シロナに案内されながら歩いているうちに、空はすっかり夜の色へ変わっていた。通りには街灯と店の明かりが並び、昼間より人は減っているはずなのに、コトブキシティの賑わいはまだ途切れていない。
「じゃあ、ボクの宿はこっちだから」
アイが足を止め、反対側の通りを指した。隣ではドオーが相変わらず眠そうな顔をしている。
「明日にはシンジ湖へ行くのか?」
「まだ決めてないよ。朝起きて、ドーの様子を見てから」
「目的地は決めてるのに、出る日は決めてないのか」
「旅なんだから、それくらい普通でしょ。次に行く場所すら決めてないキミよりは計画的だと思うけど」
「俺は今日コトブキに着いたばっかりなんだよ」
「今夜の宿までシロナさんに教えてもらってる人が言っても、あんまり説得力ないな」
言い返そうとして、やめた。今の俺が何を言っても、たぶんアイの方が正しい。
アイはラルトスへ顔を向けた。
「もう痛いところはない?」
『……うん』
「そっか。ならよかった」
「どおぉー」
ドオーが間延びした声で鳴くと、ラルトスも小さく手を上げた。
『……つぎは、かつ』
「ボクもそのつもりだよ」
「次は負けないからな」
俺が先に言うと、アイは一瞬だけ目を丸くした。
「それ、ボクの台詞なんだけど」
「いや負けたのは俺なんだから俺のセリフだろ……」
「ボクが言いたかったんだよ」
「先に言われるお前が遅いんだよ」
アイは悔しそうに眉を寄せたが、すぐに笑った。
「じゃあね、ユア。今日はここまで」
「ああ。またな」
「今度は、もう少しボクを困らせてよ」
「次は勝つって言ってるだろ」
「それはかなり困るね」
アイは楽しそうに笑い、人の流れへ入っていった。ドオーもゆっくり後を追い、二人の姿は通りを行き交う人たちの間へ紛れていく。
『……つよかった』
「ああ。悔しいくらいにな」
ラルトスはアイたちが消えた方を見たまま、小さく手を握った。
『……つぎは、かつ』
「今度は俺も、もう少しちゃんと考えるよ」
姿が見えなくなるまで見送ってから歩き出すと、隣でシロナが小さく笑った。
「いいライバルができたみたいね」
「まだ一回しか戦ってないだろ」
「でも、次に戦うことはもう決まっているのでしょう?」
「それは、まだわからないけど」
「二人とも同じ顔をしていたけれど」
「どんな顔だよ」
「次は負けない、という顔」
否定しようとして、アイの笑った顔を思い出した。あいつも次に戦うつもりなのは間違いないし、俺だってそのつもりだ。
「……まあ、そうなれたらいいかな」
シロナはそれ以上何も言わず、少しだけ目を細めた。
しばらく黙って歩いていると、店先から流れてくる料理の匂いへラルトスが何度も顔を向けた。クチートも通りを歩くポケモンや、積まれた荷物を眺めている。
「コトブキって、夜でもずっと賑やかなんだな」
「昼間と比べれば、これでも静かな方よ」
「これで?」
「住んでいる人には、今くらいがちょうどいいのかもしれないわね」
「俺なら疲れそう」
「慣れれば、静かな方が落ち着かなくなることもあるわ」
「そんなもん?」
「そんなものよ」
シロナは前を向いたまま答えた。資料館で声を掛けられた時は、何を考えているのか分からない人に見えたが、今は隣を歩いていても緊張しない。チャンピオンだと知ったあとも、シロナの方が何も変えなかったせいか、俺もいつの間にか敬語を使わなくなっていた。
「シロナ」
「なに?」
「チャンピオンでも、知らないことってあるの?」
シロナは少しだけ目を丸くし、夜空へ視線を上げた。
「あるわよ。ひとつ分かると、その隣に分からないものが見つかるの。前より増えたくらいかもしれないわね」
「知ったのに増えるのかよ」
「増えるわ。だから退屈しないのだけれど」
「チャンピオンだから?」
「それも、いつか考えてみて」
「今は教えてくれないんだ」
「今すぐ答えが必要な話でもないでしょう?」
また少しだけ難しい言葉を置き、シロナは何事もなかったように歩き続けた。聞き返しても同じようにかわされそうなので、俺もひとまず黙って考える。
やがて、落ち着いた色の看板を掲げた宿が見えてきた。入口には大きな荷物を背負った旅人が出入りし、そのそばでは何匹かのポケモンが主人を待っている。
「ここなら、ポケモンと一緒でも泊まれるわ。食事も悪くないし、朝も早くから開いているから、旅人には使いやすいと思う」
「詳しいな」
「何度か利用しているもの」
「チャンピオンも普通の宿に泊まるんだ」
シロナは一瞬きょとんとし、それから少しだけ頬を膨らませた。
「失礼ね。一応、人間だし、年頃の女の子なのだけれど?」
「……そうだった」
「今の間は何かしら?」
「いや、チャンピオンって聞いたら、もっと特別な場所に泊まるのかと思って」
「毎日そんな場所を探していたら、旅が進まないでしょう?」
「それはそうだけど」
シロナは小さく笑い、宿の入口へ目を向けた。
「それじゃあ、先に入っていて。私はもう少し歩いてから戻るわ」
「こんな時間に?」
「夜の街も、昼間とは違うものが見えるでしょう?」
「また何か調べるのか?」
「散歩かもしれないわ」
「どっちだよ」
「両方かもしれないわね」
シロナの目が悪戯っぽく細くなる。詳しく聞いても、たぶん答えるつもりはない。
『……おなかすいた』
ラルトスが宿の中から漂う匂いへ顔を向けた。
『……まだ、べつばら』
「だから意味が違うって」
シロナが吹き出し、ラルトスは得意そうに胸を張った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ。またな、シロナ」
シロナは柔らかく笑って片手を上げ、そのまま夜の通りへ歩いていった。俺はラルトスとクチートを連れ、宿の扉へ向かう。
『……たのしみ』
取っ手へ伸ばしていた手を止め、ラルトスを見る。
「飯が?」
『……あした』
「何も決めてないけどな」
『……だから』
ラルトスは小さく笑った。
「……そっか」
俺は宿の扉を開いた。
「俺も」