繋がりの王者   作:宵取与一

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18話

 

 

 キルリアのボールを腰へ戻すと、向かいでアイが最後の一つを外した。表面についた土を親指で拭い、コートへ目を向ける。

 

「ユア選手は残り二体! 対するアイ選手、残るはドオー一体です! この第三戦で決まるのか、それともまだ続くのかーっ!」

 

 ナンジャモさんの声を聞きながら、俺もクチートのボールを握った。腰にはキルリアがいる。けれど、さっき抱き上げた時の、腕に預けられた重さがまだ残っていた。

 

「お願い、ドー」

 

 アイの前で光がほどける。ドオーが短い脚をついて腹を持ち上げ、こちらへ顔を向けた。俺もボールを投げると、クチートは少し離れた場所へ降り、周りの岩を見てから前へ出た。

 

 大顎が開く。ドオーの脚が縮み、腹が芝へ落ちた。それでもアイが呼ぶと、顔を上げて口を開く。

 

「クチート、ここで決めようぜ」

 

 小さな顔がこちらを向いた。大顎を一度閉じてから、クチートはドオーへ向き直った。

 

「第三戦、始め!」

 

「“メタルクロー”!」

 

 クチートが走った。ドオーは逃げず、短い脚を広げる。横へ回り込んで爪を振り上げたところで、アイの声が飛んだ。

 

「ドー、“とける”!」

 

 茶色の身体が低く沈んだ。鋼の光をまとった爪が脇腹へ食い込む。けれど、押したところがへこむばかりで、ドオーの腹は地面から離れなかった。腕を引くと、へこんだ身体も戻っていく。

 

「もう一歩、“アイアンヘッド”!」

 

 クチートが膝を曲げ、光る頭をぶつけた。今度はドオーの身体がずれたが、短い脚が芝を掻いて止まる。大きな顔がクチートの方へ回った。

 

「“マッドショット”!」

 

 クチートは大顎を間へ差し入れた。飛び出した泥がその縁を越え、肩へ当たる。小さな身体が弾かれ、芝へついた足が何歩も下がった。

 

 ドオーは追ってこない。さっき大顎を見て身体を縮めたのに、吐き出す泥の勢いは強いままだ。殴ったり噛みついたりしてくる相手なら、“いかく”で力を落とせる。こいつが使うのは泥と水だ。

 

「クチート、“かえんほうしゃ”!」

 

 炎が脇腹へ伸びた。ドオーの皮膚が沈んでも、火はその上を這う。顔が横へ動き、短い脚が一歩ずれた。

 

「ドー、“だくりゅう”」

 

 濁った水が炎へぶつかった。白い湯気が上がり、その下から流れが押し寄せる。クチートは炎を切り、横へ跳んだ。着地した足にまで水が届き、踏み直すと泥が跳ねた。

 

 まだ乾いている芝へクチートを動かす。ドオーも顔をそちらへ向けた。俺は正面から行かせず、横へ回りながら炎を吐かせた。水を向けられたら火を切り、ドオーが口を閉じるところで踏み込む。

 

「今だ、“メタルクロー”!」

 

 爪が頬を捉えた。ドオーの頭が振られ、片方の前脚が浮く。続けようとしたクチートの足元へ、水が回り込んだ。踏み込んだ足が滑り、爪がドオーの背を擦って抜ける。

 

「戻れ、クチート!」

 

 飛んできた泥を横へかわし、大顎を振って釣り合いを取る。転ばずには済んだが、最初に立っていた場所まで水浸しになっていた。

 

 アイがテラスタルオーブを取り出す。その手に光が集まった。ドオーはクチートから顔をそらさず、短く鳴いた。

 

「ドー、いくよ!」

 

 投げられた光がドオーを包んだ。結晶が弾け、茶色の身体が輝きに覆われる。頭上にはじめんのテラジュエルが現れた。

 

「ここでアイ選手がテラスタル! じめん技を強めて、一勝を取りにいくー!」

 

「クチート、泥をまともに受けるな!」

 

 ドオーが口を開いた。クチートは横へ走り、最初の泥をかわす。けれど、踏み込んだ先の芝がめくれ、足が沈んだ。抜こうとしたところへ次の塊が飛んでくる。

 

 大顎を構える間もなく、泥が胴へ当たった。クチートが吹き飛び、背中から地面へ落ちる。転がった大顎が岩にぶつかって止まった。

 

「クチート!」

 

 細い腕が地面を押す。膝を立てたものの、腰が上がりきらず、大顎を下ろして支えた。頭を振ると、泥の雫が落ちた。

 

 “てっぺき”で身体を硬くしても、あの泥を弱められるわけじゃない。近づけても“とける”で耐えられ、炎には水が来る。クチートの足元を見る。立ち上がった足が、もう泥に埋まっていた。

 

 その大顎の縁に、青白いものがちらついた。

 

 目を凝らすと消えた。けれど、見間違いじゃない。ハクタイでも、その後の戦いでも見た光だ。授業で魂性の話を聞いてから、ずっと引っかかっていた。

 

 もし、あれがそうなら。

 

 クチートは立っている。泥を被って、肩で息をしながら、それでもドオーから目を離さない。

 

「クチート!!」

 

 小さな顔が振り返った。何をすればあの光が出るのかなんて、俺には分からない。教わった技みたいに命令もできない。濡れた手を握り、クチートを見た。

 

「ここまでありがとな」

 

 クチートの視線が俺に留まった。

 

「最後まで、全力で楽しもうぜ。俺たちが積み上げてきた――絆で!」

 

 クチートの口元が僅かに動き、目が細くなった。俺を見ていた顔が前へ戻る。背中の大顎が、軽く開いた。

 

 ガチン。

 

 ドオーへ向け直し、もう一度。

 

 ガチン。

 

 青白い光が大顎の縁へ滲んだ。今度は消えずに首へ、肩へと広がり、小さな身体を包んでいく。濡れた芝にもその色が映り、クチートが足を動かすと、水面の光が揺れた。

 

「ちょっ、ちょちょちょ!? クチートの周り、なんか光ってませんかーっ!?」

 

「……魂性」

 

 オモダカさんの声が、スピーカーから低く聞こえた。向こうでアイが口を開く。

 

「……なに、それ?」

 

 俺はクチートを見た。こちらを振り返らず、大顎を高く掲げている。

 

「これがクチートの力。魂に刻まれた力……魂性」

 

 青白い光が牙の先まで走った。俺は顔を上げ、アイを見返した。

 

「名付けるなら――“絶対王者”」

 

 アイが息を吸い、ドオーへ手を向けた。

 

「ドー、“マッドショット”!」

 

 ドオーの口は開かなかった。短い脚を地面につけたまま、クチートを見ている。

 

「ドー?」

 

 クチートが一歩進んだ。ドオーの脚がさらに縮む。泥を吐こうとして顔を持ち上げたのに、また止まった。

 

 怯んでる。さっき大顎を見た時より、ずっと。

 

「クチート、“メタルクロー”!」

 

 泥を蹴ったクチートがドオーの横へ入った。振り上げた爪が結晶の脇腹へ当たり、大きな身体が傾く。“とける”で沈んでいた腹まで地面を離れ、ドオーが横へ転がった。

 

 クチートはもう踏み直していた。ドオーが身体を起こし、こちらへ顔を向ける。また動きが止まる。その間に、クチートが頭を下げた。

 

「“アイアンヘッド”!」

 

 ぶつかった頭がドオーを押し飛ばした。短い脚が泥を掻いても止まらず、腹の下に太い跡が残る。

 

「押している! クチートが一気に押し返したぁ! ドオー、技が出せないーっ!」

 

 クチートが進むたび、ドオーが顔を引いた。逃げようとする脚まで止まっている。アイはドオーを呼び、次にクチートの足へ目を落とした。

 

「ドー、追わなくていい。足元へ“だくりゅう”!」

 

 ドオーが口を下へ向けた。水が出るまでに少し間があったが、クチートが届く頃には流れが広がっていた。踏み込んだ足へ水がぶつかり、膝が曲がる。

 

「跳んで抜けろ!」

 

 クチートは浅いところへ跳び、着地と同時に向きを変えた。ドオーがそちらを見て固まる。

 

「“とける”。そのまま低く」

 

 アイの声で、ドオーの身体が遅れて沈んだ。クチートの爪は届いた。結晶の表面を裂いて脇腹を押したが、今度は横倒しになる前に、腹が泥へ収まった。

 

「前の地面。“マッドショット”!」

 

 ドオーはクチートを追わず、口を低くしたまま泥を吐いた。クチートがその流れを越えようと足を上げ、俺は横へ回らせた。泥が跳ね、片足へ絡みつく。

 

 怯まなくなったわけじゃない。クチートが顔を向けるたびにドオーは縮む。それでも、水は先に地面を流れている。止まった口から泥が出る頃には、クチートがそこへ踏み込もうとしていた。

 

「クチート、足元を見ろ! 右から入れる!」

 

 青白い光が水の上を横切った。ドオーの口が向く前に爪が入り、顔が跳ねる。クチートは止まらず、その脇へ頭をぶつけた。結晶が欠け、ドオーの前脚が折れる。

 

「これは決まったかーっ!?」

 

 ドオーの顎が泥についた。後ろ脚だけが身体を支えている。

 

 行ける。

 

「もう一発、“アイアンヘッド”!」

 

「“とける”!」

 

 ドオーの背が低くなった。クチートの頭がぶつかり、丸い身体が横へずれる。起き上がるどころか、前脚もほとんど動かない。けれど、顔はクチートの方へ向いていた。

 

「水を足元へ」

 

 アイが言った。ドオーの口から濁った流れが広がる。クチートの足が沈んだが、大顎を振って踏みとどまった。爪先が泥を蹴り、さらに前へ出る。

 

 ドオーのすぐ目の前だった。クチートが大顎を開くと、ドオーの顔が下がる。まだ動けない。ここで離れたら、また水が広がる。

 

「クチート、“メタルクロー”!」

 

 鋼の光をまとった爪が持ち上がった。ドオーの頬へ振り下ろされ、結晶が弾ける。クチートが足を踏み込んだ瞬間、アイが叫んだ。

 

「ドー! 今! 全力の“マッドショット”!」

 

 縮んでいたドオーの脚が地面を押した。下がっていた顔が上がり、大きな口が開く。クチートは爪を引き戻しかけていた。大顎を間へ入れる隙間もない。

 

 泥が至近距離から胴へぶつかった。

 

 青白い光ごとクチートが飛ばされる。芝へ背中を打ち、大顎を引きずりながら止まった。

 

「クチート、立て!」

 

 腕が地面を押した。肩が持ち上がり、膝が腹の下へ動く。けれど、足をつくところまで届かなかった。肘が折れ、身体が地面へ戻る。光が薄れていく中で、大顎が一度だけ動いた。

 

 ガチン。

 

 クチートの目がこちらへ向いた。俺はもう一度呼びかけたが、口を閉じた。チリさんがそばへ膝をつき、クチートの反応を確かめていた。

 

「クチート、戦闘不能! 第三戦、ドオーの勝ち!」

 

 向こうでアイが長く息を吐いた。片手が膝へ落ちる。ドオーも腹をつき、頭上の結晶を傾けたまま、顔を持ち上げられずにいた。

 

「……やっぱ強ぇな」

 

 声は歓声に混じった。クチートのそばへしゃがむと、小さな顔が動いた。泥のついた頬を拭い、ボールを向ける。

 

「ありがとな。休んでてくれ」

 

 光が収まったボールを握る。向こうからも、アイの「ありがと、ドー」が聞こえた。

 

「これで残るは一体ずつ! ユア選手のキルリア、アイ選手のドオー! 決勝戦、まだ終わりません!」

 

 大型画面に残った印を見上げた。俺の側も、アイの側も一つ。クチートを腰へ戻し、その隣のボールを外す。

 

 チリさんが俺たちの間へ戻った。

 

「残存数、一対一。大会規定により、サドンデスに入るで」

 

 キルリアを出すと、着地した膝が曲がった。身体を支えようと腕を出したが、噛まれたところをかばって引き寄せる。それでも自分で立ち直り、ドオーへ顔を向けた。

 

『いけるよ』

 

「頼む」

 

 ドオーの短い脚も震えていた。アイがその背から手を離し、元の位置へ戻る。

 

「もうちょっとだけお願い、ドー」

 

 ドオーが低く鳴いた。ひびの入った結晶が日の光を返す。キルリアは両腕を前へ出し、泥の少ない場所へ足を置き直した。

 

 俺はアイを見た。アイもこちらを見て、すぐにドオーへ視線を戻す。

 

 チリさんの腕が下がった。

 

「サドンデス――始め!」

 

「キルリア! 全力の“サイコショック”!」

 

「ドー! 全力の“マッドショット”!」

 

 キルリアの前へ念の塊が集まった。腕を振り抜くと、それがドオーへ飛ぶ。開いた大きな口から泥弾が放たれ、念の塊の下を抜けた。

 

 ドオーの頭と背へ念が叩きつけられる。ほとんど同時に、泥弾がキルリアの胸を捉えた。

 

 キルリアが背中から倒れた。ドオーも脚が折れ、顎を地面へ落とす。頭上の結晶が砕け、茶色の身体から光が剥がれた。

 

「キルリア!」

 

「ドー!」

 

 歓声が止まった。キルリアの腕は地面へ伸びたまま、動かない。向こうのドオーも顔を上げなかった。

 

 チリさんがキルリアへ駆け寄った。しゃがんで様子を確かめ、俺の方を見上げる。

 

「キルリア、戦闘不能」

 

 続けてドオーのそばへ移った。顔の前で手を動かし、伏せた身体へ目を落とす。アイが一歩近づいたところで、チリさんが立ち上がった。

 

「ドオーも、戦闘不能」

 

 大型画面の最後の印が消えた。俺の名前の下に、残存〇。アイの下にも、同じ数字が並んでいる。

 

「両方……倒れた?」

 

 ナンジャモさんの声が途切れた。オモダカさんが画面を見上げ、コートへ視線を戻す。

 

「双方、登録した三匹すべてが戦闘不能です」

 

 腰へ下ろした手に、ボールが触れた。もうこのコートへ出せる仲間はいない。アイもドオーを見つめたまま、手を下ろしていた。

 

 チリさんが中央へ進んだ。俺たちを一度ずつ見て、両腕を広げる。

 

「決勝戦――引き分け」

 

 俺は息を吸った。

 

「よって、今大会の優勝者はなし!」

 

 客席から一斉に声が噴き上がった。立ち上がった人たちの腕が重なり、拍手と歓声がコートへ降り注いだ。

 

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