「あなたの目玉を エレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! おはこんハロチャオー!」
選手用通路の天井から声が降ってきた。壁に取りつけられた画面では、ナンジャモが両手を広げ、その後ろを配信用のスマホロトムが飛び回っている。挨拶が終わると同時に、通路の先から歓声が押し寄せてきた。
「そしてそしてぇ? 大会会場にお越しの、れでぃーすあんどじぇんとるさんどもー! ノッてるかーい!」
返ってきた声で、足元まで揺れたように感じた。俺は腰のボールを確かめ、明るい出口へ進む。向かいの通路からボタンも姿を見せ、イーブイのバッグを持たない肩へ手を置いてから、コートへ足を踏み入れた。
「昨日までの予選を勝ち抜いた八名が、ここから本戦に突入だー! 記念すべき最初のカードは、予選でポケモンを進化させたユア選手! 対するは、ブイブイ言わせる頭脳派トレーナー、ボタン選手ー!」
大型画面が二つに割れ、俺とボタンの顔、その下に登録した三匹が並んだ。俺の欄にはエンニュート、キルリア、クチート。ボタンの欄にはブラッキー、リーフィア、ニンフィアが表示されている。
「本戦のルールは、三匹ずつによる全三試合! 勝ち抜き戦じゃないから、一戦終わったポケモンは次の試合には出られませーん! 三試合を終えた時、戦えるポケモンが多く残っていた方が準決勝へ進出! 同じ数なら、残ったポケモン同士でサドンデスだぞー!」
「一つの敗北で試合が決まる形式ではありません。どの相手へ誰を出すかも、勝敗を左右します」
ナンジャモの隣に映ったオモダカさんが説明を添えた。ナンジャモは大きく頷き、画面の外へ片腕を伸ばす。
「解説は我らがトップチャンピオン、オモダカさん! そしてコートの真ん中、三試合をばっちり裁いてくれる審判はチリちゃんでお送りしまーす!」
「ちゃん付けは余計や。二人とも、準備ええか?」
中央に立ったチリさんが、俺とボタンを順に見る。俺が頷くと、向かいでもボタンがボールを手に取った。
「ほな、第一試合。ポケモンを出してや」
選んだボールを投げる。白い光がコートへ落ち、エンニュートの細長い身体を作った。後ろ脚で立ち上がったエンニュートは前脚を広げ、尾を地面へ這わせる。
ボタンの投げたボールからはブラッキーが現れた。黒い四肢で着地し、額と身体の輪が黄色く光る。頭を低くしてエンニュートを見据え、長い耳だけをボタンへ向けた。
チリさんが二匹の間から下がり、腕を上げる。
「エンニュート対ブラッキー――始め!」
「エンニュート、“かえんほうしゃ”!」
「ブラッキー、“かげぶんしん”」
炎がコートを横切る前で、ブラッキーの姿が左右へ分かれた。いくつもの黒い身体が散り、火炎は正面の一匹を飲み込む。揺らいだ姿が消えた時には、残りが別々の方向へ走り出していた。
「そのまま薙ぎ払え!」
エンニュートが首を振り、炎の筋で追う。触れた分身が一匹ずつ消えていく中、右端のブラッキーだけが地面を蹴った。口元に黒い球が集まる。
「“シャドーボール”」
放たれた球が炎の上を越えた。エンニュートは後ろ脚で横へ跳び、着地と同時に身体を沈める。黒い球が肩をかすめ、背後の地面で弾けた。
「潜り込め、“はいよるいちげき”!」
前脚をついたエンニュートが低く走る。ブラッキーは次の球を作ろうとしたが、その下へ滑り込んだエンニュートが脇を抜け、後ろから爪を振り上げた。ブラッキーの身体が前へ押し出され、口元に集まりかけた影がほどける。
「入ったぁ! 進化したばかりでも低いところからの速さは健在! エンニュート、ブラッキーの後ろを取りましたー!」
ブラッキーは前脚を滑らせながら向きを変えた。背中に傷が残っている。もう一度追わせようとしたところで、ボタンが片手を上げた。
「ブラッキー、“つきのひかり”」
身体の黄色い輪が淡く輝き、白い光が傷を覆った。エンニュートが距離を詰める間にブラッキーの足が伸び、呼吸も戻っていく。
「治しきる前に、“ほのおのムチ”!」
エンニュートの尾に炎が走った。長い尾が地面から持ち上がり、横薙ぎに振られる。ブラッキーは後ろへ跳んだが、炎の先端が前脚を捉えた。着地が崩れ、白い光も途切れる。
続けて打てる。そう思って腕を振った時、尾を振り抜いたエンニュートの身体が大きく回った。後ろ脚がついていかず、爪が地面を擦る。尾を戻すまでの間に、ブラッキーは身体の正面から外れていた。
「もう一回、“かげぶんしん”」
増えたブラッキーが、今度はエンニュートを囲むように広がった。前、右、後ろ。エンニュートが首を向けるたび、別の一匹が動き出す。
「追わなくていい! その場で炎を回せ!」
エンニュートは足を止め、“かえんほうしゃ”を足元から外へ振った。近くの分身がまとめて炎に消える。残った一匹へ身体を向けたが、尾の先はまだ反対側にあった。引き寄せようとした一瞬に、別方向から“シャドーボール”が飛んでくる。
「左だ!」
前脚で地面を押して逃れたものの、曲げきれなかった胴へ黒い球が当たった。エンニュートが横へ倒れ、尾が遅れて地面を打つ。それでも前脚をつき、頭を上げた。
ボタンは最初から、右と左を交互に動かしている。まっすぐ走る時は追いつけるのに、向きを変えるたび、長くなった胴と尾が遅れる。そのずれを待って“シャドーボール”を撃っていた。
「エンニュート、分身じゃなく足元を見ろ! 本物だけ草を踏む!」
ブラッキーたちの足元へ目を凝らす。影はどれも同じでも、コートの芝が沈んだのは一か所だけだった。
「あそこへ“ポイズンテール”!」
エンニュートが踏み込み、紫色に染まった尾を振り上げる。ブラッキーは横へかわしたが、尾先が後ろ脚を打った。分身が消え、地面へ落ちたブラッキーが一度転がる。
立ち上がるまでに追いつける。エンニュートも前へ出たが、ブラッキーは逃げずに四肢を踏ん張った。
「準備できた。ブラッキー、“とっておき”!」
ブラッキーの全身を白い光が包んだ。
“かげぶんしん”、“シャドーボール”、“つきのひかり”。ここまで使った三つの技が頭を通り、俺はエンニュートの尾を指す。
「“ほのおのムチ”で止めろ!」
炎をまとった尾が横から迫る。ブラッキーは速度を落とさず、その軌道の内側へ潜り込んだ。尾の先が背後を通り過ぎ、振った勢いでエンニュートの肩が開く。
白い光が、その胴へ正面からぶつかった。
エンニュートの後ろ脚が地面を離れ、身体が押し流される。尾まで伸びきったところで芝生へ落ち、二度転がって止まった。前脚が動き、爪が土を掻いたものの、身体は持ち上がらない。
チリさんがそばへ寄り、しゃがんで様子を確かめた。
「エンニュート、戦闘不能! 第一試合はブラッキーの勝ち!」
大型画面の数字が動き、俺の下に零、ボタンの下に一が入った。
「まずはボタン選手が一勝を先取ー! 三つの技を使い切ってからの“とっておき”、きれいに決まったぁ!」
「エンニュートが向きを変える際のずれを、ボタン選手は見逃しませんでしたね。ただ、ユア選手も途中で本物の見分け方を変えています。第二試合の選択が重要になります」
オモダカさんの声を聞きながら、ボールをエンニュートへ向けた。赤い光に包まれる直前、エンニュートはもう一度だけ前脚を立てようとした。
「戻れ。次にやり返そう」
光を収めたボールを腰へ戻す。向かいでは、ボタンが駆け寄ってきたブラッキーの首を撫でていた。ブラッキーを戻したあとに顔を上げ、こちらを見る。口元は動かなかったが、眼鏡の奥の目は逸れない。
「第二試合で使うポケモンを選んでや」
チリさんの声で、残った二つのボールへ手を下ろした。
キルリアか、クチートか。
指は二つの間で止まったままだった。