繋がりの王者   作:宵取与一

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9話

それから二ヶ月。

町は少しずつ変わっていった。

最初は誰も気付かなかったと思う。

ある日突然何かが変わるわけじゃない。

昨日と今日の違いなんて、ほとんど分からない。

 

けれど、二ヶ月という時間は、景色を変えるには十分だった。

朝の坑道には今日も人の声が響いている。

 

「おい、そっち頼む!」

 

「ワンリキー、悪いな!」

 

「おお、助かった!」

 

ゴーリキーが資材を運び、ワンリキーが足場の設置を手伝う。危険な場所ではイシツブテたちが先に異変を知らせていた。

誰かに命令されたわけじゃない。

けれど気付けば、それが当たり前になっていた。

人とポケモンが一緒に働いている。

ちょっと前までなら考えられなかった光景だ。

 

俺は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

 

「変わったな」

 

思わず呟く。

 

『うん』

 

隣でラルトスが頷いた。

 

『みんな、笑ってる』

 

言われてみればそうだった。

以前の職人たちは余裕がなかった。

仕事に追われ、問題が起きれば怒鳴り声が飛んでいた。

でも今は違う。

もちろん大変な仕事には変わりない。

それでも、どこか空気が柔らかくなっていた。

 

「おーい!」

 

職人の一人が声を上げる。

そして木箱を二つ置いた。

 

「こっちが人間用!」

 

もう一つの箱を置く。

 

「こっちはポケモンたちの分な!」

 

木箱の中には大量の木の実が入っていた。

近くにいたゴーリキーが嬉しそうに鳴いた。

周囲から笑い声が上がる。

 

そんな光景を見ながら、俺も少し笑った。

二ヶ月前には想像もしなかった。

 

けれど、だからといって全てが変わったわけじゃない。

境界線の向こう。

坑道の奥には今もポケモン達が暮らしている。

俺は自然とそちらへ目を向けた。

 

少し離れた岩の上。

そこに小さな影が見える。

クチートだ。

 

相変わらず近付いてはこない。

警戒も完全には消えていない。

それでも、もう隠れたりはしなかった。

 

『見てる』

 

ラルトスが言う。

俺は苦笑した。

 

「分かる」

 

視線を感じるからだ。

振り返ると大抵クチートがいる。

そして目が合う。

 

数秒。

 

本当に数秒だけ。

 

じっとこちらを見る。

そして。

 

ガチッ。

 

顎を鳴らす。

 

まるで「見ていたわけじゃない」と言い張るみたいに。

そのまま視線を逸らす。

 

『まただ』

 

ラルトスが少し笑った。

 

「まただな」

 

俺も笑う。

最近はそんなことが増えていた。

昼休憩の時も、仕事終わりの時も。

気付けばどこかから見ている。

 

監督役。

 

見張り役。

 

あるいは、ただ気になっているだけなのかもしれない。

 

その日の帰り道だった。

夕日が町を赤く染めている。

俺とラルトスは並んで歩いていた。

 

ふと、ラルトスが立ち止まる。

 

『クチート』

 

その声につられて振り返る。

少し離れた岩陰。

クチートがいた。

 

気配を消していたつもりなのかもしれない。

 

『どうしたの?』

 

ラルトスが問いかける。

クチートは答えない。

 

ガチッ。

 

顎が小さく鳴る。

考えている時の癖だった。

長い沈黙。

風だけが吹き抜ける。

 

やがて。

 

『まだ』

 

短い言葉。

 

『まだ?』

 

『見ている』

 

それだけだった。

信じるとも言わない。

信用しないとも言わない。

 

その答えが、今のクチートらしかった。

ラルトスは小さく笑う。

 

『そっか』

 

クチートはそれ以上話さない。

けれど逃げもしなかった。

 

いまは、それだけで十分だった。

 

夜、家へ帰る途中。

空には星が浮かび始めていた。

俺とラルトスは静かな道を歩いている。

 

不意に、ラルトスが口を開いた。

 

『ユア』

 

「ん?」

 

『私も昔は怖かった』

 

足が止まる。

ラルトスは前を向いたまま続けた。

 

『一人だったから』

 

静かな声だった。

 

『見つかったら終わりだと思ってた』

 

テンガン山で出会った頃のことを思い出す。

 

傷だらけで。

 

怯えていて。

 

誰も信じられなかった頃のラルトス。

 

『でも』

 

少しだけ声が柔らかくなる。

 

『ユアは違った』

 

俺は何も言わない。

ラルトスも多くを語らなかった。

けれど分かった。

クチートのことを考えているのだと。

ラルトスは助けられた側だ。

だからこそ、クチートの気持ちが少しだけ分かるのかもしれない。

 

俺は笑った。

 

「じゃあ次はクチートの番だな」

 

ラルトスも少しだけ笑う。

 

『うん』

 

その返事はどこか嬉しそうだった。

それ日の夕食の席。

母さんが作った料理の匂いが部屋に広がっている。

 

いつもの食卓。

 

いつもの時間。

 

けれど俺は少しだけ緊張していた。

 

箸を置く。

 

そして。

 

「旅に出たい」

 

そう言った。

母さんの手が止まる。

父さんは驚かなかった。

いつか言うと思っていたような顔だった。

 

「理由は?」

 

父さんが聞く。

俺は少し考える。

 

「もっと知りたい」

 

「この町の外を」

 

「ポケモンたちを」

 

「世界を」

 

父さんは黙って聞いていた。

ラルトスも静かに座っている。

母さんは少し寂しそうに笑った。

 

「危ないこともあるわよ」

 

「うん」

 

「大変なこともある」

 

「うん」

 

即答すると、母さんは困ったように笑った。

父さんは腕を組む。

しばらく何も言わなかった。

ラルトスと俺を交互に見る。

そして窓の外を見る。

 

長い沈黙。

 

「行ってこい」

 

父さんは静かな声でそう言った。

その一言に胸が熱くなる。

 

ラルトスの件、そして、クチートの件から培った信頼の答えだ。

俺は大きく頷く。

 

「ありがとう」

 

父さんは小さく笑う。

 

「世界は広い」

 

ぽつりと言った。

 

「見てこい」

 

俺はもう一度頷いた。

 

その日の夜。

家の外へ出る。

空気は少し冷たい。

見上げれば満天の星空だった。

ラルトスが隣へ並ぶ。

 

『始まるね』

 

小さな声だった。

俺は笑う。

 

「まだ準備もしてないだろ」

 

ラルトスがくすりと笑う。

その時だった。

 

ガチッ。

 

聞き覚えのある音がする。

振り返ると少し離れた岩の上。

月明かりの中にクチートがいた。

 

相変わらず近付いてはこない。

ただ、こちらを見ている。

俺は手を振った。

 

「よう」

 

クチートは何も答えない。

けれど、以前のように背を向けて去ることもしなかった。

 

しばらく俺たちを見つめたあと、静かに空を見上げる。

月明かりが横顔を照らしていた。

俺はその姿を見ながら思う。

もしかしたらこいつも少しだけ気になっているのかもしれない。

 

俺たちのことを。

そして、その先に広がる世界のことを。

 

夜風が吹く。

クロガネの町は静かだった。

 

月も。

 

星も。

 

だけど、胸の奥だけが少し騒がしい。

世界は思っていたより広い。

クロガネの外にも、まだ知らない景色がある。

 

知らないポケモンがいる。

 

知らない出会いがある。

 

俺は空を見上げた。

 

「……楽しみだな」

 

誰に言ったのかは分からない。

 

けれど、隣ではラルトスが小さく笑っていた。

そして少し離れた岩の上では、クチートが黙ったまま夜空を見上げていた。

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