カラン。
ーー小石が転がる音がした。
俺は反射的に身構える。
さっきまでコドラに追いかけられていたせいで、心臓がまだ落ち着いていない。
ーーもしまた敵だったら。
そう思うだけで足が震えそうになる。
どうやらそれはラルトスも同じようで、いつの間にか俺の腕の中にいたラルトスも身体を強ばらせている。
『……くる』
小さな声が頭の中に響く。
俺は唾を1つ飲み、暗闇の奥をまっすぐ見つめる。
やがて。
小さな影がひょこっと姿を現した。
「……え?」
思わず間の抜けた声が出る。
現れたのはコドラではなかった。
丸っこい体に短い足、茶色い毛並み。
そして、前歯の大きなポケモン。
「ビッパだ」
ビッパは俺たちを見ると首を傾げ、
「ビパ?」
と鳴く。
緊張感が台無しだった。
俺はその場に座り込む。
「なんだよ……」
どっと、肩の力が抜ける。
本当に、心の底から安心した。
ビッパは俺たちの周りを少し歩いた後、興味を失ったらしく別の通路へと消えていった。
静寂が戻る。
俺は大きなため息を吐いた。
「はぁ……」
今度こそ本当に一息つけそうだった。
腕の中を見る。
ラルトスも少し落ち着いたみたいだ。
「……下ろしてもいいか?」
そう聞くとラルトスは少し迷ったあと、小さく頷いた。
俺はゆっくり地面へ下ろす。
いくらラルトスが小さくて軽いとはいえ、7歳の俺の腕の力じゃ抱えていられる時間にも限界はある。
ラルトスは近くの岩に寄りかかるように座った。
その距離はさっき出会った時よりは近く、多少警戒を解いてくれたことが伺える。
まだ傷が痛むようで、動きはぎこちなかった。
「大丈夫か?」
ラルトスは少し黙る。
それから。
『……いたい』
と、一言だけ返事が返ってきた。
「だよなぁ」
俺は苦笑した。
見れば分かる。
むしろよく動けるなってレベルだ。
ラルトスも少しだけ視線を逸らす。
なんだか気まずそうだった。
しばらく沈黙が続いた。
でも、不思議と嫌な空気じゃない。
俺は思い切って聞いてみる。
「なあ」
『……?』
「なんで追いかけられてたんだ?」
ラルトスが固まった。
赤い瞳が伏せられる。
聞いちゃまずかっただろうか。
そう思った時。
『……たべもの』
「食べ物?」
『……おなか、すいてた』
俺は瞬きをする。
ラルトスは少し恥ずかしそうだった。
『……きのみ、ひろった』
『……でも』
『……コドラの』
「あー……」
理解した。
ラルトスが見つけた木の実は、コドラの縄張りの中にあった木の実だったんだろう。
空腹で。
食べ物を探して。
木の実を拾った。
だけどそれがコドラの縄張りの中のものだった。
そして見つかって、追いかけられた。
抵抗しながら逃げて、傷ついた、と。
「災難だったな」
『……うん』
ラルトスの声は小さかった。
確かにコドラからしたら縄張りを荒らされた形になる。
でもラルトスだって生きるためだった。
どっちが悪いとは簡単には言えない。
しばらくして。
今度はラルトスが俺を見る。
じっと、まっすぐに。
『……ユアは?』
ラルトスは、ここで初めて俺の名前を呼んだ。
「俺?」
『……どうして、ここにいるの』
その質問に、今度は俺が気まずくなった。
「えーっと……」
なんて説明しよう。
少し悩む、けど正直に話すしかない。
「足跡を見つけたんだ」
『……あしあと?』
「うん」
俺は、ラルトスに出会うまでの経緯を最初から話した。
家族でテンガン山へ来ていたこと、珍しい足跡を見つけたこと、気になって追いかけたこと、気付いたら父さんたちとはぐれていたこと、洞窟に入ったこと。
ーーそして。
迷ったところでラルトスと出会ったこと。
全部。
ラルトスは黙って聞いていた。
途中で何度か瞬きをする。
そして俺が話し終えた時。
『……ばか』
と、一言だけ呟いた。
「えっ」
思わず変な声が出た。
ラルトスは真顔だった。
『……すごく、ばか』
「そんなにはっきり言う!?」
ラルトスは少しだけ目を細める。
たぶん、笑ったんだと思う。
ほんの少しだけ、だけど確かに。
最初に会った時よりずっと柔らかい表情だった。
俺もつられて笑ってしまう。
「否定できないけどさ」
『……うん』
「自分でもそう思う」
『……うん』
「そこまで同意されると傷つくんだけど」
ラルトスがまた少しだけ笑った気がした。
ほんの少しだけ、本当に少しだけ。
だけど、それを見て俺は安心した。
ーーよかった。
少なくとも今は怯えていない、嫌われてもいない。
ぐぅぅぅ。
静かな洞窟に妙な音が響いた。
俺とラルトスが同時に固まる。
音の発生源は――。
『……』
ラルトスだった。
顔を伏せる。
耳まで赤くなってるような気がした。
もちろんこんな薄暗い洞窟じゃはっきりとは分からないけど。
俺は思わず吹き出す。
「やっぱり腹減ってるんじゃん」
『……』
「木の実探すか」
そう言うと、ラルトスは少し驚いたように俺を見た。
まるでまだ一緒にいてくれるのか、とでも言いたげに。
俺は立ち上がり、手を差し出した。
「まずは洞窟から出ないとな」
ラルトスはその手を見つめる。
それから、小さな手がそっと俺の手に触れた。
最初はアレだけ警戒していたラルトスが自分から俺に触れた。
その温もりは、思っていたよりずっと暖かかった。