昼休みに半ば押し切られる形で決まった勝負は、その日の放課後には本当に始まろうとしていた。授業を終えてアイと一緒に校舎を出ると、ネモはもうバトルコートの中央近くで待っていて、俺たちを見つけるなり大きく手を振ってくる。
「ユア! 待ってたよ! 一匹ずつでいいんだよね? わたし、昼からずっと誰にしようかなって考えてたんだ!」
「授業中は授業のこと考えろよ」
「ちゃんと聞いてたよ。考えながら!」
「それ聞いてたって言うのか?」
「言うよ?」
何の迷いもなく返されてしまった。アイは慣れているのか笑うだけで、そのままコート脇の柵まで下がっていく。昨日アイと戦った場所とは別のコートで、地面には真っ直ぐ白線が引かれ、ビブラーバが開けた穴もトドグラーが残した氷の跡もない。校舎の向こうへ傾き始めた陽がコートの半分を照らしていた。
「それじゃ、一対一! どっちかが戦えなくなったら終わりね。ユアは誰にする?」
「もう決めてる」
腰からボールを外してそのまま投げると、開いた白い光からキルリアが飛び出した。両足で着地してネモの姿を見つけるなり、嬉しそうに片手を上げる。
『やっとだね!』
「うん! キルリアとも戦ってみたかったんだよね。お昼に話してた時から絶対楽しいと思ってた!」
「ほんっと気が合うのなお前ら」
「いいじゃん、戦う時はちゃんと戦うから!」
『わたしも!』
「賑やかになったなぁ……」
俺が肩を落としている間にも、ネモは楽しそうに腰のボールを外していた。手の中で一度握り直し、迷いなくコートへ投げる。
「じゃあわたしはパーモット! 一緒にやろう!」
白い光が地面へ落ち、黄色っぽい毛に覆われたポケモンが飛び出した。キルリアより一回り大きく、太い前脚を上げて二本足で立つ。初めて見るポケモンだけど、前脚の辺りでは細い火花が何度も弾けていた。
「パモッ!」
『うん! わたしも楽しみ!』
キルリアが返すと、パーモットは前脚を握るように曲げ、身体を低く構えた。さっきまでの賑やかさが消えたわけじゃない。ただ、二匹とももう相手から目を離していない。
「それじゃ、始めよっか!」
「ああ。キルリア、“サイコショック”!」
声と同時にキルリアの周囲へ力が集まり、いくつもの塊になって飛び出した。パーモットはすぐに横へ走り出したが、全部を抜け切る前に最後の一つが脇腹へぶつかる。身体が横へ流れ、前脚を地面について踏ん張った。
「パモッ……!」
「いいね! パーモット、そのまま近づこう!」
「食らってもお構いなしかよ!!」
倒れかけた身体を起こしたパーモットが、今度は真っ直ぐキルリアへ走ってくる。小さい身体の割に速い。距離がなくなる前にキルリアが両手を前へ向けた。
「“チャージビーム”!」
黄色い光が一直線に伸びる。パーモットは身体を横へ傾けながら走り続け、光を肩へ掠めても止まらない。最初の“サイコショック”を受けた時より崩れ方がずっと小さい。そのままキルリアの前まで入り込んだ。
「パーモット、“インファイト”!」
「キルリア、横!」
一発目の前脚を身体を捻って外したが、続いた二発目が肩へ当たった。キルリアが後ろへよろめき、さらに踏み込んできたパーモットの腕を両腕で受け止める。
『っ……でも、思ったより平気!』
「ならそのまま離れろ!」
キルリアが地面を蹴って後ろへ跳ぶ。それを追ってくると思ったのに、パーモットは途中で足を止め、今度は逆に距離を取った。
「今だよ! “10まんボルト”!」
全身から弾けた電気が一気に広がる。
「キルリア!」
着地したばかりの足では大きく動けない。キルリアは横へ身体を投げ出したが、黄色い電気が片足を掠め、そのまま地面を転がった。すぐに両手をついて起き上がったものの、さっきより動きが少し鈍い。
『速いね、この子!』
「ああ。それだけじゃない」
“インファイト”がそこまで効いていないのは、キルリア自身の反応を見ても分かる。だったら無理にあれで倒そうとする必要はないはずなのに、ネモはわざわざ距離を詰めてきた。しかも最後まで追わず、キルリアが下がったところでパーモットを離している。
「もう一回いくよ、パーモット!」
「パモッ!」
同じようにパーモットが踏み込んできた。今度はキルリアも待たずに横へ動き、正面を外す。パーモットがすぐ向きを変え、一歩、二歩と詰めてくるのを見て、さっきの“10まんボルト”までが頭の中で繋がった。
「キルリア、後ろに下がるな! 横に抜けろ!」
『うん!』
伸びてきた前脚の内側へ入り、キルリアが身体を滑らせるように抜けた。パーモットもすぐに追おうとしたが、今度は距離が残っている。
「“マジカルリーフ”!」
キルリアの周囲に浮かんだ葉が一斉に散った。正面だけじゃなく、左右へ広がった葉まで曲がりながらパーモットを追う。パーモットは足を止めず、飛んでくる葉を避けながら空いている場所へ走った。
「そこ!」
右へ抜けた。左右にはまだ葉が回っている。次に踏み込める場所は広くない。
「キルリア、“サイコショック”!」
待ち構えるように飛び出した力が正面からぶつかった。パーモットの身体が浮き、そのまま地面へ転がる。二度転がったところで前脚をつき、すぐ立とうとしたが、一度足が滑った。
「よし!」
『当たった!』
「すごい! 今のすごくいい!」
向こうからネモの声まで飛んできた。
「お前が喜ぶなよ!」
「だってすごかったんだもん! さっきはパーモットに押されてたのに、もう動き方変えてるし!」
笑いながら返すネモの隣で、パーモットが前脚を地面から離した。呼吸はさっきより荒くなっている。それでもまた構えを取ると、キルリアも息を整えながら両腕を開いた。
「パモッ!」
『まだまだだよね!』
「うん、まだいけるね!」
ネモの声が重なり、その顔がまた楽しそうに緩んだ。
「じゃあパーモット、今度は思いっきりいこう!」
パーモットの毛が一気に逆立った。前脚だけじゃない。頭から背中まで黄色い電気が走り、身体の周りで火花が弾ける。今までの“10まんボルト”よりずっと近いところに電気をまとっている。
「キルリア、来るぞ!」
「パーモット、“でんこうそうげき”!」
踏み込んだ瞬間、黄色い塊になった。
「速っ……!」
横へ逃げる暇がない。キルリアが咄嗟に腕を前へ出したところへ、パーモットが電気ごと身体をぶつけてきた。光が弾け、キルリアの身体が地面から浮く。そのまま白線の近くまで転がり、両手をついて止まった。
「キルリア!」
すぐには立たない。腕を震わせながら身体を起こし、片膝をついたところで一度息を吐く。
『……まだ、いけるよ』
「ほんとか?」
『うん。ちょっと痛いけど』
「なら無理だけはすんなよ」
『分かってるって!』
立ち上がったキルリアがもう一度正面を向いた。その先ではパーモットも止まったまま大きく息をしている。
そこで、さっきまで見えていたものがなくなっていた。
パーモットが走るたび毛先で弾けていた火花が、ほとんど見えない。“でんこうそうげき”を撃つ前までとは明らかに違う。
「……キルリア、“チャージビーム”!」
正面へ伸びた光を、パーモットは前脚を上げて受けた。
「パモッ!」
さっきは肩へ掠めてもそのまま走ってきたのに、今度は両足が地面を滑って大きく後ろへ押される。
「やっぱり違う……」
技が強くなったわけじゃない。同じ“チャージビーム”なのに、受けた時のパーモットの動きが違う。
「さっきの技、自分の電気まで使ったのか?」
「へえ」
ネモが目を少し大きくして笑った。
「何だよ」
「ううん、なんでもない! パーモット、“10まんボルト”!」
「まだ電気使えんのかよ!」
パーモットの前脚から電気が弾ける。キルリアが今度は早めに走り出し、黄色い光が地面へ落ちる前に横へ抜けた。
『びっくりした!』
「俺もだよ!」
「“でんこうそうげき”はパーモットから電気タイプを消しちゃうんだよねぇ、でも、電気技が使えなくなったわけじゃないから!」
なるほど、さっきの技を使ったあと、パーモットのタイプが変わった。でも電気そのものが使えなくなったわけじゃない。でも、ということは、だ。ネモも“でんこうそうげき”をもう一度選ばない。
「キルリア、もう一回いくぞ!」
『うん!』
キルリアの周りに葉が浮かぶ。さっきと同じ形を見たパーモットはすぐに横へ走り出したが、ネモもそれを止めない。
「“マジカルリーフ”!」
葉が左右へ散り、後ろからも回り込んで追う。パーモットは正面に残った隙へ向かって踏み込み、そのままキルリアとの距離を詰めてきた。
「来るよ! パーモット、“インファイト”!」
今度は俺も迷わなかった。
「キルリア、避けきろうとすんな! 一発受けてでも前へ!」
『分かった!』
最初の前脚がキルリアの腕へ当たり、身体が揺れる。それでも後ろへ下がらず、次の一発が伸びる前にキルリアがパーモットの懐へ踏み込んだ。近すぎて、向こうもすぐには体勢を戻せない。
「“サイコショック”!」
ほとんど目の前で力が弾けた。
「パモッ!」
パーモットの身体が後ろへ飛び、地面へ背中から落ちる。すぐ前脚をついたものの、今度はなかなか立ち上がらない。ネモの表情から笑顔が消えたわけじゃない。ただ、身体を少し前へ傾けてパーモットを見つめている。
「パーモット、まだいける?」
「パモ……ッ!」
前脚に力が入り、パーモットが立ち上がった。
『強いね』
「パモッ!」
『うん。わたしも負けないよ!』
キルリアも息を切らしながら笑っている。どっちももう長くは続かない。
「ユア!」
急に名前を呼ばれて顔を上げると、ネモがこっちを見ていた。
「なに?」
「楽しいね!」
「……今言うことそれかよ」
「だって楽しいんだもん!」
返す言葉もない。けど、こっちだって嫌じゃない。キルリアもまだ目の前のパーモットしか見ていない。
ネモが片腕を前へ伸ばした。
「パーモット、最後までいこう! “ギガインパクト”!」
パーモットが身体を低くし、地面を強く蹴った。白い光が全身を包み、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。
「キルリア、下がるな!」
『うん!』
今から逃げても追いつかれる。なら、止めるしかない。
「“サイコショック”!」
キルリアの前へ力が集まり、一気に放たれた。正面からパーモットの肩へぶつかり、白い光の中で身体が大きく揺れる。それでも足は止まらない。
「もう一発いけるか!」
『やる!』
キルリアがもう一度両腕を前へ出す。力が集まり始めたところで、パーモットがすぐ目の前まで迫った。
「いけぇっ!」
『いっけぇ!』
二つ目の“サイコショック”が正面からぶつかった。
パーモットの身体が傾く。それでも勢いまでは消えなかった。白い光ごとキルリアへ突っ込み、ぶつかった音がコートに響く。キルリアの身体が後ろへ飛び、パーモットもそのまま数歩進んだところで前脚を地面へついた。
「キルリア!」
キルリアは仰向けに倒れたまま動かなかった。少しして腕を持ち上げようとしたけど、途中で力が抜けて地面へ戻る。
『……むり』
「分かった。もういい」
すぐにコートへ入り、キルリアの身体を抱き起こす。悔しそうに口を尖らせてはいるけど、返事はできている。向こうを見るとパーモットも立っているのがやっとで、肩を上下させながら何とか前脚を地面から離していた。
「パモ……」
『次は勝つからね』
「パモッ!」
キルリアが小さく笑ったところで、パーモットへ駆け寄っていたネモが顔を上げた。パーモットの身体を何度も撫でてから、今度はその勢いのままこっちへ走ってくる。
「すごいすごい!! ここまで実ってるなんて! さすがアイのライバルだね!」
「……実ってる?」
「うん! ほんとにすごかった! 最初に押されてもすぐ戦い方変えてきたし、パーモットの動きも途中からちゃんと見てたし、最後なんてほんとあと少しだったよ! また絶対やろうね!」
「今バトル終わったのにもう次の話すんのかよ」
「あ! でも最初にアイのライバルになったの私だからね!」
「……急に何の話だよ」
少し離れたところで見ていたアイまで、何を言い出したんだという顔でこっちを見る。
「ネモ、それ別に順番とかないでしょ」
「あるよ! そこは大事なの! アイがパルデアに来た時からずっと戦ってきたのわたしなんだから!」
「なんで俺に張り合ってんだよ」
「張り合ってないよ?」
「いや、今のは張り合ってるだろ」
「でもライバル歴ならわたしの方が長いから!」
「知らねえよ!」
腕の中でキルリアが笑い、アイも呆れたように肩を落としている。勝ったばかりだっていうのに、ネモが気にしているのはそこらしい。
「じゃあユア、またやろうね!」
「パモッ!!」
『うん! わたしも楽しみ!』
「……俺の返事まだしてねえぞ」