繋がりの王者   作:宵取与一

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8話

クロガネの町へ戻った頃には、すっかり夕暮れになっていた。

赤く染まった空の下。

煙突から煙が立ち上っている。

 

坑道の奥。

 

壊れた住処。

 

クチートの瞳。

 

あの光景がまだ頭から離れない。

 

『……考えてる』

 

ラルトスが小さく言った。

 

「まあな」

 

俺は苦笑する。

考えない方が無理だった。

隣を歩く職人の男も黙ったままだった。

ずっと何かを考えている顔をしている。

やがて作業場が見えてきた。

残っていた職人たちが俺たちに気付く。

 

「戻ったぞ!」

 

「どうだった!?」

 

「何があったんだ!?」

 

声が飛ぶ。

だが男は答えない。

しばらく黙っていたあと。

 

「全員集めてくれ」

 

そう言った。

いつもの強い口調ではない。

妙に落ち着いた声だった。

 

「親方も呼んでくれ」

 

周囲の空気が変わる。

誰も軽口を叩かなかった。

 

しばらくして、作業場の中央へ人が集まった。

 

父さんもやって来る。

隣にはガバイトもいた。

腕を組みながらこちらを見る。

 

「戻ったか」

 

短い言葉に、俺は頷く。

父さんは俺の無事を確認すると、職人の男へ視線を向けた。

 

「それで、なにがあった」

 

男は小さく息を吸う。

そして、坑道の奥で見たことを全て話し始めた。

 

壊れた住処、忘れられた境界、昔からあった約束。

それを誰も覚えていなかったこと。

作業場は静まり返っていた。

話が進むほど、職人たちの表情も変わっていく。

やがて男は最後まで話し終えた。

そして。

 

「だから約束してきた」

 

そう言った。

 

「境界を復活させる」

 

誰も口を挟まない。

 

「人間はもう勝手に立ち入らない」

 

男は続ける。

 

「もしまた約束が破られたら」

 

一度言葉を切った。

 

「坑道を封鎖する」

 

沈黙。

風の音だけが聞こえる。

誰も喋らない。

 

父さんも動かない。

ただ静かに男を見ていた。

 

そして、少しの沈黙の後。

 

「……誰が許可した」

 

父さんが低い声言った。

男の肩が揺れる。

 

「え」

 

「誰が許可したと聞いている」

 

静かな声、なのに空気が重い。

周囲の職人たちまで姿勢を正した。

男が口を開く。

 

「いや、それは……」

 

「町長は知っているのか」

 

「知らない」

 

「ヒョウタは」

 

「知らない」

 

「他の職人たちは了承したのか」

 

「いや……まだ」

 

父さんは黙る。

怒鳴らない。

ただ見ている。

それだけだった。

 

男の額に汗が浮かぶ。

俺は少し驚いていた。

父さんは声を荒げていない。

なのに、さっき坑道でクチートと向き合っていた時より、男が追い詰められている。

 

「その約束を守る責任は誰が持つ」

 

父さんが言う。

男は答えられない。

 

「境界を決めるのは誰だ」

 

沈黙。

 

「封鎖すると決める権限は誰にある」

 

また沈黙。

男が視線を落とした。

父さんは小さく息を吐く。

 

そして。

 

「約束の内容自体は、別に問題ない」

 

その言葉に全員が顔を上げた。

父さんは続ける。

 

「俺も聞いたことがある」

 

静かな声だった。

 

「昔の境界の話だ」

 

職人たちがざわつく。

 

「親父からな」

 

父さんは遠くを見る。

 

「正直、俺も半分は昔話だと思っていた」

 

「だが本当にあったなら話は別だ」

 

誰も反論しない。

 

「忘れたのは俺たちの責任だ、そして、あの鉱山の今の責任者は俺だ」

 

その言葉に作業場が静まる。

父さんは男を見る。

真っ直ぐに。

 

「だからこそ」

 

少しだけ声が低くなる。

 

「勝手に決めるな」

 

男が肩を縮めた。

 

「お前は正しいことを間違ってやった」

 

父さんは言う。

 

「正式にやれ」

 

沈黙。

男は小さく頷く。

 

「……すまない」

 

「謝る相手が違う」

 

父さんは即座に返した。

男が目を瞬く。

 

「明日だ」

 

父さんは続ける。

 

「町長を呼ぶ」

 

「ヒョウタにも話を通す」

 

「境界を確認する」

 

「必要なら書面にも残す」

 

職人たちが頷く、誰も反対しない。

 

「全員で決める」

 

父さんの声は落ち着いていた。

けれど力強かった。

 

「二度と忘れないためにな」

 

長い沈黙。

やがて。

 

「……はい」

 

男が頭を下げる。

 

『おこられてる』

 

ラルトスがぽつりと言う。

 

「怒られてるな」

 

俺も小さく頷く。

その時、父さんの視線がこちらへ向いた。

 

「ユア」

 

「ん?」

 

「よくやった」

 

一瞬わ言葉の意味が分からなかった。

父さんは少しだけ笑う。

ほんの少しだけ。

 

「お前が行かなければ、誰も気づかなかった、取り返しのつかない事になっていた」

 

胸の奥が熱くなる。

俺は何て返せばいいか分からなくなった。

 

「……うん」

 

結局それしか言えなかった。

父さんは頷く。

そして空を見上げた。

夕日がクロガネの町を赤く照らしている。

 

「忙しくなるな」

 

ぽつりと呟く。

その言葉に、誰もが同じことを考えていた。

 

失われた約束。

 

忘れられていた境界。

 

そして、それを取り戻すための仕事。

 

明日から、本当の意味での約束が始まるのだと。

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