俺の前にはクチート、ボタンの前にはニンフィアが降り立った。
クチートは背中の大顎を持ち上げ、正面に立つニンフィアへ身体を向ける。ニンフィアも四本の足を揃え、首元から伸びる触角を左右へ広げた。先端が芝生の上を滑り、クチートとの間の距離を測るように止まる。
「第三試合はクチート対ニンフィア! 一勝一敗で迎えた準々決勝の最終戦、ここを取った方がベストフォー進出だー!」
大型画面には一対一の数字が並んでいる。チリさんは俺とボタンを順に確かめ、二匹の間から下がった。
「第三試合――始め!」
「ニンフィア、“かげぶんしん”」
「クチート、“かえんほうしゃ”で薙ぎ払え!」
ニンフィアの輪郭が重なり、白と桃色の身体が扇状に広がった。クチートの大顎が開き、吐き出された炎が右から左へ芝生を焼いていく。分身は触れた端から消えたが、炎が正面へ届く直前、一匹だけが低く身を沈めた。
「“でんこうせっか”」
ニンフィアが地面を蹴り、火炎の手前を横切った。白い身体がクチートの脇へぶつかる。クチートは片足を滑らせ、大顎を振り下ろしたものの、ニンフィアは触角を縮めながら斜め後ろへ抜けていた。
「追え、“アイアンヘッド”!」
クチートの頭が銀色に光り、前へ踏み込む。ニンフィアとの距離はすぐに縮まったが、ぶつかる寸前に白い身体が横へ流れた。クチートは振り向こうとして足を踏み直す。全身に勢いが乗っている分、向きを変えるまでが遅い。
「そのまま、“ムーンフォース”」
ニンフィアの前に淡い光の球が生まれた。クチートが正面を向いた時には撃ち出され、胸へ当たって身体を押し戻す。大顎が地面へ触れたが、クチートは倒れず、片足ずつ前へ戻した。
「ニンフィア、近づいては離れる! クチートの突進をまともに受けませーん!」
「“アイアンヘッド”は強力ですが、踏み込みから衝突まで全身を使います。ニンフィアは動き始めを見て、進路から外れていますね」
もう一度、ニンフィアが姿を増やす。今度は一か所へ留まらず、クチートを囲むように分身が走った。触角まで同じように揺れ、どれが芝生を踏んでいるのか、離れた俺の位置からでは見切れない。
「クチート、動かなくていい。“てっぺき”!」
クチートが足を開き、身体の表面に金属の光を重ねる。左右から二匹のニンフィアが飛び込んだ。片方は大顎に触れて消え、反対側から来た本体が“でんこうせっか”で肩を打つ。金属音が響いたものの、クチートの足は芝生をわずかに削っただけだった。
「そこだ! 離れる前に“アイアンヘッド”!」
身体を返したクチートが踏み込む。ニンフィアは正面へ跳ばず、クチートの横をすり抜けて距離を取った。また届かない。追わせれば、頭の光が消えたところへ“ムーンフォース”を撃たれる。
「クチート、止まれ! 振り向かずに大顎を開け!」
クチートが踏ん張り、大顎だけを後ろへ向けた。放たれた光の球へ炎を吐き、背後で二つの技がぶつかる。淡い光が炎を押し分けたが、勢いは落ち、クチートの大顎へ当たって砕けた。
正面へ回ったニンフィアが、また低く身を沈める。俺が腕を向ける前に、クチートは大顎を開いたまま首を振った。炎が足元を横切り、ニンフィアは走り出せずに後ろへ跳ぶ。
「クチートが自分で進路を塞いだー! 今度はニンフィアが近づけない!」
クチートは炎を止め、頭を低くした。逃げる場所を狭めてからなら、“アイアンヘッド”を当てられる。俺が踏み込ませようとしたところで、ボタンが右手を上げた。その手には、光を集めたテラスタルオーブが握られている。
「ニンフィア。ここ、取るよ」
ボタンがオーブを投げ上げた。ニンフィアの身体を包んだ光が結晶になり、コートいっぱいに反射する。頭上に羽根のついた大きなハートが形作られ、首元の触角まで透き通った光を帯びた。
「出ましたフェアリーテラスタルー! ボタン選手、最後の一匹へ勝負を預けたぁ!」
「クチート、“アイアンヘッド”!」
「“ムーンフォース”」
クチートが正面から踏み込む。ニンフィアの前で膨らんだ光が撃ち出され、銀色の頭へぶつかった。クチートは光の中を進んだが、一歩ごとに足が外へ開いていく。もう少しで届くところで身体が押し返され、背中から芝生へ落ちた。
大顎を地面へつき、クチートが上体を起こす。“てっぺき”の光は身体に残っていても、今の攻撃を止めてはくれなかった。ニンフィアは追ってこず、触角を前へ揃えたまま次の光を集めている。
「正面から行くな! 炎で狙いをずらせ!」
クチートが大顎を傾け、“かえんほうしゃ”をニンフィアの足元へ走らせる。ニンフィアは横へ跳び、“ムーンフォース”を抱えたまま着地した。光が放たれる方向へ大顎を差し出し、もう一度、炎をぶつける。
爆ぜた光に隠れてニンフィアの姿が途切れた。煙の下を白い影が走ってくる。
「左から来るぞ!」
クチートが片足を引く。ニンフィアの“でんこうせっか”を肩で受け、横へ抜ける身体へ大顎を振った。先端が後ろ脚をかすめ、ニンフィアの着地が崩れる。
「今だ、“アイアンヘッド”!」
クチートが向きを変え、銀色の頭で迫る。ニンフィアは前脚を踏ん張り、直前で身体を横へ投げた。クチートの頭が触角をかすめたものの、白い身体は衝突の線から外れる。そのまま触角を地面へつき、引かれる勢いを使って距離を広げた。
「惜しいー! クチート、追い詰めたけど届かなーい!」
頭から突っ込むたびにかわされる。止まった後なら炎は使えても、ニンフィアはもう近くにいない。クチートの短い腕がわずかに動き、すぐに身体の横へ戻った。
ボタンは眼鏡の位置を直し、クチートが立て直すのを待たずに腕を振った。
「ニンフィア、“かげぶんしん”。今度は止まらないで」
結晶をまとったニンフィアが五匹に増え、クチートの周りを走り始める。ハート形の飾りが光を散らし、どの足元にも色の違う影が揺れた。
「大顎を下げろ! 足元へ“かえんほうしゃ”!」
炎が円を描き、近づいた分身をまとめて消す。残った二匹のうち、右側が炎の切れ目へ飛び込んだ。
「本体、右だ!」
「“でんこうせっか”」
ニンフィアが一気に距離を詰める。クチートは頭を銀色に染め、正面へ向き直った。
「“アイアンヘッド”!」
ぶつかる直前、ニンフィアが前脚を外へ置き、クチートの左側へ抜けた。また同じだ。クチートの身体は正面へ傾き、すぐには追えない。
それでも、今度は踏み込まなかった。
クチートはその場に足を残し、すれ違うニンフィアへ左腕を差し出した。小さな手が銀色に変わり、白い脇腹を鋭く打つ。
ニンフィアの身体が横へ跳ねた。結晶の表面に光の筋が走り、芝生を滑って止まる。
「い、今の、“メタルクロー”ですか!?」
ナンジャモの声が裏返った。俺も、銀色に光るクチートの手から目を離せなかった。教えた覚えはない。クチートは一度だけ手を握り、開き直してからニンフィアへ向ける。
「努力の賜物でしょうか。大きく踏み込まず、接近してきた相手へ腕だけを差し込みました」
「クチートちゃん! 上手く行きましたね!!」
観客席から届いた高い声へ顔を上げる。ポピーが手すりから身を乗り出し、両手を振っていた。隣にいたハッサク先生が、その身体を後ろから支えている。
「……お前、いつの間に練習してたんだよ」
クチートは俺を見ず、大顎を一度鳴らした。
ガチン。
ニンフィアが足を震わせながら立ち上がる。頭上の結晶は残り、触角もクチートへ伸びていた。ボタンはポピーの方を一度だけ見てから腰を落とし、ニンフィアの目を覗き込む。
「まだいける? ……じゃあ、最後まで付き合って。ニンフィア、“とっておき”」
ニンフィアの全身から白い光があふれた。“かげぶんしん”、“でんこうせっか”、“ムーンフォース”。ここまで使った技が頭を通る。光は結晶の輝きまで巻き込み、ニンフィアの輪郭を覆い隠した。
「クチート、“てっぺき”!」
金属の光がクチートの身体を固める。避けろ、と続けかけたが、クチートは足を開いたまま動かない。下げた左腕には、銀色の光が残っている。
さっきと同じ距離まで来させるつもりだ。
「そのまま受けろ! 離すな!」
白い光がクチートへ正面からぶつかった。小さな身体が芝生を削りながら押され、足首の高さまで土が跳ね上がる。大顎が背後の地面へ食い込み、クチートの身体が止まった。
ニンフィアも勢いを緩めない。互いの身体が触れた距離で光が膨らみ、クチートの片膝が芝生へつく。
「クチート!」
呼びかけに応じ、大顎が地面を強く挟んだ。
ガチン!
クチートは倒れた膝を起こさず、左腕だけを振り上げる。銀色の爪が、目の前にあるニンフィアの胸元を捉えた。
結晶に亀裂が広がる。砕けた光が二匹の間から舞い上がり、ニンフィアの身体が後ろへ倒れた。クチートも腕を下ろし、大顎へ体重を預けたまま動かない。
チリさんが駆け寄り、二匹の様子を順に確かめる。ニンフィアは前脚を動かしたが、身体を起こせなかった。クチートは大顎を支えにして片足を立て、顔を上げる。
「ニンフィア、戦闘不能! 勝者、クチート! よって準々決勝、勝者はユア選手!」
大型画面の数字が変わった。俺の名前の下に二、ボタンの下に一が並ぶ。
「決まったぁー! 最後はクチートが初披露の“メタルクロー”で押し切った! ユア選手、二対一で準決勝進出ー!」
歓声の中、ボタンはニンフィアへ駆け寄った。首元を撫でてからボールへ戻し、立ち上がって眼鏡を押し上げる。
「そんな技まで隠してたとか、聞いてないし」
「俺も知らなかったよ」
ボタンの目が観客席のポピーへ動く。ポピーは悪びれた様子もなく、クチートへ向かって何度も手を振っていた。ボタンは小さく息を吐いたあと、俺へ顔を戻す。
「トレーナーにまで隠すとか、そっちのクチート自由すぎ。次は絶対、先に見つけるから」
「見つけたら対策されるだろ。次も隠しといてもらう」
「自分も知らないのに、よく言うし」
ボタンはニンフィアのボールを胸元へ寄せ、選手用通路へ歩き出した。
コートに残ったクチートが、大顎を支えにしながら俺の前まで来る。腰を落として頭へ手を置くと、クチートは目を細めた。
「勝手に覚えてくるなら、せめて俺にも教えろよ」
背中の大顎が、俺のすぐ横で閉じる。
ガチン。