夕暮れのコトブキシティは昼間とはまた違う顔を見せている。
西日を受けた建物は赤く染まり、通りを行き交う人々の影は長く伸びていた。
昼間ほどではないが、それでも街の賑わいは消えていない。
『たのしかった』
不意にラルトスが言った。
「ああ」
俺は頷く。
資料館で聞いた話を思い出していた。
正直、歴史や神話なんて難しいものだと思っていた。
子供が読んでも眠くなるような話ばかりだと勝手に思っていたのだ。
でも違った。
知らないことを知るのは面白い。
昔の人が何を考えていたのか、今の町がどうやってできたのか、伝説のポケモンがどんなふうに語り継がれているのか、考えたこともなかった世界がそこにはあった。
そして何より、隣を歩く女性の話し方が上手かった。
難しいことを話しているはずなのに、不思議と聞き入ってしまう。
気付けば時間を忘れていたくらいだ。
「そろそろ宿探さないとな」
何気なく呟く。
すると隣から声が返ってきた。
「宿なら紹介できるわよ。この辺りは旅人も多いから、泊まる場所には困らないと思うわ」
「本当ですか?」
「ええ。もっとも、行き当たりばったりで歩いてると見逃すかもしれないけれど」
少し笑われた。
完全に図星だった。
旅に出てから数日。
野宿も経験したし、最悪なんとかなるだろうくらいにしか考えていなかった。
「顔に出てた?」
「少しだけ」
「じゃあかなり出てたな……」
「そうね」
即答だった。
思わず苦笑すると、女性も小さく笑う。
しばらく歩いていると屋台の並ぶ通りに差しかかった。
焼いた木の実の香ばしい匂いや甘い菓子の匂いが風に乗って流れてくる。
『おなかすいた』
ラルトスが屋台を見ながら呟く。
「さっき木の実食べただろ」
『べつばら』
「そんな言葉どこで覚えたんだよ」
ラルトスは少し得意そうな顔をした。
その様子を見ていた女性がくすりと笑う。
「本当に仲が良いのね」
「まあ、長い付き合いですから」
少し照れくさかったが否定する気はなかった。
ラルトスとは七歳の時に出会ってからずっと一緒だ。
楽しかったことも、怖かったことも、嬉しかったことも、ほとんど共有してきた。
女性はそんな俺たちを見てから、ふと空を見上げた。
「旅は楽しい?」
不意の質問だった。
俺は少し考える。
楽しいことには楽しい、それは間違いない。
でも、それだけじゃない。
「楽しいだけじゃないです。知らないことばっかりだし、今日も負けましたし」
アイとのバトルを思い出す。
悔しさはまだ完全には消えていなかった。
ラルトスだって悔しかったはずだ。
それでも。
「でも面白いんです。悔しいし、上手くいかないことも多いんですけど、だからこそもっと知りたいって思うんです。もっと強くなりたいとも思うし」
言葉にしてみると、自分でも少し驚いた。
負けた直後ならもっと落ち込んでいると思っていたからだ。
女性は急かすことも否定することもなく、ただ静かに聞いていた。
そして。
「旅には色々な理由があるの。強くなるために旅をする人もいれば、夢を追う人もいる。誰かを探している人も、自分を変えたい人もいるわ」
そう言って少しだけこちらを見る。
「あなたは?」
俺は足を止めた。
旅をする理由、か。
考えたことはある。
だけど、ちゃんと言葉にしたことはなかった。
クロガネでラルトスと出会っい、クチートと出会った。
知らないことばかりだった。
知らないから間違えたし、知らないからぶつかった。
でも、知ろうとしたから繋がれた。
「……知りたいんです。もっと色んなことを。ポケモンのことも、世界のことも。まだ知らないことを知りたいんです」
少し恥ずかしかった。
でも、それが本音だ。
女性はしばらく黙っていたが、やがて優しく笑った。
「そう。それならきっと良い旅になるわ」
励まされたわけでもない。
褒められたわけでもない。
それなのに、その言葉は妙に優しかった。
『しりたい』
ラルトスが小さく呟く。
『わたしも』
女性はラルトスを見ると、少しだけ目を細めた。
「あなたもなのね」
ラルトスはこくりと頷く。
その様子を見ていた女性は、どこか嬉しそうだった。
宿屋が並ぶ通りへ差しかかった頃、不意に聞き覚えのある声がした。
「……あれ?」
振り返ると、そこに立っていたのはアイだった。
隣にはドオーもいる。
「ユア?」
「アイ」
思わず声が出る。
アイは少し驚いたような顔をしていた。
「まだ街を歩いてたんだ」
「そっちこそ」
「ボクは宿に戻る途中」
そう言って近付いてくる。
そしてラルトスを見ると、少し安心したように笑った。
「元気そうだね」
『うん』
ラルトスが頷く。
アイは満足そうに頷いたあと、俺の隣に立つ女性へ視線を向けた。
「……知り合い?」
何気ない質問だった。
でも、俺はそこであることを思い出した。
「あ」
思わず声が漏れる。
アイが首を傾げた。
「?」
俺は女性を見る。
女性も不思議そうな顔をしている。
そしてようやく気付いた。
資料館であれだけ話して、一緒に街を歩いている。
それなのに。
俺はまだ、この人の名前を知らなかった。