「最初のカードはこちら!a.k.a悪事ことピーニャ選手vsユア選手!!悪タイプのエキスパートを相手にキルリア氏達をどう立ち回らせるのかぁ!!!!?」
その声に迎えられて始まった試合は、互いに二体を失っても、まだ決着がつかなかった。
攻撃を避けた場所へ次の一撃が飛び、押し返せば、ピーニャも指示を変えてくる。何度も声を張ったせいで喉が渇いていた。俺は唇を舐め、戻したばかりのボールをベルトへ留めた。向こうでもピーニャがボールを収め、残る一つへ手を伸ばしている。
コートの中央には土がめくれた跡があり、白い線の一部が砂に埋まっていた。
「頼んだぞ、クチート!」
投げたボールから光が広がり、クチートが地面に降り立った。向かいには赤褐色の大きな身体が現れる。ワルビアルが口を開くと、並んだ歯の奥まで見えた。太い尾を引きずり、一歩進んだ足が土を踏み固める。
クチートはそちらへ背を向け、大顎を持ち上げた。左右に足を開き、頭越しに相手を見る。その顎が、ガチン、と鳴った。
「お互い最後だな、ユア。ここまで来たら、勝って帰らせてもらうぜ」
「こっちだって負けるつもりないからな」
クチートの足が、少し前へ出た。ワルビアルが身を低くすると、大顎もその口の高さへ下がる。俺が声を掛けるのを待ちながら、顎の先だけが相手の動きを追っていた。
「両者とも残るポケモンは一体! ここからは交代なしの真っ向勝負ですぞ!」
チリさんが俺たちを確かめ、腕を振った。
「バトル、再開!」
「ワルビアル、“かみくだく”!」
「クチート、“てっぺき”! 受けてから噛み返せ!」
クチートの身体に金属の光沢が走る。踏み込んできたワルビアルの牙を、大顎が受け止めた。噛みつかれた衝撃でクチートの足が滑り、土の上に二本の跡が伸びる。
「“かみくだく”!」
開いていた大顎が閉じ、ワルビアルの口先を挟んだ。クチートは片足を置き直し、身体を低く沈める。後退が止まったところで、ワルビアルの尾が地面を擦った。
大きな頭が横へ振られる。クチートは顎を離さず、振られた側へ足を送ってついていった。ワルビアルが向きを戻したところへ、今度は自分から押し込む。赤褐色の足が一歩下がり、観客席から声が上がった。
「おおっと、クチート氏、押し返したあ! その身体のどこにそんな力があるのー!?」
「ワルビアル、“ばかぢから”だ!」
ワルビアルの腕が、大顎の両側へ掛かった。足が地面へ食い込み、組み合っていた頭ごとクチートを持ち上げようとする。クチートの踵が浮いた。
「離せ、クチート!」
大顎が開いたものの、ワルビアルの腕は離れなかった。クチートの身体が地面から引き剥がされ、横へ放り出される。肩から落ちた身体が転がり、大顎の先が土を掘った。
俺は踏み出しかけた足を止めた。クチートが両手をつき、大顎を引き寄せて立ち上がる。向こうではワルビアルも腕を下ろし、大きく息を吐いていた。
「クチート、いけるか!」
クチートは顔をこちらへ向け、大顎を勢いよく閉じた。すぐに相手へ向き直り、自分がつけた跡を踏み越えて進んでいく。
あんなふうに投げられても、まだやる気だ。俺は口元を袖で拭い、その足が地面を捉えたのを見た。
「よし、“アイアンヘッド”!」
クチートが身体を返し、鋼の光を帯びた頭を突き出した。ワルビアルは腕を交差させて受けたが、そのまま後ろへ押される。踏ん張ろうとした膝が折れ、片足が土を擦った。
「“ばかぢから”は強力ですが、使ったあとは攻撃と防御が下がります。ワルビアルは、ここをどう凌ぐかですね」
オモダカさんの声が聞こえたところで、ワルビアルが上体を捻った。クチートの頭を腕で横へ流し、尾を引き寄せて距離を取る。クチートも追いすぎず、大顎を向け直した。
ピーニャが、首に掛けていたヘッドホンへ指を添えた。
「いいねえ。そのパワー、最後まで付き合ってもらうぜ」
持ち上げた手の中で、テラスタルオーブが光った。
集まった光がワルビアルを包み、結晶が弾ける。赤褐色の身体が硬い輝きに覆われ、頭上にはあくタイプのテラジュエルが現れた。口を開いて吠えると、牙まで光を反射した。
「出ました、あくテラスタル! ピーニャ選手、ここで勝負をかけるう!」
「ワルビアル、“かみくだく”!」
黒い光をまとった牙が迫る。クチートが大顎を開き、俺も声を張った。
「“かみくだく”で受けろ!」
ぶつかった音が響いた。今度は噛み合った直後から、大顎が下へ押し込まれる。クチートが膝を曲げて支えると、ワルビアルは首を下げたまま進んだ。歯が擦れ、大顎の端から黒い光が散る。
クチートの身体は持ちこたえている。それでも足元の土が崩れ、足が少しずつ滑っていた。
「左へ半歩! そっち、土が固い!」
クチートが足をずらし、めくれた土の外へ踏み出した。踏ん張りが利いたところで顎を持ち上げると、ワルビアルの首も起きる。押し込んでいた身体が止まり、ピーニャの手が前へ伸びた。
「口を離して下がれ! “はかいこうせん”!」
ワルビアルが噛み合いを解き、後ろへ跳ねた。その口に光が集まる。クチートの大顎は持ち上がったままで、小さな身体がさらされていた。
「横へ跳べ!」
光線がコートを走った。クチートが跳び、足元の土が吹き飛ぶ。光は大顎の端をかすめ、空中で身体が傾いた。着地したクチートが片手をつく。その向こうで、ワルビアルは口を開いたまま動けずにいた。
「今だ、“アイアンヘッド”!」
地面を蹴ったクチートが、ワルビアルの腹へ突っ込んだ。結晶の表面を鋼の光が走り、大きな身体が後ろへ倒れる。背中が土を打つと、俺は拳を握ったまま、その足を見た。
まだ動いている。
ワルビアルは横へ転がって腕をつき、ゆっくりと身体を起こした。ピーニャが名前を呼ぶと、口を開いて応じる。チリさんも腕を上げず、二体を見ていた。
「耐えたーっ! ワルビアル、まだ立ちます! この勝負、どっちも譲らない!」
クチートは追いかけようとした足を止めていた。着地でついた手を一度開き、握り直す。大顎の先は地面すれすれまで下がっているが、ワルビアルが立ち直ると、また持ち上がった。
俺の方を見たクチートが、歯を鳴らした。
「……ああ。今度はこっちから押し切ろう」
ワルビアルは足を広げ、腕を構えていた。ピーニャが一度大きく息を吸い、こちらを見る。
「受けて立つぜ。ワルビアル、“ばかぢから”!」
「クチート、“ばかぢから”!」
クチートが走り出し、身体を反転させながら大顎を突き出した。ワルビアルがそれを両腕で受け止める。二体の足元から土が跳ね、大顎を挟んだ腕が震えた。
クチートが押し込み、ワルビアルが押し返す。一歩進んだ足が戻され、それでもクチートは顎を下げなかった。ワルビアルの爪が大顎の縁へ掛かり、腕に引きつける。
さっき投げられたときと同じだ。大顎が持ち上がり、クチートの踵が浮きかける。
「足を前へ! 顎の下まで入れ!」
クチートが小さな身体を押し込み、持ち上げられた大顎の下へ踏み込んだ。両足が地面につき、膝が深く曲がる。ワルビアルは腕を伸ばそうとして、片足を後ろへ引いた。
その足が、まだ地面についていない。
「そこだ、押し上げろ!」
クチートの膝が伸びた。全身で突き上げた大顎に、ワルビアルの両腕が押し戻される。大きな身体が仰け反り、引いていた足が着地したが、クチートは止まらなかった。
「踏ん張れ、ワルビアル!」
尾が地面を打った。ワルビアルが身体を戻そうとするところへ、クチートがもう一歩進む。大顎をつかんでいた片腕が外れた。
俺は息を詰めた。クチートが残った腕ごと押し込み、ワルビアルの身体を地面から浮かせる。大顎を振り抜くと、赤褐色の巨体がコートへ叩きつけられた。
砂が広がり、クチートの片膝も地面についた。大顎を下げかけて、また持ち上げる。俺は名前を呼ぼうとしたまま、ワルビアルが起きるかを見ていた。
尾の先が動き、止まった。チリさんが近づいて様子を確かめ、腕を上げる。
「ワルビアル、戦闘不能! クチートの勝ち! よって、この試合の勝者はユア選手!」
ワルビアルを覆っていた結晶が光になって散った。
「決まったああ! 最後の力比べを制したのは、ユア選手とクチート氏ーっ!」
歓声の中で息を吐いたら、喉がひりついた。クチートの大顎が下りるのを見て、俺はコートへ走った。近くでしゃがむと、クチートは片膝をついたまま、ゆっくりこちらを見上げた。
「勝ったぞ。……すげえな、お前」
差し出した手の前で、大顎が一度鳴った。立ち上がろうとした足が震えたので、俺は手を引かずに待った。クチートは少しこちらを見てから、その手に自分の手を置いた。
立つのを支えていると、向こうでワルビアルを戻したピーニャが歩いてきた。
「最後までよくやってくれたんだけどな。あそこから持っていかれるとは思わなかったぜ」
「俺も、最初に投げられたときは焦った。こいつは、まだやりたそうだったけど」
ピーニャがクチートへ目を落とす。クチートは俺の手を離し、また大顎を持ち上げた。
「おい、もう終わりだって」
俺が言うと、ピーニャが声を出して笑った。
「またやろうぜ。次も、ちゃんと勝ちにいくからよ」
「ああ。こっちもな」
差し出された手を握り返す。その横でクチートが大顎を閉じ、ピーニャはもう一度笑って、空いている手を上げた。