繋がりの王者   作:宵取与一

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8話

クロガネの町へ戻る頃には、空はすっかり夕焼けに染まり、煙突から立ち上る煙まで赤く照らされていた。鉱石を積んだ荷車が坂道を下り、作業場からは金属を打つ音が途切れず聞こえてくる。何度も見てきた町のはずなのに、坑道の奥で見たものが頭に残り、目の前の景色へうまく戻ってこられなかった。

 

 崩れた岩壁。

 

 押し潰された寝床。

 

 その前に立っていたクチート。

 

 考えないようにしようと思うが、足元へ目を落としても、煙突を見上げても、あの空洞は何度も浮かんできた。

 

『……まだ、考えてる』

 

「そりゃ考えるだろ。あんなものを見たあとで、何もなかったみたいに帰る方が無理だよ」

 

 ラルトスは俺の返事を聞き、隣を歩く職人の男へ目を向けた。男は坑道を出てからほとんど口を開かず、町の方を見上げては、また黙って足元へ視線を落としている。昨日までなら、何かにつけて声を荒らげていたはずなのに、今は靴底が道を擦る音ばかりが耳に残った。

 

 やがて作業場が見えてくると、入口の近くにいた職人たちが俺たちへ気づき、手にしていた工具を止めた。

 

「戻ったぞ!」

 

「奥はどうだった、何があったんだ!」

 

 矢継ぎ早に声が飛んできたが、男はすぐには答えず、集まってくる職人たちを見回してから、

 

「全員、手を止めて集まってくれ。親方にも来てもらいたい。奥で見たことも、俺が勝手に約束してきたことも、全部話す」

 

 と低い声で告げた。

 

 普段のような勢いはなかったが、聞き返せる空気でもなかった。近くにいた職人が奥へ走り、残った者たちは互いの顔を見合わせながら作業場の中央へ集まっていく。俺とラルトスも邪魔にならない場所へ下がり、木箱のそばで待っていると、しばらくして父さんが姿を現した。その後ろにはガブもついてきており、俺を見つけると一度だけ鼻を鳴らした。

 

「戻ったか。怪我はないな」

 

「うん、大丈夫」

 

 父さんは俺の顔から腕、足元まで確かめるように目を動かしてから、職人の男へ向き直った。

 

「それで、何があった。見たことを順番に話せ。自分に都合の悪いことも隠すな」

 

 男は一度息を吸い、坑道の奥で見たものを話し始めた。クチートに案内され、採掘されている場所よりさらに奥へ進んだこと。そこには草や葉を集めた寝床がいくつもあり、複数のポケモンが暮らしていたこと。壁には亀裂が走り、天井や岩が崩れ、重機の振動が長い時間をかけて空洞まで届いていたこと。昨日、自分がゴーリキーを連れて押し入ったことも、クチートへ頭を下げたことも隠さず、言葉に詰まりながら最後まで話した。

 

 最初は落ち着かなかった職人たちも、話が進むにつれて口を閉じ、誰かが腕を組み直す音や、靴の位置を変える音まで聞こえるようになった。

 

「昔、奥へ入るなと言われていたことも思い出しました。あそこは俺たちだけの場所じゃない、境界を越えるなって。でも、俺は古い迷信くらいにしか思ってなかったし、仕事を覚えるうちに忘れてた。俺たちはポケモンたちが壊した設備ばかり見て、自分たちが壊していたものを一度も見ようとしなかった」

 

 何人かの職人が視線を落とした。父さんは腕を組んだまま、途中で口を挟まずに聞いている。

 

「だから、向こうで約束してきました。もう勝手に奥へ入らない。採掘の境界を決め直し、二度とあの場所まで振動を届かせない。もし俺たちがまた約束を破るなら、その時は坑道を閉じるって」

 

 男が言い終えると、作業場は静まり返った。夕方の風が入口から入り、壁に掛けてあった布を揺らしている。父さんはすぐには答えず、男を見たまま長く黙っていた。

 

「誰の許可を得て約束した。町には話を通したのか、他の職人は了承しているのか、境界は誰が決める。封鎖すると言った責任は、誰が負うつもりだ」

 

 声は低かったが、怒鳴り声よりもよく響いた。男は口を開きかけたものの、どの問いにも答えられず、やがて視線を落とした。

 

「……まだ、誰にも話してません。俺が勝手に決めました」

 

「そうだろうな」

 

 父さんは短く息を吐き、壊れた重機が置かれている方へ目を向けた。

 

「約束の内容に異論はない。俺も昔、親父から境界の話を聞いたことがあるが、本当に残っているとは思わず、確かめようともしなかった。忘れていた責任は、ここで働く俺たち全員にあるし、今この鉱山を預かっているのは俺だ。だからこそ、お前一人で決めるな。正しいと思ったことでも、やり方を間違えれば、あとに残るのは守れない言葉だけだ」

 

「……すみません。見たものをどうにかしなきゃと思って、それしか頭にありませんでした」

 

「謝るなら、約束を守れる形にしてからにしろ。明日、町へ正式に話を通し、現場を見た者から報告を聞いたうえで、境界を確認する。必要なら記録にも残し、これから入る職人にも伝わる形にする。お前が一人で背負う話でもなければ、俺たちだけで忘れていい話でもない。今度は順番を間違えるな」

 

 男は唇を強く結び、父さんへ深く頭を下げた。

 

「分かりました。俺も、見たことを全部話します。もう都合の悪いことも隠しません」

 

「ああ。それでいい」

 

 父さんの返事を聞き、張り詰めていた職人たちの間から息を吐く音がいくつも漏れた。隣を見ると、ラルトスが男と父さんを交互に見上げている。

 

『……ちいさく、なった』

 

「声も体もな」

 

 俺が小声で返した瞬間、父さんの目がこちらを向いた。聞こえていたのかと思い、慌てて背筋を伸ばすと、父さんは顎で前を示した。

 

「ユア、こっちへ来い」

 

「な、なに?」

 

 坑道へ勝手に走ったことも、ゴーリキーの拳の前へ飛び込んだこともある。褒められる理由より、叱られる理由の方が多い気がして、足取りが急に重くなった。

 

 父さんは俺が前まで来ると、少しの間、何も言わずに見下ろしてから、

 

「よくやった。お前が最初に立ち上がらなければ、俺たちは壊れた重機だけを見て、奥に何があるのか確かめようともしなかった。今日、お前があいつを連れていかなければ、この話がここまで進むこともなかっただろう。ただし、ゴーリキーの拳の前へ飛び込んだことまで褒めているわけじゃない。次に同じことをしたら、その場で引きずって帰るから覚えておけ」

 

 すぐには返事が出なかった。父さんは普段、何が良かったのかも、何が悪かったのかも理由まで話す人だけど、こんなふうに大勢の前で褒められたことは、あまり覚えがない。

 

「……分かってる。次は、もうちょっと考える」

 

「もうちょっとじゃない。ちゃんと考えろ」

 

「努力する」

 

「そこも言い切れ」

 

 周りから小さな笑い声が漏れ、張り詰めていた作業場の空気がようやく緩んだ。俺は少し恥ずかしくなって俯いたが、ラルトスが隣へ来て服の袖を握る。

 

『……よかった』

 

「うん」

 

 父さんは俺たちから視線を外すと、作業場に集まった職人たちを見回した。

 

「明日は忙しくなる。町へ説明する者、境界を確認する者、工事の記録を調べる者が必要だ。崩れた場所をどうするかも考えなきゃならんし、今日の作業を片づけたら、動ける者と必要な道具をまとめておけ。何を決めるにしても、まず見たものを全員で共有する。それまでの間、坑道での作業は一切許さん。話はそれからだ」

 

 職人たちは一斉に頷き、それぞれの持ち場へ戻っていった。誰もがすぐに普段通りとはいかなかったが、何をすべきか考えながら動き始め、ゴーリキーを連れていた男も、壊れた重機の前で一度足を止めたあと、近くの職人へ声をかけ、明日の話し合いで必要になりそうな記録を集め始めた。

 

 俺はラルトスと並んでその様子を眺めながら、明日になれば町の人たちも集まり、境界をどこにするのか決め、坑道の奥へ振動が届かない方法を考えるのだろうと思うが、何をどうすればいいのかまでは、まだよく分からない。

 

 それでも、やることがあるなら手伝いたかった。

 

「ユア、帰るぞ」

 

「うん」

 

 父さんに呼ばれて歩き出すと、ラルトスもすぐ隣へ並び、作業場を出る前に一度だけ坑道の方角を振り返った。

 

『……あしたも、いく?』

 

「行くよ。俺たちが始めたんだし、最後まで見たい」

 

 ラルトスは頷き、俺たちは夕焼けの残る町を家へ向かって歩き出した。明日はきっと、今日よりずっと忙しくなる。

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