繋がりの王者   作:宵取与一

147 / 147
第14章「むかしむかしのものがたり」
1話


 

 

 パルデアに来てから、早くも二年が経った。

 

 シロナとは今も定期的に連絡を取っている。俺が学園やポケモンたちの話をすると、シロナもシンオウであったことを教えてくれた。ギンガ団の名前を聞く機会は、各地で増えているらしい。元々、慈善団体を名乗って活動している連中だ。今のところシロナが確かめられたのも、人を助けるための活動ばかりで、大きな事件や、明らかにおかしいといえる動きは見つかっていないという。

 

 だからといって、俺まで安心はできなかった。ズイ遺跡で会ったアカギの顔も、手も足も出なかった勝負も忘れていない。ただ、今あいつらが何をしているのか、俺がパルデアから決めつけたところで答えは出ない。シロナは引き続き調べると言っていたし、俺が急いでシンオウへ戻るような話もなかった。

 

 そんなまま、パルデアで三度目の春を迎えた。

 

 新しく入ってきた生徒が、教室の場所を確かめながら廊下を歩いている。曲がり角で案内板を見上げていた二人を避け、俺は階段へ向かった。隣を歩くアイも歩幅を緩め、二人が通り過ぎてから俺の顔を覗く。

 

「校長先生に呼ばれるようなこと、何かした? ボクは何もしてないんだけど」

 

「俺もだよ。お前と一緒に呼ばれたって聞いたから、何の話か知ってると思ってた」

 

「じゃあ、行ってからのお楽しみだね」

 

 アイは階段の手すりから手を離し、先を歩いた。二人とも校長室へ来るようにと伝えられただけで、用件は聞いていない。授業中に寝ていたわけでもないし、呼び出されたあとも考えてみたが、思い当たることはなかった。

 

 扉を叩くと、クラベル先生の声が返ってきた。中へ入った俺は、挨拶をしかけて足を緩めた。先生のほかに、知らない女の人が立っている。短い金色の髪が頬の横で跳ね、耳には緑色の大きな飾りが下がっていた。紫の上着に赤いズボンという格好で、俺たちを見ると手にしていた資料を閉じる。

 

「来てくれましたね。どうぞ、お二人ともこちらへ」

 

 クラベル先生に勧められ、俺とアイは並んでソファへ座った。テーブルには、山と田んぼの写真が印刷された冊子が置いてある。表紙の『林間学校』という文字を読んでいると、向かいの女性が身を乗り出した。

 

「君がユアくん、隣がアイくんだね。私はブライア。ブルーベリー学園で教師をしているんだ。今日は二人に、林間学校のお誘いに来たのさ」

 

「林間学校……って、この山に行くんですか?」

 

 アイが表紙へ目を向けた。ブライア先生は頷き、冊子を俺たちの方へ滑らせる。

 

「キタカミの里という場所だよ。山の麓に村があって、田畑や果樹園が広がっている。二人は行ったことがあるかな?」

 

「俺はない。名前も、今初めて聞いた」

 

「ボクも行ったことはないです。パルデアの外なんですね」

 

 俺が冊子を開くと、アイも肩を寄せた。見開きの地図には、山を囲むように道が描かれている。小さな家が集まっている場所からも何本か道が伸び、途中には川や池があった。地図の隣の写真には、テーブルシティで見るものとは形の違う屋根が並んでいた。

 

「今回は、ブルーベリー学園と本校の交流企画です。あちらの生徒さん二名と、こちらから数名が参加して、現地で一緒に学ぶことになっています」

 

 クラベル先生が写真のページを指した。

 

「土地の文化や自然、そこで暮らすポケモンについて、実際に訪ねて学んでもらいます。ぜひ、お二人にも参加していただきたいと思いまして」

 

「教室でずっと座っている授業とは、少し違うよ。歩いて、見つけて、自分で確かめるんだ。私も引率するから、現地で気になるものがあったら遠慮なく聞いてほしい」

 

 ブライア先生は、俺がページの端へかけていた指を見て続きを促した。めくると、田んぼのそばや林の中で撮った写真が出てくる。草に隠れたポケモンを探して顔を近づけるうちに、アイが冊子の下側を持って、二人から見える向きへ直してくれた。

 

「パルデアで見ないポケモンもいるんだよな。捕まえたり、一緒に歩いたりしてもいいの?」

 

「もちろん、現地での決まりは守ってもらうけれどね。畑や人の家へ勝手に入るのは困るし、ポケモンを追って山で迷われても困る。活動できる範囲は、到着したら説明するよ」

 

「ユア、聞いた? 見つけても走っていっちゃ駄目だって」

 

「聞いてるよ。お前だって見たいだろ」

 

「うん。だから、一人で行かないで」

 

 アイが冊子から顔を上げた。俺も頷き、ブライア先生へ向き直る。

 

「俺、行きたい。キタカミに」

 

「ボクも参加したいです。よろしくお願いします」

 

 ブライア先生は口元を広げ、膝に置いていた資料をテーブルへ載せた。クラベル先生も頷いて、俺たちへ一枚ずつ紙を渡す。出発日と集合場所、その下に持ち物が書かれていた。

 

「よいお返事をいただけて何よりです。出発までは数日ありますから、忘れ物のないよう準備してください」

 

 予定表の日付を指で追う。来週も座っていると思っていた教室の席に、俺はいないらしい。窓の外へ目を向けると、見慣れた中庭が見えた。俺は手元の冊子へ戻り、山の麓にある小さな村をもう一度見た。

 

「ブルーベリー学園の人たちとは、向こうで会うんですか?」

 

 アイの言葉に、ブライア先生が頷く。

 

「参加する二人はキタカミの出身でね。現地で合流する予定だよ。里での暮らしについては、私より詳しいことも多いはずさ」

 

 冊子に載っている道のことも聞けそうだった。俺は地図のページに予定表を挟み、閉じた冊子を膝へ置いた。

 

 校長室を出ると、アイはさっそく持ち物の紙を広げた。俺も隣から覗き込み、着替えや歩きやすい靴に混じって書かれているノートの文字で指を止める。

 

「帰ってきたら、何を見たか書くんだって」

 

「林間学校だもん。……あ、ユア、写真も撮っておこうよ。帰ってから名前を調べたくなるかもしれないし」

 

 頷いて冊子を鞄にしまう。階段を下りながら、俺は寮に置いてある荷物を頭に並べた。いつもの鞄に着替えまで入れるには、中身を一度全部出す必要がありそうだった。

 

ーー

 

 数日後、バスの扉から地面へ降りると、目の前に田んぼが広がっていた。

 

 水を張った四角い田んぼが細い畦で区切られ、並んだ苗の間に空が映っている。道の脇の水路を覗くと、水が草の根元を揺らしながら流れていた。背中でバスのエンジンが鳴っている間は聞こえなかった水音が、エンジンが止まるとはっきり聞こえた。

 

 俺は鞄を持ち直し、道の続く方を見た。低い家の屋根がいくつも並び、その向こうには大きな山がそびえている。木の生えている斜面を目でたどっても、まだ上があった。首を上げると、岩肌の近くを薄い雲が流れていた。

 

「……でかいな」

 

「ずっと窓から見えてたもんね。村も、ほんとに麓だ」

 

 アイが隣へ降りてきた。長く座っていたせいか、両腕を上げて背を伸ばしている。俺も肩を回すと、後ろから降りてきた生徒が同じように伸びをして、腰へ手を当てた。

 

 風が吹き、湿った土と草の匂いがした。アカデミーの正門を出れば広い階段と石畳が続いていたが、バス停から先は、畑の間を一本の道が通っている。道沿いの電柱から家へ線が伸び、木々の向こうで低い屋根が途切れた。

 

「皆、忘れ物はないかな? 座席の下も確かめてから降りてきてくれたまえ」

 

 ブライア先生がバスの入り口で声をかけた。先に降りた生徒が鞄を開け、眼鏡をかけた生徒が慌てて車内へ戻っていく。俺は自分の鞄の口を閉め、腰のボールを手で確かめた。

 

「さて、この先がスイリョクタウン。今回、私たちがお世話になる村だよ」

 

 ブライア先生が、道の先にある家並みを指した。配られた地図にも同じ名前があった。俺が冊子を取り出して開いていると、先生が隣へ来て、村の中の建物へ指を置く。

 

「ユアくん、アイくん。私は皆の荷物を確認してから向かうので、公民館へ到着を知らせに行ってくれるかな。管理人さんが待ってくださっているはずだ」

 

「この道をまっすぐでいいんだよな?」

 

「ああ。二人とも、寄り道はあとにしてくれよ」

 

 先生の指が離れた地図を確かめ、俺は冊子を閉じた。アイと並んで歩き出すと、靴の下で細かな砂が擦れた。日を遮る建物がなく、鞄を背負った肩が暖かい。水路のそばを通るたび、草の間から水の光が見えた。

 

 集落へ近づくと、軒先に道具を立てかけた家や、低い塀で庭を囲んだ家が見えてきた。屋根の端が道へ張り出し、その下に植木鉢が並んでいる。庭で作業していた人が手を止めたので会釈すると、こちらの服と鞄を見てから、ゆっくり頭を下げてくれた。

 

「あの屋根、写真で見たやつだ」

 

 俺が顔を向けると、アイも家並みを見た。屋根の上では灰色の瓦が重なり、軒の裏に木の筋が並んでいた。

 

「近くで見ると細かいね。……ユア、歩きながらだと水路に落ちるよ」

 

 足元を見ると、靴のすぐ横を水が流れていた。道の中央へ戻ると、アイが肩を揺らす。笑うなよと言いかけた時、前方から声が飛んできた。

 

「ちょっと、あんたたち」

 

 道の向こうに背の高い女の子が立っていた。黒い長髪の内側に赤い色が見え、青い服の袖から出た腕を腰へ当てている。俺たちが足を止めると、女の子は目を細め、アイの制服から俺の腰のボールへ視線を移した。

 

「パルデアのアカデミーから来たっていうの、あんたたち?」

 

「そうだけど。林間学校で来たんだ。公民館に行きたいんだけど、この先で合ってる?」

 

 女の子は道を譲らず、俺たちの前へ歩いてきた。近づかれると見上げる高さになり、俺は鞄の肩紐へかけていた手を下ろした。

 

「残念。よそ者は村に入れてあげない」

 

「……は? 俺たち、学校から来たんだぞ。クラベル先生とブライア先生から、話は通ってるはずだけど」

 

「林間学校のことくらい知ってるわよ。だからって、好き勝手に歩き回っていいわけじゃないでしょ」

 

「歩き回ってないだろ。到着したって伝えに行くだけだって」

 

 俺は村の方へ目を向けたが、女の子が半歩ずれて視界に入ってきた。アイも俺の横で足を止めたまま、バス停へ続く道を一度振り返る。

 

「あたしはゼイユ。ここの生まれで、ブルーベリー学園の生徒。あんたたちのことはブライア先生から聞いてる」

 

 だったら一緒に林間学校へ参加する相手じゃないか。俺は開きかけた冊子を鞄へ戻し、ゼイユへ顔を上げた。

 

「俺はユア。こっちはアイ。先生は荷物を確認してるから、あとで来る。用事を済ませたいんだけど、通してくれないか」

 

「嫌よ。来て早々、人の家をじろじろ見て。珍しければ何でも見ていいと思ってない?」

 

 ゼイユの視線が、さっき見ていた家の屋根へ動いた。俺も屋根を見上げてから、ゼイユへ戻す。

 

「屋根を見てただけだろ。敷地に入ったわけでも、何か触ったわけでもない」

 

「ここは人が暮らしてる村なの。よそから来た人に、遊び場みたいに扱われたくないわけ」

 

「そんなつもりで来てねえよ。何もしてないうちから追い返すなって」

 

 声が大きくなって、俺は一度息を吐いた。ゼイユは腕を組み、片足へ重心を移した。謝って引き返す様子も、道を空ける様子もない。アイが俺の袖へ軽く触れたので顔を向けると、少し声を落として言った。

 

「公民館へ行くんでしょ。先生もあとから来るし」

 

「分かってる。でも通してくれないんだよ」

 

「聞こえてるんだけど」

 

 ゼイユが腕を解いた。腰へ伸びた手に、モンスターボールが握られる。

 

「そこまで入りたいなら、あたしとポケモン勝負しなさいよ。勝てたら通してあげる」

 

 俺はボールを見て、ゼイユの顔へ目を戻した。

 

「勝負したら、ちゃんと案内してくれるんだな?」

 

「勝てたら、って言ったでしょ! もう勝つつもりで話さないでくれる?」

 

「やるからには勝つつもりだけど。……いいよ、受ける」

 

 アイが短く息を漏らし、俺の鞄へ手を伸ばした。

 

「はい、預かる。道の真ん中は空けてね」

 

「あたしが決めるから! こっちなら邪魔にならないでしょ」

 

 ゼイユが家の塀から離れ、道脇の開けた場所へ歩いていった。踏み固められた土が広がり、田んぼとの間には低い柵がある。俺は鞄をアイへ渡し、ゼイユの向かいへ回った。

 

 アイが道の端へ下がる。その向こう、ゼイユが立っていた辺りに、小柄な人影が見えた。俺が顔を向けると、長い前髪の下からこちらを見ていた顔が半分隠れた。

 

「よそ見してる場合? あたしはいつでもいいけど」

 

 ゼイユへ向き直ると、持ち上げたボールを指で挟むように握り直していた。俺は両足の下の土を踏み、腰からボールを一つ外した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

チャンピオン?知らん。色違いがほしい(作者:ヨリヨリ)(原作:ポケットモンスター)

色違い厨がポケモン世界に転生しても色違い縛りをしている話。▼色違いを探してたら生成AIで作ってました。


総合評価:2874/評価:6.53/完結:26話/更新日時:2026年09月09日(水) 20:00 小説情報

ポケモントレーナーの日常?(作者:ぽこあDLCやってる人)(原作:ポケットモンスター)

ポケモンの世界に生まれた転生者が旅に出る話▼(世界線がゲームかアニポケかも分からないしエンジョイクソボケなので何をやらかすか分からない)▼アニポケ時空になりました。▼タグは随時追加予定です。▼アンケを投げています。▼よろしければ適当でもええのでポチってくれると嬉しいです。基本サトシ一行会うことはない予定で書くつもりです(普通に会いました)▼他作品と並行し交互…


総合評価:5382/評価:8.55/連載:13話/更新日時:2026年07月26日(日) 07:38 小説情報

【AI利用実験中】ポケモン世界に転生したら、旅どころではなかった(作者:うどん風スープパスタ)(原作:ポケットモンスター)

パルデア地方で悪質ないじめを受け、瀕死の重傷を負った10歳の少年ウノ。▼生死の境をさまよい、彼の中で前世である現代日本人・佐野の記憶と人格が覚醒する。▼少年は一命を取り留めたものの……心と体に深い傷を負い、相棒と冒険の旅に出られる状態ではなかった。▼その後、少年は家族とジョウト地方に移住し、療養生活の中で“きのみ”の栽培を始める。▼移住先の大人や街の人々との…


総合評価:293/評価:8.33/連載:18話/更新日時:2026年09月25日(金) 20:00 小説情報

ポケットモンスター カロス大家族記(作者:空念)(原作:ポケットモンスター)

カロス地方を舞台に、独自の信念を持つ若き女性トレーナー・ミソラが、血の繋がりやバトルの効率を超えた「本物の大家族」を築き上げていくハートフル・冒険ファンタジー。▼世間のトレーナーたちが「種族値」や「タイプのバランス」「バトルの勝敗」という数字に一喜一憂する中、ミソラの価値観はただ一つ。▼――「私を信じてなついてくれる命には、全力で応えるのが筋」。▼最初の相棒…


総合評価:29/評価:-.--/連載:96話/更新日時:2026年09月04日(金) 00:47 小説情報

映像機画版携帯獣世界転生物語(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:ポケットモンスター)

なんか知らんがアニポケの世界に転生してた。


総合評価:2631/評価:7.39/連載:33話/更新日時:2026年09月06日(日) 00:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>