繋がりの王者   作:宵取与一

2 / 47
2話

 

ーー暗闇の奥で、何かが動いた。

 

 ゴリッ。

 

岩を削るような重い足音。

それが一歩ずつ近づいてくる。

 

ラルトスの身体が震えた。

 

『……いや』

 

頭の中に響く小さな声。

 

『……みつかった』

 

ラルトスは恐怖で震えていた。

 

 そして。

 

暗闇の中から現れたその姿を見て、俺は息を呑んだ。

 

「コドラ……!」

 

全身を鋼の鎧で覆われたようなポケモン。

鉱石のような鋼の体に、青い目。四本の力強い足。

 

テンガン山のような岩場や洞窟で暮らす、はがね・いわタイプのポケモンだ。

 

鉱石を食べて成長し、進化するとボスゴドラになる。

と、図鑑で読んだことがある。

 

基本的にはむやみに人を襲うポケモンじゃない。

 

 だけど。

 

縄張りを荒らされた時だけは話が別だ。

鋼の身体と怪力を活かして相手を徹底的に追い払う。

 

そして目の前のコドラは――。

 

明らかに怒っていた。

 

鼻息を荒げ、地面を掻く前脚。

こちらを睨みつける青い瞳。

誰が見ても興奮状態にあるのは確かだ。

 

ラルトスが岩の影に身を隠す。

 

『……こわい』

 

震える声。

俺はラルトスを見る。

 

傷だらけだ。

 

次にコドラの身体を見る。

 

体には擦れた跡。

 

恐らくこの二匹の間で何かあったんだろう。

恐らくはラルトスが縄張りに入ったことによる怒り。

でも今は理由なんてどうでもよかった。

 

問題は。

 

 ーーどうやって生き残るかだ。

 

コドラが低く唸る。

俺の背筋を冷や汗が1滴なぞる。

 

「まず――」

 

 まずい。

 

そう思った時にはもう遅かった。

 

コドラが地面を蹴る。

鋼の身体が一直線に俺に向かって突っ込んできた。

 

「うわっ!?」

 

俺は咄嗟に横へ飛び退いた。

さっきまで立っていた場所へコドラが突っ込む。

 

その瞬間。

 

 轟音。

 

岩壁が砕ける。

破片が飛び散る。

 

「うそだろ……!」

 

心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

ーーもし当たっていたら。

 

そんな想像をしただけで足が震えた。

コドラが向きを変える。

再びこちらを見る。

だがその狙いは――俺じゃない。

 

 次の狙いはラルトスだ。

 

『っ……』

 

ラルトスが逃げようとしている。

でも足が動かない。否。動かせない。

傷と恐怖のせいだ。

 

コドラが再び前脚を踏み出す。

 

一歩。

 

また一歩。

 

確実に距離を詰めてくる。

ラルトスは震えていた。

怯え切った目でコドラを見ている。

 

ーーだめた。

 

「だめだ!」

 

俺はラルトスの前へ飛び出した。

コドラが止まる。

 

 一瞬だけ。

 

何をやってるんだ俺は。

分からない。なんで飛び出したのか。

 

 でも。

 

放っておけなかった。

目の前で怯えているんだ。

傷ついているんだ、理由なんてそれだけで十分だ。

 

「大丈夫だ」

 

俺は震えた声でラルトスに言う。

自分でも何を言ってるんだと思う。

大丈夫なわけがない。相手は野生のコドラで、俺は七歳の子供だ。勝てるわけがない。

 

だけど、だからって見捨てたくなかった。

 

『……なんで』

 

頭の中に声が響く。

戸惑っている。

信じられないという感情。

俺は苦笑した。

 

「俺にも分からない、でも放っておけないから、助けたいんだ」

 

 その時。

 

 ーーコドラが吠えた。

 

洞窟全体が震え、天井から小石が落ちてくる。

 

 ーーーまずい。本当にまずい。

 

俺はラルトスを見る。

 

このラルトスの大きさなら、抱えられる。

そう思った瞬間には腕を伸ばしていた。

 

「ごめん!」

 

ひょい、と抱き上げる。

その体は軽かった。驚くほどに。

 

ラルトスの身体がびくりと震える。

 

『え……!?』

 

「逃げるぞ!」

 

叫び、踵を返し、駆け出す。

走った。全力で、後ろを振り返らず、がむしゃらに洞窟の奥へ。

背後から轟音が響く。

 

コドラが追ってきたんだ。

 

「うわああああっ!」

 

俺は叫びながら走る。

曲がり角を曲がり。岩を飛び越え。滑りそうになり。

でも止まれない。

止まっちゃいけない。

止まれば終わる。そう自分に言い聞かせながら。

 

後ろから足音が迫る。

 

 重い。

 

 速い。

 

信じられないくらい速い。

岩の塊みたいな身体なのに。

 

「なんでそんなに速いんだよ!?」

 

半泣きで叫ぶ。

当然返事はない。代わりにコドラの咆哮が聞こえた。

 

『……なんで』

 

ラルトスの声。

 

『……なんで、たすけるの』

 

「だから!」

 

息が苦しい。

胸が痛い。

 

「放っとけないからだって!」

 

それ以外の理由なんてない。

目の前で傷ついてる子がいて、放っておけるはずがない。

 

ラルトスが黙る。

でも、抱えている身体の震えが少しだけ弱くなった気がした。

 

 ーーその時だった。

 

前方に狭い通路が見えた。岩と岩の隙間。

子供なら通れるくらいの小さな隙間。

 

ーーここしかない。

 

「っ!」

 

 俺は迷わず飛び込んだ。肩を擦る。服が破ける。でも構わない。

俺はラルトスを守るように抱き締めながら進む。

 

 そして。

 

なんとか反対側へ抜け出した。

 

 直後。

 

 ドォン!!

 

という音が響く。

 

コドラが入口へ突っ込んだ音だ。

コドラの体躯ではこの通路は狭すぎる、鋼の身体が引っ掛かっている。

 

「よし!」

 

俺は走る。今のうちだ。

曲がり角を一つ。

 

二つ。

 

三つ。

 

無我夢中で駆け抜ける。

やがて後ろから聞こえていた音は消えた。

 

俺は立ち止まり壁にもたれかかった。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

苦しい。胸が痛い。足も震えている。

 

ーーでも。

 

生きてる。

とりあえず生きてる。今はそれだけで十分だった。

 

腕の中を見る。

ラルトスがこちらを見ていた。

 

赤い瞳。

 

さっきまでの警戒だけじゃない。

 

 戸惑い。

 

 困惑。

 

そして少しだけ。

 

助かったことによる安心。

 

『……どうして』

 

小さな声。

俺は笑った。

 

「だから」

 

息を整えながら答える。

 

「放っておけないから……かな」

 

自分で言ってから少し恥ずかしくなった。

でも本心だ、仕方ない。

 

その言葉を聞いて、ラルトスの瞳が大きく見開かれた。

 

『ーっ』

 

ラルトスが何かを言いかけた時、洞窟の奥から、別の音が聞こえた。

 

 カラン。

 

小石が転がる音。

俺とラルトスは同時に顔を上げる。

 

まさか、コドラじゃないよな……?

 

暗闇の向こうを見つめながら、俺は無意識にラルトスを抱き寄せた。

 





【挿絵表示】


挿絵はAIとなってます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。