繋がりの王者   作:宵取与一

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14話

 

 

 医務室で三匹を預けて通路へ出ると、ペパーが壁にもたれて待っていた。声をかけようとしたところで、隣の扉が開き、黒いマントの裾が見えた。ORMだ。手に持ったボールをしまいながら歩き出そうとして、前へ出たペパーに足を止める。

 

「ちょっと待ってくれ。……顔、見せてもらっていいか」

 

 ペパーは通路を塞いだまま、フードの奥を覗き込んだ。俺の試合中には客席から大声を上げていたのに、今は相手へ届くくらいの声しか出していない。ORMの手がフードへ伸び、縁をつかんだところで止まった。

 

「ペパー」

 

「やっぱり……。だったら、隠してんなよ」

 

 フードが後ろへ落ち、長い髪と女の人の顔が現れた。ペパーは伸ばしかけた手を下ろし、相手の顔から目を離さずに立っている。

 

「母ちゃん、何してんだよ。こんなところで」

 

 俺は二人の顔を見比べた。さっきまでコライドンへ指示を出していた人が、ペパーの母親なのか。女の人はこちらへ目を向けたが、ペパーに呼ばれると、そちらへ向き直った。

 

「今までどこにいた。連絡もよこさないで、どうして大会なんかに出てんだよ」

 

 医務室の扉が開き、ボールを受け取りに来た選手が俺たちの横を通った。ペパーが半歩だけ道を空ける。その隙間へ進むことはせず、女の人は通路の先にある待合室を示した。

 

「ここでは人の邪魔になる。あちらで話をさせてほしい」

 

 ペパーは返事をしないまま歩き出した。俺は二人を見送るつもりで壁際へ寄ったが、数歩進んだペパーが振り返る。

 

「ユアも来てくれ。……いてくれると助かる」

 

 頷いてあとを追った。今日の試合はもう終わったし、決勝は明日だ。医務室へ戻る時間だけ確かめ、俺は待合室の扉を押さえた。

 

ーー

 

 窓際の長椅子へマントが置かれると、下に着ていた白衣が見えた。ペパーは机を挟んだ反対側に立ち、座る場所が空いていても動かなかった。俺も扉の近くで足を止める。

 

「名乗っていなかったね。私はオーリム。ポケモンの研究をしている。先ほどは、いい勝負をありがとう」

 

「……ユアです」

 

 名乗り返すと、ペパーが机へ片手をついた。

 

「挨拶はいいから、オレの話に答えてくれよ」

 

 オーリム博士の視線がペパーへ戻る。白衣の裾を直していた手を止め、机から少し離れたところに立った。

 

「エリアゼロにいた。最深部で、古代のポケモンを調べていたんだ」

 

「ずっとかよ。父ちゃんが死んでも?」

 

 博士は頷いた。ペパーの手が机から離れ、身体の横で握られる。俺は二人の顔を順に見たが、博士が続きを話し始めたので口を閉じた。

 

「私は過去を、フトゥーは未来を研究していた。あの人を失ってからも、私は自分の研究を続けた。残されたAIが暴走したあとのことは、あなたが一番よく知っているだろう」

 

「ああ。あいつが未来へ行くところまで見てる」

 

「それによって、タイムマシンは永久に使えなくなった。もう動かすことはできない。ただ、残った資料や、あそこに生息しているポケモンから調べられることはある。これからは過去だけでなく、フトゥーが追っていた未来についても研究していくつもりだ」

 

 ペパーは博士の顔を見ていたが、そこで目を伏せた。長椅子に置かれたマントへ視線を落とし、靴の先で床を擦る。

 

「……で、それを言うために戻ってきたのかよ」

 

「あなたに会いに来た」

 

「だったら普通に来ればいいだろ。あんな格好して、名前まで隠して。オレが声かけなかったら、どうするつもりだったんだ」

 

 博士はマントへ手を伸ばしかけ、そのまま腕を下ろした。

 

「会って何を言えばいいのか、決められなかった。ここまで来て、まだ迷っていたんだ」

 

「研究のことなら、あんなに喋れるのにな」

 

 廊下で誰かが笑い、足音が扉の前を通り過ぎていった。博士はペパーから目を逸らさず、唇を開いては閉じた。ペパーも急かさずに待っていたが、やがて顔を背ける。

 

「連絡くらい、できただろ」

 

「……できた。研究を中断して、会いに行くことも」

 

 博士が机の横を回って近づく。ペパーは動かなかった。博士は手を伸ばしても触れられない距離で止まり、頭を下げた。

 

「あなたを一人にして、ごめんなさい」

 

 ペパーは口元を曲げ、何か言いかけた。けれど声にはせず、俯いた博士の頭を見ていた。俺も立つ位置を変えられず、扉に寄りかかった背中を離しただけだった。

 

 顔を上げた博士が白衣のポケットへ手を入れ、ボールを取り出した。

 

「コライドンを、あなたに託したい」

 

 ペパーは差し出されたボールを見下ろした。博士がその手を取り、掌へボールを置くと、指が反射的に閉じた。

 

「この子を大穴の外で暮らさせてやりたい。あなたのそばで――」

 

「待てよ」

 

 ペパーが博士の手から自分の手を引いた。握ったボールは離さず、空いた手で博士の腕を押し戻す。

 

「また勝手に決めるのかよ。研究を続けるって話して、コライドンを渡して、それで帰るつもりか?」

 

「ペパー、私は」

 

「オレの返事も聞いてねえだろ! コライドンが嫌なんじゃねえよ。母ちゃんが戻ってきたと思ったら、また一人で話を進めてるから……!」

 

 声が途切れ、ペパーが唇を噛んだ。ボールを握る腕を下ろしてから、もう一度博士を見る。

 

「オレが今日、何を聞きたかったかも考えてくれよ」

 

 博士の手が下がった。ペパーは鼻から息を吐き、顔を横へ向ける。博士が近づいてもそちらを見ず、背中へ腕を回されたところで肩を跳ねさせた。

 

「おい、何すんだよ。話、終わって――」

 

 博士の肩へ手をつき、身体を離そうとする。その手に博士の髪がかかり、ペパーは指を開いた。博士はペパーの背へ掌を置いたまま、小さく頭を下げる。

 

「終わらせない。ちゃんと聞くから」

 

「だったら、こういうのも勝手に……」

 

 言いかけた声がくぐもった。博士の肩を押していた肘が曲がり、ペパーの手が白衣に触れたまま止まる。ボールを持った腕は身体の横に下がっていた。

 

 俺は床へ目を落とした。窓から入った光が机の脚まで伸びている。廊下の足音が遠ざかったあと、ペパーが鼻をすすった。

 

「……許したわけじゃねえからな」

 

「うん」

 

 博士の白衣が擦れた。顔を上げると、ペパーはまだ抱かれたまま、博士の肩越しに窓を見ていた。俺と目が合うと、すぐに視線を外す。何も言わずにいると、今度は扉が軽く叩かれた。

 

「ユア、いる?」

 

 アイの声だった。返事をして扉を少し開くと、アイは中を覗き、俺にかけようとした言葉を止めた。

 

「……あとにしようか」

 

「いいって。もう離してくれよ、母ちゃん」

 

 博士の腕がほどけ、ペパーが一歩下がった。俺たちに背中を向けて目元を拭い、ボールを持ち直す。アイは入口で一度立ち止まってから、中へ入って扉を閉めた。

 

 博士がアイへ名乗る間、ペパーは窓の方を向いていた。アイは名前を聞くと博士の顔を見直したが、すぐに頭を下げて挨拶を返す。長椅子の端へ座り、ようやく大きく息を吐いた。

 

「医務室でキミたちを見かけなかったから、探してたんだ。ボクも勝ったよ。明日はよろしく」

 

「ああ。……ずいぶん疲れてるな」

 

「シャークが、試合中ずっと口説いてくるんだもん。こっちが指示を出してるのに、ご飯に行こうとか、今の顔がいいとか。何回断ってもやめないんだよ」

 

 アイは背もたれへ身体を預け、両足を前へ伸ばした。

 

「途中から返事するのやめたら、今度は褒め始めるし。バトルより疲れた」

 

「無視しても駄目なのかよ」

 

「うん。明日はキミだから助かる」

 

「俺だって楽に勝たせるつもりはないぞ」

 

「そっちの話じゃないって」

 

 アイが俺の膝を軽く叩いた。窓際でペパーが息を漏らし、口元へ手をやる。俺がそちらを見ると、ペパーは咳払いをして、持っていたボールへ目を落とした。

 

 アイもその手元を見た。

 

「それ、コライドンの?」

 

「ああ。母ちゃんが連れてたやつ。オレに託したいんだと」

 

 博士は少し離れたところに立ち、口を挟まなかった。ペパーはボールの開閉ボタンを避けて指を添え、掌の上で向きを変えた。

 

「コライドンを放っとくつもりはねえよ。ただ、こっちにも言いたいことがあるんだ」

 

 アイは頷いて聞き、腰のボールへ手を伸ばした。外した一つをしばらく見てから、ペパーへ顔を上げる。

 

「ボクからも、頼みがあるんだけど。ミライドンも一緒にどうかな」

 

「お前までかよ」

 

「だから、今聞いてるんでしょ」

 

 ペパーが言葉を詰まらせた。アイはボールを差し出さず、長椅子から腰を上げる。

 

「コライドンがお母さんが追いかけてた過去なら、ミライドンはお父さんが追いかけてた未来でしょ。だったら、両方ペパーのところにいてもいいんじゃない?」

 

 ペパーはアイの手を見ていた。自分が持つボールへ一度目を落とし、それからアイへ視線を戻す。

 

「……お前はいいのか。ずっと一緒だったろ」

 

「うん。でも、これからも会えるし。ボクが会いに行ったら困る?」

 

「そんなこと言ってねえだろ。ミライドンだって、急に言われたら――」

 

 アイは広く空いた床へボールを向けた。白い光が長い身体へ変わると、俺は椅子の横まで下がった。ミライドンは四本の脚で床へ降り、尾の先を曲げながら首を動かす。鼻先が俺のパーカーへ寄ったあと、ペパーの方へ向いた。

 

「ミライドン。これからペパーと暮らすのはどう? コライドンも一緒だよ」

 

 呼びかけに振り返ったミライドンは、アイの手へ鼻先を寄せた。アイが額を撫でると、細く鳴いて首を下げる。やがてペパーへ向き直り、机を避けながら近づいた。

 

「アギャス」

 

「おっと。ここは狭いから、あんまり動くなよ」

 

 ペパーが空いた手を差し出すと、ミライドンは鼻先をその掌に押し当てた。続けて鞄へ首を伸ばし、ペパーの脇へ顔を突っ込もうとする。

 

「食い物かよ。今は入ってねえって。ほら、こっち向け」

 

 ペパーは顎の下へ手を添え、顔を戻させた。ミライドンが口を開けて短く鳴くと、指でその鼻先を押した。

 

「あとで作ってやるから、ちょっと待ってろ」

 

「コライドンの分もいるね」

 

 アイが言うと、ペパーは俺たちを見回した。博士のところで視線を止め、その手元にボールがないことを確かめるように見てから、自分の右手へ目を戻す。

 

「……二匹ともよく食いそうだな」

 

 ミライドンがペパーの掌へ頭を擦りつけた。ペパーは手を引かず、指の腹で額を撫でている。アイはそばへ寄ってミライドンの首に触れ、顔を向けてきたところへ身を屈めた。

 

「また会いに行くよ。ちゃんとペパーの言うこと聞いてね」

 

 ミライドンの鼻先がアイの肩に触れた。アイはそのまま少し撫でてから身体を離し、ボールへ戻した。白く照らされていた床に窓の光だけが残る。

 

 アイが差し出したボールを、ペパーは左手で受け取った。右手のコライドンと並べ、両方へ指を添えて立っている。その横で博士が白衣の裾を握り、ペパーを呼んだ。

 

「このあとも、時間をもらえるだろうか」

 

「……まだ帰るなよ。聞きたいこと、残ってんだから」

 

 博士が頷くのを見て、ペパーは二つのボールへ目を戻した。親指で表面についた指の跡を拭い、落とさないよう両手で包み直した。

 

 

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