繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

空気が変わった。

それだけははっきり分かった。

さっきまで感じていた警戒とは違う。

 

もっと重く、もっと鋭い。

 

背筋をゆっくりなぞられるような感覚だった。

坑道の奥から音がする。

 

 

 

 ギギ……

 

 

 

硬いものが岩を擦る音。

ゆっくりと、一定の間隔で近付いてくる。

隣でラルトスが顔を上げた。

 

『……来る』

 

小さな声。

俺も息を止める。

薄暗い坑道。

揺れるランプの光が届かないほどの奥。

 

その闇の中から、一つの影が姿を現した。

 

「……クチート」

 

思わず呟く。

本で見たことはあった。

だけど実際にこの目で見るのは初めてのポケモン。

小柄な体。

けれど、その存在感は妙に大きかった。

後頭部から伸びる巨大な顎と鋼の牙。

赤く光り、こちらを睨みつける瞳。

 

そして何より。

 

その威圧感。

 

ーーー静かだった。

足音さえほとんど聞こえない。

まるで鋼の塊がそのまま歩いてきたみたいだった。

 

クチートは数メートル先で立ち止まる。

一定の距離を保ち、近付いてこない。

ただ、じっとこちらを見ていた。

その視線に思わず肩へ力が入る。

 

見られている。

 

観察されている。

 

試されている。

 

そんな感覚だった。

 

『……』

 

ラルトスが一歩前へ出る。

俺を守るように。

小さな身体がクチートへ向く。

 

『こんにちは』

 

テレパシー。

ラルトスは、クチートと対話を試みた。

だが返事はない。

 

クチートは動かなかった。

 

『ここに住んでるの?』

 

沈黙。

 

ーーーぽたり。

 

どこかで水滴が落ちる音だけが響く。

 

『私たち……敵じゃない』

 

『話、聞かせて』

 

淡々と、短く、しかし相手を刺激しないように、ラルトスは話しかける。

 

その時だった。

 

クチートの耳がわずかに動く。

ほんの小さな変化。

でも確かに反応した。

ラルトスも気付いたらしい。

少しだけ表情が柔らかくなる。

 

『ここで何かあったの?』

 

その瞬間、空気が張り詰めた。

クチートの目が細くなる。

後頭部の顎がゆっくりと開いた。

 

 

 

 ギリ……

 

 

 

鋼が擦れる音。

思わず息を呑む。

 

『……』

 

ラルトスの肩がぴくりと震えた。

 

「ラルトス?」

 

返事はない。

ただ目を見開いたままクチートを見つめている。

どうやら、対話ができないので感情を読み取っているらしい。

 

『……重い』

 

ようやく絞り出された声。

 

『いっぱい……ある』

 

ラルトス自身も上手く説明できないようだった。

 

 怒り。

 

 警戒。

 

 拒絶。

 

色んな感情が混ざり合っている。

そんな風に見えた。

 

クチートが一歩前へ出る。

 

 

 

 ガッ。

 

 

 

小さな体とは思えない重い音が響いた。

俺はつい、反射的に身構える。

 

だが襲ってこない。

 

ただ立っている。

それだけなのに妙な圧迫感があった。

 

『……どうして怒ってるの?』

 

ラルトスが小さく問いかける。

返事はない。

 

けれど。

 

『近づくな』

 

そんな意思だけは伝わってくる。

見えない壁がそこにあるみたいだった。

 

俺はクチートを見る。

クチートも俺を見る。

 

その目は敵を見る目だった。

でも、俺個人じゃない。

もっと大きな何かを見る目。

おそらく、人間そのものを見る目。

 

そんな気がした。

 

胸の奥が少しだけ痛くなる。

俺は何もしていない。

でも、このクチートにとっては違うんだろう。

 

俺も。

 

町の人たちも。

 

人間というだけで同じ敵なんだ。

 

『ユア』

 

ラルトスが小さく呼ぶ。

 

『……この子』

 

言葉を探すように口を閉じる。

そして。

 

『怖がってる』

 

静かにそう言った。

思わず目を見開く。

怖がっている?

こんなに敵意を向けているのに。

こんなに強そうなのに。

 

ラルトスは小さく頷いた。

 

『怒ってる』

 

『でも……怖がってる』

 

その言葉と同時にらクチートの顎が大きく開く。

 

 

 

 ギィン。

 

 

 

鋼の牙がランプの光を反射した。

警告だった。

これ以上近付くなと。

 

その意思だけは痛いほど伝わってくる。

 

一歩も動かない。

クチートも動かない。

 

 

 

 静寂。

 

 

 

聞こえるのは自分の鼓動だけだった

 

『何かを守ってる』

 

ラルトスのその言葉だけが、不思議なくらい耳に残った。





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