繋がりの王者   作:宵取与一

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11話

第11話 カメラの前と、その外で

 

 校舎を出ると、黄色い上着の女がスマホを覗きながら歩いていた。立ち止まって中庭を見渡し、また画面へ目を落とす。頭に載った丸い目玉のような飾りに気を取られていると、隣のアイが手を上げた。

 

「ナンジャモ? こんなところで何してるの?」

 

「おっ、アイ氏! いいところに! 学校に来れば面白いトレーナーに会えるかなーと思ってさ。配信に出てくれる人を探してたんだよね」

 

 ナンジャモはスマホを下ろして、俺にも顔を向けた。アイが、シンオウから留学してきた友達だと紹介してくれる。

 

「ユアだよ。こっちはキルリア。ユア、ナンジャモはハッコウシティのジムリーダーで、動画の配信もしてるんだ」

 

 俺が挨拶すると、ナンジャモは「よろしく、ユア氏」と袖の先を振った。足元のキルリアもそれを見上げて片腕を上げる。黄色い袖が止まり、今度は低い位置でもう一度揺れた。キルリアが同じ方へ腕を動かすと、ナンジャモは膝を曲げて顔を寄せた。

 

「ほほう……。キルリア氏、こっちにもご挨拶してくれる?」

 

 脇に浮いていたスマホロトムを示され、キルリアが首を傾けた。ナンジャモはその顔をしばらく見つめてから、俺を見上げる。

 

「ユア氏、キルリア氏と一緒に、今日の配信に出てみない? ボクとちょっとお話ししたり、カメラに向かって挨拶してもらったり。どうかな?」

 

 スマホに目を向けると、ナンジャモはそれを自分の方へ寄せた。

 

「まだ撮ってないよ。始めたら全国に流れるから、シンオウの人が見ることもあるし、キミの顔や名前も出る。それでも大丈夫?」

 

 シンオウまで届くのか。父さんが見たら驚くだろうけど、挨拶くらいならできる。俺はキルリアの顔を見下ろした。

 

「俺はいいけど、おまえは? あれに向かって喋ったりするらしいぞ」

 

『やってみたい。向こうからも、わたしが見えるんでしょ?』

 

 キルリアはスマホの方へ身体を向けたまま答えた。俺もナンジャモに向き直る。

 

「じゃあ、俺たち出るよ。名前も出していい」

 

「ありがとー! アイ氏も一緒にどう? 急いでなければさ」

 

「うん、ボクもいいよ。ユアの隣にいるね」

 

 ナンジャモに案内され、俺たちは通り道から外れた花壇の前へ移った。スマホロトムがこちらを映す位置に浮き、ナンジャモが画面を見せてくれる。キルリアが一歩動くと、中のキルリアも動いた。片足を引いて身体をひねり、映った白い裾を見てから、今度は逆を向く。

 

「おや、映り方も気になりますかな? いいねえ。その調子でお願いしちゃおう。……じゃ、始めるよ!」

 

 ナンジャモが画面を操作してレンズへ向き直る。息を吸い、黄色い袖を大きく広げた。

 

「あなたの目玉を エレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! おはこんハロチャオー!」

 

 すぐ隣で声が弾み、俺は思わず肩を引いた。さっきまでこっちに話していたのに、今は小さなレンズへ笑いかけている。キルリアも顔を上げ、ナンジャモとカメラを交互に見た。

 

「皆の者〜! 今日はグレープアカデミーに遊びに来ております! さっそくゲストを見つけたぞよ。アイ氏と、そのお友達のユア氏でーす!」

 

 袖で示され、俺はレンズを見た。

 

「ユアです。シンオウから来てて、今はここで――」

 

 隣でキルリアが腕を上げた。画面を確認していたナンジャモがスマホの位置を下げると、キルリアはその動きに合わせて一歩前へ出る。そこで俺の袖が軽く引かれた。

 

『ちょっと離れて。回るから』

 

 俺が場所を空けると、キルリアは両腕を広げ、つま先で立った。ナンジャモがしゃがんでレンズの横へ顔を寄せる。

 

「おおっと、こちらのゲストもやる気十分! キルリア氏でーす! 皆の者、よーく見ててよね!」

 

 腕を広げ、片足を軸にくるりと回る。裾が落ち着くのを待って反対へ向き直り、顔だけをカメラへ向けた。ナンジャモが袖を揺らして拍子を取ると、その動きに合わせて足を運び始める。

 

「ちょっと待って。ユア、キルリアって、こういうの好きだったの?」

 

 アイに肘をつつかれた。俺も同じことを聞こうとしていたのに、こっちを見られても困る。首を振ると、アイは開きかけた口をそのまま閉じ、二人でカメラの前へ目を戻した。

 

 キルリアはナンジャモの袖が上がると背筋を伸ばし、下がると膝を曲げる。二度目には途中で回転を挟んだので、拍子を取っていたナンジャモの方が遅れた。

 

「おおーっと、ボクが置いてかれちゃった! もう一回お願いしてもよろしいですか、キルリア氏!」

 

『いいよ。次はちゃんと見ててね』

 

 キルリアが立つ位置を決め直す間に、ナンジャモが画面を確かめた。急に顔を近づけたので俺も横から覗いてみると、「かわいい」「今のターンもう一回」「こっち向いて」と文字が流れている。読み切れなかった行が、次の文字に押されて消えた。

 

 画面の端の数字を指すと、今見ている人数だとナンジャモが教えてくれた。校舎の窓をいくつも埋めそうな数なのに、俺が確かめている間にも増えていく。ナンジャモは画面とキルリアを見比べ、口元を緩めた。

 

「皆の者、これはとんでもない原石を見つけちゃったのでは!? 視聴率がシビルドン登りですぞ! いやー、学校まで来たかいがありましたなあ!」

 

 笑うと小さく尖った歯が見えた。ナンジャモはすぐにカメラへ向き直り、キルリアのために空けた場所を袖で示す。こっちを向いてという声が多いと伝えられると、キルリアは首を傾げてからレンズを見つめ、片腕を振った。

 

 今度はアイの肩越しに画面を見た。文字が増えていく横で、キルリアがまた回っている。俺たちが立っているところからは背中しか見えないのに、画面の中では正面を向いていた。

 

「……俺、自己紹介の途中だったんだけど」

 

「うん。ボク、挨拶すらしてない」

 

 アイは答えながらも画面を見ていた。俺もカメラの前へ戻るきっかけを逃し、キルリアが最後に足を揃えるまで、隣で見ていた。

 

 ナンジャモが拍手をすると、近くで立ち止まっていた生徒たちも手を叩いた。キルリアはそっちへ顔を向け、少し身体を揺らしてから俺のところへ戻ってくる。手に触れた指を軽く握ると、見上げてきた。

 

『ちゃんと見えた? あっちからだと、後ろだったでしょ?』

 

「画面で見てたから。……おまえ、まだやりたそうだな」

 

 キルリアがカメラへ目を戻す。ナンジャモはその視線に気づくと、袖を合わせた。

 

「続きはまたのお楽しみ! 今日はユア氏とアイ氏、そしてキルリア氏に大感謝なのです!」

 

 俺も最後くらいはと片手を上げた。キルリアがすぐ隣で同じように腕を振り、ナンジャモの締めの挨拶が終わっても、レンズが下がるまでやめなかった。

 

 配信を切ったナンジャモは画面を何度か触り、頬を緩めたまま俺たちを振り返る。

 

「いやー、助かっちゃった。これはちゃんとお礼をせねば! このあと時間ある? ご飯、ボクにご馳走させてよ」

 

 足元のキルリアが俺の手を引いた。顔を見下ろすと、まだ何も聞いていないのに、しっかり頷かれた。

 

ーー

 

 テーブルシティの店で、俺は皿からはみ出したパンを押さえていた。挟まった具が端へ寄っているので、一度置いて直そうとすると、向かいのナンジャモがこちらへメニューを滑らせる。

 

「足りなかったら追加していいからね。今日のボクは気前がよいのです。特にそちらの大人気ゲストには!」

 

 キルリアは隣で自分の器を覗いていたが、呼ばれて顔を上げた。カメラはもう向いていない。それでもナンジャモに向けて片腕を上げるので、俺はパンを口へ運ぶ手を止めた。

 

「そんなに楽しかったのか。みんなが見てるって、落ち着かなくねえ?」

 

『見てくれるから、楽しいんだよ。回ったら、もっと見たいって言ってたでしょう』

 

 キルリアが片足を引きかけたので、俺は椅子とテーブルの間を指した。そこで回ったら皿に当たる。足を戻したのを見てからパンにかぶりつくと、今度は反対側から具がずれた。

 

「ユア氏、そっちそっち。落ちるよ。ふふっ、キルリア氏の方がカメラ慣れしてたねえ」

 

「キミ、ずっと口開けて見てたもんね。ボクが話しかけるまで動かなかったし」

 

 アイが笑いながら紙ナプキンを寄越した。俺は礼を言ってパンを包み直し、飲み物で口の中を空ける。

 

「アイだって似たような顔してたろ。俺の方見たって、教えたの俺じゃねえんだから」

 

「そこが気になったんだよ。二人で練習してたわけでもないんでしょ?」

 

 キルリアを見ると、器に目を落としたまま、小さく片足を揺らしていた。ナンジャモがさっき取っていた拍子と同じ間隔だ。気づいたナンジャモもテーブルの下で靴先を動かし、目が合ったキルリアへ笑いかける。

 

「またやりたくなったら教えてよ。ボクも次はついていけるようにしとくからさ」

 

『じゃあ、次は一緒に回ろうね』

 

 ナンジャモが長い袖を見下ろし、椅子を少し引いて足元を確かめた。俺はその袖が引っ掛かりそうなグラスを、自分の方へ寄せた。

 

ーー

 

 店を出ると、通りの灯りが点いていた。ナンジャモと別れたあと、アイは買い物をしていくと言って別の通りへ曲がった。食事の終わりに休むと言ってボールへ戻ったキルリアを確かめ、俺は寮へ向かう坂を上っていた。

 

 公園の脇まで来たところで、植え込みの向こうから声が聞こえた。

 

「明日は、朝食を用意してから出られそうです。あなたも家で食べますか?」

 

「ええ。それなら、いつもの時間に起こしてもらえると。今日は目覚ましを止めた記憶もなくて」

 

「声を掛けても返事だけでしたから、もう起きているものかと」

 

 最後の声に聞き覚えがあった。歩きながらそちらを見ると、街灯の下に長い黒髪が見えた。オモダカだ。隣にはスーツを着た男がいて、片手に仕事鞄を下げている。

 

 オモダカもこちらに気づき、顔を上げた。

 

「ユアさん。こんばんは。今、お帰りですか?」

 

 声を掛けられたので、公園の入り口から二人の方へ歩いた。男も身体をこちらへ向けたが、口元を動かしかけたところで小さく息を吐く。近くで見ると目の下に影があり、ネクタイの結び目が少し緩んでいた。

 

「こんばんは。飯食って、今から寮に戻るとこ。……そっちは?」

 

「こちらはアオキ。チャンプルタウンのジムリーダーで、リーグの四天王も兼任している、わたくしの部下です」

 

 男が軽く頭を下げた。

 

「アオキです。どうも。ジムにいらした際は、よろしくお願いします」

 

 俺も名乗りながら頭を下げた。ジムリーダーだけじゃなく、四天王まで。同じ日に何人も強い人と会うものだと思いながら顔を上げると、アオキは鞄を持ち替え、オモダカの隣へ半歩戻った。

 

 さっき、家で朝飯を食べるかと聞いていた。そのうえ、目覚ましが鳴ったあとにも声を掛けている。

 

「……部下の人、朝も起こしに行くの?」

 

 アオキの手が鞄の持ち手で止まった。オモダカは俺を見たまま一度瞬きをして、隣の顔へ目を向ける。

 

「どこから聞こえていました?」

 

「朝飯を用意するってとこ。ごめん、道歩いてたら聞こえて……二人、同じ家に住んでんの?」

 

 隠れて聞いていたわけじゃないが、そのまま口にする話ではなかったかもしれない。俺が二人を見比べていると、アオキが結び目の下へ指を添えた。

 

「聞こえていたなら、仕方ないでしょう。公園で話していたんですから」

 

「そうですね。……ユアさん、部下というのも間違いではありませんが、アオキはわたくしの夫でもあります」

 

 夫、と口の中で繰り返した。オモダカが頷き、隣のアオキも否定しない。仕事鞄を持った姿とオモダカの顔をもう一度見て、ようやく声が出た。

 

「えっ、結婚してんの?」

 

「ええ。ただ、仕事では別ですので。普段、こちらからお話しすることはありません」

 

 オモダカはいつもの調子で答えたが、アオキの方は俺から少し目を逸らしていた。朝、返事だけしてまた寝た人だ。そう思ってしまってから、俺は上がりかけた口元を押さえた。

 

「……先ほどの寝坊の話は、できれば忘れていただけると」

 

 アオキに言われて手を下ろした。俺が黙って頷くと、オモダカが口元に笑みを浮かべ、少しだけ声を落とす。

 

「わたくしたちのことは、内緒にしていただけますか?」

 

「うん。誰にも言わねえよ」

 

 アオキが肩の力を抜き、軽く頭を下げた。

 

「助かります。寝坊の件も、ぜひ」

 





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