繋がりの王者   作:宵取与一

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2話

視界の先に、少し大きな建物が見えた。

コトブキシティへ入ってから色々な建物を見てきたけれど、その中でも目を引く建物だった。入口には俺と同じくらいの年頃の子供たちが何人も出入りしていて、壁には大きな看板が掲げられている。

 

 ポケモンスクール。

 

その文字を見つけて、俺は思わず足を止めた。

 

「スクール……?」

 

名前だけなら聞いたことがある。ポケモンや旅の知識を学ぶ場所。トレーナーを目指す子供たちや、旅に出る前の子供たちが通う場所。父さんや母さんからそんな話を聞いたことはあったけれど、実際に見るのは初めてだった。

 

隣でラルトスも看板を見上げている。

 

『がっこう?』

 

「たぶん」

 

『なにするの?』

 

「勉強じゃないか?」

 

『べんきょう……』

 

その声が少しだけ沈んだ。

俺は思わず笑う。

 

「なんだよ、その嫌そうな声」

 

『いっぱい、おぼえる』

 

「まだ中も見てないだろ」

 

『でも、いっぱい』

 

ラルトスは看板だけでもう少し疲れた顔をしていた。確かに、学校と聞くだけでたくさん覚えることがありそうな気はする。俺だって得意かと聞かれたら困る。

 

後ろではクチートが無言で建物を見上げていた。人通りの多い大通りにいた時ほど露骨に警戒してはいない。でも、油断しているわけでもなかった。人の流れから少し外れた位置に立ち、入口と周囲を交互に見ている。

 

知らない場所は、きっとまだ安心できない。

それでも帰ろうとはしない。

俺たちが進むなら、自分も付いていく。そう決めているみたいに、クチートは何も言わずそこにいた。

 

「ちょっと見てみるか」

 

そう言うと、ラルトスは小さく頷いた。クチートは返事をしなかったけれど、俺たちが歩き出すと少し遅れて付いてきた。

 

ーーー

 

ポケモンスクールの中は、思っていたよりずっと静かだった。

 

外の賑やかさとはまるで違う。コトブキシティの通りでは、人の声も、モニターの音も、ポケモンの鳴き声もあちこちから飛んできていたのに、校舎の中に一歩入ると、その全部が扉の向こうに置いていかれたみたいだった。廊下を歩く子供たちも、大声を出したり走り回ったりはしていない。教室の中からは先生の声が聞こえてきて、時々、それに答える子供たちの声が重なる。

 

俺は入口の近くで少し立ち止まった。

 

こういう場所に来たことはない。旅に出る前も、父さんや母さんから勉強を教わることはあった。でも学校そのものは初めてだった。決められた時間に集まって、先生がいて、同じくらいの年の子供たちが並んで座っている。想像はできる。けれど実際にその空気の中に立ってみると、どうしていいのか分からなくなる。

 

「なんか緊張するな……」

 

『わかる』

 

隣でラルトスが小さく頷いた。いつもより少しだけ俺の足に近い。どうやらラルトスも落ち着かないらしい。

 

クチートは壁際に立ったまま校内を見回していた。大通りにいた時のように睨むわけではない。ただ、誰かが近くを通るたびにわずかに視線を動かしている。すぐに逃げるためじゃない。けれど、何かあれば動けるようにしている。そんな立ち方だった。

 

「見学?」

 

近くを通りかかった女性がこちらに気付いて声をかけてきた。

 

「あ、はい。入っても大丈夫ですか?」

 

「もちろん。自由に見ていっていいわよ。分からないことがあったら先生たちに聞いても大丈夫だから」

 

「ありがとうございます」

 

俺が頭を下げると、女性はにこりと笑って廊下の奥へ歩いていった。

少しだけ肩の力が抜ける。

俺はラルトスと顔を見合わせてから、ゆっくりと校内を歩き始めた。

 

壁には色々な資料が貼られていた。ポケモンの生態、地方ごとの分布、進化に関する研究、ポケモンリーグの仕組み。聞いたことのある言葉もあった。けれど、聞いたことのない言葉の方がずっと多かった。立ち止まって読んでみても、途中で意味が分からなくなる。分からないから次を見る。次を見ても、また分からない言葉が出てくる。

 

旅に出る前、父さんや母さんから色々教わったつもりだった。ラルトスと暮らして、クチートと出会って、クロガネで色々なことを経験した。だから少しは分かっている気でいた。

 

でも、違った。

 

ここに並んでいる知識の前では、俺が知っていることなんてほんの少ししかなかった。

 

「……知らねぇことばっかだな」

 

『しらない』

 

ラルトスも小さく呟いた。

俺だけじゃなかったことに、少しだけ安心する。

そんな中で、ひとつの資料の前で足が止まった。

 

 タイプ相性表。

 

 炎、水、草。

 

その辺りはまだ分かる。火は草を燃やすし、水は火を消す。そこまでは頭の中で想像できる。

でも、そこから先になると急に怪しくなる。

 

 電気。地面。岩。鋼。フェアリー。

 

矢印があちこちに伸びていて、どのタイプがどのタイプに強いのか、見れば見るほど分からなくなってくる。表の前に立っているだけなのに、頭の中で小さな歯車が空回りしているみたいだった。

 

「覚えられる気がしねぇ……」

 

『いっぱい』

 

ラルトスも隣で表を見上げていた。しばらく真剣に眺めていたが、すぐに俺の袖を軽くつかむ。

 

『むり』

 

「早くないか?」

 

『むり』

 

「もう少し頑張れよ」

 

『いっぱい』

 

「それは分かるけど」

 

『いっぱい』

 

「便利だな、その言葉」

 

思わず笑う。

ラルトスは少し不満そうに俺を見上げたその時だった。

 

「それくらい覚えてないと後々困るよ」

 

後ろから声がした。

大人ではない。たぶん俺と同じくらいの年。けれど、どこか落ち着いていて、妙に自信のある声だった。

 

振り返ると、そこには黒を基調とした学生服を着た子供が立っていた。短い黒髪に、まっすぐこちらを見る目。

その隣には見慣れないポケモンがいた。

 

大きな体に丸い顔。どこか眠そうな目をしていて、立っているだけなのに妙にのんびりして見える。でも、その落ち着き方がただ鈍いだけには見えなかった。地面にどっしりと根を張っているみたいな、不思議な安心感がある。

 

「へぇ」

 

俺は相性表とその子を交互に見る。

 

「これ覚えてるのか?」

 

「覚えてるよ」

 

返事は早かった。

 

「全部?」

 

「全部」

 

「嘘だろ」

 

「本当だよ」

 

「マジで?」

 

「マジで、だって、トレーナーなら常識だもん」

 

表情ひとつ変えない。冗談を言っているようには見えなかった。

俺はもう一度、壁の相性表を見る。

やっぱり無理だ。

 

「いや、絶対無理だろ」

 

「無理じゃないよ。覚える順番を決めればいいだけ」

 

「順番?」

 

「まず分かりやすいところから覚える。炎は草に強い。水は炎に強い。草は水に強い。そこから広げていけばいい」

 

「そこまでは分かる」

 

「じゃあ、地面が電気に強いのは?」

 

「……なんで?」

 

「……はぁ」

 

少し呆れた顔をされた。

なんか腹が立つけど、ほんとにわからないから反論できない。

 

「電気が地面に逃げるからだよ」

 

「逃げる?」

 

「細かく言うと違うけど、最初はそれくらいの覚え方でいいと思う」

 

「なるほど……?」

 

分かったような、分からないような気分だ。

どうやらそれはラルトスも同じだったようで、隣で首を傾げている。

 

『じめん?』

 

「俺に聞くな」

 

『しらない』

 

「俺も知らん」

 

そのやり取りを見て、相手が少しだけ笑った。

ほんの少しだったけれど、初めて表情が崩れた気がした。

 

「キミ、旅に出たばかり?」

 

「なんで分かるんだよ」

 

「分かるよ」

 

即答だった。

少し考える素振りもない。

 

「いや、だからなんでだよ」

 

「だって、見るもの全部珍しそうに見てるし」

 

「そんな分かりやすいか?」

 

「かなりね」

 

相手は迷いなく頷いた。

 

「街に入ってから時計台見て止まってたし、人混み見て止まってたし、ビル見て止まってたし、このスクールを見つけた時も結構長く立ち止まってた」

 

「見られてたのか俺」

 

「たまたま見かけたんだよ」

 

「絶対嘘だろ」

 

「半分くらい本当」

 

「どっちだよ」

 

思わず言い返すと、相手は少しだけ肩をすくめた。

 

馬鹿にしている感じはなかった。むしろ、面白がっているような雰囲気がある。初対面なのに、妙に会話が続く。変なやつだと思った。でも嫌な感じはしなかった。

 

「お前、この学校の生徒か?」

 

「違うよ?」

 

「じゃあ旅人?」

 

「うん」

 

そんな会話をよそに、ラルトスが見慣れないポケモンをじっと見上げていた。

 

『おおきい』

 

丸いポケモンはのんびり瞬きをする。

 

『やわらかそう』

 

ラルトスがそう呟くと、そのポケモンは小さく鳴いた。怒る様子はない。むしろ少し嬉しそうにも見える。

 

「このこはドー、ボクの相棒でパルデアのポケモン」

 

「ドオー……じゃね?」

 

 俺はその名前を口にする。

 

「図鑑で見たことある。実物は初めてだけど」

 

「知ってるんだ」

 

「名前だけな。パルデアって遠いんだろ?」

 

「遠いよ」

 

「どれくらい?」

 

「キミが思ってるよりずっと」

 

「分からん」

 

「だろうね」

 

また少し笑われた。

腹は立つけれど、不思議と嫌ではない。

 

「名前は?」

 

「ユア。クロガネシティから来た」

 

「ボクはアイ」

 

そう言って手を差し出してくる。

 

「パルデアから来た」

 

俺はその手を握る。

 

「よろしくな、アイ」

 

「よろしく」

 

握手をした瞬間、なんとなく思った。

手は小さい。俺とあまり変わらない。でも力は弱くない。握り方に妙な迷いがない。こいつはたぶん、自分の足でちゃんと旅をしている。

 

「そういや、男一人で旅してるのか?」

 

アイの動きが止まった。

握っていた手も、そのまま止まる。

ラルトスが首を傾げた。

 

『?』

 

ドオーもゆっくり瞬きをする。

 

 数秒。

 

本当に数秒だけ、廊下の音が遠くなった気がした。

 

「……は?」

 

低い声が返ってきた、いや、なんか怖い。

 

「いや、だから」

 

「ボクが男に見える?」

 

「え?」

 

「見える?」

 

「いや、その」

 

「見える?」

 

圧が強い。

さっきまで普通に話していたはずなのに、急に空気が変わった。声は低いままなのに、目だけが妙に鋭い。

 

「圧かけるのやめろって」

 

「質問してるだけだけど」

 

「絶対違うだろ」

 

「で?」

 

逃げれそうにない、俺は少し視線を泳がせる。

短い黒髪。低い声。黒を基調にした学生服。ズボン。最初に見た印象は、正直に言えば男の子だった。

でも、よく見ると少し違う気もする。

違う気もするけれど、もう遅い。

 

「……ちょっと?」

 

「ちょっとかぁ……」

 

アイは片手で顔を覆った。

深いため息が聞こえる。隣のドオーは慣れたように小さく鳴いた。どうやら初めてじゃないらしい。

 

「女だよ」

 

「マジで?」

 

「マジだよ」

 

「ごめん」

 

「今ので何回目だろうな……」

 

アイは天井を見上げた。本当に疲れた顔をしている。

恐らく今までも間違われてきたんだろう。

なんだか申し訳なくなってきた。

 

「……どうして男だと思ったの?」

 

「声?」

 

「あー、よく言われる」

 

「髪?」

 

「それも言われる」

 

「服?」

 

「いや学生服だから」

 

「じゃあ……」

 

 本気で考える。

 

 声。

 

 髪。

 

 服。

 

それ以外で……。

 

「あ」

 

思い付いた。

 

「胸か」

 

沈黙。

アイが固まった。

ラルトスが首を傾げる。

 

『むね?』

 

ドオーが目を閉じた。寝たのかと思ったけれど、たぶん違う。見なかったことにしている気がする。

俺の後ろで、ガチン、と音がした。

振り返ると、クチートが壁際で顔を背けていた。表情はほとんど変わらない。でも、その態度だけで何となく伝わってくる。

呆れられている。

 

「ユア」

 

アイが静かな声で俺の名前を呼んだ。

 

「なんだ」

 

「それ以上喋るな」

 

「なんでだよ」

 

「いいから黙れ」

 

「いやでも、本気で考えた結果だぞ」

 

「だから口に出すなって言ってるんだ」

 

「理不尽だろ」

 

「理不尽じゃない」

 

「理不尽だって」

 

「理不尽じゃない!」

 

初めてアイの声が少し大きくなった。

廊下の向こうを歩いていた子供がちらりとこちらを見る。俺は少しだけ肩をすくめた。

 

「ごめん?」

 

「疑問形じゃなくてちゃんと謝って」

 

「ごめん」

 

「よし」

 

「許してくれるのか?」

 

「許すわけないよね?」

 

「よしって言ったじゃねぇか」

 

「謝罪は受け取った。でも許したわけじゃない」

 

「難しいな」

 

「キミが悪い」

 

アイは深く息を吐いた。さっきまで少し怒っていた目が、ゆっくり落ち着いていく。怒ってはいる。でも本気で嫌われたわけではなさそうだった。

 

そう思った時、アイの視線がラルトスへ向いた。

さっきまでとは違う目だ。

怒っている目でも、呆れている目でもない。何かを確かめるような、静かな視線。ラルトスの頭から足元まで、ゆっくり観察している。

 

ラルトスもそれに気付いたのか、俺の隣で小さく首を傾げた。

 

『?』

 

「なんだ?」

 

俺が聞くと、アイはすぐには答えなかった。

そのままラルトスを見ている。

 

「見てる」

 

一言だけ、アイが呟いた。

 

「何を」

 

「色々」

 

「雑だな」

 

「雑じゃないよ。立ち方とか、視線とか、キミとの距離とか」

 

アイは少しだけ表情を真面目にした。

 

「そのラルトス、結構強いでしょ」

 

思わずラルトスを見る。

ラルトスも俺を見る。

 

「分かるのか?」

 

「なんとなくね。ちゃんと周りを見てるし、キミの声も聞いてる。さっきから知らない場所で落ち着かないはずなのに、逃げるんじゃなくてキミの隣にいる。そういうポケモンは、だいたいちゃんと育ってる」

 

少し不思議な気分だった。

ラルトスは俺にとって、ずっと一緒にいる相棒だ。強いとか、育っているとか、そういう言葉で考えるより先に、隣にいるのが当たり前だった。

でも、他人から見ればそう見えるのか。

 

「へぇ……」

 

「自覚ないんだ」

 

「いや、ラルトスはすごいぞ」

 

『えへへ』

 

ラルトスが少し照れたように笑う。

 

「でも、そういう見方はしたことなかった」

 

「トレーナーなら見た方がいいよ」

 

アイは当然のように言った。

 

「強さって、技の威力だけじゃないから。相手を見ることとか、トレーナーの声を聞くこととか、状況を判断することとか。そういうのも全部、バトルでは大事になる」

 

「詳しいな」

 

「勉強してるからね」

 

「タイプ相性も?」

 

「もちろん」

 

「やっぱり変なやつだな」

 

「なんでそうなる?」

 

アイが少しだけ眉を寄せる。

俺は笑った。

初対面なのに、やっぱり話しやすい。変に気を使わなくていい。言い返してくるし、こっちも言い返せる。クロガネではあまり会ったことのないタイプだった。

 

アイの視線が横へ動いた。

その視線の先にいるのはクチートだ。

 

壁際に立ったまま、少し離れた位置からこちらを見ている。アイは黙った。ラルトスを見ていた時より、少し長く。まるで何かを測るみたいに、じっとクチートを観察していた。

 

クチートも見返している。

しばらく無言だった。

 

「……どうした?」

 

俺が聞くと、アイは少し考えるような顔をした。

 

「そっちは逆だね」

 

「逆?」

 

「うん。全然違う」

 

クチートの耳がわずかに動いた。

でも何も言わない。

 

「何がだよ」

 

「そのラルトスと」

 

アイは腕を組んだ。

 

「ラルトスはキミを信用してる。近くにいるのが自然で、キミの声を聞くことに迷いがない」

 

それから、アイはクチートを見る。

 

「でも、そのクチートはまだ違う」

 

「違うって……」

 

「信用してない」

 

思わず声が出た。

 

「は?」

 

クチートの目が少し細くなる。

空気が少し張った。

でもアイは慌てなかった。むしろ、その反応まで見ているようだった。

 

「いや、正確には少し違うか」

 

アイは言葉を選ぶように続けた。

 

「信用したいけど、まだ出来てない感じ」

 

俺はクチートを見る。

クチートは何も言わない。

否定もしない。

 

「そんなの分かるのか?」

 

「分かるよ」

 

アイは当然みたいに答えた。

 

「ずっと出口を気にしてるし、人との距離も取ってる。キミの後ろにはいるけど、隣には来ない。すぐ逃げるつもりじゃないけど、何かあったら離れられる場所を選んでる」

 

そう言われて初めて気付いた。

確かにそうだ、コトブキに入ってからずっと。

クチートは俺の近くにいる。

でも隣ではなく、少し後ろだ。

近い。けれど、完全には寄り添っていない。

 

「最近仲間になった?」

 

アイが聞く。

 

「……まあ」

 

俺は曖昧に頷いた。

 

鉱山でのことを全部説明する気はなかった。クチートが何を守っていたのか。人間をどう見ていたのか。俺たちとどうやってここまで来たのか。初対面の相手に簡単に話せることじゃない。

 

でも、それだけでアイには十分だったらしい。

 

「なるほど」

 

アイは納得したように頷く。

 

「でも、悪い意味じゃないよ」

 

「?」

 

「本当に嫌なら、ここにいない」

 

その言葉に、俺はもう一度クチートを見た。

クチートは壁際にいる。

少し離れているが、それ以上離れようとはしていない。

俺たちから目を離してもいない。

 

「だからたぶん」

 

アイは少しだけ笑った。

 

「そのうち、ちゃんと隣に来ると思う」

 

クチートは何も言わなかった。

でも、ほんの少しだけ視線を逸らした気がした。

俺はそんなクチートを見て、胸の奥が少し温かくなる。

まだ完全じゃない。

でも、完全じゃないから駄目なわけじゃない。

少しずつでいいから、いつか本当に隣に来てくれるなら、それだけで十分だと思った。

 

「……お前、よく見てるんだな」

 

俺が言うと、アイは小さく肩をすくめる。

 

「旅してるし、趣味みたいなものだからね」

 

「旅してたら分かるのか?」

 

「分からないと困る」

 

「またそれか」

 

「またっていうか、なんでもそれだよ、ボクが持ってるのは全部旅に必要なもの」

 

アイは少し楽しそうに言った。

そして、ふと表情を変える。

 

「決めた」

 

「何が?」

 

「バトルしよう」

 

「急だな」

 

「気になるからね、キミ達のこと」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

アイは迷わず答えた。

けれど、その目はさっきまでと違っていた。少し楽しそうで、でも真剣だった。相手を知りたいから戦う。そんな目をしていた。

ドオーがゆっくり前へ出る。

動きはのんびりしている。でも、その一歩で空気が少し変わった。眠そうな目の奥に、ちゃんと意思がある。

 

「ドオーって、バトルできるのか?」

 

「できるよ、ボクのドーは強い」

 

「見た目はのんびりしてるけど」

 

「のんびりしてるのと弱いのは違う」

 

「なるほど」

 

ドオーが小さく鳴いた。

ラルトスも俺を見上げる。

 

『やる?』

 

「ああ」

 

俺は頷いた。

旅に出てから初めて出会った同年代のトレーナー。

しかも、たぶんかなり強い。

やらない理由はなかった。

するとアイが、少しだけ口元を吊り上げた。

 

「それに」

 

「ん?」

 

「勝てたら、さっきのこと許してあげる」

 

「あ」

 

どうやら、まだ根に持っていた。

 

「胸の話」

 

「ごめんって」

 

「勝てたらね」

 

「負けたら?」

 

「一生根に持つよ」

 

「重くないか?」

 

「当然だろ」

 

「初対面の女の子を男扱いして、その上胸の話までしたんだから」

 

「悪気はなかった」

 

「知ってる」

 

「じゃあ」

 

「だから余計に腹立つ」

 

理不尽だと思った。

だけど、気付けば俺も笑っていた。アイも、まだ少し怒っているくせに、どこか楽しそうだった。

ポケモンスクールの窓から差し込む光が、廊下の床を白く照らしている。

 

ラルトスが一歩前へ出る。

 

ドオーもゆっくりと向き合う。

 

クチートは壁際からこちらを見ていた。無言のままだったけれど、さっきより少しだけ興味を持っているように見える。

 

俺はラルトスの背中を見た。

そして、アイを見る。

旅に出てから初めての同年代とのバトル。

そして、後に何度も戦うことになる相手との最初の勝負が、今まさに始まろうとしていた。





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