翌朝。
窓の外から聞こえてくる人々の話し声や荷車の音で目が覚めた。
店を開く準備をする音やポケモンたちの鳴き声も混ざっている。
コトブキシティは朝から賑やかだった。
クロガネも活気のある街だったが、ここは規模が違う。
街全体が目を覚ましていくような音が宿の部屋まで届いていた。
身支度を整え、荷物をまとめる。
ラルトスはすでに起きていて、クチートも窓際から外を眺めていた。
昨日は本当に色々なことがあった。アイとのバトルで初めて敗北を味わい、ドダイトスの騒動に巻き込まれ、その中でシロナがチャンピオンだったことまで知った。
一日とは思えないほど濃い時間だったが、不思議と嫌な疲れは残っていない。
部屋を出てロビーへ向かうと、窓際の席で紅茶を飲んでいるシロナの姿が目に入った。
昨日と変わらない穏やかな笑顔。
けれど、その人がシンオウリーグチャンピオンだと思うと、未だに少しだけ緊張してしまう。
「あら、おはよう」
「おはよう」
「よく眠れた?」
「おかげさまで」
向かいの席へ腰を下ろすと、シロナはどこか楽しそうに笑った。
「まだ慣れないみたいね」
「慣れる方が難しいだろ」
「そうかしら?」
本気で不思議そうな顔をしている。
やっぱりこの人は、自分がどれだけ特別な存在なのか分かっていない気がした。
少し話しているうちに、ふと昨日のことを思い出す。
「そういえば、今日からハクタイへ行くんだよな」
「ええ」
シロナは頷いた。
「調べたいことがあるの。神話や遺跡に関する資料もあるし、ハクタイ周辺には興味深い場所も多いから」
やっぱり研究目的らしい。
妙に納得してしまう。
「じゃあ途中まで一緒だな」
何気なく言うと、シロナは少し首を傾げた。
「途中まで?」
「え?」
「ハクタイまで行くなら同じ道でしょう?」
いやまぁ、そうなのだけど。
俺は勝手に途中で別れるものだと思っていた。
「一緒に行けばいいじゃない」
あまりにも自然な口調だった。
「いいのか?」
「もちろん」
シロナは紅茶を飲みながら微笑む。
「私もハクタイに用事があるし、それにユアの旅も少し気になるもの」
「俺?」
「ええ。あなた、自分では気付いていないみたいだけれど、結構面白いわよ」
「なんだそれ」
「褒めてるの」
納得はできなかったが、シロナは本気らしかった。
結局、そのまま一緒にハクタイへ向かうことになった。
朝食がまだだったこともあり、シロナに案内されて近くのカフェへ向かう。
朝のコトブキシティは昨日以上に活気があり、店先には商品が並び始め、人々は忙しそうに通りを行き交っていた。
そんな街並みを眺めながら歩き、カフェへ入ったところで思わず足が止まる。
「……あれ?」
窓際の席に見覚えのある顔があった。
サンドイッチを食べているアイと、その足元ではドオーが気持ち良さそうに寝ている。
アイもこちらに気付いたらしい。
「……また会った」
「それこっちの台詞」
思わず笑う。
シロナが空いている席へ目を向ける。
「ご一緒してもいいかしら?」
「別にいいけど」
そうして、俺たちは同じテーブルを囲むことになった。
朝食を食べながら昨日の出来事や旅の話をしていると、俺はふと思い出したようにアイへ尋ねる。
「結局、今日どうするんだ?」
昨日はまだ決めていなかったはずだ。
アイはサンドイッチを飲み込んでから答えた。
「ボクも今日出ることにした」
「決まったのか」
「うん。シンジ湖」
あっさりした返事だった。
「シンオウ地方には特別な湖が3つもあるらしいからね、気になってるんだ」
それだけ、でもアイらしい理由だった。
知らない場所だから行ってみたい。
気になるから見てみたい。
その感覚は俺にもよく分かる。
「そっちは?」
今度はアイが聞いてくる。
「俺は今日からハクタイへ向かうよ」
そう答えた瞬間だった。
アイの動きが止まる。
視線が俺とシロナの間を行ったり来たりする。
「……え?」
妙な顔だった。
何のことだろうと思ったが、次の言葉でようやく意味が分かる。
「えっと、もしかしてシロナさんと一緒に行くことになってるの?」
「え?ああ、うん」
思わず頷いた。
「さっき朝宿で会った時に決まった」
「さっき?」
「宿で」
アイは数秒黙り込む。
そして、さらに眉をひそめた。
「ボク聞いてない」
「聞いてないって言われても」
「昨日会ったんだから教えてくれてよかったじゃん」
「その時は決まってなかったし」
「……」
分かりやすく不満そうだった。
その様子を見たシロナが口元を押さえる。
肩が少し震えていた。
「仲良しね」
「違います」
俺とアイの声が綺麗に重なる。
今度はシロナが吹き出した。
アイは頬杖をつきながら窓の外を見る。
その反応が妙に子供っぽくて、少しだけ笑いそうになる。
『なかよし』
ラルトスがぽつりと呟く。
「違う」
『なかよし』
「違うって」
今度は俺だけだった。
アイは何も言わない。
たぶん認めたくないだけだ。
そう思うと余計に面白かった。
そんなやり取りをしているうちに時間は過ぎていく。
旅人の朝は早い。
いつまでもここにいるわけにはいかなかった。
やがてアイが立ち上がる。
「じゃあ、ボク行くから」
ドオーものんびりと立ち上がった。
今度こそ本当の別れだ。
「気を付けろよ」
「キミも」
短い沈黙のあと、アイは予想通りの言葉を口にする。
「次は負けないから」
「それ俺の台詞だからな」
「早い者勝ち」
「何だそれ」
アイは満足そうに笑った。
最早定番と言ってもいいやり取りだ。
たぶん次に会った時も同じことを言い合うんだろう。
「じゃあな」
「ああ」
「またな」
アイは軽く手を振る。
ドオーも小さく鳴いた。
そして二人はカフェを出ていく。
シンジ湖へ続く道の先へ。
俺はしばらくその背中を見送っていた。