バトルが終わったあとも、しばらく俺は動けなかった。
ラルトスは無事だった。
戦闘不能になっただけで、大きな怪我はない。今はベンチに座りながら木の実をかじっている。
けれど、俺の胸の中は全然落ち着かなかった。
負けた。それも、どうしようもなく。
ラルトスは最後まで戦った。
最後まで立とうとしていた。
なのに勝てなかった。
いや、違う。
勝たせてやれなかった。
『ごめん』
不意にラルトスが言った。
俺は顔を上げる。
『まけた』
「違う」
即座に否定した。
その言葉だけは聞きたくなかった。
負けたのはラルトスのせいじゃない。
「悪いのは俺だ」
ラルトスが首を傾げる。
『ユア?』
「ああ」
視線を落とす。
アイの言葉が頭から離れない。
――問題はキミ。
反論できなかった。
途中から何を指示すればいいのか分からなくなっていた。
焦って、慌てて、迷って。
攻撃を叫ぶことしかできなかった。
その間もアイは落ち着いていた。
ドオーを見て、ラルトスを見て、俺まで見ていた。
その差が、そのまま結果になった。
「納得いかねぇ……」
思わず漏れる。
「負けたから?」
向かいのベンチから声が返ってきた。
アイがドオーの頭を撫でながら、こちらを見ていた。
「……いや」
少し考える。
「負けたのは悔しい」
「うん」
「でも、それより、何も出来なかったのが悔しい」
アイは黙って聞いていた。
「途中から何すればいいか分かんなくなった」
「そうだろうね」
あっさり肯定された。
少しムッとする。
でもアイは気にした様子もなく続ける。
「ラルトスは強いよ」
その言葉にラルトスが顔を上げる。
アイは続けた。
「念力も上手かったし、テレポートのタイミングも絶妙、なにより、よく周りを見てた」
そして少しだけ笑う。
「正直、思ったよりずっと強かった」
ラルトスが照れたように目を逸らした。
『えへへ』
その姿に少しだけ空気が和らぐ。
でも俺は納得できなかった。
「ならなんで負けたんだよ」
少し強い口調になる。
アイは気分を害した様子もなく答えた。
「経験だよ」
一言だった。
「経験?」
「うん」
アイは指を一本立てる。
「キミはラルトスとドーしか見てなかった」
俺は黙る。
「ボクは違う」
アイは続けた。
「ドーの調子を見て、ラルトスの動きを見て、君の判断を見る」
「俺?」
「うん」
当然みたいに頷く。
「いい?ポケモンバトルってね、トレーナーも戦うんだよ」
その言葉は少し意外だった。
「指示を出すだけじゃだめ、相手のトレーナーも観察するの」
アイは真剣な表情で続ける。
「焦ってるか、迷ってるか、次に何を考えてるか」
そこでアイは少し笑った。
「途中からキミ、顔に全部出てた」
「……マジか」
「うん」
かなり恥ずかしい。
思わず顔を覆う。
アイが肩をすくめた。
「別に珍しくないよ、初心者なら普通だし、ボクも最初はそうだったから」
その言葉に少しだけ救われた気がした。
少なくとも馬鹿にはされていないらしい。
しばらく沈黙が流れる。
ドオーがのんびり鳴いた。
ラルトスは木の実を食べ終えると、ベンチから降りてドオーの方へ歩いていった。
『つよかった』
ラルトスが言う。
ドオーはぽけっとした顔のまま鳴いた。
『やさしい』
「それはそう」
アイが笑う。
「ボクの相棒だもん、ドーは、優しいに決まってる」
ドオーが嬉しそうに尻尾を揺らした。
その様子を見ていると、さっきまで本気で戦っていたのが嘘みたいだった。
「なあ」
「ん?」
「アイって、どれくらい旅してるんだ?」
ふと気になった。
俺と同じくらいの年に見える。
なのに差がありすぎた。
「本格的に旅を始めたのは一年くらい前かな、10歳の時にパルデアの学校に入学して、11歳までは猛勉強してから旅を始めて、今12歳だよ」
「一年……」
思わず呟く。
たった一年。
でも、その一年でこんなにも差が付く。
俺はまだ何も知らない。
知らないことばかりだ。
バトルも、旅も、ポケモンも。
アイはそんな俺を見て少し笑った。
「でもさ」
「?」
「キミは面白いよ」
予想外の言葉だった。
「面白い?」
「うん」
アイは頷く。
「普通、旅に出たばかりの子がクチート連れて歩いてない、あのポケモンは本来山奥に住んでるポケモンだからね」
思わず後ろを見る。
少し離れた壁際。
クチートは相変わらずそこにいた。
じっとこっちを見ている。
「それに」
アイは続けた。
「ラルトスもキミを信頼してる」
ラルトスがきょとんとする。
「そういうのは見れば分かる」
アイは立ち上がった。
「だから次は負けないように頑張ればいい」
「次?」
「次、ボクはまたキミと戦うつもりだけど」
その言葉に思わず笑う。
今日出会ったばかりなのにもう次の話をしている。
でも不思議と嫌じゃなかった。
「今度は勝つ」
そう言うと。
アイは楽しそうに笑った。
「うん、そうして?その方が面白い」
そして少しだけ前に出て、
「次は負けないから」
そう言った。
「それ俺の台詞だろ」
「早い者勝ち」
初めて会ったばかりなのに。
なぜかそのやり取りが妙にしっくり来た。
窓の外では夕方の光が差し込んでいる。
悔しさはまだ消えていない。
でもそれ以上に。
少しだけ前を向ける気がした。