繋がりの王者   作:宵取与一

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10話

シロナに案内されながら歩いているうちに、空はすっかり夜になっていた。

 

コトブキシティの夜は明るい。

通りには街灯の光が並び、店の明かりもまだ消えていない。

仕事帰りの人や旅人が行き交い、昼間ほどではないにせよ街の賑わいは続いていた。

 

……もう一日中賑やかなんじゃないだろうか、この街は。

 

シロナが紹介してくれた宿へ向かう途中、アイとは自然と別れる流れになった。

シンジ湖へ向かう予定のアイと、まだ行き先を決め切れていない俺たちでは進む道が違う。

 

「じゃあ、ボクの宿はこっちだから」

 

アイはそう言って親指で反対側の通りを示した。

隣ではドオーが相変わらずのんびりした顔をしている。

 

「明日には出るのか?」

 

なんとなく聞くと、アイは肩をすくめた。

 

「まだ決めてない。旅なんてそんなものでしょ」

 

「適当だな」

 

「キミも人のこと言えないと思う」

 

それは少し否定できなかった。

なんなら俺は次の目的地すら決めていないのだから。

アイは小さく笑う。

それから少しだけ真面目な顔になった。

 

「次は負けないから」

 

その言葉に俺も笑った。

 

「それ俺の台詞だろ」

 

「早い者勝ち」

 

「何だそれ」

 

アイは楽しそうに笑う。

またそのやり取りか。

今日だけで二度目だというのに、妙にしっくりきてしまう。

初めて会った相手とは思えなかった。

 

「じゃあね、ユア。またどこかで」

 

「ああ。次は勝つ」

 

アイは振り返らない。

ただ片手を上げた。

 

「楽しみにしてる」

 

そう言い残して、人混みの中へ消えていく。

俺はしばらくその背中を見送った。

今日会ったばかりなのに不思議だった。

負けた相手なのに、もう次に会うのが楽しみになっている。

 

『つよかった』

 

「ああ」

 

悔しいくらいにな。

でも、だからこそまた戦いたいと思えた。

アイの姿が見えなくなった頃、今度は隣から声がした。

 

「いいライバルができたみたいね」

 

シロナがガブリアスをボールへ戻しながら言う。

変わらない穏やかな笑顔。

この人がシンオウ地方の頂点に立つトレーナー。

 

「ライバルかどうかはまだ分からない」

 

「そう?」

 

シロナは少し楽しそうに首を傾げる。

 

「私にはそう見えたけれど」

 

そう言われると否定しづらい。

アイの顔を思い浮かべる。

負けた時は悔しかった。

今も悔しい。

 

「……そうなれると、いいな」

 

そう答えると、シロナは満足そうに笑った。

そこからは二人で宿へ向かう。

夜風が心地良かった。

街灯の明かりが石畳を照らし、遠くからは人々の話し声や店の賑わいが聞こえてくる。

昼間とは違う景色だった。

知らない街を歩いているはずなのに、不思議と落ち着く。

 

「ユア」

 

不意にシロナが俺の名前を呼んだ。

 

「なに?」

 

「今日はどうだった?」

 

答えるのは少し難しい。

色々なことがありすぎたからだ。

アイと出会い、初めての敗北を味わった。

シロナと出会い、ドダイトスの一件を経て、そのシロナがチャンピオンだったことまで知った。

たった一日なのに、クロガネにいた頃では考えられないほど多くの出来事があった。

 

少し考えたあと、自然と空を見上げる。

 

「……世界は広いな」

 

それが最初に出てきた言葉だった。

シロナは何も言わない。

ただ続きを待っている。

 

「クロガネにいた頃は知らなかったんだ。強い奴もいるし、知らないポケモンもいる。知らない考え方もあるし、知らない生き方だってある」

 

アイの顔が浮かぶ。

ドダイトスの姿が浮かぶ。

シロナのガブリアスも。

 

「今日だけで何回も思い知らされた」

 

完敗だった。

悔しかった。

途中から何をすればいいのかも分からなくなった。

でも不思議と嫌じゃなかった。

 

「負けたのは悔しい。でも楽しかったんだ」

 

正直な気持ちだった。

シロナは少しだけ目を細める。

 

「そう」

 

短い返事。

でもどこか嬉しそうだった。

 

「それなら大丈夫ね」

 

「何が?」

 

シロナは夜空を見上げた。

いつの間にか星が見え始めている。

 

「旅はね、知らないことに出会うためにするものだから」

 

静かな声だった。

だけど妙に胸に残る。

俺は少し考えてから聞いた。

 

「シロナもそうだったの?」

 

「私?」

 

「旅に出た時。世界が広いって思った?」

 

シロナは少し驚いた顔をしたあと、懐かしそうに笑った。

 

「もちろん。何度も思ったわ、そして、今でも思ってる」

 

「今でも?チャンピオンなのに?」

 

そう聞くと、シロナは吹き出した。

 

「だからよ」

 

その返事が少し意外だった。

シロナは歩きながら続ける。

 

「知れば知るほど分かるの。世界は、自分が思っているよりずっと広いって」

 

その言葉に俺は何も返せなかった。

きっと本当なんだろう。

シンオウで一番強い人ですら、そう思うのだから。

 

やがて一軒の宿が見えてくる。

シロナが紹介してくれた宿だ。

落ち着いた雰囲気の建物で、旅人も多く利用しているらしい。

 

「ここなら安心して泊まれるわ」

 

「詳しいな」

 

「何度も利用しているもの」

 

さらりと言われる。

考えてみれば当たり前だった。

シンオウ中を旅しているのだから、こういう場所にも詳しいのだろう。

 

宿の入口へ向かう。

 

明日の朝には、また次の場所へ向かうことになる。

 

 新しい道。

 

 新しい景色。

 

 新しい出会い。

 

そして、まだ知らない世界。

 

『ユア』

 

ラルトスが小さく呼んだ。

 

「ん?」

 

『たのしみ』

 

その一言に思わず笑った。

 

「ああ」

 

俺も同じだった。

怖さがないわけじゃない。不安だってある。

それでも、それ以上に見てみたいものが増えていた。

知りたいことが増えていた。

 

クロガネを出る前の俺は、世界を知っているつもりだった。

でも違った。

コトブキシティへ来て、それを思い知らされた。

この世界は広い。

想像していたより、ずっと広い。

だからこそ、その先を見てみたい。

 

 まだ見ぬ景色の向こうへ。

 

 まだ知らない誰かのもとへ。

 

そんなことを考えながら宿の扉を開く。

コトブキシティの夜は静かに更けていく。

そして俺たちの旅は、まだ始まったばかりだった。

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