繋がりの王者   作:宵取与一

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3話

ソノオタウンの花畑は、町へ入った時に見た景色よりもずっと広かった。

どこまで行っても花が続いている。

 

赤や黄色、白や紫の花々が風に揺れるたび、花畑そのものが波打っているように見えた。

クロガネで育った俺には、それだけで十分不思議な景色だった。

あの町で見慣れていたのは岩肌や鉱山だ。

煙突から上がる煙も、金属を打つ音も当たり前だったけれど、目の前に広がるのはそれとは正反対の世界だった。

 

同じシンオウ地方なのに、こんな場所がある。

 

旅に出てから何度も思ったことだけれど、世界は自分が思っていたよりずっと広い。

 

そのことを考えながら花畑の中を歩いていると、少し先でラルトスが立ち止まった。

 

花を見ている。

 

また別の花を見ている。

 

気になった花へ近付いては匂いを確かめ、今度は違う花へ向かう。

その姿を眺めているうちに、自然と初めて出会った頃のことを思い出した。

 

あの頃のラルトスは今よりもっと静かだった気がする。

 

もちろん元々大人しい性格だから、今もそこは変わらない。

それでも旅に出てからは知らないものを見る度に反応するようになったし、珍しいものを見つければ興味を示すようになった。

肩の上から周囲を眺めるだけだった頃と比べると、表情もずっと増えている。

 

たぶん、それは俺も同じなんだろう。

 

昨日のことを思い返すだけでもそうだ。

 

アイとのバトルで初めて負けた。

悔しかったし、正直かなり落ち込んだ。

でもその後はドダイトスの騒ぎがあって、シロナがチャンピオンだと分かって、気付けば悔しがっている暇もなく一日が終わっていた。

 

旅に出る前なら、一つ起きるだけでも大事件だったようなことが次々起きている。

 

それなのに今は花畑の中を歩いているだけだ。

風が吹き、花が揺れ、ラルトスが楽しそうに走り回っている。

何も起きていない。

でも、その何も起きていない時間が不思議と嫌じゃなかった。

 

「何してるんだ?」

 

声を掛けると、ラルトスがこちらを振り返る。

いつの間にかしゃがみ込んでいて、手元には摘んだ花が何本も並んでいた。

 

『まって』

 

短い返事だった。

けれど視線はすぐ花へ戻る。

どうやら何か作っているらしい。

 

真剣な顔だった。

だから俺も何も聞かず、そのまま見守ることにする。

隣ではシロナも面白そうにその様子を眺めていた。

こういう時のシロナは、どこか研究者というより近所のお姉さんみたいだと思う。

資料館で歴史を語っていた時とも、ドダイトスを助けていた時とも違う。

本人は気付いていないかもしれないけれど、こういう穏やかな時間を楽しんでいる時が一番自然に見える。

 

そんなシロナの視線を追うように周囲を見ると、少し離れた場所にクチートの姿があった。

相変わらず輪の中心には入ってこない。

かといって遠くへ離れているわけでもない。

花畑を歩きながら周囲を観察している。

 

人の多い場所では今でも少し警戒しているし、愛想が良いわけでもない。

それでもクロガネで出会った頃を思えば大きな変化だった。

あの時のクチートは、人間を信じていなかった。

住処を壊され、仲間を傷付けられ、人間そのものを拒絶していた。

だから最初に向けられた敵意も当然だったと思う。

もし俺が同じ立場だったら、きっと簡単には許せなかった。

それでも今、クチートはここにいる。

まだ完全に心を開いたわけじゃない。

でも帰ろうとはしないし、俺たちから離れていこうともしない。

少しずつでも前へ進んでいる。

その事実が、なんだか少し嬉しかった。

 

『できた』

 

ラルトスの声で我に返る。

顔を上げると、両手には花で編まれた輪があった。

花冠だった。

赤や白の花を器用に編み込んだそれは思っていたよりずっと綺麗で、正直少し驚く。

 

「すごいな」

 

素直にそう言うと、ラルトスは少しだけ誇らしそうに胸を張った。

その反応が妙に可笑しくて笑いそうになった次の瞬間、花冠が当然のように俺の頭へ乗せられる。

頭の上に伝わる感触。

 

一瞬何が起きたのか分からなかった。

 

「……え?」

 

『できた』

 

「いや、それは見れば分かる」

 

思わずそう返してしまう。

花冠なんて被ったことがない。

どう反応するのが正解なんだ。

そんな俺を見て、シロナが吹き出した。

 

「似合っているわよ」

 

「絶対面白がってるだろ」

 

「少しだけ」

 

全然否定しない。

ラルトスは満足そうだ。

どうやら外す選択肢はないらしい。

ラルトスの視線がふと横へ向く。

その先にはクチートがいた。

嫌な予感がした。

案の定、ラルトスは再び花を集め始める。

その背中を見ているだけで何を考えているのか分かった。

 

数分後。

 

二つ目の花冠が完成する。

そしてラルトスは迷いなくクチートの元へ向かった。

近付いてくるラルトス、その手には花冠。

クチートも途中で察したらしい。

露骨に嫌そうな顔をしていた。

けれど、本気で嫌がっているわけじゃないことも分かる。

むしろ困っていた。

花冠を見て、ラルトスを見て、もう一度花冠を見る。

どう反応すればいいのか分からないのだろう。

 

しばらく続いた沈黙の末、クチートはゆっくり顔を背けた。

拒否だった。

でも、その拒否には昔みたいな刺々しさがない。

ただ恥ずかしいからやめろと言っているような、そんな反応だった。

 

『だめ?』

 

ラルトスが聞く。

クチートは答えない。

けれど離れていこうともしない。

その態度が妙にクチートらしくて、思わず笑いそうになった。

ラルトスもそれ以上は押さなかった。

少しだけ考えたあと、自分の頭へ花冠を乗せる。

 

『おそろい』

 

ラルトスと俺。

二人とも花冠を被っている。

その光景を見て、クチートはしばらく黙り込んでいた。

やがてガチッと小さな音が鳴る。

呆れているような。

でも少しだけ柔らかい音だった。

 

昨日だけで色々なことがあった。

旅に出てからも知らないことばかりだった。

それでも今は、花畑の中でラルトスが笑っていて、クチートが困っていて、シロナがそれを見て楽しそうに笑っている。

 

ただそれだけだ。

それだけなのに、不思議と心地良かった。

 

旅は冒険だけじゃない。

強くなるためだけでもない。

こうして仲間たちと笑いながら過ごす時間も、きっと旅の大切な一部なんだろう。

 

風が吹き、花畑が波のように揺れる。

その景色を眺めながら、俺は少しだけ笑った。

 

 ソノオタウンへ来てよかった。

 

そんなことを思っていた。

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