繋がりの王者   作:宵取与一

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9話

夕暮れの風が広場を吹き抜ける。

 

ドダイトスはすっかり落ち着いていた。

保護団体の人たちが周囲を囲み、怪我の確認や応急処置を進めている。さっきまで悲鳴と怒号で満ちていた広場も、少しずつ元の賑わいを取り戻し始めていた。

 

けれど、俺たちの周りだけはまだ別の意味で静かだった。

 

「……そのガブリアス」

 

アイがぽつりと呟く。

視線はずっとガブリアスへ向いていた。

 

ガブリアスは女性の隣で静かに立っている。

何か特別なことをしているわけじゃない。

ただそこにいるだけだ。

それなのに目を奪われる。

長い時間を共に戦い、積み重ねてきたものがその立ち姿だけで伝わってくるようだった。

 

アイはしばらく黙っていたが、やがて何かを確信したように口を開いた。

 

「あなた……シロナさんですよね」

 

女性は一瞬だけ目を丸くした。

それから小さく笑う。

 

「ばれちゃった」

 

その一言で、俺の思考は止まった。

 

「……え?」

 

間の抜けた声が漏れる。

アイはそんな俺を見て小さくため息を吐いた。

 

「シンオウリーグチャンピオン」

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中で色々なものが繋がった。

 

雑誌で見た写真。

 

ニュースで流れていた映像。

 

父さんが時々見ていたリーグ中継。

 

金色の髪。

 

ガブリアス。

 

そしてシロナという名前。

全部が一気に結び付く。

 

「いや待て」

 

思わず声が出た。

 

「チャンピオンって、あのチャンピオンか!?」

 

シロナは少し考えるような顔をしたあと、納得したように頷く。

 

「シンオウのチャンピオンのことなら、そのチャンピオンね」

 

「なんでそんな確認みたいな言い方なんだよ!」

 

隣でアイが吹き出した。

シロナも少し肩を震わせている。

どうやら笑いを堪えているらしい。

そして改めてこちらへ向き直った。

 

「改めまして。シロナよ。シンオウリーグチャンピオンをしているわ」

 

さらりと言われる。

あまりにも自然だった。

だからこそ現実味がない。

 

『……すごい』

 

ラルトスの小さな声が頭の奥に響く。

本当にその通りだった。

 

 チャンピオン。

 

シンオウ地方で最も強いトレーナー。

 

そんな人が、ついさっきまで歴史の話をしていて、宿の心配までしていた。

それどころか暴れるドダイトスを力でねじ伏せるのではなく、怪我の原因を見つけて助けてしまったのだ。

 

頭が追い付かない。

 

「なんで言わなかったんだよ!」

 

気付けばそう言っていた。

シロナはきょとんとした顔をする。

 

「だって聞かれなかったもの」

 

「いや聞いたけど!?!」

 

「そうだったかしら?」

 

資料館でのやり取りが頭をよぎる。

 

 ーーなんでそんなに詳しいんですか。

 

 ーー好きだから。

 

 ーー仕事みたいなものかしら。

 

 ーー秘密。

 

確かにそんな話をした。

でもまさかチャンピオンだとは思わないだろ。

 

「いや絶対隠してただろ!」

 

「少しはね」

 

「少しじゃないだろ!」

 

思わずツッコミを入れると、シロナは困ったように笑った。

その様子を見ていたアイが呆れたように口を開く。

 

「隠し通す気ありました?」

 

「もちろん」

 

即答だった。

だがアイはまったく信じていない顔をしている。

 

「本当に?」

 

シロナは少しだけ考えた。

そして。

 

「……んー、半分くらいは?」

 

「絶対なかった」

 

俺とアイの声が綺麗に重なった。

一瞬の沈黙のあと、シロナが吹き出す。

本当に楽しそうだった。

その笑顔につられて、俺も少し笑ってしまう。

 

チャンピオンと聞いて想像していた人物像とは全然違う。

もっと近寄りがたくて、もっと完璧で、もっと遠い存在だと思っていた。

 

もちろん実際にはすごい人だ。

さっきの一件だけでもそれは分かる。

俺なんかじゃ到底届かない場所にいる。

それでも、こうして話していると不思議と普通の人にも見えた。

 

「でも納得しました」

 

アイがそう言ってシロナを見る。

 

「納得?」

 

「知識量も、ガブリアスも、さっきのドダイトスの対応も全部です。最初から何かおかしいと思ってたんですよ」

 

「おかしいって失礼ね」

 

シロナが苦笑する。

でも少しだけ嬉しそうでもあった。

俺はそんな二人のやり取りを聞きながら空を見上げた。

夕日はもう沈みかけている。

 

コトブキシティへ来て、まだ一日も経っていない。

それなのに、アイと出会い、初めての敗北を味わい、そしてシロナと出会った。

そのシロナがまさかシンオウリーグチャンピオンだったなんて、朝の俺なら想像もしなかっただろう。

クロガネにいた頃には知らなかったことばかりだ。

 

 知らない人。

 

 知らない強さ。

 

 知らない考え方。

 

 知らない世界。

 

今日一日だけでも、それを何度も思い知らされた。

だからだろうか、胸の奥には悔しさや驚きと一緒に、別の感情も残っていた。

 

 もっと知りたい。

 

 もっと見てみたい。

 

 もっと色々な人と出会いたい。

 

 そんな気持ちが静かに大きくなっている。

ふと視線を戻すと、シロナがこちらを見ていた。

目が合うが、シロナは何も言わない。

ただ少しだけ微笑んだ。

まるで俺の考えていることを見透かしているみたいに。

その笑顔を見ながら、俺は改めて思った。

 

 旅に出てよかった。

 

きっと、まだまだ知らない世界が待っているのだから。

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