、水色、黄色は相変わらず分からない。

 

 そして男は、黒い光について一度も口にしなかった。

 

 中央の右下を見る。

 

 やっぱり何もない。

 

「あんた、遺跡の研究者か何か? 随分詳しいけど」

 

「この遺跡だけを調べているわけではない。私が調べているのは、シンオウに残された神話と、その中で語られる世界の始まりだ。世界が生まれたというなら、そこには始まりへ至る仕組みがある。それを知る必要があるのでね」

 

 好きだから調べている、という言い方じゃなかった。

 

 シロナと昔の話をした時とは違う。目の前の男は壁画を面白がっているようにも、答えの分からないものを楽しんでいるようにも見えない。必要だから調べる。それ以上でも以下でもないような口ぶりだった。

 

 俺が黙っていると、男はようやく壁画からこちらへ顔を向けた。

 

「名乗るのが遅れたな。……私の名はアカギ」

 

 男は表情を変えず、こちらを見ながらハッキリと、

 

「【ギンガ団】のリーダーだ」

 

そう名乗った。

 

 その名を聞いた瞬間、身体が勝手に一歩下がった。

 

「……ギン、ガ団?」

 

 その名前なら知っている。

 

 テンガン山で会ったマーズ。大湿原にいたジュピター。トバリでヤトウモリを置いて逃げた下っ端。場所もやっていたことも違った連中が、一つの名前で繋がる。

 

 その一番上にいる人間が、目の前にいる。

 

 俺が下がったのを見て、クチートが大顎を構えた。ビブラーバも壁画からアカギへ顔を向け、さっきまで石壁の近くを嗅いでいたヤトウモリも動きを止める。

 

 アカギは三匹へ一度目を向けただけで、特に構える様子はなかった。

 

「君のことは報告を受けている。テンガン山、大湿原、トバリ。こちらから接触を求めたわけではないにせよ、短い間に随分と我々の行動へ関わっているそうだな」

 

「俺だって好きで会ってるわけじゃねえよ。行った先であいつらが変なことしてたから止めただけだ。最初からギンガ団を探して歩いてたわけじゃない」

 

「それは理解している。君が何を目的にそこへいたのかは、この話において重要ではない。偶然であっても、結果として我々の前へ何度も立った。それだけで報告が上がる理由にはなる」

 

 怒っているようには聞こえなかった。

 

 マーズみたいに声を荒らげるわけでも、ジュピターみたいにこっちを値踏みするわけでもない。俺が何を言っても、同じ調子で返してくる。

 

 だから余計に話しづらい。

 

「ギンガ団の一番上が神話なんか調べて、何するつもりなんだよ。あんたら、今まで昔話を集めるために動いてたわけじゃないだろ」

 

「先ほど言った通りだ。必要だから調べている」

 

 アカギは中央の大きな光へ向き直った。

 

「君は、醜いと思わないかね。この世界を」

 

 唐突な言葉に眉を寄せる。

 

 アカギは俺の返事を待たず、そのまま続けた。

 

「人はそれぞれ異なる心を持つ。求めるものが違えば争い、得られなければ奪い、理解したと思っても僅かな違いから再び衝突する。その傍らにいるポケモンもまた、人の都合から逃れることはできない。絆を語る一方で、その力を競争や争いに用いる。それを繰り返してきたのが、今の世界だ」

 

「あんたらだってポケモン使ってるだろ。マーズもジュピターもそうだったし、今まで会った下っ端だって同じだった」

 

「その通りだ。私も今ある世界の中にいる以上、今ある仕組みを利用する。だからといって、その仕組みを正しいものとして残す理由にはならない」

 

 言い返そうとして、口が止まる。こいつは自分たちまで含めて、今の世界そのものを駄目だと言っている。

 

「異なる心を持つ者同士に、完全な理解は生まれない。不完全な者が集まって作る世界もまた、不完全なままだ。一つの問題を取り除いても、別の場所に新しい歪みが生まれる。何度修正を重ねようと、土台が変わらない限り同じことを繰り返すだけだ」

 

 そこまで聞いて、ようやく嫌な方向へ話が進んでいるのが分かった。

 

「……それで、何する気なんだよ」

 

「一度、無へ返す」

 

 男はハッキリと、当たり前とでも言うかのようにソレを口にした。

 

「今ある世界を終わらせ、不完全さそのものを持たない新しい世界を作る。感情に振り回されることも、互いに奪い合うこともない。そのための手筈も、すでに整い始めている」

 

 一瞬だけ、言葉が出なかった。

 

 世界を作り直す、なんてそう言われても大きすぎて、何をどうするのかまでは想像できない。

 

 でも、その時に何が起きるかくらいは分かる。

 

「……今いる奴らはどうなんだよ。世界を一回なくすなら、今ここで生きてる人もポケモンも全部なくなるってことだろ」

 

「今あるものを残したまま、完全に新しい世界を作ることはできない」

 

「じゃあ結局、全部消すってことじゃねえか」

 

 アカギは否定しなかった。

 

 ズイで暮らしている人たちも、旅先で会った奴らも、俺の手持ちも。そして、今日生まれたばかりのニャオハまで、その「今あるもの」の中に入る。コイツは、それら全てを消すと、そう言っているんだ。

 

「知らねえよ、そんなの。嫌なこともあるし、喧嘩だってする。俺だって負けたらムカつくし、今まで意味分かんねえ奴にも会った。でも、それで全部なくして作り直せばいいなんて話にはならないだろ。今ここで生きてる奴らまで、あんた一人が勝手に決めんなよ」

 

「君がそう考える理由は理解できる。人は自分が持つものを失うことを恐れ、誰かとの繋がりや、積み重ねた時間に価値を見いだす。だから不完全であると分かっていても、今ある世界を捨てることができない」

 

「捨てたくないんじゃなくて、大事だから残したいんだろ。そこまで同じにすんなよ」

 

「私にとっては、その大事だという感情こそが不要なのだ」

 

 そこでようやく、これ以上話しても変わらないと分かった。俺が納得できないのと同じくらい、アカギも俺の側へ来る気がない。説得しようとしているようにも見えなかった。ただ、自分の答えを言っているだけだ。

 

「君に理解を求めるつもりはない」

 

 アカギの手が腰へ下りた。

 

 一つのモンスターボールが外される。

 

「これまでが偶然であったなら、それでも構わない。だが、私の目的を知ったうえで今後も我々の前へ立つというのなら、話は変わる。君についてはすでに報告が上がっている。これ以上邪魔をするのであれば、子供であろうと容赦はしない」

 

「……だったら止める」

 

 俺もすぐに身構える。

 

「世界なくすなんて聞いて、そのまま好きにやらせる方がおかしいだろ。俺がどこまでできるかなんて知らねえけど、少なくとも見なかったことにはしない」

 

 アカギは何も言わずに手にしたボールを前へ放る。白い光が石の床へ落ち、細い身体がその中から現れた。赤い頭飾り。黒い身体。両手の先から伸びた白い爪。

 

 こいつは図鑑で見たことがある。テンガン山の山頂付近、雪の降り積もる寒い場所に生息するポケモン。

 

 マニューラ。

 

 光が消えると同時に、低く身体を沈めた。

 

 鳴かない。ただ前へ向けられた目だけが、俺たちの動きを追っている。その姿を見たクチートが、俺の前へ一歩出て、大顎がゆっくり持ち上がる。今の俺の手持ちで、一番強いのはクチートだ。ギンガ団のリーダーが相手なら、最初から様子を見る理由はない。

 

「クチート、行くぞ」

 

 振り返らないまま、大顎が閉じる。

 

 ガチン。

 

 向かい側で、マニューラがほんの少し腰を落とした。

 

 アカギの声が石室へ落ちる。

 

「マニューラ」

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