繋がりの王者   作:宵取与一

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11話

 

 

 準決勝当日、向かいの選手用通路から現れたのは、頭から足元まで暗いマントで覆った人だった。

 

 大型画面には登録名の『ORM』と、一匹分の枠だけが表示されている。残り二枠は予選の時から空白のままだ。マントの裾が止まり、フードの奥がこちらへ向く。顔は影に隠れ、離れた場所からでは口元も見えなかった。

 

「さあ皆の者、準決勝の時間だー! ユア選手に立ちはだかるのは、予選からたった一匹で勝ち上がってきた謎のトレーナー、ORM選手!」

 

 ナンジャモの声が響き、大型画面の俺の側にエンニュート、クチート、キルリアが並んだ。

 

「この対戦だけは、ちょいと変則ルール! ユア選手は三匹を順番に投入! ORM選手は登録された一匹で戦い続けます! 途中で受けた傷も、変化した力も、そのまま次の相手へ持ち越し! ORM選手の一匹を倒せばユア選手の勝ち。先に三匹とも倒されたらORM選手の勝ちでーす!」

 

「一匹で参加すると決めた以上、避けられない条件です。ORM選手も了承した上で登録しています」

 

 オモダカさんの説明が続く。ORMは何も言わず、マントの内側からボールを一つ取り出した。

 

 俺もエンニュートのボールを外し、チリさんが立つコートの中央へ目を戻す。

 

「両者、準備はええな。最初のポケモン、出してや」

 

 二つのボールが開く。俺の前へ降りたエンニュートは後ろ脚で立ち、長い尾を芝生へ這わせた。向かいの白い光は、エンニュートを覆い隠すほど大きく膨らんでいく。

 

 太い脚が地面へつき、赤い身体が起き上がった。白い羽毛に囲まれた顔、頭から伸びる長い飾り、喉から胸へ続く丸いふくらみ。前脚をついて身を低くすると、後ろへ伸びた尾がコートの線を越えそうなほど揺れる。

 

 形は違う。それでも、背の曲がり方や胸元の輪を見た瞬間、ミライドンの姿が頭に浮かんだ。金属でできたあいつと違い、目の前のポケモンは筋肉が動くたび、赤い鱗と羽毛の境目が上下している。

 

「コライドン! ORM選手、ここまで全試合をこの一匹で突破してきたぁ!」

 

 名前が呼ばれると、コライドンが頭を上げて吠えた。空気が震え、雲の間から差していた日が急に強くなる。照らされた赤い鱗が濃く光り、エンニュートは目を細めて身を低くした。

 

 客席へ視線を動かすと、前列でペパーが立ち上がっていた。手すりを掴み、コライドンから目を離していない。隣のネモが何か話しかけても、顔を動かさなかった。

 

「エンニュート、相手を見ろ」

 

 呼びかけると、エンニュートの前脚が芝生へついた。コライドンも身体を沈め、互いに正面を向く。

 

 チリさんが二匹の間から下がり、腕を上げた。

 

「ユア選手対ORM選手――始め!」

 

「エンニュート、“かえんほうしゃ”!」

 

 炎がコートを走る。コライドンは避けずに頭を下げ、赤い身体で火炎の中へ踏み込んだ。鱗の表面を炎が流れても速度は落ちない。

 

 フードの奥から、落ち着いた声が届く。

 

「“アクセルブレイク”」

 

 コライドンが四肢で地面を蹴った。炎を突き破った巨体が跳ね上がり、身体をひねりながらエンニュートへ迫る。

 

「右へ走れ!」

 

 エンニュートは姿勢を低くしたまま横へ走った。コライドンの身体が肩口をかすめ、着地した四肢が芝生を深く削る。土と草が跳ね、エンニュートの長い尾へ降りかかった。

 

「戻る前に、“はいよるいちげき”!」

 

 エンニュートが地面すれすれを走り、向きを変えかけたコライドンの脇へ潜る。爪が後ろ脚の付け根を打ち、赤い巨体が一歩ずれた。コライドンは尾を振って身体を支えたものの、次に踏み込んだ前脚が先ほどほど深く芝生へ入らない。

 

「当てたー! エンニュート、体格差を下から崩したぁ!」

 

 エンニュートはそのまま背後へ抜ける。距離を広げようとしたところで、コライドンが片腕を地面から離した。

 

「“ドレインパンチ”」

 

 太い腕が横から伸びる。エンニュートは前脚で地面を押したが、長い胴の中央を拳が捉えた。身体が折れ、芝生の上を転がる。コライドンの拳から淡い光が戻り、爪でつけた脚の傷が浅くなっていく。

 

「エンニュート、起きろ! 離れたら回復される。足を止めるぞ!」

 

 エンニュートは前脚をつき、尾を自分の身体へ引き寄せながら立ち上がった。コライドンが次の一歩を踏み出したところへ、尾を大きく振る。

 

「“ほのおのムチ”!」

 

 炎をまとった尾がコライドンの前脚へ巻きついた。エンニュートが後ろ脚を踏ん張り、身体ごと横へ引く。巨体を倒すまではいかなかったが、コライドンの肩が下がり、踏み出した足が内側へ滑った。

 

 コライドンは腕を引き抜こうとする。炎が鱗を舐め、尾の巻きついた箇所から焦げた跡が広がった。

 

「そのまま引け!」

 

 エンニュートが尾へ力を込める。コライドンは引かれた方向へ一歩進み、身体を沈めた。前へ崩れたのではない。太い後ろ脚が地面を掴み、全身へ炎が噴き上がる。

 

「“フレアドライブ”」

 

「尾を離して横へ!」

 

 エンニュートが炎の尾をほどく。コライドンは間を空けず、燃える巨体で突っ込んできた。エンニュートも“かえんほうしゃ”を正面へ放ち、重なった炎の中で横へ跳ぶ。直撃は外れたが、コライドンの肩が胴の後ろ側へ触れた。

 

 エンニュートの身体が回り、長い尾から地面へ落ちる。コライドンも勢いを止めるまで数歩かかり、先ほど尾を巻かれた前脚を一度浮かせた。

 

 炎はどちらにも大きく効いていない。それでも、ぶつかった重さは消えない。エンニュートは前脚を震わせながら身体を持ち上げ、コライドンへ顔を向けた。

 

「まだ走れるな。右へ回って、“ポイズンテール”!」

 

 エンニュートが弧を描いて進み、紫色に染めた尾を振り上げる。コライドンは傷の残る前脚を引き、反対の腕で受けた。尾先が鱗を擦り、腕に紫色の筋を残す。振り払われる前にエンニュートは尾を戻し、正面から外れた。

 

 追ってきたコライドンの歩幅は大きいが、“はいよるいちげき”を受ける前より踏み込みが浅い。エンニュートは二度、三度と進路を変え、巨体の周りを走った。

 

「もう一度、“ほのおのムチ”! 前脚を狙え!」

 

 炎の尾が同じ脚へ向かう。コライドンは腕を上げて避けたが、尾先が脇腹を打った。焦げた鱗が剥がれ、身体が横へ傾く。客席から声が上がり、エンニュートは地面へ落ちた尾をすぐに引き戻した。

 

「効いています。エンニュートは倒すことだけを急がず、次に戦う仲間が攻撃を通せる状態を作っていますね」

 

 オモダカさんの声に重なって、ORMの手がマントの内側から出た。指に挟まれていたテラスタルオーブが、陽射しを受けて光る。

 

「コライドン」

 

 短く名を呼び、オーブが投げ上げられた。光の中でコライドンの身体が結晶に覆われ、頭上に巨大な竜の顎を思わせる飾りが形作られる。赤かった鱗が幾つもの色を返し、傷の残る前脚まで硬い輝きに包まれた。

 

「ここでドラゴンテラスタルー! 一匹で戦うコライドンは、次の相手へ替わってもこの姿のまま! エンニュートが残した傷もそのままですが、強くなったドラゴン技を受け止めなきゃいけませーん!」

 

 コライドンが頭を振る。結晶の飾りが光を散らし、喉の奥から低い唸り声が漏れた。フードの奥から声が落ちる。

 

「“げきりん”」

 

 コライドンの目が鋭く細まり、地面を蹴った。

 

「距離を取れ! 炎を足元へ!」

 

 エンニュートが走りながら“かえんほうしゃ”を吐く。コライドンの正面で芝生が燃え上がったが、結晶をまとった身体は炎を突き抜けてくる。エンニュートが横へ曲がる。コライドンも前脚を滑らせながら向きを変え、尾を振り回した。

 

 尾先がエンニュートの背を打ち、細長い身体が地面へ落ちる。転がりながら前脚をついたところへ、コライドンの腕が振り下ろされた。

 

「下を抜けろ!」

 

 エンニュートは身体を伏せ、腕と地面の隙間へ滑り込んだ。頭上で芝生が裂ける。巨体の腹の下を抜けながら尾へ炎を走らせ、後ろ脚へ叩きつける。

 

 “ほのおのムチ”が当たり、コライドンの脚が崩れた。片膝が地面へ落ち、結晶の破片が散る。エンニュートは振り返り、もう一度尾を持ち上げようとした。

 

 コライドンは倒れた膝を軸に身体を回した。

 

 振られた腕がエンニュートの脇腹を捉える。小さな身体が宙へ浮き、コートの端まで飛ばされた。地面へ落ちたあとも勢いは止まらず、尾を引きながら二度転がる。

 

「エンニュート!」

 

 前脚が芝生を掻いた。頭は持ち上がったが、後ろ脚に力が入らない。コライドンも立ち上がり、傷ついた前脚を引きずりながら進んでくる。

 

「まだ来るぞ! 正面へ“かえんほうしゃ”!」

 

 エンニュートは伏せたまま顔を上げ、炎を吐いた。コライドンの胸へ火炎が当たり、長い羽毛が大きく揺れる。それでも足は止まらなかった。炎の中から伸びた腕が地面を掴み、次の一歩で身体ごとエンニュートへぶつかる。

 

 エンニュートの炎が途切れ、身体が芝生へ沈んだ。

 

 チリさんが二匹の間へ入り、片腕を上げてコライドンを止めた。向こうが足を止めたのを確かめてからエンニュートの状態を見る。前脚は動いたが、頭を起こすことはできなかった。

 

「エンニュート、戦闘不能! 第一戦はコライドンの勝ち!」

 

 コライドンが数歩下がる。ドラゴンテラスタルの輝きは消えず、呼吸に合わせて胸元の羽毛が上下していた。前脚と脇腹、後ろ脚には“ほのおのムチ”でついた跡が残り、片足を踏み出すたびに肩が低くなる。

 

 エンニュートへボールを向ける。赤い光に包まれる直前、尾先が一度だけ持ち上がった。

 

「よくやった。あとは任せろ」

 

 ボールを腰へ戻す。コライドンは俺の手元を見たまま、傷のある前脚を引いて姿勢を低くした。

 

 残った二つのボールへ触れ、クチートの方を外す。

 

 

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