繋がりの王者   作:宵取与一

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2話

ソノオタウンへ足を踏み入れた瞬間、最初に感じたのは花の香りだった。

 

道中からずっと漂っていた甘い香りは町へ近付くにつれてどんどん濃くなり、今では風が吹くたびに自然と鼻へ届いてくる。

見渡せば道端の花壇にも、民家の庭先にも、町を囲む畑にも色とりどりの花が咲いていた。

 

 赤、黄色、白、紫。

 

知っている花もあれば、初めて見る花もある。

風が吹くたびに一斉に揺れるその光景は、まるで町全体が花に包まれているみたいだった。

 

「……すごいな」

 

気付けば足を止めていた。

クロガネにはない景色だった。

あの町にあるのは岩と鉄だ。

鉱山から聞こえる採掘の音や、工場の煙突から立ち上る煙は見慣れた景色だったけれど、こんな風に辺り一面を花が埋め尽くしている場所なんて見たことがない。

 

同じシンオウ地方なのに、まるで別の世界みたいだった。

 

「気に入ったみたいね」

 

隣でシロナが少し楽しそうに言う。

 

「そりゃな。クロガネと全然違うんだもん。なんか……同じ地方って感じがしない」

 

「それを知るのも旅の楽しさよ。町が変われば景色も変わるし、人の暮らしも変わる。食べるものも違えば、大事にしているものも違う。だから私は旅が好きなの」

 

そう言いながらシロナは町並みへ目を向けた。

コトブキほど大きくはない。

けれど静かで、どこか温かい雰囲気がある。

 

 花壇の手入れをしている人。

 

 店先で話している人たち。

 

 子供たちと一緒に遊ぶポケモン。

 

コトブキの活気とはまた違う穏やかさが、この町には流れていた。

その空気は不思議と居心地が良かった。

 

『いいにおい』

 

肩の上からラルトスの声が聞こえる。

見ればラルトスはきょろきょろと辺りを見回していた。

花壇へ視線を向けたり、風に乗ってきた香りを確かめたりと忙しそうだ。

 

「気に入ったか?」

 

『うん』

 

即答だった。

 

『いっぱいある』

 

「花が?」

 

『はなも。においも』

 

どうやらラルトスなりに楽しんでいるらしい。

その様子を見ていると自然と笑みが浮かぶ。

旅に出る前は、ラルトスがこんな風に色々なものへ興味を示す姿を見る機会は少なかった。

知らない町へ来るたびに新しい反応を見せるから、一緒に歩いているだけでも面白い。

 

そんなことを考えながら後ろを振り返る。

クチートは少し離れた場所を歩いていた。

 

相変わらず人の多い場所は得意ではないらしい。道の真ん中ではなく、建物や花壇の近くを選ぶように進んでいる。

けれどコトブキにいた時ほど警戒している様子はなかった。

視線は周囲へ向いている。

 

町の人たち、ポケモンたち、並んだ店、色とりどりの花。

何かを観察するように見ていた。

クロガネで出会った頃なら考えられない光景だった。

あの時のクチートは、人間を近付けることすら嫌がっていた。

住処を壊され、仲間を傷付けられ、人間を信用できなくなっていたからだ。

 

 でも今は違う。

 

まだ完全に警戒が消えたわけじゃない。

それでも、こうして人のいる町を歩いている。

文句も言わず、逃げ出すこともなく。

その変化はほんの少しずつだけれど、確かにそこにあった。

 

「クチートも案外楽しんでるのかもな」

 

ぽつりと呟く。

するとシロナが少しだけ笑った。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「嫌ならもっと離れてる気がする」

 

クチートは自由だ。

本当に嫌なら近付かない。

それくらいはもう分かる。

 

「なるほど」

 

シロナは納得したように頷いた。

 

「そういう見方もできるわね」

 

その言い方が少し気になる。

 

「シロナは違うのか?」

 

「私はね」

 

一度言葉を区切る。

そしてクチートを見る。

 

「居心地の良い場所を探しているように見えるわ」

 

「居心地?」

 

「ええ。まだ完全には慣れていない。でも少しずつ確かめている。そんな感じかしら」

 

その言葉を聞いて、なんとなく納得した。

人も町も、クチートにとってはまだ知らないものばかりだ。

だから観察するし、確かめる。

危険じゃないか見極める。

それはきっと悪いことじゃない。

むしろ前へ進んでいる証拠なのかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていると、町の中心に近い広場が見えてきた。

 

花壇に囲まれた小さな広場だった。

 

中央には噴水があり、その周囲では子供たちとポケモンたちが楽しそうに遊んでいる。

花に囲まれた穏やかな町を見渡しながら、俺は小さく息を吐いた。

旅に出る前は知らなかった。

同じ地方の中に、こんな景色があることを。

知らない町があることを。

そして、それを見ているだけで少し楽しいと思える自分がいることを。

 

 ソノオタウン。

 

まだ来たばかりだけれど、この町はきっと嫌いにならない。

 

そんな予感がしていた。





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