坑道から戻る頃には、日が少し傾き始めていた。
クロガネシティはいつも通りだった。
煙突からは煙が上がり、荷車が鉱石を運んでいる。
職人たちの声も聞こえる。
見慣れた景色だ。
俺はそのまま作業場へ向かった。
すれ違う職人たちがこちらを見る。
誰も声は掛けてこない。
ただ黙って道を開ける。
坑道で何かあったことだけは、もう伝わっているらしかった。
作業場へ入ると鉄の匂いが鼻をついた。
奥では父さんがしゃがみ込んでいる。
壊れた重機の部品を前にしていた。
俺の足音に気付き、顔を上げる。
「戻ったか」
「うん」
短いやり取りだった。
父さんはそれ以上聞かない。
俺もすぐには話さなかった。
近くの木箱へ腰を下ろす。
少し息を整えてから口を開いた。
「クチートに会った」
父さんの手が止まる。
俺は続けた。
坑道で見たこと。
ラルトスが感じたこと。
職人とゴーリキーが押し掛けたこと。
そして、それでもクチートは最後まで襲ってこなかったこと。
知っていることをそのまま話した。
分からないことは分からないまま。
余計な想像は入れずに。
父さんは黙って聞いていた。
途中で工具を置き、腕を組む。
それでも最後まで口は挟まなかった。
話し終わると、しばらく沈黙が続いた。
カン。
遠くで金属を叩く音が響く。
父さんは天井を見上げながら息を吐いた。
「……そうか」
ぽつりと呟く。
そして壊れた部品へ視線を落とした。
「妙だとは思ってた」
「妙?」
父さんは頷く。
「壊すだけなら、もっと派手にやれる」
手元の金属片を持ち上げる。
「人を襲うことだってできたはずだ……なのに、そうなってない」
部品を置く。
鈍い音が響いた。
「壊されてるのは設備ばかりで、人間は一度も襲われていない」
俺は黙って聞いていた。
それは俺も感じていたことだった。
坑道で見た傷跡。
クチートの警告。
全部が頭をよぎる。
父さんは少しだけ目を伏せた。
「理由があるのかもしれんな」
それ以上は言わない。
その理由までは分からないからだ。
俺たちはまだ何も知らない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
クチートは無差別に暴れているわけじゃない。
「父さん」
俺が呼ぶ。
父さんがこちらを見る。
「俺、もう一回行く」
静かに言った。
父さんの眉が少しだけ動く。
「危険だぞ、と言っても、行くんだろうな、お前は」
「うん」
「今朝もそうだったが……本当に無茶だけはするなよ」
当然、怖くないわけじゃない。
むしろ怖い。
でも、このままにはできなかった。
坑道の奥で見たクチートの目が頭から離れない。
「放っておけないんだ」
自然と口から出た言葉だった。
父さんは黙って俺を見る。
何かを確かめるように。
長い沈黙のあと、父さんはゆっくり立ち上がった。
そして俺の肩を軽く叩く。
「……わかった、お前のやりたいようにやれ」
それだけだった。
反対はしない。
だが手放しで賛成もしない。
その一言にはそんな意味が込められている気がした。
俺は小さく息を吐く。
『ユア』
「ん?」
『また行くの?』
「行くよ、このまま放っておけないからね」
迷いはなかった。
ラルトスは少しだけ黙る。
そして。
『うん』
短く頷いた。
俺は立ち上がる。
まだ何も分かっていない。
クチートのことも。
坑道で起きたことも。
だけど、知らないまま終わらせたくなかった。
だからもう一度行く。
今度こそ答えを見つけに、坑道の奥へ。