繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

坑道から戻ったあと、俺は見たことだけを父に話した。

 

クチートがいたこと。

 

ラルトスが話しかけたこと。

 

そして、拒絶されたこと。

 

父はその話を黙って聞いていた。

途中で口を挟むこともなければ、意見を言うこともない。

ただ静かに最後まで聞いていた。

 

「……そうか」

 

一通り話し終えたあと、父からその短い一言だけが返ってきた。

 

しばらく沈黙が続く。

やがて父は腕を組みながら言った。

 

「しばらく坑道に近付くな」

 

「でも」

 

「ユア」

 

静かな声だった。

怒っているわけじゃない。

この事件の違和感を、父も感じているのだ。

だからこそ強かった。

 

思わず言葉が止まる。

 

「無理に踏み込めば、あいつも傷付く」

 

父はそう言って窓の外を見る。

 

「お前も傷付く」

 

それ以上は何も言わなかった。

俺も何も返せなかった。

頭の中には、あのクチートの目が残っていたからだ。

 

 怒り。

 

 警戒。

 

 拒絶。

 

だけど、それだけじゃない。

言葉にできない何か。

胸に引っ掛かったまま、その日は終わった。

 

夜になっても、布団へ入っても、なかなか眠れなかった。

気付けば何度もあの目を思い出していた。

 

そして中々眠れない中訪れた翌朝。

まだ朝食の片付けも終わっていない時間だった。

外から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

 

 

 バンッ!!

 

 

 

勢いよく扉が開いた。

 

「親方!」

 

飛び込んできたのは職人の一人だった。

顔色が悪い。

息も上がっている。

ただ事じゃない。

父が椅子から立ち上がった。

 

「どうした」

 

「まずい!」

 

男は肩で息をしながら叫ぶ。

 

「あいつが!」

 

「昨日の件で騒いでた奴が……!」

 

そこで嫌な予感がした。

父の表情も変わる。

 

「アイツがどうした」

 

「ゴーリキー連れて坑道へ入った!」

 

一瞬で空気が凍り付く。

 

「一人でか!?」

 

「ああ!俺達も止めたんだ!……だけど、聞かなくて」

 

次の瞬間には椅子を蹴って立ち上がっていた。

父が何か言ってた気がする。

でも耳には入らなかった。

ラルトスも慌てて後を追ってくる。

 

『ユア!』

 

走る。

とにかく走った。

胸の奥で嫌な予感が膨らんでいく。

 

頼む、間に合え。

ただそれだけを考えていた。

やがて鉱山の入口が見える。

 

その瞬間。

 

「逃げてんじゃねぇ!!」

 

怒鳴り声が響いた。

 

続いて。

 

 

 

 ドゴォン!!

 

 

 

岩が砕ける音。

背中を冷たい汗が流れる。

俺は坑道へ飛び込んだ。

薄暗い通路を抜ける。

そして見た。

 

職人の男。

その隣にいるゴーリキー。

その奥には、岩壁を背に立つクチート。

 

その場所は、昨日俺がクチートと出会った場所だ。

 

だが空気はまるで違う。

クチートが追い詰められている。

 

「逃げるな!」

 

男の叫び声に合わせて、ゴーリキーが前へ出る。

拳が振り上げられた。

クチートの顎が開く。

 

 

 

 ガチリ。

 

 

 

鋼が噛み合う音。

その瞬間。

 

「やめろ!!」

 

気付けば飛び出していた。

考えるより先に体が動いていた。

ゴーリキーとクチートの間へ飛び込む。

 

「なっ!?」

 

男が目を見開く。

振り下ろされる寸前だったゴーリキーの拳が止まった。

ほんの数十センチ。

風圧で髪が揺れる。

心臓が暴れていた。

 

 

 

 怖い。

 

 

 

今さら足が震える。

でも退けなかった。

 

「どけ!」

 

男が怒鳴る。

 

「危ねぇだろ!」

 

「危ないのは分かってるよ!」

 

思わず叫び返した。

情けないくらい声が震えている。

それでも止まらなかった。

 

「なんでクチートを攻撃するんだ!!」

 

「被害が出てるんだぞ!」

 

「理由があるかもしれないだろ!」

 

「理由があれば壊していいのか!?」

 

言葉に詰まる。

何も返せない。

 

 

 

 でも。

 

 

 

昨日見たものだけは忘れられなかった。

 

「……違う」

 

男が眉をひそめる。

 

「何がだ」

 

「分からない」

 

正直に答える。

 

「本当に分からない」

 

拳を握る。

 

「でも、あいつはただ暴れてるだけじゃない」

 

それだけは言い切れた。

男は黙る。

険しい顔のままクチートを見る。

そして俺を見る。

長い沈黙だった。

やがて。

 

「……チッ」

 

舌打ちが響く。

頭を乱暴に掻きながら振り返る。

 

「戻るぞ」

 

ゴーリキーへ手を振った。

ゴーリキーも腕を下ろし、男について行く。

男は去り際、クチートを睨み付けた。

 

「次、何かあったら承知しねぇぞ」

 

吐き捨てるような声。

そして坑道を去っていった。

足音が遠ざかる。

 

やがて静寂が戻った。

 

残されたのは俺たちだけだった。

 

俺。

 

ラルトス。

 

そしてクチート。

 

誰も動かない。

 

 

 

 ぽたり。

 

 

 

どこかで水滴が落ちる音だけが聞こえる。

しばらくして。

 

「……大丈夫か」

 

口から出た瞬間、少し後悔した。

大丈夫なわけがない。

だけど、クチートは何も答えない。

当然だ、昨日会ったばかりだ。

信用なんてされていない。

むしろ警戒されていて当然だ。

 

クチートはゆっくり一歩後ろへ下がる。

 

顎がわずかに開く。

 

 警告。

 

それは変わらない。

 

『ユア』

 

ラルトスが小さく呼ぶ。

 

『帰ろう』

 

俺は頷いた。

その前に、もう一度だけクチートを見る。

クチートもこちらを見ていた。

昨日と同じ冷たい目。

 

だけど、ほんの少しだけ違う気がした。

 

敵を見る目ではない。

だからといって味方を見る目でもない。

ただ、なぜ助けたのかと、理解できないものを見るような目だった。

 

俺たちはゆっくりと坑道を後にする。

背中へ視線を感じながら。

そして歩きながら考えていた。

 

あのクチートは何を守っているんだろう。

 

どうしてあんな目をしていたんだろう。

 

まだ何も分からない。

分からないことだらけだ。

それでもわ放っておいてはいけない気がした。

 

理由は分からない。

だけど、その気持ちだけは妙にはっきりしていた。

 

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