繋がりの王者   作:宵取与一

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7話

クチートの後を追いながら、俺たちは坑道のさらに奥へ進んでいた。

進むほど道は狭くなるり、足場も悪い。

人が通るために作られた道じゃない。

壁に取り付けられた照明はとうになくなり、あるのは岩肌を伝う水滴の音だけだった。

 

クチートは振り返らない。

一定の速度で前を歩き続ける。

 

本当に来るのか。

 

本当に知ろうとするのか。

 

『なにか、ある』

 

俺も頷いた。

 

クチートが見せようとしているもの。

それがこの先にある。

やがて、目の前の空間が大きく開けた。

 

「……っ」

 

思わず息を呑む。

広い空洞だった。

 

だが、ただの空洞じゃない。

そこには生活の跡があった。

 

岩陰に並ぶ寝床、集められた木の実の殻、小さな爪痕、擦り減った岩。

長い時間をかけて積み重ねられた暮らしの痕跡。

 

けれど、その多くは壊れていた。

 

寝床は潰れ、岩壁には大きな亀裂が走り、崩れた岩があちこちに散乱している。

まるで誰かに踏みにじられた後のようだった。

 

クチートはその中心まで歩く。

そして、壊れた寝床の前で静かに座った。

俺は周囲を見回す。

こちらを見ながら震えているポケモン達が数匹。

ここは、ポケモン達の集落だったようだ。

 

クチートだけじゃない。

他のポケモンたちも暮らしていた場所。

家だったんだ。

 

『かなしい』

 

ラルトスが目を閉じる。

 

『ずっと』

 

その声は小さかった。

 

『ずっと、かなしかった』

 

男がゆっくりと崩れた岩壁へ近付く。

しばらく何も言わない。

ただ傷跡を見つめていた。

やがて。

 

「……違う」

 

ぽつりと呟く。

俺は男を見る。

 

「違う?」

 

男は壁に触れた。

指先で亀裂をなぞる。

 

「これ、直接掘った跡じゃねぇ」

 

低い声だった。

 

「振動だ」

 

その言葉に俺は周囲を見る。

確かに壁そのものを削った跡は少ない。

だが無数の亀裂が走っている。

 

「採掘範囲を広げた時の重機の振動でできた傷だ」

 

男の顔が苦く歪む。

 

「何年も前から少しずつ崩れてたんだ」

 

沈黙。

男はさらに壁を見つめる。

そして何かを思い出したように目を見開いた。

 

「……そうか」

 

かすれた声だった。

 

「そういうことか」

 

「?」

 

男は苦笑する。

どこか情けなさそうに。

 

「ガキの頃に聞いたことがある」

 

「昔の職人たちからだ」

 

俺は耳を傾けた。

 

「坑道の奥には近付くなってな」

 

男は続ける。

 

「この先にはポケモンたちの領域がある」

 

「だから掘るな」

 

「騒がせるな」

 

「境界を越えるな」

 

「……でも誰も本気にしてなかった」

 

男は俯く。

 

「迷信だと思ってた」

 

空洞が静まり返る。

クチートは動かない。

ただ聞いている。

男は周囲を見回した。

 

壊れた寝床、崩れた岩壁、失われた住処。

その全てを。

 

「忘れたんだな」

 

ぽつりと呟く。

 

「俺たちは、1番大事なものを」

 

拳が握られる。

 

「時代が変わって」

 

「人が入れ替わって」

 

「仕事が増えて」

 

「気付けば誰も覚えてなかった」

 

男はクチートを見る。

赤い瞳と目が合う。

 

「お前たちは覚えてたのにな」

 

ガチッ。

 

クチートの顎が鳴る。

怒りにも、悲しみにも聞こえる音だった。

 

男はゆっくり頭を下げた。

 

深く。

 

静かに。

 

「……悪かった」

 

男は続ける。

 

「知らなかった」

 

「でも」

 

「知らなかったのは俺たちの責任だ」

 

声は震えていた。

 

「忘れたのも」

 

「見ようとしなかったのも」

 

「全部、俺達の責任だ」

 

長い沈黙。

クチートは動かない。

許していない。

簡単に許せることじゃない。

それでも、男は頭を下げ続けていた。

 

「ならさ」

 

男が顔を上げる。

 

「取り戻そう」

 

俺は崩れた住処を見る。

 

「昔の約束を」

 

沈黙。

 

「人間とポケモンの境界を……もう一度」

 

男はしばらく考えた。

そして大きく頷く。

 

「ああ」

 

力強い声だった。

男はクチートへ向き直る。

 

「俺たちはもう一度境界を決める」

 

「この先には立ち入らない」

 

「勝手に掘らない」

 

「勝手に決めない」

 

クチートはじっと見ている。

男はさらに続けた。

 

「それだけじゃねぇ」

 

空洞に声が響く。

 

「もし」

 

一度言葉を切る。

 

「もしまた俺たちが約束を破ったなら」

 

俺も思わず男を見る。

男の目は真剣だった。

 

「坑道を封鎖する」

 

静寂。

 

「人間は二度とここへ入らない」

 

「それが責任だ」

 

声に迷いはなかった。

 

「約束を守れないなら」

 

「立ち入る資格もない」

 

クチートは動かない。

ただ男を見つめている。

 

長い時間。

本当に長い時間。

 

ガチッ。

 

顎が鳴る。

 

一度。

 

そして、もう一度。

 

『……迷ってる』

 

ラルトスが小さく呟く。

 

『まだ、信じられない』

 

当然だ。

失われた時間は長い。

言葉だけで埋まるほど軽くない。

 

『でも』

 

ラルトスが目を開く。

 

『聞いてる』

 

その言葉に俺は頷いた。

それで十分だった。

少なくとも今日は。

 

クチートはゆっくり立ち上がる。

 

壊れた住処を見る。

 

そして俺たちを見る。

 

その目に警戒は残っている。

 

けれど、最初に会った時のような強い拒絶はなかった。

 

本当に守るのか。

 

本当に変わるのか。

 

その答えを待っているようだった。

 

「守るよ」

 

気付けば口にしていた。

クチートは何も答えない。

それでも視線を逸らさなかった。

やがて背を向け、住処の奥へ歩いていく。

闇の向こうへ。

その背中が消えるまで、俺たちは誰も動かなかった。

 

帰る頃には外は夕暮れになっていた。

赤い光がクロガネの町を染めている。

煙突から煙が上がる。

人が働いている。

いつもと同じ景色。

だけど少し違って見えた。

 

人間とポケモン。

簡単に分かり合えるわけじゃない。

傷付けた過去も消えない。

それでも、忘れていた約束を思い出すことはできる。

 

繋がりを結び直すこともできる。

俺は一度だけ振り返る。

 

もう坑道の奥は見えない。

 

それでも。

 

「また来るよ」

 

小さく呟く。

ラルトスが静かに頷いた。

俺たちはそのまま町へ向かって歩き出した。

 

今度こそ、失われた約束を取り戻すために。

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