パルデア編 二年目
第2話 大会開幕
「あなたの目玉を エレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! おはこんハロチャオー!」
「そしてそしてぇ?大会会場にお越しのれでぃーすあんどじぇんとるさんどもー!!ノッてるかーい!!」
頭の上を通り越していくような歓声に、俺は後ろを振り返った。並んだ観客席のあちこちで腕が上がり、その間からポケモンの鳴き声も聞こえる。手を振る人の向こうには、まだ席を探している人がいた。通路に立った係の人が、空いている場所を指している。
ナンジャモさんが長い袖を耳元へ寄せると、声はもっと大きくなった。
「いいねいいねえ! 朝から元気いっぱいではないですか! 配信の皆の者も、コメントでじゃんじゃん参加してちょーだい!」
コートの向こうの大きな画面に、ナンジャモさんの顔が映った。本人はその下に設けられた実況席にいる。机の前には『学園最強大会』と書かれた幕が垂れ、カメラが観客席へ向きを変えると、画面の中でも誰かが大きく手を振った。
「ユア、こっちも映るかも」
隣のアイがカメラを指したので、俺はそちらへ向き直った。出場者の集まる一角にいる俺たちの前を、レンズがゆっくり通り過ぎていく。
足元でキルリアが背を伸ばした。人の間から見ようとしているのに気づいて、俺は半歩横へずれる。キルリアは空いたところへ出ると、カメラに向かって手を振った。
『見えたかな。あっちの画面、わたしたちが映ったよ』
見上げたときには、もう別の場所へ切り替わっていた。キルリアの手が下り、スピーカーからナンジャモさんの声が響いた。
「お待たせしました! 今日から始まる学園最強大会! バトルが大好きなそこのキミも、友達の応援に来たキミも、どうぞ最後まで楽しんでいってねえ!」
歓声に混じって、出場者の名前を呼ぶ声が上がった。何列か向こうでネモがそちらへ手を振っている。その腕が下りたあとも、顔はずっとコートへ向いていた。
観客席の外側には屋台の旗が見える。風に乗って香ばしい匂いが流れてきたので鼻を向けたら、アイも同じ方を見ていた。
「あそこ、もう並んでる」
「ハイダイさんのところかな。俺、終わったら食べに行くつもり」
「ボクも。売り切れる前に行きたいね」
俺は旗の位置を覚えてから、コートへ目を戻した。あれだけ仕入れていたんだから大丈夫だろう。そう考えたものの、通路を歩いていく人の数を見ていると、少し心配になった。
「ではでは、これからの予定を一緒にチェック! 皆の者、画面にご注目〜!」
ナンジャモさんが腕を伸ばし、画面に大会の日程が映し出された。予選の実施日と、本戦が行われる日。その下には、受付でもらった案内と同じ時刻が並んでいる。
「まずは本日から予選スタート! ここを勝ち抜いて本戦へ進めるのは、たったの8人! 応援したい選手がいるなら、予選からお見逃しなく! まだ決まってない? それなら今日、見つけちゃおう!」
ナンジャモさんが予選の日付を順に示すたび、画面の該当する部分が大きくなる。俺もポケットから案内を出して開いた。折り目を押さえ、自分が来る日と集合時刻をもう一度確かめる。
「本戦の日程はこちら! 準々決勝、準決勝、そして決勝! 勝ち上がった二人が、最後にぶつかるわけですなあ。くう〜っ、今から楽しみすぎる!」
画面が切り替わり、八つの空欄を線で結んだトーナメント表が現れた。下から目で辿ってみる。一つ勝っても、その上に次の相手がいる。俺は案内を畳み、画面を見上げたままポケットへ戻した。
前に立っていた生徒が、ボールを手の中で回しながら隣の友達へ身を寄せた。どこまで行けるかな、と話す声が聞こえる。俺も自分の名前を八つの枠に当てはめてみて、それから、予選の案内へ目を戻した。
「日付と時間、ちゃんと確認できたかな? 会場の掲示にも載ってるから、あとで見直してね! 配信で応援する皆の者も、見たい試合の日は忘れずチェック! ボクも張り切って実況しちゃうぞ〜!」
続いて表示されたのは、試合の規則だった。
ナンジャモさんは、使用するポケモンの数を案内してから、交代の扱いへ話を進めた。画面の図を動かしながら、どこを見ていればよいか順に示していく。
「交代にもご注目! 相性のいいポケモンを出したつもりが、相手に読まれていたりして? ボールに戻ったからって、そこで気を抜いちゃいけませんぞ〜!」
説明に合わせて、画面の二つのボールが入れ替わる。横の文字も読み、俺は受付で聞いた内容と照らし合わせた。自分が試合をするつもりで読むと、ただ眺めていたときより目が止まる。
ひと通りの説明を終えたナンジャモさんが、机へ身を寄せた。
「バトルを見るのは初めて、って人も楽しんでね! なんと今回は、ボクの隣にとんでもないお方が来てくれております! 解説を務めてくださるのは、パルデアのトップチャンピオン、オモダカさんでーす!」
拍手が広がり、オモダカさんが椅子から立ち上がった。ナンジャモさんが腕いっぱいに紹介する隣で、観客席へ一礼する。その姿が画面に大きく映ると、俺の後ろからも名前を呼ぶ声が飛んだ。
「本日は、どうぞよろしくお願いいたします。選手の皆さんがどのようなバトルを見せてくださるのか、私も楽しみにしています」
「しかもしかも、オモダカさんも選手として出場されるんですよねえ! 対戦することになったら、これは大変ですぞ!」
「はい。出場するからには、私も勝ちたいですから」
オモダカさんは微笑んだまま答えた。隣でアイが小さく笑う。
「だってさ」
「聞こえてるよ」
俺はベルトに留めたボールへ手を添えた。前に戦ったときは、隣にアイがいた。次に当たることになったら、一人であの人を相手にする。画面の中では、オモダカさんがナンジャモさんへ向き直っていた。
「解説席でも対戦相手でも大注目! オモダカさん、よろしくお願いしまーす!」
ナンジャモさんが頭を下げ、今度はコートの脇へ袖を向けた。
「そして、試合を見届けてくれる審判はこの方! 四天王のチリさんでーす!」
チリさんは手にしていた書類を係の人へ渡し、呼び声の方へ歩いてきた。差し出されたマイクを受け取ると、観客席へ片手を上げる。
「どうも、チリちゃんです。今日は審判やらせてもらいます。選手のみんな、開始の合図はちゃんと待ってな。張り切るんは、そのあとで頼むで」
出場者の方から笑い声が起こった。チリさんはそちらを見て笑ってから、軽く頷いた。
「ほな、ええ試合、楽しみにしてます」
マイクを返すと、チリさんはコートの線を確かめながら持ち場へ戻っていった。前にリーグで会ったときのような、机いっぱいの紙はない。俺が目で追っていると、こちらに気づいて、指先で小さく手を振ってくれた。
「さあ、そろそろ選手の皆さんには準備に入っていただきましょう! 対戦相手と集合場所の確認をお忘れなく! 応援する皆の者は、拍手で送り出してちょーだい!」
周囲の人が動き始め、俺もアイと一緒に列を抜けた。キルリアが人の足を避けてついてくるので、歩幅を緩めて隣へ寄せる。振り向いたアイも速度を落とし、そのまま対戦表の掲示へ向かった。
ーー
掲示の前には人が集まっていたが、確認を済ませた人が離れると、俺の位置からも名前が読めるようになった。
上から順に探して、自分の名前のところで目を止める。対戦相手の欄には、ピーニャと書かれていた。
「ピーニャか」
横へ移動したアイが、俺の見ている欄を覗いた。
「うん。ボクは向こうの案内も見てくる。ユア、呼ばれる前に準備しておきなよ」
「分かってる。じゃあ、またあとで」
アイが手を上げて人の間へ入っていく。俺は掲示の端にある集合場所を確かめてから、邪魔にならないところまで離れた。
ピーニャなら何度も話したことがある。でも、向かい合って本気で戦ったことはない。あくタイプの使い手だということと、対戦してどう動くかを知っていることは別だ。
ベルトに並んだボールを一つずつ確かめた。留め具へ触れた指に汗がついていて、ズボンで拭う。
『ユア、わたしも戻っておくね。人が多いから、そっちの方が歩きやすいでしょ』
見下ろすと、キルリアが俺の隣で待っていた。俺はしゃがんでボールを外す。
「ありがとな。ちょっと待ってて」
キルリアが頷き、差し出したボールへ手を伸ばした。赤い光を見届けて立ち上がると、係の人が選手の名前を呼んでいた。俺もそちらへ行き、名前を伝えて案内を受ける。
通路の先からはコートが見えた。さっき立っていた場所と違って、観客席が真正面にある。人の顔がこちらを向くたびに、歩いている自分の足まで見られているようで、背筋が伸びた。
「続いてご案内する対戦はこちら! ピーニャ選手、ユア選手、コートへお越しくださーい!」
スピーカーから自分の名前が流れた。聞き慣れているはずの名前なのに、今は立ち止まりそうになる。係の人が手で進む先を示してくれたので、礼を言ってコートへ出た。
靴底が地面を踏む。線の引かれた場所まで歩くと、向こう側からも一人、コートに入ってくるのが見えた。
ピーニャだった。こちらを見て片手を上げ、そのまま向かいの位置に立つ。俺も手を上げて返し、ベルトへ指をかけた。
ピーニャの手が、腰のボールを握った。