繋がりの王者   作:宵取与一

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6話

 

 

 ジニア先生との試合を終え、三匹の手当てが済んで会場へ戻ると、屋台の前にはまだ長い列ができていた。ハイダイさんの屋台で昼飯を買い、紙袋を抱えて人の間を抜ける。今日はもう俺の試合はない。せっかくだから座って食べようと、観客席から少し離れた木陰へ向かった。

 

 芝生を挟んで並んだベンチの片方が空いていた。端へ腰を下ろして三つのボールを開くと、キルリアが足元に降り、クチートは木の根元へ歩いていく。最後に出したエンニュートが身体を伸ばすと、黒い尾がベンチの下まで入ってきた。

 

 紙袋を開けた途端、エンニュートの鼻先が寄ってくる。袋を膝の端へずらしても、首を伸ばせば届いてしまう。

 

「待て。お前の分もちゃんとあるから」

 

 パンを一つ差し出すと、エンニュートはくわえて草の上へ伏せた。その間にキルリアにも渡し、木の根元にいるクチートのところへ残りを持っていく。受け取るのを見届けてベンチへ戻った時には、エンニュートがもう顔を上げていた。

 

 俺は自分のパンにかじりつき、寄ってきた鼻先を空いた手で押し返す。

 

「これは駄目。俺、まだ一口しか食ってないんだぞ」

 

 エンニュートは俺の手に鼻を押しつけたまま、喉を鳴らした。もう一つ渡そうと紙袋へ手を入れると、今度はそちらへ首が向く。小さくちぎって差し出した分をくわえ、その場で食べ始めた。

 

『ユア、わたしのも半分にしてくれる?』

 

 隣へ来たキルリアからパンを受け取り、二つに割って返す。両手に一つずつ持ったキルリアは木の根元へ向かい、クチートのそばに腰を下ろした。俺もようやく膝の上を片づけて、残りのパンを口へ運ぶ。

 

「いた。ユア、ここだったんだ」

 

 顔を上げると、飲み物を手にしたアイが通路から入ってきた。ボタンもイーブイのバッグを揺らしながら後ろについてくる。

 

「ハイダイさんの屋台に寄ったら、さっき買っていったって聞いたよ。ボクたちもここで休んでいい?」

 

「おう。アイの試合、まだだよな」

 

「このあと。食べ終わったら見に来てよ」

 

 ベンチの前へ回り込んだアイを、エンニュートが顔を上げて追った。続いて胴体が動くと、草の上を滑った尾がアイの足首に当たる。

 

「おっと」

 

 アイが足を引いたので、俺も膝元を見下ろした。エンニュートの頭は俺のそばにあるのに、尾の先はアイの足元まで伸びている。

 

「悪い。エンニュート、こっち向いてみろ」

 

 俺が反対側から手を出すと、エンニュートは首を曲げ、前脚を動かして向きを変えた。尾もベンチの前から外れたが、今度は俺の靴の上を通っていく。足を抜いて座り直すと、アイがしゃがんでエンニュートの頭を撫でた。

 

「大丈夫だよ。当たっただけだから」

 

 エンニュートは手を避けず、首を低くした。アイの指が頭から首筋へ動くにつれ、顎が草につく。長い尾もゆっくり曲がり、俺の足の横へ収まった。

 

 ボタンは向かいのベンチにバッグを置き、座りながらエンニュートを眺めた。

 

「近くで見ると、ほんと大きい。ユア、びっくりしたでしょ」

 

「試合中に光りだしたからな。終わってから出してみても、まだ変な感じする」

 

 アイが立ち上がると、エンニュートも顎を持ち上げた。ただ、追いかけたのはアイの手じゃなく、俺が袋から取り出したパンの方だった。ボタンが口元へ袖を寄せる。

 

「それでも、おなかはすくんだ」

 

「俺の分まで狙ってる」

 

 紙袋に残った最後の一つを半分に分けた。エンニュートが食べている間に俺も自分の分を食べきり、袋を畳んで膝へ置く。

 

 遠くのコートから歓声が上がった。アイは隣へ腰を下ろすと、飲み物の蓋を開けてそちらを見る。木の葉が揺れ、草の上の日なたが動いても、エンニュートは顎をつけたままだった。キルリアも食べ終わり、クチートと並んで木陰に座っている。

 

 アイが飲み物をしまったところで、会場に呼び出しが流れた。

 

「Bブロック第3試合、アイ選手、ハイダイ選手は、バトルコートまでお越しください」

 

「じゃ、行ってくるね」

 

 腰のボールを確かめて立ち上がったアイに、俺も頷いた。ボタンがバッグを背負うのを待って三匹を戻し、選手用の入口でアイと別れる。俺たちは観客席へ向かった。

 

ーー

 

 二匹ずつが倒れ、アイが最後のボールから出したのはイワンコだった。

 

 向かいでは、ミガルーサがハイダイさんの声に応えて尾びれを振っている。さっきまでの攻防で身体に土がつき、向きを変えるたびに水滴と一緒に落ちた。イワンコは相手を見据えたまま、後ろから届くアイの声に耳を向ける。

 

「イワンコ、走って! まずは距離を取るよ!」

 

「逃がさんぞ! ミガルーサ、“アクアジェット”!」

 

 水をまとった身体が地面すれすれを進み、横へ走るイワンコに迫る。アイの指示で落とされた岩へぶつかる直前、ミガルーサが進路を曲げた。イワンコの肩を水がかすめる。足が流れたところを踏み直し、イワンコはさらに横へ駆けた。

 

「“がんせきふうじ”! 左側に!」

 

 続けて降った岩が、ミガルーサの片側を塞いでいく。ミガルーサは岩のない方へ回ったが、そのままイワンコとの距離も詰めてきた。

 

「そこだ! “アクアカッター”!」

 

 水の刃が横へ走った。イワンコは身をひねって跳び退いたものの、脇腹に刃を受けて転がる。俺は膝に肘をつき、コートをのぞき込んだ。

 

 イワンコが前脚で身体を起こす。開いた口から舌がのぞき、息をするたびに腹が動いていた。アイはコートの縁から声をかける。

 

「追わなくていいよ。そこで待って!」

 

 踏み出しかけた前脚が止まった。ミガルーサを目で追いながら腰を落とすイワンコに、俺も座席の端へ座り直す。クロガネにいた頃は、俺の足元から離れようとしなかったのに。

 

 ミガルーサが岩の外側を抜けて迫る。イワンコの足元には砕けた石が散っていたが、今度は逃げなかった。

 

「“かみつく”!」

 

 横を抜けようとしたミガルーサへ飛びつき、その側面をくわえる。引っ張られたイワンコの爪が地面を掻いた。ミガルーサも身をよじり、ハイダイさんが腕を振ると、身体の脇に再び水の刃が伸びた。

 

 イワンコは口を離して飛び退いたが、着地した足が石に乗り、横へ崩れた。そこへミガルーサが向き直る。

 

「押し切るぞ! “アクアジェット”!」

 

 水に包まれたミガルーサが岩の列に沿って突っ込んだ。イワンコが立ち上がり、前脚を踏ん張る。アイはまだ攻撃を命じない。俺の隣でボタンがバッグを膝へ引き寄せた。

 

 ミガルーサの鼻先が最後の岩を越えた。

 

「横にかわして、“とっしん”!」

 

 イワンコが身体をずらし、脇を通りかけたミガルーサへ地面を蹴ってぶつかった。ミガルーサが横へ弾かれ、イワンコも衝突の反動で転がる。

 

 イワンコは起き上がろうとして一度膝を折ったが、前脚をつき直し、四本の足で立った。ミガルーサも尾びれを動かしたものの、身体は地面から上がらない。そばへ寄ったチリさんが確認し、アイの方へ腕を上げた。

 

「ミガルーサ、戦闘不能! よって、勝者はアイ選手!」

 

 隣でボタンが息を吐き、拍手を始めた。俺も手を叩きながらコートへ目を戻すと、アイがイワンコのところでしゃがんでいた。

 

 イワンコは差し出された手の下をくぐり、アイの胸へ頭を押しつけた。尻尾が左右に揺れる。アイが首の横を掻いても離れようとせず、とうとう前脚まで膝に乗せたので、アイは両腕で抱き上げた。

 

「いやあ、見事だい! 最後までよく踏ん張ったな!」

 

 ミガルーサを戻したハイダイさんが近づくと、アイもイワンコを抱えたまま立ち、頭を下げた。

 

ーー

 

 手当てを終えたアイと合流した時には、観客席に西日が差していた。最後の試合を見終えた人たちが通路へ出てきて、俺たちも邪魔にならないよう大型画面のそばへ寄る。

 

「イワンコ、強くなったな。あんな近くまで来ても逃げなかったし」

 

「でしょ。あの子、ちゃんと待てるんだよ。ボクが呼ぶまで、ずっと相手を見ててくれる」

 

 アイが腰のボールに触れ、俺の方へ顔を向けた。

 

「あとで直接言ってあげて。きっと喜ぶから」

 

「うん。……勝ったあとも、離れなかったな」

 

「抱っこしてほしくて仕方なかったみたい。戻す時までくっついてた」

 

 笑ったアイの袖には、薄く土が残っていた。ボタンがそれを指で示すと、アイは袖を引っ張って確かめ、空いた手で払う。

 

「ユアもついてる。パンくず」

 

「え、どこ」

 

 自分の服を見下ろしている途中で、大型画面の音が鳴った。アイも手を止め、三人で顔を上げる。

 

「予選全日程が終了しました。本戦へ進出する八名を発表します」

 

 試合結果が消え、八つの枠に名前が入っていった。俺はユアの文字を見つけて息を吐き、残りの枠を目で追う。ボタンもいる。少し離れたところには、アイの名前があった。

 

「三人とも通ったね」

 

 アイの声に頷くと、ボタンもバッグの肩紐を握ったまま頷いた。俺は腰へ手を下ろした。並んだボールに指が触れ、エンニュートの入った一つを軽く押さえる。

 

 画面の名前が動き、準々決勝の四組が並んだ。

 

 俺の向かいにあるのは、ボタンの名前だった。隣を見ると、ボタンもこっちを見ている。

 

「……初戦からユアか。手加減とか、いらんからね」

 

「するかよ。俺だって勝ちたいし」

 

「うちも負けるつもりないし」

 

 そう言ってボタンは口元を緩め、画面へ向き直った。俺ももう一度対戦表を見上げる。アイの相手はソラだった。

 

「ボクはソラか。楽しみだな」

 

 アイがスマホロトムを取り出して画面を撮ったので、俺も自分のを取り出した。端に入ってしまったボタンが半歩避けてくれる。礼を言って撮り、手元に写った『ユア対ボタン』を確かめた。

 

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