繋がりの王者   作:宵取与一

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10話

シロナに案内されながら歩いているうちに、空はすっかり夜の色へ変わっていた。通りには街灯と店の明かりが並び、昼間より人は減っているはずなのに、コトブキシティの賑わいはまだ途切れていない。

 

「じゃあ、ボクの宿はこっちだから」

 

 アイが足を止め、反対側の通りを指した。隣ではドオーが相変わらず眠そうな顔をしている。

 

「明日にはシンジ湖へ行くのか?」

 

「まだ決めてないよ。朝起きて、ドーの様子を見てから」

 

「目的地は決めてるのに、出る日は決めてないのか」

 

「旅なんだから、それくらい普通でしょ。次に行く場所すら決めてないキミよりは計画的だと思うけど」

 

「俺は今日コトブキに着いたばっかりなんだよ」

 

「今夜の宿までシロナさんに教えてもらってる人が言っても、あんまり説得力ないな」

 

 言い返そうとして、やめた。今の俺が何を言っても、たぶんアイの方が正しい。

 

 アイはラルトスへ顔を向けた。

 

「もう痛いところはない?」

 

『……うん』

 

「そっか。ならよかった」

 

「どおぉー」

 

 ドオーが間延びした声で鳴くと、ラルトスも小さく手を上げた。

 

『……つぎは、かつ』

 

「ボクもそのつもりだよ」

 

「次は負けないからな」

 

 俺が先に言うと、アイは一瞬だけ目を丸くした。

 

「それ、ボクの台詞なんだけど」

 

「いや負けたのは俺なんだから俺のセリフだろ……」

 

「ボクが言いたかったんだよ」

 

「先に言われるお前が遅いんだよ」

 

 アイは悔しそうに眉を寄せたが、すぐに笑った。

 

「じゃあね、ユア。今日はここまで」

 

「ああ。またな」

 

「今度は、もう少しボクを困らせてよ」

 

「次は勝つって言ってるだろ」

 

「それはかなり困るね」

 

 アイは楽しそうに笑い、人の流れへ入っていった。ドオーもゆっくり後を追い、二人の姿は通りを行き交う人たちの間へ紛れていく。

 

『……つよかった』

 

「ああ。悔しいくらいにな」

 

 ラルトスはアイたちが消えた方を見たまま、小さく手を握った。

 

『……つぎは、かつ』

 

「今度は俺も、もう少しちゃんと考えるよ」

 

 姿が見えなくなるまで見送ってから歩き出すと、隣でシロナが小さく笑った。

 

「いいライバルができたみたいね」

 

「まだ一回しか戦ってないだろ」

 

「でも、次に戦うことはもう決まっているのでしょう?」

 

「それは、まだわからないけど」

 

「二人とも同じ顔をしていたけれど」

 

「どんな顔だよ」

 

「次は負けない、という顔」

 

 否定しようとして、アイの笑った顔を思い出した。あいつも次に戦うつもりなのは間違いないし、俺だってそのつもりだ。

 

「……まあ、そうなれたらいいかな」

 

 シロナはそれ以上何も言わず、少しだけ目を細めた。

 

 しばらく黙って歩いていると、店先から流れてくる料理の匂いへラルトスが何度も顔を向けた。クチートも通りを歩くポケモンや、積まれた荷物を眺めている。

 

「コトブキって、夜でもずっと賑やかなんだな」

 

「昼間と比べれば、これでも静かな方よ」

 

「これで?」

 

「住んでいる人には、今くらいがちょうどいいのかもしれないわね」

 

「俺なら疲れそう」

 

「慣れれば、静かな方が落ち着かなくなることもあるわ」

 

「そんなもん?」

 

「そんなものよ」

 

 シロナは前を向いたまま答えた。資料館で声を掛けられた時は、何を考えているのか分からない人に見えたが、今は隣を歩いていても緊張しない。チャンピオンだと知ったあとも、シロナの方が何も変えなかったせいか、俺もいつの間にか敬語を使わなくなっていた。

 

「シロナ」

 

「なに?」

 

「チャンピオンでも、知らないことってあるの?」

 

 シロナは少しだけ目を丸くし、夜空へ視線を上げた。

 

「あるわよ。ひとつ分かると、その隣に分からないものが見つかるの。前より増えたくらいかもしれないわね」

 

「知ったのに増えるのかよ」

 

「増えるわ。だから退屈しないのだけれど」

 

「チャンピオンだから?」

 

「それも、いつか考えてみて」

 

「今は教えてくれないんだ」

 

「今すぐ答えが必要な話でもないでしょう?」

 

 また少しだけ難しい言葉を置き、シロナは何事もなかったように歩き続けた。聞き返しても同じようにかわされそうなので、俺もひとまず黙って考える。

 

 やがて、落ち着いた色の看板を掲げた宿が見えてきた。入口には大きな荷物を背負った旅人が出入りし、そのそばでは何匹かのポケモンが主人を待っている。

 

「ここなら、ポケモンと一緒でも泊まれるわ。食事も悪くないし、朝も早くから開いているから、旅人には使いやすいと思う」

 

「詳しいな」

 

「何度か利用しているもの」

 

「チャンピオンも普通の宿に泊まるんだ」

 

 シロナは一瞬きょとんとし、それから少しだけ頬を膨らませた。

 

「失礼ね。一応、人間だし、年頃の女の子なのだけれど?」

 

「……そうだった」

 

「今の間は何かしら?」

 

「いや、チャンピオンって聞いたら、もっと特別な場所に泊まるのかと思って」

 

「毎日そんな場所を探していたら、旅が進まないでしょう?」

 

「それはそうだけど」

 

 シロナは小さく笑い、宿の入口へ目を向けた。

 

「それじゃあ、先に入っていて。私はもう少し歩いてから戻るわ」

 

「こんな時間に?」

 

「夜の街も、昼間とは違うものが見えるでしょう?」

 

「また何か調べるのか?」

 

「散歩かもしれないわ」

 

「どっちだよ」

 

「両方かもしれないわね」

 

 シロナの目が悪戯っぽく細くなる。詳しく聞いても、たぶん答えるつもりはない。

 

『……おなかすいた』

 

 ラルトスが宿の中から漂う匂いへ顔を向けた。

 

『……まだ、べつばら』

 

「だから意味が違うって」

 

 シロナが吹き出し、ラルトスは得意そうに胸を張った。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「ああ。またな、シロナ」

 

 シロナは柔らかく笑って片手を上げ、そのまま夜の通りへ歩いていった。俺はラルトスとクチートを連れ、宿の扉へ向かう。

 

『……たのしみ』

 

 取っ手へ伸ばしていた手を止め、ラルトスを見る。

 

「飯が?」

 

『……あした』

 

「何も決めてないけどな」

 

『……だから』

 

 ラルトスは小さく笑った。

 

「……そっか」

 

 俺は宿の扉を開いた。

 

「俺も」

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