繋がりの王者   作:宵取与一

26 / 81
7話

夕暮れの通りに、短い沈黙が落ちた。俺はアイを見る。アイはシロナを見たまま、どこかで会ったことがないか確かめるように眉を寄せていたが、やがて小さく首を振った。

 

「知り合いか?」

 

「いや……会ったことはないと思う。ただ、なんとなく気になっただけ」

 

「なんだそれ」

 

「ボクにも分からないよ」

 

 アイはもう一度シロナへ目を向けたものの、それ以上は何も言わなかった。シロナは俺たちのやり取りを眺めながら、口元へ柔らかな笑みを浮かべている。

 

「お友達?」

 

「友達っていうか、今日負けた相手です」

 

「その紹介やめてよ」

 

 アイが思わず吹き出した。

 

「間違ってないだろ」

 

「間違ってないけど、もっとほかに言い方があるでしょ」

 

「じゃあ、なんて言えばいいんだよ」

 

「ライバルとか」

 

「まだ一回しか戦ってないのに?」

 

「それは……これから何度も戦えばいいだろ」

 

 アイは言葉に詰まり、不満そうに頬を膨らませた。さっき別れる前には、次も戦うつもりだと言い切っていたアイにとって、俺はいつの間にかライバルになっていたらしい。その反応がおかしくて笑うと、アイはますます不満そうに俺を睨み、シロナは楽しそうに目を細めた。

 

「それで、シロナさんはユアの知り合い?」

 

「今日、資料館で会ったばかりよ」

 

「会ったばかりなのに、一緒に歩いてるの?」

 

 アイの視線がこちらへ向く。

 

「宿を教えてもらってたんだよ」

 

「それでも、会ったばかりの人についていくのはどうかと思うけど」

 

「いい人だぞ」

 

「今のところは、そう見える」

 

「今のところってなんだよ」

 

 アイは答えずに肩をすくめ、改めてシロナへ向き直った。

 

「シロナさんも旅の途中なんですか?」

 

「ええ。旅をしながら、古いものを調べているの」

 

「次はどこへ?」

 

「北へ向かうつもりよ」

 

「北なら、ハクタイ方面?」

 

「そうなるわね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、さっき交わした会話が頭へ戻ってきた。

 

「……あれ?」

 

 シロナがこちらを見る。

 

「どうしたの?」

 

「さっき、次にどこへ行くかは、明日決めるかもしれないって言ってませんでした?」

 

 ほんの少し間が空き、シロナの目が悪戯っぽく細められた。

 

「あら、よく覚えていたわね」

 

「そりゃ覚えてますよ。今、北へ行くって言ったじゃないですか」

 

「北へ向かうことは決めているもの」

 

「じゃあ、行き先も決まってるんじゃないんですか?」

 

「北へ歩くことと、どこへ立ち寄るかを決めることは、同じではないでしょう?」

 

「……同じじゃないんですか?」

 

「歩いている途中で、気になる場所を見つけるかもしれないわ。その時は、そこが次の目的地になるもの」

 

 言っていることは分かるが、最初からそこまで考えていたようにも見える。俺が黙って考えていると、シロナは遊びがうまくいった子どものように笑った。

 

「旅は、行き先を全部決めてから始めるものとは限らないのよ」

 

「また、ちょっと難しい言い方してる……」

 

「少し考えれば分かるくらいでしょう?」

 

「そんなもんですか」

 

「そんなもんよ」

 

 完全に遊ばれている気がした。アイも同じことを思ったらしく、俺とシロナを見比べながら声を押さえて笑っている。

 

「アイはどこへ行くんだ?」

 

「ボクはシンジ湖。見てみたいものがあるんだ」

 

「もう決めてるのか」

 

「普通は決めてから動くと思うけど」

 

「うるさいな」

 

「ユアは?」

 

「まだ決めてない」

 

「やっぱり行き当たりばったりじゃん」

 

「旅に出たばっかりなんだから仕方ないだろ」

 

 言い返してみたものの、否定できるところはひとつもなかった。シロナはそんな俺たちを見て笑い、通りの先にある広場へ顔を向ける。

 

「宿へ入る前に、少し休んでいく?」

 

 広場には噴水を囲むようにベンチが並び、子どもたちが水しぶきを避けながら走り回っていた。俺たちは空いているベンチへ腰を下ろし、歩き続けて重くなっていた足を休ませる。

 

『……ねむい』

 

「ここで寝るなよ」

 

『……がんばる』

 

「全然頑張れそうな顔してないけど」

 

 ラルトスは俺の隣で目を細め、今にも肩へ寄りかかってきそうだった。シロナがその様子を見て、くすりと笑う。

 

「可愛いわね」

 

『……?』

 

「褒められてるぞ」

 

『……えへへ』

 

 眠そうだった顔が、途端に得意そうになる。

 

 そこから話は自然に旅のことへ移った。アイがパルデアの学校や町の話をすると、シロナはその土地に残る古い伝承を添える。パルデアの大穴については、アイが知らなかった昔話まで知っており、話がジョウトやホウエンへ移っても、言葉に迷うことはなかった。

 

「ジョウトには、大きな塔にまつわる伝承が残っているの。昔、その塔で命を落とした三匹のポケモンが、別のポケモンの力で蘇ったと言われているわ」

 

「死んだポケモンが、生き返ったんですか?」

 

「そう伝えられているの。ただ、昔話は長く残る間に、少しずつ形を変えるものだから、最初から同じ話だったとは限らないわ」

 

「ホウエンにも、似た神話があるんですか?」

 

「似てはいないけれど、海と陸を広げたと言われるポケモンの話があるわ。地方が変われば、世界の始まり方まで変わってしまうのね」

 

「世界を作ったポケモンって、一匹じゃないのか?」

 

「神話の中では、土地ごとに違う姿で語られることもあるわ。ひとつだけを正しいと決めてしまうと、ほかの話が見えなくなってしまうでしょう?」

 

 すぐには意味が分からず、俺は少し考えた。テンガン山には世界を作った神がいると言われ、ホウエンでは海や陸を作ったポケモンが語られている。どちらも本当かもしれないし、どちらも昔の人が考えた話なのかもしれない。

 

『……しらなかった』

 

「俺も。シンオウの外にも、そんな話があるんだな」

 

 シロナは知識を並べるのではなく、昔話をひとつ置き、その向こうに別の景色があることだけを教えてくれる。難しい言葉は少なく、分からないところだけを説明してくれるので、聞いているうちに、行ったことのない地方まで見ているような気分になった。

 

 アイも最初は楽しそうに話していたが、時間が経つにつれて、シロナを見る目が変わっていった。パルデアの話にも、ジョウトやホウエンの伝承にも迷わず言葉を返し、ポケモンについて尋ねられても、少し考えるだけですぐ答えてしまう。

 

「……なんで、そんなに知ってるんですか?」

 

 とうとう我慢できなくなったらしく、アイが尋ねた。

 

「好きだから、長く調べているのよ」

 

「好きなだけで、ここまで詳しくなるものですか?」

 

「好きなものを追いかけていたら、思っていたより遠くまで来てしまうこともあるでしょう?」

 

 シロナは穏やかに答えたが、アイは納得していないらしい。それでも、これ以上聞いても同じようにかわされると思ったのか、口を閉じた。

 

 その時、広場の向こうから甲高い悲鳴が響いた。

 

「きゃあっ!」

 

 噴水の周りにいた人々が一斉に振り返り、次の瞬間には何かから離れるように道が大きく割れた。人の間から興奮したポケモンの姿が見え、近くにいた子どもを親が抱き上げ、広場の外へ連れ出そうとしている。

 

「まずいね」

 

 アイが立ち上がり、ドオーも眠そうだった目を開いた。ラルトスが俺の前へ出て、クチートも大顎を持ち上げる。

 

 俺も駆け出そうとした。

 

「大丈夫よ」

 

 シロナは静かに俺たちを制した。

 

 ゆっくり立ち上がると、暴れているポケモンと、逃げる人々へ視線を向ける。さっきまで浮かんでいた柔らかな笑みは消えていたが、その顔に迷いはなく、何をすればいいのか、もう分かっているようだった。

 

「すぐに終わるわ」

 

 そう言って、シロナは腰のボールへ手を伸ばした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。