繋がりの王者   作:宵取与一

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6話

『……たのしかった』

 

 不意にラルトスが呟いた。

 

「ああ。難しかったけどな」

 

『……むずかしかった。でも、たのしかった』

 

「分からないこと、増えたもんな」

 

 資料館へ入る前より、神話や昔のシンオウについて詳しくなったとは言えない。テンガン山に世界を作った神がいると言われても、本当にいるのかは分からないままだし、古い地図を見ても、知らない名前が増えただけだった。

 

 それでも、もう少し見ていたかった。昔の人が何を考え、どうしてあんな話を残したのか、答えがないと言われたことまで気になっている。

 

「そろそろ宿を探さないとな」

 

「宿なら、この先にいくつかあるわ。旅人が多い街だから、泊まる場所には困らないと思うけれど、看板を見上げたまま歩いていると通り過ぎるかもしれないわね」

 

「……俺が人にぶつかったの、見てたんですか?」

 

「何のことかしら」

 

 隣を見ると、女の人は前を向いたまま、口元だけを少し緩めていた。

 

「絶対見てたでしょ」

 

「さあ。でも、街では足元も見た方がいいと思うわ」

 

「それ、見てた人の言い方ですよ」

 

「よく気づいたわね」

 

 さらりと返され、これ以上聞いても認めるつもりはなさそうだった。資料館にいた時からそうだが、この人は嘘をつかない代わりに、全部を素直には話してくれない。

 

 少し歩くと、焼いた木の実や甘い菓子を売る屋台が並ぶ通りへ出た。香ばしい匂いが流れてきた途端、ラルトスの顔がそちらへ向く。

 

『……おなかすいた』

 

「さっき木の実を食べただろ」

 

『……べつばら』

 

「そんな言葉、どこで覚えたんだよ」

 

 ラルトスは少し得意そうに胸を張った。誰に教わったのか聞こうとしたが、心当たりは母さんくらいしかなく、今度手紙を書く時に確かめてみようと思う。

 

「本当に仲が良いのね」

 

「七歳の時から一緒ですから。家でも、出かける時も、ほとんどずっと一緒でした」

 

『……ずっと』

 

 ラルトスが俺の隣で頷く。

 

「長い付き合いなのね。それなら、言葉が少なくても分かることが多そう」

 

「分かることもありますけど、急に変な言葉を覚えてくることもあります」

 

『……へんじゃない』

 

「別腹は変だろ」

 

『……おなか、ふたつ』

 

「それは意味が違う……」

 

 女の人が声を立てずに笑う。最初に見た時は、静かで近づきにくそうな人にも思えたが、話してみると意外とよく笑う。しかも、たぶん俺やラルトスが困っている時の方が少し楽しそうだった。

 

「旅に出てから、楽しい?」

 

 女の人は屋台へ向けていた視線を戻さず、何気ない調子で言った。

 

「楽しいです。でも、楽しいだけじゃないです。知らないことばっかりだし、今日もバトルで負けました」

 

「それで、もう帰りたくなった?」

 

「全然。悔しいけど、次は勝ちたいです。知らなかったことも、分からないままにしたくないし」

 

 答えてから、資料館で話したことと似ていると思った。外へ出れば、分からないものが増えていく。コトブキシティの建物も、スクールに並んでいた資料も、アイの戦い方も、クロガネにいた頃の俺は何ひとつ知らなかった。

 

「俺、旅に出る前は、もっと何でもできると思ってたんです。でも実際は、知らないことばっかりでした。だから、もっと知りたいです。ポケモンのことも、バトルのことも、世界のことも」

 

 女の人はすぐには返事をせず、少し先を歩く人々を眺めていた。何か変なことを言ったのかと隣を見ると、ようやくこちらへ顔を向ける。

 

「知らないものに出会って、知りたいものが増えたのなら、きっと良い旅になるわ」

 

「そうですか?」

 

「ええ。ただ、全部を一度に知ろうとすると、荷物より重くなるかもしれないけれど」

 

「知識って重いんですか?」

 

「頭が疲れるでしょう?」

 

「……それなら、もう今日だけでかなり重いです」

 

「では、食事をして軽くしないといけないわね」

 

「食べたら軽くなるんですか?」

 

「少なくとも、空腹よりは考えやすくなるでしょう」

 

 もっともらしく言われたが、最初から屋台へ寄る理由を作っているだけにも聞こえる。女の人は並んだ店を見ながら、甘い匂いのする方へ少しだけ歩く速さを緩めていた。

 

「もしかして、お腹すいてます?」

 

「旅人には食事が必要でしょう?」

 

「それ、俺たちの話じゃなくて自分の話ですよね」

 

「両方よ」

 

 女の人は平然と答え、ラルトスも屋台を見上げながら頷いた。

 

『……りょうほう』

 

「ラルトスまでそっちにつくのかよ」

 

 屋台へ寄る前に宿を決めた方がいいと言われ、俺たちはそのまま通りを進んだ。女の人が教えてくれた道へ入ると、建物の入口へ宿泊料金を書いた札が出され、荷物を背負った旅人たちが出入りしている。

 

「この辺りなら、ポケモンと一緒でも泊まれる宿が多いわ。値段もそれほど高くないはずよ」

 

「詳しいんですね。ここに泊まったことあるんですか?」

 

「何度かね」

 

「よくコトブキに来るんです?」

 

「通り道になることが多いの。東へ行く時も、北へ向かう時も便利だから」

 

「今度はどこへ行くんですか?」

 

「それは、明日決めるかもしれないわ」

 

「決めてないんですか?」

 

「決めすぎると、寄り道ができなくなるでしょう?」

 

 迷っているようには見えなかった。この人なら目的地が決まっていても、決まっていなくても、同じ顔で歩いていそうだと思う。

 

「……ユア?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、宿の入口近くにアイが立っていた。隣ではドオーが眠そうな顔でこちらを見ている。

 

「アイ。そっちもこの辺に泊まってるのか?」

 

「うん。ボクは宿へ戻るところ。キミはまだ決めてなかったんだ」

 

「今から決めるところだよ」

 

「やっぱり行き当たりばったりなんだね」

 

「ちゃんと探そうとはしてた」

 

「探し始めたのが夕方なら、十分行き当たりばったりだと思うけど」

 

「旅に出たばっかりなんだから仕方ないだろ」

 

 アイは小さく肩をすくめると、俺の隣にいるラルトスへ目を向けた。

 

「ラルトス、もう大丈夫そうだね」

 

『……うん』

 

「痛いところはない?」

 

『……ない』

 

「そっか。よかった」

 

 アイが少し安心したように笑い、ドオーも、

 

「どおぉー」

 

 と間延びした声で鳴いた。ラルトスはドオーへ小さく手を振り返す。

 

 その様子を見届けたあと、アイの視線が女の人へ移った。

 

「その人、ユアの知り合い?」

 

「ああ。資料館で会って、それから宿を教えてもらって……」

 

 そこまで答えたところで、言葉が止まった。

 

 資料館では地図や神話の話を聞いた。一緒に屋台の並ぶ通りを歩き、宿まで案内してもらった。仕事のことも、旅をしていることも少しだけ知った。

 

 けれど、一番簡単なことを聞いていない。

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

 アイが首を傾げる。

 

 俺は隣を見る。女の人もこちらを見返し、何を言い出すのか待っているようだったが、その口元には、もう少しだけ笑みが浮かんでいた。

 

「……そういえば、名前を聞いてなかった」

 

「あら」

 

「気づいてたんですか?」

 

「いつ気づくのかしら、とは思っていたわ」

 

「それなら言ってくださいよ」

 

「聞かれていないもの」

 

「資料館からずっと一緒にいたのに?」

 

「一緒に歩くのに、名前が必要だった?」

 

 そう言われると、必要ではなかった。名前を知らなくても話はできたし、宿まで来ることもできた。

 

 でも、それとこれとは別だ。

 

「今は必要です。アイに紹介できないし」

 

「それなら、聞いてみたら?」

 

 女の人は少し楽しそうに言った。

 

 やっぱり、分かっていて黙っていたらしい。

 

「名前、教えてください」

 

 女の人はすぐには答えず、ほんの少しだけ間を置いた。その短い沈黙まで、俺がここで聞くのを待っていたように思える。

 

「シロナよ」

 

 長い金色の髪が、夕方の風に小さく揺れた。

 

「旅をしながら、古いものを調べているの。今のところは、それで十分かしら」

 

「今のところ?」

 

「続きを知る楽しみは、残しておいた方がいいでしょう?」

 

 シロナはそう言って、いたずらが成功した時のように微笑んだ。

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