繋がりの王者   作:宵取与一

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16話

 

 

 朝食を取りに行くと、アイはもう席に着いていた。俺に気づいて向かいの椅子を引き、皿に載ったパンを一つ指さす。

 

「これ、キミの分。最後だったから取っといたよ」

 

「ありがと。起こしに行こうと思ってたのに」

 

「ボクだって決勝の日くらい起きるって」

 

 椅子に座ると、ジャムの瓶まで差し出された。礼を言って蓋を開け、パンに塗っている間に、アイは残っていたスープを飲み終える。

 

「それ、垂れるよ」

 

 言われてパンを傾けたせいで、端に溜まったジャムが指についた。アイが紙ナプキンを寄こしてくる。笑いをこらえて口を結んでいるのが見えたので、何も言わずに受け取った。

 

 先に食べ終えたアイが盆を持って立ち上がる。通り過ぎるところで足を止め、俺の肩に軽く拳を当てた。

 

「じゃ、コートでね」

 

「ああ。あとで」

 

 返却口へ歩いていく背中を見送り、残ったパンを口へ運ぶ。隣の席からも、今日の決勝の話が聞こえていた。

 

ーー

 

 選手用の通路まで、客席の声が響いていた。入口から覗くコートにはまだ誰もいない。腰のボールへ指をかけて待っていると、チリさんが俺を呼びに来た。

 

「ユア、出番やで。準備はええな?」

 

「はい」

 

 チリさんについて通路を抜けると、日差しに目が細くなった。客席の方から名前を呼ばれ、顔を上げる。

 

「皆の者ぉー! お待たせいたしました、学園最強大会、いよいよ決勝戦! コライドンとの激闘を制したユア選手! そしてシャーク選手を破ったアイ選手! 最後に勝つのはどっちだぁー!」

 

 ナンジャモさんが実況席から身を乗り出していた。客席ではネモが両腕を振り、その隣でボタンが片手を上げている。ペパーもこっちを見ていたので、三人へ手を振り返した。

 

 向かいの入口からアイが出てくる。目が合うと軽く拳を上げた。俺も同じように返し、コートの端へ向かう。

 

「大会を通して戦う三匹は決まっています。お互いに相手の顔ぶれを知っているだけに、どのポケモンから出すかも大切ですね」

 

 オモダカさんの声を聞きながら、ボールを一つ外した。アイの手にも、もう一つ握られている。

 

 ライチュウ、イワンコ、ドオー。誰が来ても、最初はこいつに任せるつもりだった。

 

「それでは両選手、最初のポケモンを出して」

 

 チリさんの声でボールを投げる。光がほどけ、エンニュートが二本の後ろ脚で芝へ降り立った。首を伸ばして向こうを見据え、長い尾を身体の横へ流す。

 

 アイの前にはライチュウが現れた。頬に火花を散らし、一度地面につけた尾を持ち上げる。

 

「先陣を切るのはエンニュートとライチュウ! さあ、決勝の一勝目、どちらがつかむのか!」

 

 エンニュートが腰を落とした。俺もコートへ片足を踏み出し、チリさんの手が下がるのを待つ。

 

「始め!」

 

「エンニュート、“ほのおのムチ”!」

 

 尾に炎が走った。エンニュートが胴をひねると、燃える尾先がライチュウへ向かって横に伸びる。

 

「跳んで、“アイアンテール”!」

 

 ライチュウは後ろへ跳んだ。炎が足元を通り過ぎたところで身体を回し、硬く光る尾を振り下ろす。引き戻しかけていたエンニュートの尾が叩き落とされ、芝に火が散った。

 

 エンニュートは前脚をついて踏みとどまったが、ライチュウは着地するとすぐに横へ走り出した。尾を振り直しても追いつかない。

 

「そっちへ向けて、“かえんほうしゃ”!」

 

 炎がライチュウの進路を横切る。ライチュウが踏みとどまり、エンニュートはそちらへ顔を向けた。

 

「そこから“10まんボルト”!」

 

 ライチュウの頬から電撃が伸びた。エンニュートが頭を下げると、電気は肩から背中を走り、吐き続けていた炎が途切れた。曲がった前脚で身体を支え、爪が芝を掻く。

 

「エンニュート、動けるか!」

 

 顔がこちらへ向いた。尾が地面を払い、低く構え直す。ライチュウはまた横へ回り始めていたが、今ならまだ近い。

 

「懐へ入れ! “はいよるいちげき”!」

 

 エンニュートは腹が芝に触れそうな姿勢で走った。ライチュウが顔を向けたところで外側へ曲がり、長い身体をしならせて背後へ回る。そのまま肩からぶつかると、ライチュウが前へよろめいた。

 

「続けて“ポイズンテール”!」

 

「転がって離れて!」

 

 紫を帯びた尾が振り抜かれる。ライチュウは身を丸めて逃げたが、尾先が肩をかすめた。転がった勢いで起き上がり、エンニュートへ向き直る。

 

 エンニュートも追いかけようと後ろ脚に力を入れた。けれど、向こうの頬にはもう電気が集まっている。

 

「止まれ、“かえんほうしゃ”!」

 

「“10まんボルト”!」

 

 炎の中を電撃が走った。エンニュートの首が小さく跳ねる。それでも今度は炎を吐くのをやめず、ライチュウの足元まで押し返した。ライチュウが横へ跳び退き、電撃が途切れる。

 

 さっきはすぐに止められたのに、今は押し込めた。エンニュートの背中を見ると、まだ顔を上げて相手を追っている。

 

「“はいよるいちげき”を受けた影響が出ていますね。電撃で止めるのは難しくなってきました」

 

 オモダカさんの声が聞こえた。アイはライチュウの方へ腕を伸ばしている。逃げた先へ炎を向けても、ライチュウは大きく離れず、こちらとの距離を保って走った。

 

 もう一度近づくつもりか。エンニュートの尾が届くところまで来ている。

 

「“ほのおのムチ”! 足元を払え!」

 

 炎をまとった尾が芝すれすれを走る。ライチュウは斜め前へ跳び、尾を越えてきた。エンニュートが振り向く頃には、すぐ脇へ着地している。

 

「“メガトンパンチ”!」

 

 ライチュウの拳が脇腹へ入った。エンニュートの後ろ脚が浮き、横へ倒れかける。前脚をついてこらえたところへ、ライチュウがもう一歩踏み込んだ。

 

 尾は向こうに振り切ったままだ。引き戻す間に、また殴られる。

 

「下へ潜れ!」

 

 エンニュートが前脚を折り、低く伏せた。頭の上を拳が抜ける。ライチュウが踏み出した脚の横をすり抜け、エンニュートはその背後で身体を起こした。

 

「“ポイズンテール”!」

 

 振り返るライチュウの腹へ尾が当たった。小さな身体が芝の上を転がり、エンニュートは足を踏み替えて追う。

 

「ライチュウ、“アイアンテール”!」

 

 倒れた姿勢から、ライチュウの尾が跳ね上がった。硬い尾先がエンニュートの肩を打ち、追いかけていた足が止まる。その間にライチュウは起き上がり、二匹の距離が開いた。

 

「近い近い! 両者、離れたと思ったらすぐぶつかる! これは息をつく暇もないぞぉ!」

 

 エンニュートは打たれた肩を引き、口を開けて息をしていた。ライチュウも後ろ脚を広げたまま動かない。アイが声をかけると、耳を動かして顔を上げた。

 

 いったん距離を取って炎を使いたい。でも、離れようとすれば追ってくる。さっきは低く潜れたが、同じ動きをもう一度見せれば、今度は下を狙われるかもしれない。

 

 エンニュートが尾を持ち上げた。振り出しかけて止め、ライチュウを見ている。俺は足元から向こうへ視線を移した。尾を振り回せるだけの広さはある。

 

「もう一度、炎で止めるぞ。“かえんほうしゃ”!」

 

 エンニュートが息を吸い、前へ炎を吐いた。ライチュウは横へ駆け出す。顔を向けて追うと、今度はその身体を電気が包み始めた。

 

「ライチュウ、“ボルテッカー”!」

 

 ライチュウが加速した。炎の先端を外から回り込み、こちらへ曲がってくる。エンニュートは首を動かしたが、炎はその後ろを焼いた。

 

 追いつかない。エンニュートが一歩下がると、前脚が折れかけた。あの肩で逃げ続けるのは無理だ。

 

「炎を止めろ! そこで迎え撃つ!」

 

 エンニュートが口を閉じた。ライチュウはまだ斜めから近づいてくる。正面へ向き直ると、さらに外へ膨らみ、肩をかばう側へ回ろうとした。

 

「そっちへ行かせるな、“ほのおのムチ”!」

 

 エンニュートが尾を振った。炎の弧がライチュウの進む先へ伸びる。ライチュウは足を踏み替えて内側へ曲がった。炎を避けたその先に、エンニュートの身体がある。

 

「そのまま行って!」

 

 アイの声が飛んだ。ライチュウは止まらない。尾を引く時間はある。けれど、そのあと逃げる時間まではない。

 

「“ポイズンテール”!」

 

 エンニュートが腰をひねり、振った尾を引き戻した。炎が散った尾先に紫色が広がる。電気をまとったライチュウの頬へ、それが横から叩きつけられた。

 

 ライチュウの頭が振れた。それでも踏み込んだ身体は止まらず、エンニュートの胴へぶつかった。電気が二匹を包み、エンニュートが横へ弾き飛ばされる。

 

「エンニュート!」

 

 芝を滑った身体が止まった。長い尾が遅れて地面へ落ちる。ライチュウも着地した足を踏ん張れず、前へ倒れ込んだ。

 

 エンニュートの前脚が動く。爪を立てて起き上がろうとしたが、持ち上がった肩が落ちた。向こうでアイがライチュウを呼んでいる。ライチュウは顔を上げかけ、そのまま芝へ伏せた。

 

 チリさんが二匹のそばへ駆け寄った。片方ずつ様子を確かめ、立ち上がって両腕を広げる。

 

「エンニュート、ライチュウ、ともに戦闘不能!」

 

 止めていた息を吐いた。ボールを向けると、エンニュートの身体が光に包まれる。

 

「よくやった。休んでてくれ」

 

「決勝、最初の勝負はまさかの相打ち! 最後までどっちも退かなかったぁ!」

 

 ナンジャモさんの声に歓声が重なった。戻ってきたボールを腰へ留めて顔を上げると、アイもライチュウを戻したところだった。

 

 目が合った。アイは一度息を吐き、次のボールに手をかける。

 

 俺も残った二つのうち、一つを握った。

 

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