繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

「ごまちゃん、お願い」

 

「……ごまちゃん?」

 

 腰の二つのボールへ手を伸ばしたところで、聞き慣れない呼び方に指が止まった。コートの中央にいるトドグラーは気にした様子もなく、アイの声へ顔を向けて「ゴマァ」と短く鳴く。

 

「うん。ボクが小さい頃から家にいる子。ずっとそう呼んでる」

 

「へえ……」

 

 アイはそれ以上続けず、トドグラーももうこっちを向いていた。残った二つのボールへ触れる。キルリアの方で一度指が止まったが、アイにはまだもう一匹残っている。俺は隣のボールを外した。

 

「ビブラーバ、頼む!」

 

 白い光がコートの上へ伸び、透き通った翅が開いた。ビブラーバは地面すれすれから一気に高度を上げ、羽音を響かせながらトドグラーの頭上を大きく回る。

 

 トドグラーなら知っている。みずタイプで、まだ進化の途中だ。

 

「始めようか」

 

「ああ。ビブラーバ、“りゅうのいぶき”!」

 

 旋回していたビブラーバが身体を傾け、斜め上から青白い息を吐き出した。トドグラーは前脚で一度地面を押し、丸い身体を横へ転がす。“りゅうのいぶき”が白い毛のすぐ横を抜けると、その勢いのまま腹を起こした。

 

「“みずのはどう”」

 

 トドグラーの口元から水の塊が飛んだ。だがその攻撃はビブラーバへ真っ直ぐ来ない。少し右へ逸れている。

 

「左!」

 

 ビブラーバが身体を傾けた瞬間、トドグラーの鼻先も同じ方へ動く。

 

「“れいとうビーム”」

 

「上がれ!」

 

 白い光線が斜めに走った。ビブラーバは翅を強く打って高度を上げ、冷気が腹の下を抜ける。尾の先へ薄く霜がつき、振り払うように身体をひねった。

 

「そのまま“むしのさざめき”!」

 

 翅が激しく震え、羽音が一気に膨らんだ。空気の震えをまともに受けたトドグラーの白い毛が揺れ、丸い身体が少し後ろへ押される。

 

「続けて“りゅうのいぶき”!」

 

 ビブラーバがすぐに向きを変えた。青白い息が今度は肩口へ当たり、トドグラーが低く鳴きながら前脚を滑らせる。

 

「よし、そのまま回り込め!」

 

 頭上を横切り、背中側へ抜ける。

 

「“みずのはどう”」

 

 アイの声と同時にトドグラーが振り向いた。水の塊はまた、今いるビブラーバから少し外れた場所へ飛んでいる。

 

「止まれ!」

 

 羽を大きく開いて急停止する。鼻先を水が通り過ぎた頃には、トドグラーの口元へもう白い冷気が集まっていた。

 

「っ、左!」

 

「“れいとうビーム”」

 

 光線が空を薙ぐ。ビブラーバが身体を傾け、左の翅すれすれでかわした。そのまま距離を取ると、トドグラーは追いかけもせず、次にビブラーバが止まった場所へ顔を向けた。

 

 今の“みずのはどう”も、どこへ撃てなんてアイは言っていない。

 

「ビブラーバ、右から!」

 

 大きく回り込む。

 

「“みずのはどう”」

 

 また少し先へ飛んだ。

 

「……くっそ、技名しか叫んでねぇのに、全部嫌なとこに飛んでくるっ」

 

 アイは答えない。トドグラーが水の行方を見るより先に、ビブラーバへ鼻先を向け直す。このまま上にいたら、そのうち捕まる。

 

「ビブラーバ、降りろ! “あなをほる”!」

 

「ビブ!」

 

 翅を畳んだビブラーバが急降下し、前脚から地面へ飛び込んだ。土が跳ね、身体が一気に地下へ消える。トドグラーはその場から動かず、鼻先を地面へ近づける。アイも何も言わない。さっきまで技の音が続いていたコートが急に静かになり、俺にもビブラーバがどこにいるのか見えない。

 

 トドグラーの前脚が少し動いたその直後、真下の地面が割れた。

 

「ゴマッ!?」

 

 土を弾き飛ばしながらビブラーバが飛び出し、下からトドグラーの腹へまともにぶつかった。丸い身体が地面から浮き、そのまま横へ落ちて二度、三度と転がる。

 

「よしっ!」

 

 ビブラーバは穴から抜け、そのまま羽を広げて上空へ戻った。トドグラーはすぐには起きなかった。横向きに倒れたまま一度身体を縮め、荒く息を吐く。

 

「ごまちゃん」

 

 アイが名前を呼ぶと白い前脚が地面についた。

 

「まだいける?」

 

「ゴマァ」

 

 トドグラーは身体を起こし、頭を一度大きく振った。腹には土が付き、“りゅうのいぶき”を受けた肩口にも跡が残っている。それでも顔を上げると、空にいるビブラーバを見た。

 

「じゃあ、“アイスボール”」

 

 トドグラーの身体を白い冷気が覆った。

 

 前脚を縮め、丸い身体がさらに小さくなる。表面に氷がまとわりついた次の瞬間、そのまま地面を転がり始めた。

 

「うおっ、ビブラーバ、上!」

 

 氷をまとった身体が真下を通り抜ける。トドグラーはコートの端まで行っても止まらず、大きく弧を描いて再びこちらへ戻ってきた。二度目はさっきより近い。ビブラーバが横へ逃れると、そのすぐ下を氷が削るような音を立てて抜けていく。

 

 そのまままた旋回する。

 

 今度は振り返る間も短い。

 

「右!」

 

 ビブラーバが身体を逃がし、トドグラーが横を通過する。地面へ残る白い跡はさっきより深く、散っていた葉まで巻き上がった。

 

「……待て。速くなってねえか」

 

 氷の塊がもう次の直線へ入っていた。ビブラーバが高度を上げようとしたところで、最初に“れいとうビーム”がかすめた尾の動きがわずかに遅れる。

 

「っ、右!」

 

 どうにかかわした。すぐ横を抜けた風で翅が大きく煽られる。

 

 トドグラーはまたコートの端で向きを変えた。

 

「……ビブラーバ、無理に飛ばなくていい!降りろ!」

 

「ビブッ?」

 

「“がまん”!」

 

 羽音が一瞬乱れた。それでもビブラーバはすぐに高度を落とし、四本の脚を地面へついた。正面を向いて踏ん張ると、身体の周りに淡い光が集まり始める。

 

 向こうでアイの眉がわずかに上がった。

 

 トドグラーは止まらない。

 

「耐えろ!」

 

 氷をまとった身体が真正面からぶつかった。

 

「ビブッ!」

 

 鈍い音と一緒にビブラーバの身体が後ろへ押し飛ばされ、四本の脚が地面を削る。胸元で氷が砕け、翅が激しく揺れた。

 

 それでも倒れない。

 

 トドグラーはビブラーバを弾いた勢いのまま転がり続け、再びコートを回り始めた。

 

「ビブラーバ!」

 

 脚が震えてる。

 

 ……もう一発はきついか。

 

 それでもビブラーバは逃げず、地面へ爪を立てた。身体の周りの光を残したまま、戻ってくるトドグラーへ顔を向ける。

 

「……あと一回、頼む!」

 

「ビブ!」

 

 氷の塊が迫り、二度目がぶつかった。

 

 今度は踏ん張っていた脚ごと身体が地面から浮き、ビブラーバが背中から落ちた。散っていた葉を巻き込みながら滑り、数メートル先で止まる。

 

「ビブラーバ!」

 

 羽が動いた。前脚が地面を掴み、ゆっくり身体を起こす。淡かった光が強くなっていた。

 

「よし!今だ!返せ、“がまん”!」

 

 ビブラーバが頭を上げると身体へ溜め込んでいた力が一気に弾け、折り返してきたトドグラーへ真正面からぶつかった。

 

「ゴマッ!」

 

 まとっていた氷が砕け散る。

 

 丸い身体が転がっていた向きとは逆へ跳ね上げられ、そのまま地面へ叩き落とされた。一度、二度と跳ね、さらに何度も転がってコートの端近くで止まる。

 

「……よし!」

 

 握った拳に力が入った。

 

 ビブラーバも立ってはいるが、さっきまでみたいには飛べない。翅を開いても左右の動きが揃わず、すぐに閉じた。呼吸も荒く、前脚にはまだ細かな震えが残っている。

 

 向こうではトドグラーが横向きに倒れていた。少しして、前脚が地面を掻く。身体を起こそうとして一度腹が落ち、もう一度力を入れる。

 

「ごまちゃん」

 

「……ゴマ」

 

 トドグラーは荒い息を吐きながら身体を起こし、こっちへ向き直った。ビブラーバも一歩前へ出る。

 

「まだやれるか」

 

「ビブ」

 

 向こうでアイが片手を前へ出した。

 

「ごまちゃん、“ウェーブタックル”」

 

 水がトドグラーの身体を包んだ。

 

 さっきまでの“アイスボール”とは違い、前脚で地面を強く押して真正面から走り出す。丸い身体の周囲で水が渦を巻き、白い飛沫が左右へ散った。

 

「ビブラーバ、“むしのさざめき”!」

 

 翅が大きく震える。広がった音の波が正面からぶつかり、トドグラーを包む水が激しく波打った。頭が下がり、前脚が一度地面を擦る。

 

「そのまま押せ!」

 

 羽音がさらに強くなり、トドグラーの身体が揺れた。それでも前脚がもう一度地面を踏む。

 

「なら、“りゅうのいぶき”!」

 

 ビブラーバが大きく息を吸い込み、青白い息を真正面から吐き出した。

 

「ゴマァッ!」

 

 攻撃が水を突き抜け、トドグラーの顔から肩へまともに入る。身体が横へぶれ、まとっていた水の一部が弾け飛んだ。

 

 それでも止まらない。

 

「ビブラーバ、横へ!」

 

 翅を開き、身体が浮いた。けれど高さが足りない。

 

「ビブッ!」

 

 水をまとったトドグラーが脇腹へぶつかった。ビブラーバの身体が宙へ弾き上げられ、そのまま地面へ落ちる。同時にトドグラーも勢いを殺しきれず、前脚を滑らせながら横へ転がった。腹を地面へつき、水が消えたあともしばらく顔を上げない。

 

「ビブラーバ!」

 

 地面へ落ちた身体が動いた。

 

 前脚をつき、翅を広げる。羽音が一度鳴り、身体が少しだけ浮いた。だがそこで力が抜け、また腹が地面についた。

 

「……戻れ、ビブラーバ」

 

 赤い光が身体を包み、手元のボールへ戻ってくる。親指でボールの表面を一度撫でた。

 

「よくやった。休んでろ」

 

 顔を上げると、トドグラーもようやく前脚をついて身体を起こしたところだった。白い毛は土と水で乱れ、息を吐くたびに胸元が大きく上下している。

 

 アイがコートへ一歩入る。

 

「ありがと、ごまちゃん」

 

「ゴマァ……」

 

 トドグラーはアイへ顔を向けて短く鳴き、赤い光に包まれてボールへ戻った。

 

 これで二匹。

 

 俺がビブラーバのボールを腰へ戻すと、向こうでもアイが最後の一つを外した。

 

「……ボクの勝ちは確定しちゃったけど、せっかくだし最後までやろうか、キミに見せたいものもあるしね。最後はもちろんこの子」

 

 ボールが開く。

 

 白い光が地面いっぱいに広がり、見覚えのある茶色い身体がぺたりとコートへ降りた。

 

「ドー、お願い」

 

 丸い目がこっちを向く。

 

「……やっぱ最後はお前か」

 

 腰に残っているボールは、もう一つだけだった。

 

 俺は最後のボールを握った。

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