繋がりの王者   作:宵取与一

23 / 84
4話

バトルが終わったあとも、俺はしばらくベンチから動けなかった。ラルトスに大きな怪我はなく、今は隣に座り、両手で持った木の実を少しずつかじっている。泥で汚れていた体も軽く拭いてもらい、呼吸はすっかり落ち着いていたが、俺の頭では、さっきの勝負が何度も繰り返されていた。

 

 アイの指示は、いつも俺より早かった。ラルトスが避けるより先に、その着地点へ攻撃が飛び、俺が次の手を考えている間にも、ドオーは迷わず動いていた。ラルトスは何度倒されても立ち上がり、最後まで俺の声を待ってくれたのに、俺はその頑張りへ応えることができなかった。

 

『……ごめん』

 

 ラルトスが食べかけの木の実を膝へ置き、俯いた。

 

『……まけた』

 

「違う。ラルトスが謝ることじゃない」

 

 考えるより先に否定すると、ラルトスが小さく首を傾げた。

 

『……ユア?』

 

「途中から、何を言えばいいのか分からなくなってた。避けろとか攻撃しろとか、その時に思いついたことを叫んでただけで、次のことなんて何も考えてなかったんだ。ラルトスは俺の言った通りに動いてくれたのに、俺がちゃんと指示できなかった」

 

 ラルトスは責めるでも慰めるでもなく、ただ俺の顔を見ていた。何か言ってくれた方が楽だったかもしれないが、口を閉じたまま続きを待たれると、勝負の途中で迷った瞬間まで、余計にはっきり思い出してしまう。

 

「……納得いかねぇ」

 

「負けたことが?」

 

 向かい側のベンチから声が返ってきた。アイはドオーの隣に座り、その平たい頭を撫でながらこちらを見ている。

 

「負けたのも悔しい。でも、それより何もできなかったのが悔しい。ラルトスは最後まで戦ってたのに、俺は途中から焦って、攻撃を叫ぶことしかできなかった」

 

「うん。途中からキミ、次に何をするか決められてなかったからね」

 

「あっさり言うなよ」

 

「違うって言ってほしかった?」

 

「……いや」

 

「なら、ボクが見たままを言うよ。ただ、ラルトスは強かった。“ねんりき”の使い方も上手だったし、“テレポート”でドーの後ろへ回った時も速かった。泥で見えにくくなってからも周りを見て、最後までキミの指示を待ってたし、正直、思っていたよりずっと手強かったよ」

 

 ラルトスが顔を上げ、照れたように目を細める。

 

『……えへへ』

 

「ラルトスがそんなに強かったなら、なんであんなに差がついたんだよ」

 

「経験かな。キミはラルトスとドーを見てたけど、ボクはドーとラルトス、それからキミを見てた」

 

「俺も?」

 

「ポケモンバトルでは、トレーナーも一緒に戦うからね。指示を出すだけじゃなくて、相手がどこを見てるか、次の手を迷ってるか、何を狙ってるかも考える。キミは“テレポート”を指示する前からドーの左側を見てたし、追い詰められてからは、ラルトスより先に慌ててたよ」

 

「……そんなに分かりやすかった?」

 

「かなり」

 

 迷いのない返事に、思わず両手で顔を覆った。アイに全部見られていたことも恥ずかしいが、自分では最後まで気づいていなかったことの方が、もっと恥ずかしかった。

 

「別に、キミだけじゃないよ。ボクも最初は指示を出すだけで精いっぱいだったし、ドーが攻撃を受けるたびに慌ててた。だから学校で勉強して、何度も勝負して、少しずつ次を考えられるようになったんだ」

 

「アイも負けたことあるのか?」

 

「あるよ。何度も。次のことを考えずにドーを動かして、無理をさせたことだってある」

 

「ドオーに怒られた?」

 

「怒られたというより、しばらく返事をしてもらえなかった」

 

「今も返事してるか怪しいけどな」

 

「どおぉー」

 

 ドオーがのんびり鳴くと、アイは得意そうにこちらを見る。

 

「ほら、ちゃんと返事してる」

 

「何て言ったんだよ」

 

「ユアよりボクの方が正しいって」

 

「ホントかよ」

 

 ラルトスが木の実を食べ終え、ベンチから降りると、ドオーの前まで歩いていった。

 

『……つよかった』

 

「どおぉー」

 

『……やさしい』

 

「それはそうだよ。ボクの相棒なんだから、ドーは強くて優しいに決まってる」

 

 アイが当然のように言うと、ドオーは大きな尻尾をゆっくり揺らした。さっきまで本気でぶつかり合っていた二匹が、今は静かに顔を合わせている。その様子を眺めているうちに、握ったままだった手から少し力が抜けた。

 

「なあ、アイって、どれくらい旅してるんだ?」

 

「本格的に始めてからは一年くらいかな」

 

「一年?」

 

「うん。十歳でパルデアの学校に入って、最初の一年はずっと勉強してた。それから旅へ出て、今は十二歳」

 

「じゃあ、二つ上か」

 

「そうなるね」

 

 一年と聞けば短いようにも思えるが、さっきの勝負を見たあとでは、とてもそうは思えなかった。俺がその場で次の指示を探している間に、アイはドオーが動いたあとまで考えていた。学校で覚えたことも、旅をしながら戦った経験も、全部あの勝負へ繋がっていた。

 

「……俺、知らないことだらけだな」

 

「旅に出たばかりなら当たり前でしょ。最初から何でも知ってる方がおかしいよ」

 

「アイはなんでも知ってそうだけど」

 

「知らないことはたくさんあるよ。だから旅してるんだし。それに、キミだってボクの知らないことを知ってそうだよ」

 

「俺が?」

 

「普通、旅に出たばかりの子がクチートを連れて歩いてないからね。クチートは本来、町の中で見かけるポケモンじゃない。どうやって一緒に旅をすることになったのか、少し気になる」

 

 俺がクチートへ顔を向けると、赤い瞳がこちらを見返した。坑道で何があったのか、どんな場所を守っていたのか、今ここで全部話すことではないと思い、俺はクチートからアイへ視線を戻した。

 

「いろいろあったんだよ」

 

「その言い方、余計に気になるけど、今は聞かないでおく。それに、ラルトスもキミをかなり信頼してるみたいだしね」

 

「それも見れば分かる?」

 

「ラルトスは勝負が終わったあと、最初にキミへ謝ったでしょ。負けたことより、キミを困らせたと思ったんじゃないかな」

 

 ドオーのそばにいたラルトスが、ゆっくり俺へ顔を向ける。

 

『……ごめん』

 

「だから、謝るのはラルトスじゃないって。次は俺がちゃんとする。指示を出して終わりじゃなくて、そのあと相手がどう動くかまで考える。すぐにアイみたいにできるかは分からないけど、ラルトスだけに頑張らせるのはもう嫌だ」

 

 ラルトスはしばらく俺を見つめ、小さく頷いた。

 

『……うん。いっしょ』

 

「ああ、一緒に考えよう」

 

 言葉にしたところで、急に強くなれるわけではない。タイプ相性も、技のことも、バトルの組み立て方も、知らないことは山ほど残っている。それでも、何を覚えなければならないのかは、勝負の前より少しだけ見えた。

 

「まあ、次は同じ負け方をしないように頑張ればいいよ」

 

「次?」

 

 アイは立ち上がり、制服についた土を軽く払うと、当然のようにこちらを見た。

 

「次も戦うつもりだけど。今日一回勝っただけで終わりじゃないでしょ?」

 

「今度は俺が勝つ」

 

「次は負けないから」

 

「それ、俺の台詞だろ」

 

「早い者勝ち」

 

 アイが楽しそうに笑い、俺もつられて笑った。今日会ったばかりなのに、言い返されることにも、次の勝負を約束することにも、不思議なくらい違和感がない。

 

 負けた悔しさは、まだ残っている。

 

 けれど、さっきまでみたいに下を向いている気はなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。