水路沿いの道を離れると、ゆるい坂が続いていた。道の両側にはりんごの木が並び、葉の間に赤い実が見える。スグリは枝の張り出した場所で少し頭を下げ、坂の上を指した。
「あの奥が、ともっこプラザ」
木の列が途切れた先に、開けた場所が見えた。近づくにつれて低い石の台と、その上に並ぶ三匹の像が見えてくる。俺は坂を上り切り、足を止めた。
大きな身体の一匹と、細い身体の一匹、それに鳥の姿をした一匹。神社の看板に描かれていたポケモンだった。台の周りは草が短くなっていて、正面へ続く道には踏まれた跡がある。
「神社で読んだ、三匹の像か」
俺が近づくと、スグリも隣へ来た。像を見上げていたが、俺が看板を探して顔を動かすと、道の脇を指してくれた。
「課題の看板はこっち。地図にも、ともっこプラザって書いてあるべ」
鞄から地図を出し、二つ目の印を確かめる。小さな屋根のついた看板は、神社にあったものと似た形をしていた。俺たちは文字を隠さないよう左右へ立ち、スマホロトムを前へ浮かせた。
「ロトム、さっきと同じように頼む」
撮影の合図が鳴る。手元へ戻ってきた画面をスグリと覗くと、二人の間に看板が収まっていた。奥には像も写っている。写真を保存してから、俺は看板の前へ寄った。
《ともっこを祀る場所
イイネイヌ、マシマシラ、キチキギスは、鬼に立ち向かい、キタカミの里を守った三匹のポケモンとして伝えられています。
村人たちはその勇気をたたえ、「ともっこ」と呼んで親しみました。三匹を葬った場所には像が建てられ、里を守った英雄として、今も人々から敬われています。》
読み終えて像へ顔を向けた。スグリは看板から離れ、台へ続く道の途中で止まっている。
「じーちゃんたちも、ここさ来るんだ。村の人なら、大体知ってる場所だよ」
「よく来る人がいるんだな。像の前まで、草も短くなってるし」
俺が答えると、スグリは土へ目を落として頷いた。鬼さまの話はしなかったので、俺も続きを聞かなかった。写真をもう一度開いて、看板の文字まで写っていることを確かめる。
スマホロトムをしまいかけた時、スグリが俺へ向き直った。
「あの……ユア。次の看板へ行く前に、おれとも勝負してくれねぇ?」
鞄の紐から手を離し、腰のボールへ触れている。
「昨日、ねーちゃんと戦ってるの見て……おれも、ユアと戦ってみたくなったんだ。一匹ずつでいいから」
「いいぞ。一対一だな」
俺も腰へ手を下ろした。スグリが顔を上げ、ボールへ掛けた指を握り直す。
「……ありがと。おれ、けっぱるから」
像や看板の前を離れ、広場の端へ回った。道から外れた土の広がりなら、二匹が動く場所も取れる。スグリが鞄を置いたので、俺も少し離れた草の上へ荷物を下ろした。
「カミッチュ! けっぱれ!」
ボールから出たのは、飴をかけたりんごのようなポケモンだった。表面が日に光り、甘い匂いが届く。りんごから緑の頭が伸び、もう一方から出た尾がゆっくり動いた。
初めて見る姿だ。りんごの身体から出た頭が、俺の声に向きを変えた。どこまで首が伸びるのか、頭の動きも見ておいた方がよさそうだ。
「こっちはドレディアだ。頼むぞ」
ドレディアが土へ降り、頭の花を揺らす。カミッチュへ身体を向けると、裾の葉が脚の周りで広がった。俺は二匹の間の地面を見た。大きな石はなく、広場の外へ続く道も攻撃の向きから外れている。
「準備できたら始めよう」
「うん。……カミッチュ、“タネマシンガン”!」
伸びた頭の口から、種が続けて飛んできた。ドレディアは腕の葉を寄せ、斜め前へ踏み出す。種が背後の土を打つ間に、射線の横へ抜けていた。
「“かふんだんご”!」
今度は丸い塊が口元に膨らんだ。ドレディアはカミッチュを見たまま距離を詰めていたが、塊が放たれると片足を着き、身体を横へ回した。裾を掠めそうになった塊が土へ落ち、黄色い粉を広げる。
大きく避けた分、カミッチュまでの距離はまだ残った。けれど、カミッチュの頭はドレディアがいた場所を向いている。
「ドレディア、“エナジーボール”」
緑の球が、伸びた頭の下へ届いた。りんごの身体が後ろへ弾かれる。カミッチュは尾を動かして傾きを戻し、再び頭を持ち上げた。表面の飴が光っているが、身体は崩れていない。
「だ、大丈夫! カミッチュ、もう一回“タネマシンガン”!」
カミッチュはドレディアへ頭を向け直し、種を放った。ドレディアはさっきと同じように斜めへ足を運び始める。今度は種の列も追ってきたが、頭を回して狙い直す間に、ドレディアが射線の外へ出た。
「抜けながら“ちょうのまい”」
ドレディアが腕の葉を広げた。種の列から離れる動きに合わせて身体を回し、足を着き替える。頭の花が傾き、裾の葉が持ち上がる。カミッチュが向き直ると、ドレディアは片足で短く跳ね、今度は広場の中央へ寄った。
「“みずあめボム”!」
光る飴の塊が放物線を描いた。ドレディアは飛んでくる塊を見上げ、回転を緩めずに足を運ぶ。飴が落ちる場所から離れると、背後の土に粘った液体が弾けた。ドレディアは両足を着き、花を揺らしてカミッチュへ向き直った。
スグリが唇を結んだ。カミッチュから目を離し、ドレディアの足元へ視線を動かしている。
「“エナジーボール”、続けて」
一つ目の球がりんごの身体へ当たる。カミッチュが低く身を引いたので、ドレディアは踏み出す足を替え、伸びた頭が戻る側へ二つ目を撃った。スグリの声でカミッチュが頭を伏せたが、球は身体の縁を捉えた。
カミッチュが数歩分、後ろへずれる。ドレディアは追いすぎず、中央で足を揃えた。カミッチュは頭を持ち上げたものの、さっきより低い位置で止まっている。
「……カミッチュ、ドレディアの右へ。“タネマシンガン”」
種はドレディアを外れ、俺から見て左側の土を打った。ドレディアが反対へ足を向けると、カミッチュの頭も同じ側へ回る。
「“かふんだんご”!」
塊がドレディアの進む先へ飛んだ。
「止まって」
ドレディアが前へ出した足を着き、上体を引いた。塊は顔の前を通り過ぎたが、弾けた粉が腕の葉へかかる。葉を身体へ寄せたドレディアが、一歩下がった。
さっきまでは、避けてから狙い直していた。今度のカミッチュは、種を撃ちながらドレディアの逃げる側へ頭を向けていた。
「今の、当たった……よな。カミッチュ、もう一回!」
また同じ側へ種が飛ぶ。ドレディアは足を上げかけたが、俺が片手を前へ出すと、カミッチュを見て踏みとどまった。
「横じゃなくて前へ。“エナジーボール”!」
ドレディアは横へ避けず、種の通っていない正面へ踏み込んだ。緑の球を放つと、次の塊を作りかけていたカミッチュが頭を引っ込める。球がりんごの正面へぶつかり、光が表面を包んだ。
ドレディアは撃った場所に留まらず、カミッチュの横へ回った。カミッチュが頭を出した時には、ドレディアは正面にいない。尾が動き、りんごの身体が回る。
「カミッチュ、横! “りゅうのいぶき”!」
口元から紫がかった息が広がった。ドレディアは伸びてきた頭から距離を取り、腕の葉を引いて横へ抜ける。息の先が裾に触れたが、ドレディアは止まらず、カミッチュの正面から外れた。
スグリはカミッチュへ声をかけず、二匹を交互に見ていた。俺も指示を急がずに待つ。りんごを挟んで回ろうとするドレディアへ、カミッチュの頭が向いた。
「足元さ、“みずあめボム”!」
飴の塊が、ドレディアの進む側へ低く飛ぶ。ドレディアは片足で跳ねて塊を避けたが、落ちて弾けた飴が裾の葉へ伸びた。着地して身体を回すと、葉と地面の間に細い糸が引かれる。
「裾を引いて。長く走るな」
ドレディアは足を狭く着き、地面についた葉を持ち上げようとした。糸は切れたが、畳まれた葉の間には飴が残っている。裾が片側へ寄り、足を出す幅が小さくなった。
「“エナジーボール”!」
ドレディアが腕を前へ出す。近い距離から放った球がカミッチュへ当たり、りんごの身体を押し戻した。カミッチュは倒れずに頭を上げたが、口を開いて一度息を吐いた。
「カミッチュ、けっぱれ……! 追わねぇで、低く“タネマシンガン”!」
種が足元へ走る。ドレディアは葉を持ち上げ、空いている側へ踏み出した。カミッチュの頭が小さく動き、種の列はドレディアの行き先を塞ぐように曲がった。
さっき俺が止まらせた場所まで種が来ている。ドレディアが前へ抜けようとしたので、俺はカミッチュの口元を見た。種が途切れ、頭が正面へ戻る。開いた口の奥に、紫の光が見えた。
「“りゅうのいぶき”!」
「大きく右へ!」
ドレディアが身体を捻る。裾の葉が引っかかり、踏み出す足が僅かに遅れた。紫の息が肩から胴へ当たる。ドレディアは腕の葉を身体へ寄せて受け、二歩下がった。
顔を上げて次の足を出そうとした時、ドレディアの脚が止まった。腕の葉が細かく震え、胴の周りに小さな電気が弾ける。
麻痺した。裾の飴だけじゃない。足を地面から離そうとしても、動作が途中で途切れていた。
「無理に走らなくていい。ドレディア、カミッチュを見て」
相手はまだ離れている。動ける瞬間に身体の向きを直して、近づいてくる攻撃を迎え撃てばいい。俺が腕を前へ出すと、ドレディアも震える葉を持ち上げた。
葉の縁に、淡い桃色の光が滲んだ。
昨日と同じ色だった。光は葉から胴の周りへ広がり、ドレディアの頭の花まで薄く包む。ドレディアが一度、自分の葉を見下ろした。
高い声が伸びた。短く途切れたあと、音の高さを変えてまた続く。ドレディアの口が僅かに開き、花が呼吸に合わせて揺れていた。
「……まただ」
「わや……。昨日も、その光、出てたよな? また歌ってる……」
スグリの声が聞こえた。俺が頷く間も、カミッチュは頭を動かしてドレディアを見ている。身体を起こし、口元へ次の塊を作り始めた。
ドレディアの葉がもう震えていない。固まっていた足が持ち上がり、地面へ滑らかに下りた。細かな電気も消えている。
「……麻痺が消えた?」
ドレディアが歌いながら頭を上げる。腕の葉を広げても動きは途切れず、後ろへ半歩下がって姿勢を整えた。
「カミッチュ、“かふんだんご”!」
「ドレディア、“エナジーボール”で受けろ!」
二つの球が二匹の間でぶつかる。塊が崩れて粉が広がり、緑の光も小さく散った。ドレディアは腕を下ろし、粉の広がりから横へ離れる。裾の片側はまだ飴で寄っているが、足は止まらなかった。
歌声が終わると、桃色の光も薄れて消えた。俺はもう一度ドレディアの足を見た。電気も震えもない。けれど、カミッチュは次の攻撃へ移っている。
「“タネマシンガン”! 広く撃って!」
種がドレディアの横へ広がった。スグリは一方向だけでなく、カミッチュの頭を動かして左右へ散らしている。中央にはまだ隙間があるが、真正面に立てば次の息が来る。
「撃ちながら近づこう。“エナジーボール”」
ドレディアは小さく足を着き替え、種の列を斜めに抜けた。撃った球がカミッチュへ迫ると、頭が引っ込み、種が止まる。球はりんごの端を打ち、身体を横へずらした。
頭が戻るまで待たず、ドレディアはさらに近づいた。俺はカミッチュの尾が動く側を見て、ドレディアへ手を振る。
「正面から外れろ」
「“りゅうのいぶき”!」
カミッチュが頭を伸ばし、近づいてくるドレディアへ息を吐いた。ドレディアは短く身体を回して脇へ寄り、息が通り過ぎる間に腕の葉へ光を集める。
「横から、“エナジーボール”!」
球がりんごの側面へ当たった。カミッチュが大きく傾き、尾を地面へつける。それでも頭を引き上げ、ドレディアのいる側へ回した。
「まだ……けっぱれ、カミッチュ! “みずあめボム”!」
塊がすぐ近くへ放たれた。ドレディアは後ろへ引きかけたが、俺は前へ手を出した。
「詰めろ。頭の下へ!」
ドレディアがカミッチュへ踏み込み、伸びた頭の横を抜けた。飴の塊はドレディアの背後へ落ちる。カミッチュが顔を戻そうとした時、ドレディアはもう腕を寄せていた。
「“エナジーボール”!」
近い距離から放った球が、りんごの身体へ直撃した。カミッチュが後ろへ転がる。ドレディアは追わずに足を止め、腕の葉を下げた。
カミッチュの頭が少し動いた。りんごを起こそうと尾が持ち上がるが、途中で力が抜け、土へ落ちる。スグリが名前を呼んでも、頭は上がらなかった。
「……もう、いいよ。カミッチュ、戻って」
スグリがボールを向けた。カミッチュの身体が光へ戻るのを見届け、ボールを胸の前へ引き寄せる。
「……負けちまった」
俺もドレディアを呼び、足元へ戻ってきたところでしゃがんだ。
「よし。お疲れ、ドレディア」
腕の葉に擦れた跡はあるが、触れても震えない。足を着き替える動きにも途切れはなかった。俺は鞄から布を取り出し、裾に残っている飴を、少し水で湿らせながら拭った。
スグリも荷物を拾って戻ってきた。ボールを両手で持ったまま、俺の隣へ腰を落とす。
「わやじゃ……。ユア、つえー。やっと当てられたのに、また避けられちまった」
「お前も途中から狙い方変えたよな。最初はドレディアを追って撃ってたのに、避ける場所へ撃つようになった」
スグリがカミッチュのボールへ目を下ろした。
「何回か見てたら、同じ方さ避ける時があって。でも、途中で止まるし、急に近づいてくるし……ずっとは当てられねぇな」
「最後の“りゅうのいぶき”は、前に出るのを待ってたのか?」
「うん。横さ撃ったら、また前に来るかなって。待ってみたら、当たった」
俺は裾の葉から布を離した。最初にカミッチュへ近づけた時は、頭が追いつかなかった。その後は種の撃ち方を変え、俺が前へ出すのに合わせて息を吐いた。
同じ一戦の中で、そこまで合わせてきたのか。
「だから頭を戻したのか。あれはやられたな」
スグリが顔を上げた。俺は最後に葉の間を確かめ、くっついた飴が残っていないことを見て布を畳む。ドレディアが足を動かすと、裾が元の広さへ戻った。
その足元に、桃色のものが落ちていた。
薄い花びらが一枚、土に触れている。指でつまんで持ち上げると、端が風で小さく揺れた。俺はドレディアの頭の花を見上げ、それから周りの草へ目を向けた。近くに、同じ色の花は咲いていない。
「ドレディア、これ……」
掌へ載せて見せると、ドレディアは顔を近づけた。花びらを覗き込んだあと、自分の腕の葉へ顔を向ける。身体の周りに光はなく、頭の花にも欠けた場所は見つからなかった。
「……さっき光ってたのと、関係あんのかな」
スグリも掌を見ていた。俺は花びらを落とさないよう、指を少し丸める。
「分からない。昨日は光って歌っただけだったけど、今日は麻痺も消えたし……昨日、こんなのは見つからなかった」
ドレディアが頭を傾け、俺の手へもう一度顔を寄せた。花びらは光ってもいないし、触っても普通の花びらと変わらない。俺は鞄のポケットにあった小さな紙を取り出し、折って花びらを挟んだ。
「あとで見てもらおう。今は休んでてくれ」
ドレディアを戻して立ち上がると、スグリも膝についた土を払った。俺は濡れた布を袋へ入れ、蓋を閉めた水筒と一緒に鞄へ戻す。荷物を肩へ掛け直すと、スグリは看板の方へ顔を向けた。
「課題、あと一つだったな」
「うん。楽土の荒地にあんだ。ちょっと遠いけど……道は分かるから」
スグリが広場の出口を指した。俺はスマホロトムを出し、二枚の課題写真が残っていることを確かめた。スグリも画面を見てから鞄を背負い直す。
「カミッチュ、あとでちゃんと診てもらわなきゃな」
「戻ったら一緒に行こう。ドレディアも診てもらう」
「うん。……んだば、行こっか」
スグリが出口へ歩き出した。俺は鞄の内側にしまった紙を上から軽く押さえ、隣へ並ぶ。坂を下りるにつれて、背後の石の台がりんごの枝に隠れた。枝の低い場所でスグリが頭を下げたので、俺も鞄を背中へ寄せて通り抜けた。