繋がりの王者   作:宵取与一

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10話

 

 

「ボタン、今のやつ、もう一回見せて。ブラッキーの顔がちゃんと見えなかった」

 

 隣のスマホを覗き込むと、ボタンが写真を一枚戻してくれた。床に伏せたブラッキーが、前足の間に鼻先を埋めている。目を閉じているのかと思ったら、細く開いた瞼の間からカメラを見ていた。

 

「これ、撮ろうとしたら起きちゃってさ。このあと、うちに背中向けて寝直したんよ」

 

 ボタンが指を滑らせると、今度は黒い背中で画面が埋まった。耳だけがこっちを向いているのを見て、反対隣に座っていたアイが笑う。

 

「もう撮らないでって顔してたもんね。背中向けても撮られてるけど」

 

「だって、こっちもかわいくない? 顔埋めちゃってるところとか」

 

 言われて見直すと、鼻先が尻尾に隠れていた。俺も頷きながら身を寄せる。放課後の中庭ではあちこちで話し声がしていたが、花壇の縁に並んで座った俺たちは、さっきからこの小さな画面ばかり見ていた。

 

「なあ、ボタン。他のやつの写真もあるなら見せてくれよ」

 

「……ずいぶん気安く呼ぶじゃねえか」

 

 頭の上から声が落ちてきた。顔を上げると、赤い髪の女が腰に手を当てて立っている。その後ろにも四人いて、花壇に沿って歩いてきたところだった。俺はスマホから身体を離し、目の前の顔を見上げた。

 

「あ、メロちゃん。みんなもおつかれ。こっちはユア、この前友達になったんよ」

 

 ボタンがスマホを膝に下ろして紹介してくれたので、俺も名前を言おうとした。けれど、メロちゃんと呼ばれた女はボタンとの間に空いた隙間を見て、眉を寄せた。

 

「この前って、知り合ったばっかじゃねえか。それでそんなに馴れ馴れしいのかよ。さっきからあれ見せろ、これ見せろって、頼み方ってもんがあるだろ」

 

 写真を見ていただけで、知らない相手に文句を言われる覚えはない。ただ、隣に寄りすぎていたのかもしれない。俺は座る位置を少しずらして、ボタンの顔を見た。

 

「悪い。嫌だったら言ってくれよ。まだ見せてもらえるかと思って」

 

「いや、うちが見せるって言ったんだけど……メロちゃん、急にどうしたん?」

 

 メロちゃんの視線が俺からボタンへ動き、また戻ってきた。俺もそっちに向き直り、花壇の縁についた手に力を入れた。

 

「ボタンがいいなら、別によくねえか」

 

「オマエな、そういう態度が――」

 

「メロコ、ストップ。初対面でそれはないっしょ。ボタンも困ってるって」

 

 帽子をかぶった男が横から入ってきた。首に掛けたヘッドホンを片手で押さえ、空いている方の手でメロコを下がらせようとする。その後ろで、ピンクの髪の小柄な男が口元を緩めた。

 

「あはっ、本人がいいって言ってるのに。ボタンに友達ができたの、そんなに気になるんだ?」

 

「オルティガ、オマエは黙ってろ!」

 

 振り向いたメロコが足を踏み出しかけると、背の高い女がその肩に手を添えた。腕を引っ張るでもなく横に並んで、俺とメロコの間に身体を入れる。その人の向こう側へ赤い髪が隠れ、俺はようやく首を下ろせた。

 

「メロちゃん、そんなに近づいたらお話しできないよ。オルくんも、あんまりからかわないの」

 

「オレ、聞いただけじゃん。さっきまで普通だったのに、ボタン見つけた途端にこれだもん」

 

 オルティガが肩をすくめる。メロコは大きな肩越しにそっちを睨み、ボタンは腰を浮かせたまま「あの、みんな」と声を掛けていた。アイが隣で長く息を吐く。

 

「写真見てただけなのに……。メロコ、とりあえずボタンの話、最後まで聞こうよ」

 

 アイに呼ばれてメロコがこっちを向いたところで、帽子の男が俺の前にしゃがんだ。

 

「悪いね、いきなり騒がしくて。ボクはピーニャ。メロコを止めてくれてるのがビワちゃんで、そこで笑ってるのがオルティガ。みんなスター団の仲間なんだ。アイとは前からの知り合い?」

 

「ああ、シンオウにいたときから。俺はユア。……こいつら、いつもこんな感じなのか?」

 

 声を落としたつもりだったのに、メロコの顔がビワの横から出てきた。「聞こえてんぞ」と言われ、ピーニャが俺とそっちを見比べて笑う。

 

「もう名前、覚えたっしょ? ほらメロコ、ユアも名乗ったんだし、普通に挨拶しようぜ」

 

 ビワが身体をずらして場所を空けた。メロコは腕を組み、俺を見てから一度ボタンに目を向けたが、すぐに顎を引いてこっちへ戻した。

 

「……メロコだ。ボタンはオレらの大事な仲間なんだよ。困らせるようなことすんなって、それを言っときたかっただけだ」

 

「困らせねえよ。さっきのだって、嫌ならやめるって言っただろ」

 

 俺が返すと、メロコの指が腕をつかみ直した。ボタンが俺たちの間を見て、口を開きかけている。もう少し言い方を考えた方がよかったか。けど、これ以上何を約束すればいいんだ。

 

「ならば、ここは我に任せていただこう」

 

 少し離れていた男が進み出て、片手を胸元に当てた。口元を布で覆った姿は、中庭を行き交う制服の生徒たちからずいぶん浮いている。それでもピーニャもビワも驚かず、オルティガに至っては近くの柱に寄りかかって見物を始めた。

 

「我はシュウメイ。ユア殿、仲間を大切に思う気持ちはそなたも同じとお見受けいたす。ここは互いにボタン殿の友として、誓いを交わしてはどうでござろう」

 

 差し出された手とシュウメイの顔を見比べた。メロコはまだ腕を組んでいる。俺はボタンの隣に座ったまま背筋を伸ばし、手を出す代わりに聞き返した。

 

「誓いって……ボタンと遊ぶのに、そういうのがいるのか?」

 

「いらんよ! シュウメイ、話でっかくせんで。うち、友達紹介しようとしただけなんだけど!」

 

 ボタンが慌てて立ち上がった。膝から滑ったスマホを俺が受け止めて渡すと、小さく礼を言いながら両手で握り直す。シュウメイは差し出した手をゆっくり引っ込めた。

 

「む……我はただ、両者の親睦をと思ったのでござるが」

 

「だったらまず挨拶だけでいいって。誓いまで始めたら、いつまでたっても帰れないっしょ」

 

 ピーニャが立ち上がりながら言う。その向こうでオルティガが吹き出すと、メロコが「何笑ってんだよ」と低い声を出した。

 

「だって、メロコのせいで入団式みたいになってるし。ユア、断っていいからね。オレたちもそんなのやってないから」

 

「オレのせいにすんな! 誓いとか言い出したのはシュウメイだろ!」

 

 ボタンが二人の間へ一歩出た。メロコの袖をつかみ、振り向いた顔を見上げる。

 

「メロちゃん、もうやめて。ユアはうちの友達なんだから、そんなふうに絡まんでほしい」

 

 メロコの口が閉じた。袖をつかむ指に目を落としてから、ボタンを見て、組んでいた腕をほどく。中庭を渡ってきた笑い声の中に、オルティガの声はもう混ざっていなかった。

 

「……分かったよ。ちょっと言いすぎた」

 

 最後は俺を見て言ったので、俺も頷いた。ボタンが手を離すと、メロコは髪をかき上げ、柱の方を指した。

 

「でも、オルティガ。オマエまで笑うことねえだろ。好き勝手言いやがって」

 

「はいはい。今度はオレね」

 

 柱の陰へ半分隠れたオルティガを、ビワが手招きして呼び戻す。メロコは追わずにその場へ残った。俺の隣に座り直したボタンも、スマホの画面を点ける余裕ができたらしい。

 

「ごめん、写真、途中だったね。ええと……他の子も見るんだったっけ」

 

「ああ。まだいいなら、見たい」

 

 今度はメロコも何も言わなかった。ボタンが写真を探している間に、ビワが花壇の前で膝に手をつき、画面を覗ける高さまでかがんできた。

 

「わたしにも見せて。ボタンちゃん、ブースターの写真はある?」

 

 ボタンの指が止まり、丸まったブースターが現れた。首の毛に顔の下半分を埋めて、尻尾を身体に沿わせている。ブラッキーと違って目をしっかり閉じていたが、次の一枚では大きく口を開けていた。

 

「あ、これ、あくびしたところ。連続で撮ってたら入っててさ」

 

「寝てる写真だけじゃないんだな。こっちの顔も面白え」

 

 俺が言うと、ボタンは笑いながら二枚を行ったり来たりさせた。毛に埋まっていた顔が飛び出したり引っ込んだりするのを見て、ビワまで口元を押さえる。画面の光が遮られたのは、俺がもう一度と言いかけたときだった。

 

 メロコが立ったまま身をかがめていた。俺の肩越しに覗こうとしているが、反射して見づらいらしく、少しずつ首の角度を変えている。

 

「ここ、座れば? 立ってると見えねえだろ」

 

 俺は腰を上げ、横へ一人分ずれた。ボタンとの間に空いた場所を手で示すと、メロコは俺の顔を見てから、ブーツを揃えて腰を下ろした。

 

「……悪いな。ボタン、そのあくびのやつ、もう一回」

 

 ボタンが画面を傾け、写真を戻そうとしたところで、オルティガがビワの後ろから顔を出した。

 

「へえ。メロコも同じ頼み方するんだ?」

 

「オマエ、まだ言うか!」

 

 メロコが顔を上げると、オルティガは笑いながらまたビワの後ろへ隠れた。アイが「そこ、避難場所じゃないから」と呆れた声を出し、ビワ本人は肩越しに後ろを覗いている。

 

 俺も笑いをこらえきれずに顔を伏せた。メロコがこっちを向いたのが横目に見えたが、今さら口元を戻せない。

 

「……ユア。笑うなら、せめて隠せよ」

 

「隠してんだろ。下向いて」

 

 隣から短く息を吐く音がした。メロコは立ち上がらず、前に伸ばしたブーツのつま先を見ている。その向こうでボタンの肩まで揺れ始め、スマホの画面がふらふらと傾いた。

 

「ボタン、あくびのやつ。オレ、まだ見れてねえんだけど」

 

 返事をしようとしたボタンの口から笑い声が漏れ、アイが横からスマホを支えた。

 





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