繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

花畑を離れてしばらく歩くと、風の匂いが少し変わった。

ソノオタウンへ入ってからずっと感じていた花の香り。その柔らかな匂いの奥に、どこか懐かしいものが混じっている。

 

熱された鉄。

 

 煤。

 

 焼けた金属。

 

クロガネで何度も嗅いできた匂いだった。

その懐かしいような匂いに思わず足が止まる。

視線の先には大きな建物があった。煙突から白い煙が立ち上り、その奥からは一定の間隔で金属を打つ音が聞こえてくる。

 

 カン。

 

 カン。

 

 カン。

 

花の町には少し不似合いな音だった。

けれど、その音を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ落ち着いた気がした。

旅に出てから初めてだった。

見たことのない景色じゃない。

知らない文化でもない。

どこか自分の故郷と繋がっている場所を見つけたのは。

クロガネとどこか空気が似ている。

職人がいて、鉄があって、人の手で何かが作られている。

 

それだけで、自然と父さんのことを思い出した。

仕事場で汗を流していた姿。

職人たちと笑いながら話していた姿。

ガバイトと一緒に資材を運んでいた姿。

旅に出てからまだそんなに時間は経っていない。それなのに、今こうして思い出すと少し懐かしく感じるのだから不思議だった。

 

「気付いた?」

 

隣でシロナが微笑む。

どうやら俺の反応は分かりやすかったらしい。

 

「うん。なんか落ち着く匂いがする」

 

そう答えると、シロナは少し納得したように頷いた。

 

「ユアはクロガネ育ちだものね。こういう場所を見ると安心するのかもしれないわ」

 

「安心っていうか……」

 

言葉を探しながらもう一度製鉄所を見る。

 

「帰ってきた感じかな」

 

それが一番近かった。

旅は楽しい。

知らない景色を見るのも好きだ。

でも、ずっと知らないものばかり見ていると、ふと故郷を思い出す時もある。

今はたぶん、そういう時間だった。

 

そんなことを考えながら歩いていると、不意に違和感を覚えた。

ラルトスはいる。

シロナもいる。

でもクチートがいない。

 

正確には、少し後ろで立ち止まっていた。

珍しかった。

クチートは自由だ。

好きな場所を歩くし、気に入らないことがあればすぐ態度に出る。

でも、自分から何かに興味を持って足を止めることはあまりない。

 

だから気になった。

何を見ているんだろうと思い、その視線を追う。

そこには一人の職人がいた。

炉から赤く熱された鉄を取り出し、金床へ置く。

槌が振り下ろされ、火花が散る。

鉄が少しずつ形を変えていく。

ただそれだけだ。

派手な技もない。

それなのに、クチートはその光景から目を離さなかった。

普段の警戒心も、退屈そうな顔もない。

ただ真っ直ぐに職人の手元を見ている。

その横顔を見ていると、少しだけ驚いた。

今まで見たことのない表情だったからだ。

 

考えてみれば当たり前なのかもしれない。

クチートははがねタイプだ。

鉱山で暮らしていて、周囲には鉱石があり、人間たちは金属を加工していた。

だから興味を持つこと自体は不思議じゃない。

でも、俺は今までそこまで考えたことがなかった。

 

クチートは何が好きなのか。

 

何に興味を持つのか。

 

戦うこと以外で、守ること以外で、どんなものを見て、どんなことを考えているのか。

 

旅に出てからずっと一緒にいる。

それなのに俺が知っているのは、クチートがどんな風に戦うかとか、どんな時に怒るかとか、そういうことばかりだった。

 

好きなものは知らない。

興味のあるものも知らない。

そう思うと少し驚く。

仲間だと思っていたのに、まだ知らないことがこんなにある。

それは悪いことじゃない。

むしろ少し嬉しかった。

これから知れることが、まだたくさん残っているということだから。

 

「好きなのか?」

 

声を掛けてみる。

クチートは振り返らない。

けれど耳が少しだけ動いた。

聞こえてはいるらしい。

 

「そんなに気になるのか?」

 

もう一度聞いてみる。

返事はない。

たぶん好きなんだろう。

 

鉄が。

 

金属が。

 

あるいは何かを作るという行為そのものが。

 

職人の槌が振り下ろされる度に火花が散る。

クチートはその光景を目で追っている。

その姿を見ていると、何だか少しだけ笑いたくなった。

戦っている時はあんなに強そうなのに。

今は好きなものを見つけた子供みたいだったからだ。

 

「意外だった?」

 

シロナが静かに聞く。

俺は少し考えてから首を振った。

 

「いや」

 

「意外じゃない?」

 

「最初は意外だった。でも今は違う」

 

視線はクチートへ向けたまま続ける。

 

「見てると納得するんだよ」

 

言葉を探しながら考える。

 

「なんて言うんだろうな……似合うんだ」

 

火花が散って、鉄が形を変える。

それを見つめるクチート。

その光景が妙に自然だった。

シロナは少しだけ目を細める。

 

「それは素敵な感想ね」

 

「そうか?」

 

「ええ。好きなものって、その人らしさが出るものだから」

 

その言葉を聞きながら、もう一度クチートを見る。

なるほどと思った。

たぶん俺は今、初めてクチートの一部を知ったんだ。

 

戦う姿じゃない。

 

守る姿でもない。

 

もっと普通の部分。

何を見て心を動かすのか。

何に興味を持つのか。

そういう当たり前の部分だ。

 

しばらくして職人の作業が終わる。

クチートもようやく視線を外した。

そして何事もなかったようにこちらへ歩いてくる。

 

いつもの無愛想な顔。

 

いつもの距離感。

 

でも、もう少しだけ違って見えた。

 

仲間のことを知るというのは、こういうことなのかもしれない。

強さを知ることだけじゃない。

弱さを知ることだけでもない。

好きなものを知ること。

興味のあるものを知ること。

そういう小さな積み重ねで、人は誰かを理解していくのかもしれない。

 

カン、と最後に金属音が響く。

 

その音を背中に聞きながら、俺たちは再び歩き出した。

花の町で見つけた鉄の景色。

そして、クチートの好きなもの。

それは今日の旅の中で、一番静かで、一番大きな発見だった気がした。

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