翌日。
俺たちは再び坑道の前に立っていた。
入口の奥には変わらない闇が広がっている。
最近はもう、よく見るようになった景色だ。
なのに今日は少し違って見えた。
足を踏み入れる前から感じる。
見られているような感覚。
坑道の奥。
灯りの届かない場所。
そこにクチートがいる。
『いる』
ラルトスの声が頭の奥に響いた。
「……ああ、いるね」
俺も小さく頷く。
隣に立つ男へ視線を向けた。
昨日、ゴーリキーを連れて坑道へ押し入った職人だった。
その表情は固いく、腕を組み、険しい顔で坑道を睨んでいる。
昨日よりは落ち着いている。
だけど、納得しているようには見えなかった。
「……で」
男が口を開く。
「今度は何する気だ」
「話す」
「話す?」
男は眉をひそめた。
意味が分からないという顔だ。
「相手はポケモンだぞ」
「うん」
「しかも大型の重機をあんなに粉々にできるようなやつだ」
「うん」
「……分かってねぇだろ」
呆れたように男が息を吐く。
俺は肩をすくめた。
「分かってるよ」
「なら何で来た」
少しだけ考える。
答えは決まっていた。
「理由を知りたいから」
男は黙った。
坑道の奥を見る。
暗闇を睨む。
「理由、か」
低い声だった。
「設備は壊された」
ぽつりと言う。
「仕事も止まった」
さらに続く。
「今度は怪我人がでるかもしれねぇ」
拳がわずかに握られる。
怒りが消えたわけじゃない。
恐怖も。
警戒も。
昨日の出来事が無くなったわけじゃない。
それでも、男はここにいる。
「だから俺はまだ信用してねぇ」
はっきりと言った。
「危険じゃないとも思ってねぇ」
俺は頷いた。
それでいい、別に、無理に納得する必要なんてない。
「でも」
男が続ける。
「昨日、お前が言ってたことが引っかかってんだ」
「引っかかってる?」
「ああ」
男は苦々しく笑った。
「もし本当に理由があるなら」
そこで言葉が止まる。
「知らねぇまま終わるのも気持ち悪ぃ」
その時だった。
ガチッ。
坑道の奥から音が響く。
鋼が噛み合う音。
男の肩がビクッと揺れる。
俺も反射的に奥を見る。
『近い』
ラルトスが小さく言った。
俺も感じた。
見ている。
聞いている。
沈黙が続く。
誰も動かない。
やがて、暗闇の奥に二つの瞳が浮かんだ。
赤く、鋭い瞳。
クチート。
男の喉が小さく鳴る。
それでも逃げなかった。
クチートも動かない。
ただ見ている。
昨日、自分へ向かってゴーリキーをけしかけた人間を。
じっと、時間をかけて。
『見てる』
ラルトスが呟いた。
俺は頷く。
クチートは俺ではなく、男を見ている。
その時。
男がぽつりと口を開いた。
「……まだ怖ぇよ」
小さな声だった。
「何考えてるか分からねぇしな」
苦笑する。
「今でも飛びかかってくるんじゃねぇかと思ってる」
強がりじゃない。
嘘でもない。
クチートは動かない。
男はそれでも視線を逸らさなかった。
「でも」
再び口を開く。
「昨日、俺にやられそうになってもお前は逃げなかった」
沈黙。
返事はない。
それでも男は続けた。
「だから」
ゆっくりと言葉を吐く。
「何を守ろうとしてるのかくらいは見てみてぇ」
ガチッ。
クチートの顎が鳴った。
長い沈黙。
風が吹く。
誰も動かない。
そして、クチートがゆっくりと背を向けた。
「……?」
男が眉をひそめる。
クチートは数歩歩いた後、止まってこちらを見る。
そしてまた歩く。
『……来て』
ラルトスが呟いた。
「え?」
『来て、って』
俺はクチートを見る。
クチートはもう一度だけこちらを見た。
赤いの瞳が細くなる。
それはいつものように敵意のある目じゃなかった。
かといって信用している目でもない。
クチートは坑道の奥へ歩き始める。
今度は振り返らない。
男が息を呑む。
俺はラルトスを見ると、ラルトスも小さく頷いた。
いつもは拒絶されていた。
でも今日は違う。
まだ信用はされていない。
許されたわけでもない。
それでも。
クチートは俺たちに何かを見せようとしている。
「……行こう」
俺はそう言った。
坑道の奥の闇を見据えながら。
クチートの背中は暗闇の中へ消えていく。