焦げた芝の上で、チリさんがこちらを振り返った。俺とアイがボールを持っているのを見て、コートの外側へ下がる。
「ほな、次のポケモンを出して」
「頼むぞ、キルリア!」
投げたボールから光が広がり、キルリアが爪先をついた。焼け跡を一度見下ろしてから、向こうへ顔を向ける。アイの前に降りたイワンコは、耳を立てて短く吠えた。
『イワンコも、頑張ろうね』
声をかけられたイワンコが尻尾を振る。キルリアも片腕を上げたが、アイが名前を呼ぶと、イワンコは足を広げて姿勢を低くした。
「第二戦はキルリア氏とイワンコ! ついさっきまで仲良くしてた相手だって、コートに立てば真剣勝負! 先に一勝を挙げるのはどちらだぁ!」
客席へ向きかけたキルリアの顔が戻った。両腕を身体から離し、片足を引く。俺はその背中越しに、イワンコの前脚を見た。腹の下へ引き寄せ、今にも飛び出しそうにしている。
「第二戦、始め!」
「イワンコ、“ふるいたてる”!」
イワンコが顔を上げて吠えた。首の毛が逆立ち、地面を踏む脚に力が入る。
「“チャージビーム”!」
キルリアの腕の間に電気が集まった。放たれた光を見てイワンコが横へ跳ぶ。着地した足で走り出すところへ、キルリアが腕を向け直した。
「“いわおとし”で止めて!」
キルリアの頭上に岩が現れた。俺が声を上げると、キルリアは電撃を切り、落ちてくる岩の外へ跳び退く。砕けた破片が足元へ散る中を、イワンコが駆け抜けてきた。
「“かみつく”!」
「“テレポート”! 横へ出ろ!」
開いた口の前からキルリアが消えた。イワンコはすぐに首を振り、離れた場所へ現れたキルリアを追う。小さな身体が傾き、ほとんど膨らまずに向きを変えた。
「“サイコショック”!」
キルリアの周りから念の塊が飛んだ。イワンコは一つ目をかわしたが、次の塊が肩に当たり、横へ転がる。それでも起き上がると、耳をこちらへ向けたまま走り出した。
キルリアの腕には細い電気が残っていた。イワンコが向きを変えるところへ狙いをつけ、もう一度“チャージビーム”を放つ。今度は脇腹を捉えた。走る脚がもつれ、イワンコが低く唸る。
「離れて、“がんせきふうじ”!」
キルリアの右に岩が落ちた。続けて左にも落ち、土が跳ねる。正面にはイワンコがいるが、背後はまだ空いていた。
「後ろへ――」
言いかけたところで、イワンコが岩の脇を回った。キルリアの足もそちらへ向く。その頭上に、また岩の影が重なった。
「違う、横の岩を越えろ! “テレポート”!」
落ちた岩がキルリアのいた場所を塞いだ。左の岩を挟んだ向こうに姿が現れる。けれど、イワンコはもうそちらへ回り込んでいた。キルリアが腕を上げる前に飛びつき、片腕へ噛みつく。
『っ、離して!』
「足元へ“サイコショック”!」
至近距離で生まれた念の塊が、イワンコの胸を打った。口が開き、キルリアは腕を引き抜いて離れる。白い腕に歯の跡が残っていた。
イワンコも転がったが、起き上がって岩の間へ戻った。キルリアからその背中が見えなくなる。こちらが横へ出れば追いつけるよう、岩の陰で耳だけを動かしていた。
下がる場所を残して、そこへ岩を落とす。外へ逃げれば、今みたいに噛みつかれる。
「キルリア、遠くまで離れなくていい。次はあの岩の上だ」
噛まれた腕を寄せていたキルリアが、顔だけこちらへ向けた。
『足元が狭いから、長くは立っていられないよ』
「一発当てたら降りよう」
キルリアがイワンコへ向き直った。俺が示した岩は、キルリアの背丈より少し低い。上からなら、陰にいるイワンコまで見える。
「“いわおとし”!」
アイの指示で岩が降る。キルリアが消え、隣の岩へ爪先をつけた。イワンコは横へ走りかけてから顔を上げる。その鼻先へ、キルリアが両腕を向けた。
「“チャージビーム”!」
電撃がイワンコの背へ落ちた。イワンコは低く身を伏せながら岩を離れ、キルリアも反対側の芝へ降りる。着地で膝が曲がったが、すぐに腕を構え直した。
「上を取ったぁ! 岩で追われたキルリア氏、今度はその岩を足場に反撃ー!」
イワンコは顔を下げたまま息をしていた。アイが名前を呼ぶと、片耳が動く。地面を掻き、前脚を踏ん張ったところで、その身体が白く光った。
キルリアが伸ばしかけた腕を止めた。光の中で脚が伸び、丸みのあった胴が細長くなる。首の周りが大きく膨らみ、尖った耳と長い尾が浮かび上がった。
白い光がほどけた。芝へついた四本の脚は、さっきまでよりずっと長い。首には白いたてがみが広がり、その間から岩が突き出ている。
「ここで進化だぁー! イワンコ、ルガルガンへ進化しました!」
「まひるのすがたですね。あの長い脚を使った走りには、気をつけたいところです」
オモダカさんの声を聞きながら、ルガルガンの足を見た。前脚を一歩出し、爪を芝へ立てている。アイが腰を少し落とすと、ルガルガンは首を向け、長い尾を振った。
「うん、見てるよ。そのままいこう!」
ルガルガンがキルリアへ向き直る。身体を低くしたと思った次の瞬間には、距離が半分になっていた。
「キルリア、“テレポート”!」
キルリアの姿が消えかけたところへ、たてがみの岩がぶつかった。身体が横へ跳ね、芝を転がる。ルガルガンはその先まで駆け抜けてから、前脚を突っ張って止まった。
「今のが“アクセルロック”ですね」
実況席から聞こえた技名より、俺はキルリアの起き上がる方を見ていた。片膝をつき、顔を上げている。ルガルガンが振り向くと、キルリアは指示を待たず姿を消した。
今度は岩の向こうへ出た。ルガルガンも追ったが、岩を曲がるところで後ろ脚が流れた。爪で土を掻き、外へ膨らんでから戻ってくる。
『さっきの距離じゃ、間に合わないよ』
「ああ。岩を間に置いてくれ」
キルリアが動くと、ルガルガンも岩の横へ回った。あの速さで直線を走られたら、消える前に追いつかれる。俺はキルリアの立つ場所と、倒れず残っている岩を順に見た。
「“かげぶんしん”!」
キルリアの姿が四つに増え、岩の両側へ散った。ルガルガンは近くの一つへ飛びつく。牙が空を噛み、消えた姿の向こうから電撃が走った。背中を打たれたルガルガンは、振り向きながら大きく跳び退く。
キルリアが再び腕を上げた。ルガルガンは岩の間を走って狙いを外したが、出口で身体を曲げきれず、肩を岩へ擦った。
イワンコの時は、あそこを簡単に曲がっていた。
「ルガルガン、広い方へ! “がんせきふうじ”!」
アイの声でルガルガンが岩の並びを離れた。キルリアたちの頭上へ新しい岩が降る。二つの分身が消え、本体も岩陰から飛び出した。そこへルガルガンが身体を向ける。
「“アクセルロック”!」
「岩の後ろへ!」
キルリアは横へ身を投げた。岩を挟めたものの、足がまだ外へ出ている。ルガルガンの肩がかすめ、キルリアは岩の裏で倒れた。残った分身も消えてしまう。
ルガルガンは真っすぐ走り抜けた。今度は急に曲がらず、大きく回って戻ってくる。アイが指で行く先を示し、ルガルガンはその外側を走っていた。
キルリアが岩へ手をついて立つ。噛まれた腕を下げたまま、細く息を吐いた。
広く走らせれば、曲がり損ねることも減る。追いかけて撃っても、向こうが速い。俺は回ってくるルガルガンの脚を見た。真っすぐこちらへ向き直ると、今まで走っていた外側に広い芝が空いた。
「キルリア、次は岩から離れるぞ」
キルリアがこちらを見た。俺はルガルガンが回ってきた方を指さした。
「走ってきた道の脇へ出てくれ。通り過ぎたところを狙う」
『……消えるの、早めにするね』
キルリアは岩から手を離した。両腕を広げると、隣に同じ姿が並ぶ。そのうちの一つが岩陰を出た。
「“がんせきふうじ”! 離れたら追って!」
岩が落ちた。外に出ていた分身が消え、キルリアも岩陰から姿を消す。ルガルガンはすぐには走らず、耳を動かしてコートを見渡した。
現れたのは、ルガルガンが回ってきた広い芝だった。こちらへ身体を向けるまでに、キルリアの腕の間へ電気が集まる。
「“チャージビーム”!」
「横へ避けて、“アクセルロック”!」
ルガルガンが電撃をかわした。後ろ脚が芝を蹴り、キルリアへ真っすぐ走る。キルリアは電撃を切ったが、まだ腕を下ろさない。
「今だ!」
キルリアが消えた。ルガルガンは前脚を突っ張る。胸が沈み、後ろ脚が前へ滑った。身体を止めるまでに、芝へ二本の跡が伸びる。
キルリアはその横へ出ていた。ルガルガンが首を向けても、脚はまだ踏ん張ったままだ。
「“サイコショック”!」
念の塊が脇腹へ重なった。ルガルガンの身体が横へ倒れる。それでも前脚で地面を押し、牙を見せて顔を上げた。
「“かみつく”!」
ルガルガンが飛びついた。キルリアが身を引いたが、避けきれず、牙が腕を捉える。細い身体が引かれ、足が芝を擦った。
「そのまま撃て!」
キルリアは残った腕を前へ伸ばした。胸元で固まった念がルガルガンにぶつかり、噛んでいた口が離れる。二匹が別々に倒れ、キルリアは肘をついて身体を支えた。
ルガルガンの脚が動いた。腹の下へ引き寄せようとして、途中で止まる。アイが身を乗り出したが、ルガルガンは顔を上げられなかった。
チリさんが近づき、ルガルガンの様子を確かめる。それからキルリアへ顔を向けた。キルリアは震える脚で立ち上がり、噛まれた腕を身体へ寄せた。
「ルガルガン、戦闘不能! 第二戦、キルリアの勝ち!」
歓声が上がった。アイがルガルガンのそばへしゃがみ、首の白い毛を撫でる。
「よく頑張ったね。戻って休もう」
ルガルガンがボールへ戻るのを見届けてから、俺もコートへ入った。キルリアはこちらへ歩こうとして、片足を引きずった。駆け寄ってしゃがむと、噛まれていない方の手が肩に触れる。
『ちゃんと、曲がれなくなるところに出られたよ』
「ああ。最後までよく見てた。腕、触るぞ」
身体を抱き上げると、キルリアは息を吐いて肩へ額を寄せた。腕に触れないよう支え直して、コートの外へ運ぶ。
向かいでは、アイがボールを腰へ戻していた。俺もキルリアを戻し、空いた手を一度開く。指には土がついていた。
「さあ、ユア選手が一勝を挙げたところで、続くは三組目! クチートとドオーの対戦です!」
アイが最後のボールを外した。俺も腰に残った一つへ手を伸ばし、土のついた指で握った。