繋がりの王者   作:宵取与一

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6話

翌日、俺たちは再び坑道の前に立っていた。入口の奥には、昨日と同じ闇が広がっている。冷たい空気がゆっくり流れ出し、石と鉄の匂いが鼻に触れた。ラルトスは俺の隣で、じっと奥を見ている。

 

『……いる』

 

「うん」

 

 俺も小さく頷いた。姿は見えない。けれど、見られている感じだけはあった。坑道の奥、灯りの届かない場所。そこにクチートがいる。

 

 隣に立つ男へ視線を向ける。昨日、ゴーリキーを連れて坑道へ押し入った職人だった。腕を組み、険しい顔で入口を睨んでいる。昨日より落ち着いてはいる。けれど、納得している顔ではなかった。

 

「……で、今度は何をする気だ」

 

「話す」

 

「話すって、相手はポケモンだぞ。しかも、重機を噛み砕けるようなやつだ。お前、本当に分かってんのか」

 

「分かってる。だから一人で来なかった。あんたにも来てほしかった」

 

 男は苦い顔をした。俺を見て、坑道を見て、また俺を見る。

 

「俺はまだ信用してねぇぞ。設備は何度も壊された。仕事は止まった。次は怪我人が出るかもしれねぇ。昨日だって、ゴーリキーがいなかったら俺がやられてたかもしれない。そう思ってるのは今も変わらねぇ」

 

「うん」

 

「うん、じゃねぇよ。こっちは納得してここに立ってるわけじゃない。親方に言われたから来た。でもそれだけじゃない。昨日、お前が間に入っただろ。あれが頭から離れねぇんだよ。俺はあいつを叩き出すつもりだった。けど、お前は俺とゴーリキーの前に飛び込んだ。あんなことされたら、少しは考えるしかねぇだろ」

 

 男はそこまで言って、口を閉じた。拳がゆっくり握られ、すぐに開かれる。ラルトスは男の方を見上げていた。何かを読むように、けれど何も言わない。

 

 坑道の奥から、金属が噛み合う音がした。

 

 ガチィン……。

 

 昨日ほど強くはない。けれど、坑道の壁に当たって戻ってくる音は、やっぱり耳の奥に残った。男の喉が小さく鳴る。俺も奥を見る。暗闇の中に、赤い瞳が二つ浮かんだ。

 

 クチートだった。

 

 小さな体。後ろに伸びた大きな顎。ランプの届かない境目に立ち、こちらを見ている。俺ではなかった。ラルトスでもない。昨日、自分へゴーリキーを向けた男を、まっすぐ見ていた。

 

 男は最初、何も言えなかった。息を吸って、吐いて、それでも言葉が出ない。腕を組もうとして、やめる。拳を握って、やめる。結局、両手を下ろしたまま、クチートの前に立った。

 

「……昨日は」

 

 声が低かった。

 

「悪かった」

 

 それだけ言って、男は頭を下げた。深くはない。けれど、ふざけているわけでも、形だけでもなかった。坑道の中に、その姿だけがしばらく残る。

 

「俺は、何度も設備を壊されて腹が立ってた。仕事が止まるのも、誰かが怪我するかもしれないのも、全部怖かった。だから、お前を追い出せば終わると思った。でも、ゴーリキーを連れて押し込んだのは違った。お前が何をしてるのかも見ないで、殴って終わらせようとした。……それは、悪かった」

 

 クチートは動かなかった。赤い瞳は男から離れない。男も顔を上げたあと、視線を逸らさなかった。坑道の奥で水滴が落ちる。ぽたり、と音がして、それが消える。

 

「まだ怖ぇよ。何考えてるかも分からねぇ。次に何か壊されたら、俺はまた腹を立てると思う。でも、昨日みたいなやり方はしねぇ。理由があるなら、まず見せてくれ。俺はそれを見てから考える」

 

 返事はなかった。

 

 クチートの大顎が、わずかに開いた。男の指が動く。俺も一瞬、足に力が入った。けれど音は鳴らない。クチートは男を見たまま、ゆっくりと背を向けた。

 

「……おい」

 

 男が小さく声を漏らす。

 

 クチートは数歩だけ進み、そこで止まった。俺たちの方を振り返る。赤い瞳が、俺とラルトスと男を順番に見る。それからまた、坑道の奥へ歩き出した。

 

 ラルトスが俺の袖をつまむ。

 

『……』

 

「……付いて来いってことか?」

 

 ラルトスは答えなかった。ただ、クチートの背中を見ている。

 

 男はまだ入口近くに立っていた。足が前へ出ないらしい。俺は男を見る。

 

「行こう」

 

「本当に行くのか」

 

「ここまで来たんだろ。あんたも、見るって言った」

 

 男は舌打ちしそうな顔をしたが、しなかった。代わりに大きく息を吐き、坑道の奥を睨む。

 

「……分かったよ。行く。けど、何かあったらすぐ下がるぞ。俺はまだ、あいつを信用したわけじゃねぇからな」

 

「うん。それでいい」

 

 クチートの背中は、もう闇に半分沈んでいた。大きな顎の輪郭だけが、ランプの弱い光を拾っている。俺はラルトスと並び、男が一歩遅れてついてくるのを確認してから、坑道の奥へ足を踏み出した。

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