繋がりの王者   作:宵取与一

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12話

 

 

 ポケモンリーグの扉をくぐると、隣を歩いていたアイが手を上げた。その先でオモダカがこちらへ向き直る。俺は呼び出しの連絡を開いたスマホをしまい、アイと並んで近づいた。

 

「こんにちは、ユアさん。お越しいただきありがとうございます。留学の事情と、こちらで力をつけたいというお話は、アイさんから伺っています。ようやく時間の調整がつきましたので、お二人に修行をお願いしました」

 

 オモダカが横へ退き、後ろの二人を紹介してくれた。緑の長い髪を束ねているのがチリ、首から大きな鍵を下げた女の子がポピー。二人とも四天王だと聞いて、腰のボールに添えていた手を離す。

 

「よろしくお願いします。俺、ユアです」

「よろしゅうな。そんな固くならんでええよ。チリちゃんは地面、ポピーは鋼のポケモンを使うんや。手持ちも聞いてるし、まずはクチートから見せてもらおか」

「ポピーたちもお手伝いします! いっぱい練習しましょうね!」

 

 ポピーが両手でボールを持ち上げた。チリも腰へ手をやるので、俺はアイを見た。

 

「……今日は、四天王二人とやるのか」

「試合やと思った? まずはこっちが攻撃を受けて、自分らの動きを見せてもらいたいんや。倒し合いはせえへんから、試したいことがあったら言うてな」

 

 答えたチリが奥の扉を指した。俺は頷いて歩き出し、同行するアイに、お前も相手してくれんの、と尋ねる。

 

「今日は見てる。ボクとのバトルは、学校でもできるでしょ」

 

 アイが開いた扉を押さえてくれた。オモダカは入口で俺たちを見送り、指導は二人に任せると言って、元の廊下へ戻っていった。

 

ーー

 

 練習用のコートには薄く土が敷かれていた。靴底で擦ると、その下の固い地面が出てくる。チリが向こうの線まで歩く間にクチートを出すと、クチートは周りを見回し、俺の少し後ろに立った。持ち上げた大顎の先が、チリの方を向いている。

 

「俺たちの攻撃を見てもらうんだ。やってみるか?」

 

 クチートはコートへ目を移し、俺の横を通って前へ出た。チリはその足が止まるのを待ってから、ドオーを出す。茶色の大きな身体が地面に収まり、小さな目がクチートへ向いた。

 

「途中で止めて話もするで。ほなドオー、頼むな」

 

 ドオーが短い足で身体を持ち上げた。腹の下に隙間ができ、横を向くように構える。俺はクチートの立つ位置からドオーの脇までを見て、正面を避けて入るように指を振った。

 

「クチート、“かみくだく”!」

 

 クチートが駆け寄り、ドオーの鼻先を外して踏み込んだ。身体をひねると、後頭部から伸びた大顎が回り込み、脇腹を挟む。閉じた顎に引かれてドオーの身体が傾き、二本の足が土の上を滑った。

 

「そのまま引っ張れ!」

 

 クチートが足を踏ん張った。ドオーの身体がもう一度傾くが、向こう側の足が外へ開き、そこで止まる。噛まれたところへ目を向けたドオーは、腹を低くして動かなくなった。クチートがさらに身体をひねったところで片足が滑り、土が散る。

 

「そこまで。一回、離したって」

 

 俺もクチートを呼んだ。顎が開くとドオーは長く息を吐き、噛まれた側を少し曲げる。チリがそばにしゃがんで確かめてから、足元を指した。

 

「よう噛めてるなあ。踏み込んだ勢いも乗っとるし、ドオーも最初は滑ったやろ。ただ、そのあと引っ張るとき、クチートの足が残っとった。自分、そこは見てた?」

 

 噛みついたところばかり見ていた。首を横に振って近づくと、ドオーの足跡のそばに小さな足跡があり、片方から溝が伸びている。クチートは俺から離れた場所で立ち止まり、大顎を持ち上げ直した。

 

「ドオーちゃんは、こっちの足で踏ん張ってましたよ。ぐーって引っ張っても、まだ踏ん張れますの」

 

 ポピーが指したのは、溝とは反対側にある足跡だった。俺はドオーの身体と見比べる。クチートが引いた方へ、足を突っ張っていたらしい。

 

「……足、動かせって言えばよかったのか。顎で引っ張ることしか考えてなかった」

「噛んだまま引くには、身体も動かさなあかんからな。今のはドオーを動かす途中で、自分の足が滑ってもうた。まずはクチートが踏ん張れるとこへ、足を運んでみよか」

 

 俺はクチートの方へ戻ってしゃがみ、横へ手を動かした。

 

「噛んだあと、こっちへ動けるか? 俺も足、見てるから」

 

 クチートが大顎を横へ振った。続けて一歩動き、地面を踏み直す。その足が止まった位置を見てから、チリへ顔を上げた。ドオーはもう身体をまっすぐに戻していたが、次を頼むと、チリは少し待つように手を上げた。

 

 ドオーの息が落ち着いてから、もう一度同じ横腹へ入った。大顎が閉じたところで俺が横へ、と声を掛けると、クチートは片足を運び、身体をひねった。ドオーの足が土を削る。さらに引こうとしたクチートに合わせて、今度はドオーが身体ごと向きを変え、四本の足で地面を押さえた。

 

 大顎が止まる。俺は無理に続けさせず、クチートを離れさせた。チリが二匹の足元を見ながら頷く。

 

「今のはドオーも向き変えな止まらんかったな。クチートの足も滑ってへん。あとは、相手が踏ん張り直すとこを見ていこか。ほな、ドオーは休憩や」

 

「次はポピーたちの番! アーマーガア、お願いします!」

 

 ポピーがボールを投げると、大きな翼が広がった。羽ばたきで土が舞い、黒い爪が地面につく。翼を畳んだアーマーガアが首を下げると、赤い目がクチートを見据えた。クチートは顎を持ち上げ、その下から相手を見上げている。

 

「鋼なら、炎も試していい? クチート、“かえんほうしゃ”も使えるんだ」

「いいですよ! でもアーマーガアだって、ずーっと焼かれてはいませんからね」

 

 ポピーがコートの外へ下がった。俺も二匹から離れ、クチートの呼吸を見てから、相手の胸を狙わせる。

 

「“かえんほうしゃ”!」

 

 クチートの口から炎が伸び、黒い胸を包んだ。アーマーガアが低く鳴いて片足を横へ運び、身体を斜めにする。クチートは顔を動かして追い、炎の筋も横へ流れた。翼の端には当たるが、さっき捉えていた胸は外れている。

 

「止めろ、近づいて“かみくだく”!」

 

 炎が切れた。クチートが足を置き直して走り出す間に、アーマーガアは両足で地面をつかみ、こちらへ翼を向ける。大顎がその縁を挟んでも、黒い身体は傾かなかった。クチートが足を運ぶと、それに合わせてアーマーガアも爪の位置を変え、翼を引き寄せた。

 

 ポピーの合図で攻撃を止めると、アーマーガアが嘴を開いて息を吐いた。胸の羽が乱れ、赤い目が細くなっている。そばへ駆け寄ったポピーはその胸を見上げ、俺の方へ振り返った。

 

「熱かったねえ。ほら、おにーちゃん、ここに当たってましたよ。ずっと同じところにいたら困っちゃうから、横に動いてもらいましたの」

 

 俺は炎を撃っていた場所まで戻った。ここから走っている間に、相手はもう足を下ろしていた。クチートは俺から少し離れて止まり、アーマーガアへ大顎を向ける。

 

「……追いかけて炎を撃ってる間に、あっちは構え直してたんだな。噛みにいくのが遅かった」

「炎を当てようとして、クチートも足まで横向けてたな。そこから走って、大顎を回して、いう間に待ち構えられたんや。次も噛みにいくんやったら、どこで炎を切る?」

 

 チリに尋ねられ、アーマーガアの足を見た。さっき横へ動いたときは、踏み出した足へ身体が傾いていた。もう一方の足を寄せるまでなら、正面で踏ん張っていたときより押せるかもしれない。

 

「動き始めたときに、やめてみる。あと、もう少し近くから。さっきの場所じゃ、走るだけで時間かかるし」

 

 クチートと並んで歩き、途中で俺だけ止まった。クチートはさらに二歩進むと、振り返ってから大顎を動かした。アーマーガアの翼との間には、まだ隙間がある。そこから踏み込む足を見て、俺はコートの外へ戻った。

 

 日陰では、アイが鞄から水を出していた。渡された器へクチートの分を注いでいると、もう一本のボトルを差し出される。

 

「ほら、キミのも。さっきから一口も飲んでないでしょ」

 

 受け取って飲むと、口の中に土の味がした。クチートも器へ顔を寄せている。向こうではポピーがアーマーガアの翼を見ていたので、俺はそのまま日陰で待った。

 

「お待たせしました! アーマーガア、もう一回いきますよ!」

 

 呼ばれてコートへ戻る。クチートがさっき確かめた位置につくのを待ち、俺は炎を指示した。胸へ届いた炎にアーマーガアが首を引き、横へ一歩踏み出す。身体が傾いたところで、俺は声を張った。

 

「炎、止めろ! 翼の方へ入って“かみくだく”!」

 

 炎が切れ、クチートが地面を蹴った。アーマーガアの赤い目がこちらを向く。大顎が回り込んで畳まれた翼を捉え、硬い音とともに閉じた。アーマーガアがもう一方の足を下ろす間に、クチートは自分から半歩踏み込み、両足で地面を踏みしめた。

 

「そのまま押せ!」

 

 クチートが身体を寄せると、アーマーガアの爪が土の上を滑り、反対側の翼が大きく開いた。羽ばたきで舞った土がこちらまで飛んでくる。俺は目を細め、踏ん張っているクチートの足を見た。

 

「はい、ストップ! おにーちゃん、一回離してあげてください!」

 

 俺も声を掛け、クチートを下がらせた。アーマーガアは二度羽ばたいて身体を起こし、広げていた翼を畳む。ポピーが駆け寄ると、嘴を下げて短く鳴いた。

 

「わっ、足がこんなに滑ってます! 今のは翼も使いましたの。踏ん張るだけじゃ、ぐらぐらしちゃいました」

 

 ポピーが爪の跡に沿って指を動かした。チリはクチートの方を見てから、俺へ顔を向ける。

 

「クチートも噛んだあと、ちゃんと足を運んどったな。相手が構え直す間に押せた。ユア、一回戻して足の様子も見たって」

 

 呼ぶとクチートは大顎を閉じ、俺から少し離れた場所まで戻った。片足をかばうような歩き方はしていない。しゃがんで足元を見ていると、顔をコートへ向け直し、顎を一度鳴らした。

 

「もう一回、試したいんだけど。アーマーガア、大丈夫?」

「ちょっと待ってくださいね。……うん、翼もちゃんと動きます。あと一回ですの!」

 

 同じ場所から炎を撃ち、アーマーガアの足が動くのを待った。横へ踏み出したので炎を止めさせると、今度はもう一方の足も続けて動く。さっき噛みついた翼が遠ざかり、クチートが踏み込んだ場所には、爪の跡だけが残った。

 

「待て、クチート!」

 

 クチートが足を止めた。その向こうでアーマーガアがこちらを向き直り、翼を畳む。俺が二匹の間を見ていると、ポピーが自分のポケモンを見上げた。

 

「今度は離れてもらいました! また同じところを噛まれたら、痛いですもん」

 

 クチートが大顎を持ち上げた。ここから追いかけても、もう踏ん張られている。炎を撃つ場所を変えるか、踏み込む方を変えるか。俺がコートの線へ目を動かしたところで、チリが手を上げた。

 

「ほな、休憩にしよか。次を考えるんは、水飲んでからや」

 

 もう一度と頼みかけて、クチートの肩が上下しているのが見えた。アーマーガアも嘴を開いている。俺は上げかけた手を下ろし、クチートを呼んだ。

 

 クチートはアーマーガアを振り返ってから、ゆっくり歩いてきた。日陰に置いた器へ水を足して離れると、こちらを見ていた顔が下がる。水を飲む間も、大顎の先はコートの方へ向いていた。

 

空になった器を鞄へしまって立ち上がると、クチートも日陰から出てきた。呼吸は落ち着き、さっき滑った足も地面をしっかり踏んでいる。向こうではアーマーガアが翼を広げ、ポピーの前でゆっくり畳んでいた。

 

「こっちはもういける。もう一回、お願いします」

「はい! アーマーガア、あとひと頑張りです!」

 

 ポピーがコートの外へ下がり、アーマーガアが爪を土へ食い込ませた。俺はクチートの後ろにつき、二匹の間を見た。さっきと同じ距離だ。炎を撃ってから追いかけても、また離れられる。

 

「クチート、少し前へ。まだ噛みにいかなくていい」

 

 クチートが歩き出すと、アーマーガアの頭が下がった。大顎の届かないところで止め、俺は相手の胸から、横へ続く爪の跡へ目を移す。あっちへ逃げられたら遠くなる。なら、最初からそっちへ炎を撃ったらどうだろう。

 

「“かえんほうしゃ”! 少し左を狙え!」

 

 炎がアーマーガアの胸をかすめ、その左側へ抜けた。アーマーガアは首を引き、炎から離れる方へ足を運ぶ。クチートが顔を動かして追おうとしたので、俺は声を掛けた。

 

「そこで止めろ! 右へ回って“かみくだく”!」

 

 炎が切れ、クチートが斜め前へ駆け出した。アーマーガアも足を動かしているが、今度はその後ろを追っていない。横へ進む黒い身体に、クチートが正面から近づいていく。

 

 アーマーガアの翼がこちらへ向いた。クチートはその下へ踏み込み、身体をひねって大顎を回す。片足で地面を踏んだところで、俺はもう一歩、と続けた。

 

 開いた顎が翼の縁へ迫る。アーマーガアは下ろしかけた足で地面を蹴り、両翼を広げた。大顎が閉じる音に羽ばたきが重なり、土が俺の頬まで飛んでくる。顔を腕で覆いながら見上げると、黒い爪がクチートの頭上を離れていった。

 

「ストップです! アーマーガア、降りておいでなさーいな!」

 

 俺もクチートを止めた。大顎を持ち上げたクチートの向こうで、アーマーガアが少し離れた場所へ降りる。ポピーは足元まで駆け寄り、翼が畳まれるのを見届けてから、こちらへ振り返った。

 

「今のは危なかったです! もう逃げたところに、おっきいお口が来てましたもん!」

 

 クチートはアーマーガアを見たまま、大顎をゆっくり開いた。俺も二匹の足跡を見比べる。噛みつけなかったが、相手の立っていたところまで届いていた。

 

「あと少しだったのに」

「せやな。せやけど、今度は待ち構えて受けるんをやめたやろ。アーマーガアも、あそこから噛まれるんは嫌やったんや」

 

 チリが地面から指を上げ、アーマーガアの飛んだ方を示した。俺は頷いて、クチートへ目を戻す。

 

「追いかけなくても、届いたな」

 

 クチートは片足についた土を払い、大顎を閉じた。その足元を確かめたチリが、俺たちへ手を振る。

 

「ほな、今日はここまで。二匹ともよう付き合ってくれたな。ユアも、帰ったらちゃんと休ませたってや」

 

 俺は二人に頭を下げ、アーマーガアにも礼を言った。クチートを呼んで鞄の方へ戻ろうとすると、足音がついてこない。振り返れば、まだコートの中でアーマーガアを見ていた。

 

「終わりだって。帰るぞ」

 

 クチートがようやく歩いてくる。ポピーがその大顎を見て、両手を腰に当てた。

 

「そんなに見ても、今日はおしまいですからね!」

 

 大顎がガチンと鳴った。ポピーは頬を膨らませたが、俺の横を通り過ぎたクチートがまたコートを振り返ると、チリの袖を引いた。

 

「チリちゃん、次はいつです?」

「ポピーも終わる気なかったんかい」

 

 隣でアイが吹き出した。俺はクチートを呼びかけた口を閉じ、チリの返事を待った。

 

 





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