1話
クロガネシティを出てから数日。
俺たちはようやく目的地へ辿り着いた。
「……でっか」
思わず声が漏れる。
目の前に広がるのは、今まで見てきたどの景色とも違う街だった。
高い建物が空へ向かって伸びている。広い道路には人が絶えず行き交い、見上げるほど大きなモニターには映像が流れていた。どこからともなく宣伝の声が聞こえてきて、人の話し声やポケモンの鳴き声が混ざり合う。
クロガネシティだって十分大きな町だと思っていた。
でも、それは俺が他を知らなかっただけらしい。
ここは明らかに違う。
ただ大きいだけではなく、街そのものが生きていて、休むことなく動き続けているようだった。
『ひと、おおい』
隣でラルトスが呟く。
「ああ……」
それしか言葉が出なかった。
仕事へ向かう人。買い物を楽しむ人。ポケモンと遊ぶ子供たち。見たことのない服を着た人もいれば、聞いたことのない訛りで話している人もいる。
視界のどこを向いても誰かがいた。
『ユア』
「あ?」
『じゃま』
「……あ」
その光景に圧巻されて、どうやら気付けば止まっていたらしい。
慌てて道の端へ避ける。
その瞬間、
「うわっ!?」
驚いた声が上がった。
振り返るとそこには、慌てて距離を取る男の姿があった。
男の視線の先にいるのはクチートだ。
いつも通り無表情で、けれど機嫌は良くないらしい。
人を睨んでいるわけではない。ただ近付かれることを嫌がっているのが分かる。大顎をわずかに揺らしながら、人の流れをじっと見ていた。
「な、なんだあいつ……」
男はそう言い残して去っていく。
クチートは何も言わず、ただ、ガチッと大顎を鳴らした。
「……人混み、苦手か?」
返事はない。
『きらいそう』
ラルトスが小さく言う。
「だよな」
俺も苦笑する。
クチートは少しだけ位置を変えた。
俺の真後ろ。
人の流れから少し距離を取れる場所だった。
通り過ぎる人が近付けば、その分だけさりげなく離れる。
気付いていない人も多いだろう。
俺はそれ以上何も言わなかった。
無理に慣れろと言うつもりもない。
「さて」
改めて街を見渡す。
どこを見ても新しいものばかりだ。
大きな時計台に高くそびえるビル、見慣れたポケモンセンター。
見たことのない店と知らない看板。
歩いているだけで目移りしてしまう。
『どうする?』
ラルトスが尋ねる。
俺は少しだけ考えた。
旅に出る前、世界を見たいと思った。
もっと色んな場所を知りたいと思った。
その最初の大きな一歩が、この街だ。
「まずは歩いてみよう」
『うん』
ラルトスが頷く。
クチートは何も言わないが、ちゃんと付いてくる。
俺たちは人の流れの中へ足を踏み出した。
歩けば歩くほど驚くことばかりだった。
建物は上へ上へと伸びている。
クロガネでは見たことのない高さだ。
何階あるのか分からない建物まである。
「すげぇ……」
思わず見上げた瞬間、
ドンッ。
肩が誰かにぶつかった。
「っと……ごめんなさい!」
慌てて頭を下げる。
相手は少し驚いた顔をしたあと、笑って手を振った。
「気にしなくていいよ」
それだけ言って人混みの中へ消えていく。
クロガネではまず起きない出来事だった。
人が多い。
本当に多い。
立ち止まっているだけで誰かとぶつかりそうになる。
ラルトスも周囲を見回していた。
視線の先には見慣れないポケモンたちがいる。
ポッチャマ。
パチリス。
ブイゼル。
図鑑で名前だけ見たことのあるポケモンもいた。
『しらない』
ラルトスがぽつりと呟く。
「俺もだ」
知らないポケモン、知らない人、知らない景色。
歩いているだけなのに、新しいものが次々と目に入ってくる。
それは不思議な感覚だった。
疲れるはずなのに、足は止まらない。
知らないからこそ見てみたい、知らないからこそ知りたくなる。
そんな気持ちが胸の奥から湧いてくる。