最後のボールをコートへ投げる。白い光がコライドンの前でほどけ、キルリアは爪先から芝生へ降りた。
頭上の赤い角が左右へ動き、傷のある前脚、砕けた脇腹の結晶、深く曲がらない後ろ脚を順番に追う。コライドンが息を吐くたび、胸元の羽毛が大きく持ち上がっていた。片腕を地面へついたままでも、キルリアの倍を超える高さがある。
『二匹がここまでやってくれたんだね』
「ああ。残ってる傷を全部使うぞ」
キルリアは俺へ顔を向け、短く頷いてからコライドンへ戻った。スカートのように広がる身体の下で足を前後にずらし、両腕を胸の前へ上げる。
「ついに最終戦! ユア選手、残るはキルリア一匹! コライドンを倒せば決勝進出、倒せなければここで敗退! 二匹から渡された勝負を繋げられるかー!」
チリさんがコライドンの足元を確かめる。ORMへ視線を送り、続けられることを確認すると、二匹の間から後ろへ下がった。
「第三戦――始め!」
「キルリア、“かげぶんしん”!」
キルリアの輪郭が重なり、五つの身体が弧を描いて広がる。どの姿も足を止めず、コライドンの正面から傷ついた前脚の側へ移っていった。
「“アクセルブレイク”」
コライドンが地面を蹴る。最初の一歩で前脚が沈み、巨体は低いまま加速した。キルリアの分身が左右へ散ると、コライドンは中央を走り抜けながら長い尾を振る。三つの姿がまとめて消え、残った二つへ身体を向けた。
「止まったところへ“チャージビーム”!」
二匹のキルリアが腕を伸ばす。片方は光だけを残して消え、もう片方から放たれた電撃がコライドンの前脚へ走った。焼けた鱗の隙間で光が弾け、コライドンの肩が落ちる。
キルリアは電撃を切ると同時に姿を消した。次に現れたのはコライドンの背後だった。間を置かず、ORMの手が後ろへ動く。
「“ドレインパンチ”」
コライドンは振り返らず、片腕を後方へ振った。淡い光をまとった拳が、現れたばかりのキルリアへ向かう。
「もう一度、“テレポート”!」
拳が触れる直前、キルリアの身体が消えた。コライドンの腕は空を切り、勢いに引かれて脇腹が開く。キルリアは少し離れた右側へ現れ、両腕を傷のある場所へ向けた。
「“サイコショック”!」
固められた念の塊が、砕けた結晶の隙間へ続けてぶつかる。コライドンの身体が横へずれ、傷ついた前脚が芝生から離れた。キルリアは追って腕を動かしたが、コライドンが尾を地面へ打ちつけ、土と芝が二匹の間へ跳ね上がる。
視界を塞がれ、念の塊が狙いを外した。土煙の中から赤い腕が伸び、キルリアの細い身体を横から捉える。傾いた巨体の重さごと腕を振られ、キルリアが芝生を転がった。
「離れろ! 追ってくるぞ!」
キルリアは片手をつき、身体を起こしながら姿を消す。直後、さっきまでいた場所をコライドンの拳が抉った。淡い光は何にも触れず、そのまま消える。
『後ろ、待たれてた』
「次から同じ場所へ出るな。脚が悪くても、腕はまだ動く」
離れた位置へ現れたキルリアは、打たれた脇腹へ片腕を寄せている。呼吸を整える間もなくコライドンが頭を上げた。頭上の竜の飾りが強い光を返し、低い唸り声がコートを震わせる。
ORMが腕を上げた。
「“げきりん”」
コライドンの金色の目が細まり、傷ついた脚で芝生を蹴った。真っ直ぐ走れない分まで補うように尾を振り、キルリアへ身体を向ける。
「“かげぶんしん”で散れ!」
四つに増えたキルリアが別々の方向へ走る。コライドンは一匹を腕で薙ぎ払い、消えた姿を確かめず次へ向かった。尾が二匹目を通り抜け、残った二匹のうち正面にいる方へ頭から突っ込む。
キルリアは避けずに両腕を上げた。赤い光をまとった頭と身体が、その小さな姿へ重なる。
光はキルリアの輪郭を覆ったところで散った。
足は芝生から動いていない。キルリアは目の前に止まったコライドンを見上げ、伸ばしていた腕を脇腹へ向ける。
「そのまま“チャージビーム”!」
電撃が至近距離から傷口へ入り、コライドンの全身を走った。太い腕が地面へ落ち、前脚から力が抜ける。キルリアは反動で後ろへ下がりながらも電撃を切らず、コライドンが片膝をつくまで押し続けた。
「分身をまとめて消したコライドン! ですが本体を捉えても、ドラゴン技が効いていなーい!」
「広い攻撃で本体を探したのでしょう。キルリアはエスパーとフェアリー、二つのタイプを持つポケモンです。テラスタルで高めた力も、届かない相手には傷を与えられません」
コライドンは片膝をついたまま頭を振った。目の前のキルリアを捉え直そうとしても、首の動きが一度ずつ遅れている。キルリアも腕を下ろし、肩を上下させていた。角の間には、放ち切らなかった電気が細く残っている。
客席へ目を向けると、ペパーは手すりから身体を離していた。コライドンではなく、その向こうに立つORMへ顔を向け、眉を寄せている。フードの奥から表情は見えず、ORMの腕だけがゆっくり下がった。
「“フレアドライブ”」
コライドンの身体を炎が包む。傷のある脇腹からも火が噴き上がり、欠けた結晶の縁が赤く染まった。前脚は浮いたままなのに、残った三本の脚と尾で身体を支え、キルリアへ正面を向ける。
「キルリア、距離を空けろ。“チャージビーム”で脚を狙え!」
キルリアが電撃を放ちながら後ろへ下がる。光はコライドンの足元へ当たり、地面と鱗の間で弾けた。コライドンは身体を揺らしても止まらず、炎を引きながら距離を詰めてくる。
キルリアが姿を消した。
コライドンは傷の少ない腕を地面へつき、身体を強引に回す。背後へ炎と尾が薙ぎ払われたが、そこにキルリアはいない。
現れたのは、コライドンの右前だった。傷ついた前脚に近く、振り向いた腕が届かない場所。キルリアは着地と同時に膝を折り、残っていた電気を両手へ集める。
「そこだ! “チャージビーム”を全部ぶつけろ!」
“チャージビーム”が前脚へ突き刺さる。コライドンの踏み込みが崩れ、燃える巨体がキルリアの横を通り過ぎた。肩から地面へ落ちたものの、炎をまとったまま尾で身体を支え、倒れ切らずに向きを変える。
近すぎる。もう一度姿を消せば、現れるまでに腕を振られる。
「正面で止めるぞ。“サイコショック”!」
キルリアの周りへ念の塊が並ぶ。最初の一つがコライドンの額へ当たり、二つ目が肩、残りが砕けた脇腹へ集中した。硬い結晶が割れ、内側の鱗へ衝撃が重なる。
コライドンは炎の中から腕を伸ばした。キルリアが次の念を作る前に、大きな手が肩へ届く。指先が触れ、キルリアの身体が横へ弾かれた。
芝生へ落ちたキルリアは一度転がり、うつ伏せのまま止まる。コライドンも火を失い、伸ばした腕から地面へ崩れた。二匹とも顔を上げず、コートには荒い呼吸だけが残った。
「キルリア、立て!」
細い指が芝生を掴む。肘をつき、頭を持ち上げたところで腕が震えた。反対側では、コライドンが尾を動かし、後ろ脚を腹の下へ入れようとしている。
キルリアは片膝を立てた。もう片方の足をつくまでに身体が傾き、両腕を地面へ下ろす。それでも倒れず、額の角をコライドンへ向けた。
『まだ、撃てるよ』
「脇腹だ。“サイコショック”!」
一つだけ作られた念の塊が、芝生すれすれを飛ぶ。立ち上がろうとしたコライドンの脇腹へ当たり、残っていた結晶が内側から砕けた。
コライドンの尾が地面へ落ちる。腹の下へ入れかけた後ろ脚も伸び、巨体が動かなくなった。頭上の竜の飾りに亀裂が走り、細かな光へ変わって消えていく。
チリさんがコライドンへ駆け寄る。顔の前で片手を動かし、呼吸と手足の反応を確かめてから、俺たちの側へ腕を上げた。
「コライドン、戦闘不能! 勝者、ユア選手!」
大型画面のORMの枠が暗くなり、俺の名前の横に勝利を示す印がつく。観客席から降ってきた声に、キルリアは顔を上げようとしたが、膝が崩れた。
駆け寄って両腕で受け止める。キルリアの身体は力が抜け、額が俺の肩へ当たった。
『……勝った?』
「勝った。三匹でな」
背中へ腕を回すと、キルリアの指が俺のパーカーを掴んだ。大型画面には『決勝進出』の文字が出て、ナンジャモの声が歓声の上を走る。
「決まったぁー! 最後はキルリアの“サイコショック”が撃ち抜いた! ユア選手、ORM選手のコライドンを倒して決勝進出ー!」
向かいではORMがコライドンへボールを向けていた。赤い光が巨体を収め、砕けた結晶だけが芝生の上で消えていく。ORMはボールをマントの内側へ戻すと、俺に抱えられたキルリアへフードを向けた。
「見事だった」
それだけ告げ、ORMは選手用通路へ歩き出す。客席のペパーはその背中を追い、手すりから離れたまま動かなかった。
キルリアを抱え直す。腰にある二つのボールが腕へ当たり、キルリアは肩へ額を預けたまま目を閉じる。大型画面では、俺の名前が決勝の枠へ移っていた。