繋がりの王者   作:宵取与一

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15話

 

 

 パルデアに来て、もうすぐ一年になる。

 

 授業の終わりに配られた次の学年の案内を鞄へしまっていると、スマホが震えた。オモダカからだった。今日の放課後、リーグまで来てほしいという。時間と待ち合わせる部屋は書いてあったが、何の話かは書かれていない。

 

 帰るときに渡そうと思っていたノートを隣の席へ置き、俺は来られると返事を送った。寮へ教科書を置きに戻ると、キルリアが開いた鞄を覗き込んできた。

 

『今日はもう出かけないんじゃなかったの? わたし、みんなとコートに行こうと思ってたんだけど』

 

「オモダカさんに呼ばれた。何時に帰れるか聞いてないから、一緒に来てくれるか?」

 

『それなら、クチートにも言ってくるね』

 

 キルリアは窓際へ歩いていった。クチートが大顎を床から持ち上げ、その話を聞いてから俺を見る。俺はボールをつけ直し、畳んだ案内だけを鞄へ戻した。明日の持ち物が書いてある。帰ってから読めるよう、いちばん上に入れておいた。

 

 リーグへ続く坂で、クチートが道端の草へ顔を寄せた。キルリアが数歩戻って隣にしゃがみ、俺も足を止める。細い茎に白い花がついていた。二匹が歩き出すのを待ち、建物の前でスマホを確かめた。約束の時間まで、まだ少しある。

 

 受付で名前を告げると、職員が奥へ案内してくれた。部屋の扉を開けたところで、長椅子に座っていたアイが顔を上げた。

 

「ユアも? ボクだけかと思ってた」

 

「俺もだよ。何の話か聞いてる?」

 

 アイは首を振り、隣に置いていた鞄を足元へ下ろした。空いたところに腰を掛けると、キルリアが俺たちの前へ来て、アイの膝へ両手をついた。

 

『アイも呼ばれたんだね。さっきから待ってたの?』

 

「今来たところ。キミたちも一緒なんだ」

 

 アイがキルリアの頭へ手を伸ばしたところで、扉が開いた。書類を抱えたオモダカが入ってきて、俺たちの顔を見渡す。

 

「お二人とも、お待たせしました。急なお誘いでしたが、来ていただけてよかったです」

 

 俺とアイが立ち上がると、オモダカは書類を机へ置いた。キルリアが俺の横へ戻り、クチートも扉から少し離れる。その二匹へ視線を下ろしてから、オモダカはこちらへ向き直った。

 

「ユアさんがこちらで学び始めて、そろそろ一年ですね。四天王たちからも、修行の様子は聞いています。そこで今日は、お二人とバトルをしたいと思いまして」

 

「オモダカさんと、ですか?」

 

 俺が聞き返す隣で、アイの手が腰へ下りた。オモダカは頷き、二人で組んでもらいたいと続けた。

 

「ユアさんとアイさんが一匹ずつ、わたくしが二匹を同時に出すマルチバトルです。使うポケモンは、お二人がそれぞれ二匹、こちらは四匹。学んだことを実戦でどう使うのか、ぜひ見せてください」

 

 腰につけたボールを見た。二匹選んで、アイと同じ側から指示を出す。アイはもう一つを外していたが、俺が顔を向けると、残りのボールにも指を添えた。

 

「ボクはアチゲータとドーでいこうかな。ユア、キミはどうする?」

 

「クチートとキルリア。二匹とも、やれるか?」

 

 クチートの大顎が鳴った。キルリアはオモダカへ顔を向け、また俺を見上げた。

 

『わたしも出たい。アイと一緒に戦うんでしょ? クチート、最初はお願いしてもいい?』

 

 クチートが大顎を開いて身を起こす。キルリアはその横から離れ、俺が差し出したボールへ触れた。戻したあと、手の中で一度持ち直し、取り出しやすい位置へつける。

 

「よろしくお願いします。勝つつもりでいきますから」

 

 オモダカが目を細めた。

 

「ええ。そうでなくては、困ります」

 

 コートを用意する間に準備を済ませてほしいと言われ、俺たちは廊下へ出た。アイがスマホを取り出し、短く指を動かす。俺が自分のボールを確認していると、画面が続けざまに震えた。

 

「ネモたちに、帰りは遅くなるって送ったんだけど……見に来るって」

 

「今から?」

 

 アイが画面をこちらへ向けた。行く、待ってて、すぐ着くと、ネモの返事が並んでいる。最後の文を読んでいる間に、また一つ増えた。ボタンからの、走らせないで、という文だった。

 

 俺は笑ってスマホを返した。アイも笑っていたが、階段を上がる頃には画面をしまい、アチゲータのボールを握っていた。

 

 ーー

 

 屋上へ出ると、風でパーカーの裾が膨らんだ。

 

 チリがコート脇の柵を閉め、俺たちへ手を上げている。ポピーもその隣にいて、クチートを見つけると背伸びをした。

 

「クチート、がんばってくださーい! ポピーも応援します!」

 

 クチートは俺の後ろからコートへ進み、中央の模様を踏んだ。大顎を左右へ振り、向かいへ渡っていくオモダカを追っている。俺は鞄を椅子に置き、アイと並んで所定の線まで歩いた。

 

「交代はしてええからな。どっちか一人の二匹が倒れても、もう一人に戦えるポケモンがおったら続行や。ほな、準備できたら出してな」

 

 チリの説明に頷き、俺はクチートを呼んだ。クチートがこちら寄りへ戻り、少し右を空ける。そこへ光が落ち、アチゲータが現れた。短い脚で踏み直してから口を開くと、クチートもそちらへ顔を向けた。

 

 向かいでは、ゴーゴートが蹄を鳴らしていた。太い首を覆う葉が揺れ、その後ろでクエスパトラが長い脚を伸ばす。二匹の姿を順に見ていると、アイがこちらへ半歩寄った。

 

「ボク、ゴーゴートを動かす。クチートはその後ろを狙える?」

 

「やってみる。近づけなかったら声かけるから」

 

 アイが頷いた。俺たちの前で二匹が構え、チリの手が下りた。

 

「バトル、開始!」

 

「クエスパトラ、“リフレクター”。ゴーゴート、“ビルドアップ”です」

 

「アチゲータ、“かえんほうしゃ”!」

 

 炎がコートを渡った。ゴーゴートは踏み込んでいた前脚を横へ置き、身体を捻って避ける。その肩の向こうへクチートが走り込んだ。クエスパトラの前まで、遮るものはない。

 

「“かみくだく”!」

 

 大顎が開いた。クエスパトラは細い脚で後ろへ跳び、追って伸びた牙の先で淡い膜が光る。大顎は脇腹を捉えたが、深く噛み込む間に羽と脚で押し返され、クチートの頭が振られた。

 

「ゴーゴート、“しねんのずつき”」

 

 クチートの横へ、紫に光る額が迫った。俺が離れろと叫ぶと、クチートは牙を開いて飛び退く。角は外せたが肩をぶつけられ、地面を転がった。

 

 アチゲータがそちらへ口を向ける。ゴーゴートへ炎を吹きつけたところで、クエスパトラの目が白く輝いた。

 

「“ルミナコリジョン”」

 

 光がアチゲータの胸へ当たった。赤い身体が後ろへ滑り、炎が途切れる。その隙間をゴーゴートが走り抜け、起き上がったクチートの前へ戻った。

 

 クチートが大顎を上げ、アチゲータも脚を突っ張って顔を起こした。俺はゴーゴートの立っている場所を見た。クエスパトラを追うには、またあの角の横を通らなければならない。

 

「アチゲータ、無理に撃ち続けなくていい。左へ回ろう」

 

 アイの声でアチゲータが動いた。俺もクチートを逆側へ走らせる。ゴーゴートはクチート側へ首を振ったが、クエスパトラはその後ろから出ず、アチゲータに合わせて少しずつ脚を運んでいた。

 

 アチゲータの口元に炎が見えた。ゴーゴートの前脚が持ち上がり、また身体を横へずらす。クエスパトラも同じ方へ動くので、二匹の間が開かない。

 

 俺はクチートへ手を向けた。

 

「クエスパトラの方に“かえんほうしゃ”!」

 

 低い炎がゴーゴートの脚の横を抜けた。クエスパトラが羽を広げ、反対へ跳ぶ。その着地したところを、アチゲータの炎が捉えた。

 

 長い首が仰け反る。胸を焼かれたクエスパトラがよろめき、ゴーゴートがそちらへ戻ろうとした。クチートはまだ、横へずれた前脚の近くにいる。

 

「クチート、前へ! “アイアンヘッド”!」

 

 クチートが身を沈め、ゴーゴートの肩へ飛び込んだ。光る頭が葉の下へぶつかる。ゴーゴートは蹄を滑らせたものの倒れず、首を下げてクチートを押し返してきた。

 

 硬い。クチートの身体が押され、大顎が地面についた。踏ん張る脚を見て、俺は斜めへ逃がせと指示した。クチートは角の外側へ身体を捻り、肩を擦られながら抜ける。

 

「クエスパトラ、“マジカルシャイン”」

 

 広がった光が、離れかけた二匹を包んだ。クチートは大顎で顔を覆って足を止めたが、アチゲータは横倒しになった。俺がそちらを見ると、アイはもう腰を落として呼んでいた。

 

「アチゲータ、こっちを見て。立てる?」

 

 アチゲータが前脚をつき、身体を起こす。口の端から息が漏れ、腹が大きく上下していた。

 

「さっきの“ルミナコリジョン”で、特殊技がきつくなってる。あの光、もう受けさせたくない」

 

 アイはコートへ視線を戻し、アチゲータを手前へ下げた。ゴーゴートは追わず、クエスパトラの横で首を振っている。俺は二匹を見比べた。クエスパトラには炎が通っていた。けれど、ゴーゴートを押し退けようとすると、その間に後ろから撃たれる。

 

「ゴーゴート、少し止められる?」

 

 アイに聞かれ、俺はクチートの位置を確かめた。相手の角からは離れている。呼吸も戻っていた。

 

「少しなら。クチート、もう一回行くぞ!」

 

 クチートが大顎を構えて走り出した。ゴーゴートが正面を向き、角を下げる。俺は進ませたまま、アチゲータの動きを見た。アイはそちらをゴーゴートの斜め前へ寄せている。

 

「アチゲータ、“うたう”!」

 

 柔らかい声が伸びた。ゴーゴートの前脚が止まりかけ、クエスパトラがアチゲータへ首を向ける。その目の周りに光が集まった。

 

 俺は腕を振った。

 

「クチート、奥へ撃て! “かえんほうしゃ”!」

 

 炎を避けたクエスパトラの頭が下がり、放たれた光がアチゲータの横を抜けた。歌は止まらない。クチートへ向けたゴーゴートの角が揺れ、前脚が折り畳まれる。胸を地面につけると、そのまま目を閉じた。

 

 アイが歌を切り、アチゲータを前へ出した。俺もクチートに走れと声を掛ける。横たわったゴーゴートの両側を抜け、二匹がクエスパトラへ迫った。

 

「クエスパトラ、“サイコキネシス”でクチートを止めてください」

 

 クチートの脚が地面から離れた。大顎が開いたまま浮き、クエスパトラから遠ざかる。アチゲータが炎を吐くと、クエスパトラはクチートを横へ投げ、長い脚を曲げて跳んだ。炎の端を浴びた羽が赤く光り、着地した足がずれる。

 

 クチートは放り出された先で片手をついていた。大顎がコートを擦り、身体が止まる。クエスパトラがアチゲータへ振り向こうとしたところで、俺は踏み出した。

 

「クチート、そのまま“かみくだく”!」

 

 伸びた大顎が、クエスパトラの胴へ食いついた。薄い膜が牙の間で震えたが、クチートは離れない。長い脚で蹴られるたびに足が浮き、それでも相手の動きについていく。

 

「ユア、離して!」

 

 アイの声にアチゲータを見ると、すぐ近くまで来ていた。俺はクチートへ下がれと叫んだ。牙が開き、クエスパトラが振りほどく勢いで横を向く。そこへアチゲータの“かえんほうしゃ”が叩きつけられた。

 

 羽が大きく広がり、長い脚が地面を掻いた。二歩、三歩と後退してから膝が折れ、クエスパトラが倒れる。チリが片手を上げた。

 

「クエスパトラ、戦闘不能!」

 

 俺が息を吐いたところで、ゴーゴートが目を開けた。アイはアチゲータを呼び戻し、俺もクチートを手前へ下げる。起き上がったゴーゴートは二匹を追いかけず、オモダカのそばまで戻っていった。

 

 右から手が伸びてきた。アイの拳へ自分の拳を当てると、今度は少し強くぶつかった。

 

「痛いって」

 

「ごめん。……でも、今のはよかった」

 

 アイが口元を緩め、すぐにアチゲータへ目を戻した。クチートが隣へ戻ると、アチゲータが短く鳴く。二匹とも身体に擦れた跡があり、クチートの大顎には白い筋が増えていた。

 

「間に合った! ユア、アイ!」

 

 扉からネモが飛び出してきた。後ろにボタンとペパーが続き、チリに止められて柵の外を回ってくる。ペパーが鞄を長椅子へ下ろす間にも、ネモは身を乗り出してコートを見ていた。

 

「もう始まってたんだ! どっちが――あっ、クエスパトラ!」

 

「ネモ、押さないで。うちも見たいんだけど」

 

 ボタンが横へ場所を取ると、ネモが少し寄った。俺はそちらへ手を上げかけ、向かいでボールの開く音を聞いて腕を下ろした。

 

 ドドゲザンが現れた。長い髪を畳んだ上へ身体を据え、頭の金色の刃をこちらへ向ける。ゴーゴートがその横へ並ぶと、オモダカは俺たちを交互に見た。

 

「一方が止められても、もう一方が動く。いいですね」

 

 ボールをしまう手が止まり、オモダカが小さく笑った。

 

「……困りました。見せていただくつもりが、こちらから崩したくなってきます」

 

 アイの口元が引き締まった。俺はクチートを呼び、アチゲータとの間を少し詰めさせる。オモダカの指先が、その二匹へ向いた。

 

「ドドゲザン、“ストーンエッジ”。ゴーゴートは前へ」

 

 アチゲータの足元が割れた。アイが左へと叫び、赤い身体が跳ねる。その逃げた方へゴーゴートが踏み込んでいた。

 

「クチート、“かえんほうしゃ”!」

 

 追いかけるゴーゴートへ炎を向ける。ゴーゴートは急に脚を止め、首を伏せた。炎が背の上を通り、クチートの顔がそちらへ向き切ったところで、ドドゲザンが踏み込んだ。

 

「“ドゲザン”」

 

 黒い刃が大顎の脇を抜けた。クチートが地面へ転がり、炎が途切れる。ゴーゴートはすぐに走り直し、避けたばかりのアチゲータへ角を突き出した。

 

「口を閉じて、身体を低く!」

 

 アチゲータが伏せた。角は頭上を通ったが、太い首に肩を押され、赤い身体が地面を滑る。クチートが立ち上がる場所へドドゲザンが進み、二匹の間を塞いだ。

 

 俺はクチートを左へ回そうとした。ドドゲザンも頭を振り、その進路へ刃を向ける。奥にいるゴーゴートはアチゲータを追い、こちらへ背中を見せていた。炎を撃てば、またクチートの横が空く。

 

「クチート、“てっぺき”! そいつから目を離すな!」

 

 身体に硬い光沢が走った。ドドゲザンが頭を振り下ろし、クチートは大顎を斜めに立てて受ける。牙の外側で刃が滑り、足が後ろへ押されたものの、クチートは身体を横へ逃がして踏みとどまった。

 

 アイが俺の腕を指で叩いた。

 

「そっちは動かなくていい。アチゲータ、こっちへ回り込んで!」

 

 アチゲータが大きく弧を描いて走った。ゴーゴートが追って曲がり、ドドゲザンの向こう側へ二匹が重なる。俺はクチートの大顎を引かせた。ぶつかっていた刃が前へ出た瞬間、クチートを後ろへ跳ばせる。

 

「アチゲータ、“ねっぷう”!」

 

 赤い口から熱が広がった。ゴーゴートが前脚を踏ん張り、葉を逆立てる。その脇を抜けた熱がドドゲザンの身体にも当たり、顔を覆った腕の間から炎がこぼれた。俺の頬まで熱くなり、クチートが目を細めて顔を背けた。

 

「ゴーゴート、進んでください。“ギガインパクト”!」

 

 炎の中でゴーゴートが首を下げた。蹄がコートを蹴り、重い身体が一直線に突っ込んでいく。アイはアチゲータを横へ逃がしながら、もう一度炎を向けさせた。

 

 ゴーゴートの肩が赤く照らされる。ドドゲザンが腕を下ろし、金色の刃を持ち上げた。

 

「退く先へ、“ストーンエッジ”」

 

 アチゲータの右に岩が突き出た。アイが止まれと叫び、アチゲータが脚を突っ張る。岩にはぶつからずに済んだが、狭くなった逃げ道をゴーゴートの身体が塞いだ。

 

「クチート、横から――」

 

 クチートが走り出す。その前で、アチゲータの赤い身体が弾き飛ばされた。コートを転がり、尾が一度動いてから止まる。

 

「アチゲータ、戦闘不能!」

 

 アイがボールを向けた。光が戻ってくる間、俺はクチートをアチゲータのいた場所へ進ませた。突進を終えたゴーゴートは頭を低くしたまま、脚を踏み直している。ドドゲザンがその前へ出たので、クチートを止めた。

 

 アイはボールを胸の近くへ寄せ、口元を動かした。声は聞こえなかった。すぐに次のボールを外し、空いた右側へ投げる。

 

「ドー、お願い! ゴーゴートの足元へ“だいちのちから”!」

 

 現れたドオーが腹を地面につけた。向こうでコートが盛り上がり、ゴーゴートが前脚を浮かせる。ドドゲザンがそちらへ向くのを見て、俺はクチートを前へ出した。

 

「“アイアンヘッド”!」

 

 クチートの頭がドドゲザンの肩へ当たった。黒い身体は倒れなかったが、刃の向きが変わる。その横でゴーゴートの足元から力が噴き上がった。

 

 着地したゴーゴートが首を振る。クチートはドドゲザンの反撃を大顎で受け、ドオーの隣まで戻ってきた。俺は近づいた背中を見た。傷は増えているが、足は止まっていない。“てっぺき”を使ってから、刃にぶつかっても踏み直せていた。

 

「ユア、ドーの近くで戦える?」

 

 アイに頷く。キルリアへ代えることも考えたが、目の前にはドドゲザンがいる。今のクチートなら、あの刃を受けてドオーが動く時間を作れる。俺は前にいる二匹へ声を掛けた。

 

「クチート、ドオーの左。近づいてきた方を見るぞ」

 

 クチートが半歩寄ると、ドオーが顔を向けた。大顎が一度鳴り、ドオーは口を開けたまま相手へ向き直った。

 

 ゴーゴートの角が緑に光った。ドオーを狙って踏み込み、ドドゲザンも反対側から近づいてくる。クチートの大顎が左右へ動いた。

 

「ドー、“ヘドロウェーブ”!」

 

 ドオーの周りから、紫の波が膨らんだ。クチートとドドゲザンの足元を越え、走ってきたゴーゴートの胸へぶつかる。ゴーゴートは首を振って波を突き切ったが、角が下がり、ドオーの顔の脇を通った。

 

「クチート、“アイアンヘッド”! 角を外せ!」

 

 低くなったゴーゴートの首へ、クチートが横からぶつかった。角が地面を擦り、ドオーが身体を引く。ドドゲザンが頭を振ったのを見て、俺はクチートに大顎を上げさせた。金属音が響き、クチートの身体がドオーの方へ滑る。

 

「ドドゲザン、“しねんのずつき”。ドオーへ」

 

 紫の光が刃の根元へ集まった。ドオーが顔を起こすところへ頭が突き出され、茶色い身体が押し倒される。クチートが追いかけると、今度はゴーゴートの角がその進路へ入った。

 

 俺はクチートを止め、顔へ“かえんほうしゃ”を撃たせた。ゴーゴートが首を振って離れる。その間にドオーが腹を地面へ戻し、近くにいたドドゲザンへ水を吐いた。“ハイドロポンプ”に押され、黒い身体が数歩分滑った。

 

 クチートが戻ってくる。大顎の側面に走った傷を見ていると、向こうでゴーゴートが肩を持ち上げた。また“ビルドアップ”だ。脚を太く踏みしめ、ドオーへ顔を向けている。

 

「ゴーゴート、波が来たら跳んでください。ドオーの目の前へ」

 

 オモダカの声に、アイが口を結んだ。ドオーの口元にはまだ紫の雫がついている。クチートも相手を見たまま大顎を閉じ、足を置き直した。

 

 さっきと同じように待っていては、今度は波の上から角が来る。俺はドオーとゴーゴートの間を見た。さっき水を吐いたところだけ、コートの色が濃い。

 

「アイ、水でもう少し押せるか?」

 

 アイがドオーへ視線を下ろした。口を開いたドオーが身体を起こし、相手へ向けて前脚を踏ん張る。

 

「やってみる。ドー、“ハイドロポンプ”!」

 

 水がゴーゴートへ伸びた。ゴーゴートは首を引き、横へ跳ぶ。その着地へクチートを走らせると、ドドゲザンも滑るように前へ出た。

 

 水はまだ出ている。ゴーゴートが着いた場所と、ドドゲザンの進路が近づいた。

 

「クチート、止まって“てっぺき”!」

 

 クチートが足を開いた。振り下ろされた黒い刃を、大顎の外側で受ける。硬い音が響き、身体は押されたが、前のめりになったドドゲザンのすぐ横を、水が通り抜けた。

 

「そっちじゃない、ドー! ドドゲザンに!」

 

 アイが腕を振ると、水の向きが変わった。ゴーゴートを追っていた流れがドドゲザンの脇腹へ当たり、クチートを押していた刃が離れる。

 

 クチートの正面が空いた。向こうではゴーゴートが着地したばかりで、後ろ脚を引きつけている。

 

「前脚を噛め! “かみくだく”!」

 

 クチートが地面を蹴り、大顎を伸ばした。ゴーゴートが脚を引く。牙は片方の前脚を捉え、閉じ切らずに止まった。ゴーゴートは角を下げ、クチートを振り払おうと首を突き出してくる。

 

「引っ張らなくていい! 放すな!」

 

 クチートが腰を落とした。体重の差で前へ引きずられ、足元に二本の擦れた線ができる。それでも大顎は閉じたままだった。ゴーゴートが持ち上げた前脚を戻せず、胸が傾く。

 

 水が止まった。ドドゲザンが腕をついて踏み直すところへ、ドオーが腹を擦りながら進む。アイはクチートのすぐ後ろを指していた。

 

「そこから、“ヘドロウェーブ”!」

 

 紫の波がクチートの身体を越え、身を屈めたゴーゴートへ押し寄せた。前脚が捕まったまま跳ぼうとして、ゴーゴートの胸が持ち上がる。波を首の下へ浴び、大きな身体が横へ倒れかけた。

 

 オモダカの声が飛んだ。

 

「ゴーゴート、“ギガインパクト”!」

 

 後ろ脚が深く曲がった。クチートを振り払うように、ゴーゴートが身体をひねる。大顎が持ち上がり、クチートの足が地面から離れた。

 

 俺は牙を開かせた。解けた反動でクチートが横へ飛び、ゴーゴートは低くなった肩からドオーへ突っ込む。

 

「ドー、“のしかかり”!」

 

 ドオーが前脚を浮かせた。大きな腹とゴーゴートの肩がぶつかり、二匹がもつれて倒れる。ドオーは押し転がされたが、その重さにゴーゴートも前脚を崩し、膝をついた。

 

 クチートは片手をついていた。顔が上がり、大顎が地面を離れる。ドドゲザンがその方へ動き始めたが、ドオーの口元が膨らんだ。

 

「“ハイドロポンプ”!」

 

 水がドドゲザンの進路を横切った。刃を立てて流れを受ける黒い身体から、俺はゴーゴートへ目を戻した。蹄は地面についている。けれど、突進したあとの脚は動かず、首がゆっくり上がるところだった。

 

「クチート、“かえんほうしゃ”!」

 

 炎がゴーゴートを包んだ。首の葉が大きく揺れ、持ち上がった身体が落ちる。クチートが炎を切っても、ゴーゴートは立たなかった。

 

「ゴーゴート、戦闘不能!」

 

 アイの肩が下がった。俺も開いた口から息を吐く。ドオーは横倒しの姿勢から腹を地面へ戻し、クチートが戻る場所を空けた。

 

「二匹! やったじゃん!」

 

 ボタンの声が聞こえた。ネモが何度も頷き、その横でペパーが手を叩いている。ポピーも両手を上げていたが、俺が向き直ったときには、ドドゲザンが水を払いながらこちらへ進み出ていた。

 

 オモダカがゴーゴートを戻す。ボールをしまい、最後の一つを手に取ったところで、こちらを見て笑った。

 

「まだまだ。ここからも、勝ちにいきますよ」

 

 青い光が開き、キラフロルが宙へ浮いた。花弁が一枚ずつ広がり、中心の顔が俺たちへ向く。ドドゲザンがその斜め前へ移ると、キラフロルはクチートとドオーの間を見下ろした。

 

 クチートの右足が、着くたびに少し沈んでいた。さっき角を外したときについた傷から、脚の内側へ汚れが広がっている。俺はキルリアのボールを確かめた。ゴーゴートは倒した。次はクチートを休ませたい。

 

「アイ、クチートを代える。ドオーと少し離してくれ」

 

「うん。ドー、右へ。“ハイドロポンプ”で近づけないで!」

 

 ドオーが水を吐いた。ドドゲザンは正面から受けず、頭を下げて斜めへ動く。水の筋を追うように、キラフロルがその後ろから左へ流れた。

 

 俺はクチートへ下がれと声を掛け、ボールを外した。クチートが二歩戻ったところで、ドオーの足元が赤く光った。

 

「キラフロル、“だいちのちから”」

 

「ドー、水を切って、後ろ!」

 

 ドオーが腹を滑らせた。噴き上がった力に身体の端を打たれ、水が大きく逸れる。その開いたところをドドゲザンが抜け、ドオーへ頭を向けた。

 

「“しねんのずつき”」

 

 俺はボールを向けかけた手を止めた。ドオーはまだ起き直っていない。クチートを戻せば、その正面にいるのはドドゲザンだけになる。

 

「クチート、ドオーの前! 刃を横へ弾け!」

 

 クチートが踏み込み、大顎を振った。紫に光る頭とぶつかり、ドドゲザンの向きがずれる。クチートの足も流れたが、ドオーはその間に身体を起こした。

 

「離れて、ドー!」

 

 アイの声でドオーが下がる。俺もクチートを戻そうと腕を伸ばした。

 

「ドドゲザン、押さえて。“アイアンヘッド”。キラフロル、“だいちのちから”」

 

 大顎を引きかけたクチートへ、白く光る頭が押しつけられた。斜めに構えた牙が地面近くまで下がり、クチートの膝が曲がる。足元に赤い光が広がった。

 

「大顎を開け! 右へ跳べ!」

 

 クチートが牙を開いて刃を逃がした。身体が右へ流れ、ドドゲザンも頭を引く。小さな足が地面を蹴ったところで、下から光が噴き上がった。

 

 クチートが浮いた。大顎を引き寄せるように身体を丸め、噴き上がる力の外へ落ちる。着いた手が滑り、大顎がコートを打った。

 

「クチート!」

 

 呼ぶと、顔が少し動いた。立ち上がろうとした手が滑り、身体が地面へ伏せる。

 

「クチート、戦闘不能!」

 

 俺はボールを向けた。ドオーがドドゲザンへ水を飛ばしている間に、クチートの身体が赤い光へ変わる。戻し終えてから、ボールを握っていた手を下ろした。

 

「……ありがとう。ドオー、助かったよ」

 

 表面へ親指を置いたまま、一度息を吸った。向かいではドドゲザンが身を起こしている。胸は焼け、腕も地面を擦っていた。それでも金色の刃が上がり、その後ろで青い花弁が開き直した。

 

 アイが俺の隣へ寄り、手の中のボールへ視線を落とした。

 

「クチート、ありがとう。……ドー、まだいける?」

 

 ドオーは口を開いて息をついていたが、呼ばれるとこちらへ顔を向け、短い脚で身体を持ち上げた。アイは頷き、腰から離していた手を前へ伸ばした。

 

「ユア、次、お願い」

 

 俺はクチートのボールを戻し、隣からキルリアのボールを外した。柵の向こうでネモがこちらを見ている。ボタンは両手を握り、ペパーは前へ身を乗り出していた。

 

「いけるぞ、ユア! アイもついてんだろ!」

 

 その声に、俺は頷いた。扉の近くにはハッサク先生もいた。片手を柵へ置き、もう片方の手を胸元で握っている。俺の手元へ視線が動いたのを見て、ボールを投げた。

 

「キルリア、頼む!」

 

 細い緑の脚が地面へ下りた。キルリアはコートの傷跡を見てから、ドオーの隣へ進んだ。ドオーが身体を寄せると、ぶつからないよう半歩ずれ、こちらを振り返る。

 

『ユア、次はわたしに任せて。ドオーと一緒に頑張るから、ちゃんと見ててね』

 

「ああ。見てる。ドオーが動いたら、お前も合わせてくれ」

 

 キルリアが頷き、向こうへ顔を戻した。俺の隣でアイが右足を踏み出す。俺も同じ線まで出て、キルリアの背中と、奥で待つ二匹を見た。

 

「キルリア、左から行くぞ」

 

「ドーは右。いつでも動けるようにね」

 

 ドオーが腹を低くし、キルリアが片足を引いた。ドドゲザンの刃がその間へ向き、キラフロルが花弁を大きく広げた。

 

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