ギンガ団の姿が見えなくなったあとも、俺たちはしばらくソノオタウンの周辺を歩いていた。
結局、あの違和感の正体は分からないままだった。
考えても答えは出ない。
だから今は気にしないことにした。
旅に出てから知ったことの一つだ。分からないことを無理に考え続けても、答えがないなら前へ進めない。いつか分かる時が来るなら、その時に考えればいい。
そう割り切った頃には、太陽は少しずつ西へ傾き始めていた。
ソノオタウンの花畑は夕暮れになると昼とはまるで違う顔を見せる。
赤く染まった空の光を受けて、花々まで柔らかな橙色に見えるのだ。
風が吹くたびに花が揺れる。
その景色は綺麗という言葉だけでは足りない気がした。
「本当にすごいな」
思わずそう呟く。
クロガネでは絶対に見られない景色だった。
シロナはそんな花畑を眺めながら小さく微笑む。
「ソノオタウンには昔から有名な伝説があるの」
「伝説?」
「ええ。花に関する伝説よ」
そう言ってシロナは花畑へ視線を向けた。
夕日に照らされた横顔は、資料館で歴史を語っていた時と少し似ている。
好きな話をしている時の顔だ。
「シェイミっていう幻のポケモンを知っているかしら」
その名前は聞いたことがあった。
確かテレビか何かで見た気がする。
「名前だけなら」
「シェイミは感謝を運ぶポケモンだと言われているの。人やポケモンが抱いた“ありがとう”の気持ちを受け取って、それを花に変えるという言い伝えがあるわ」
風が吹き、花畑が揺れる。
その光景を見ながら話を聞いていると、不思議と本当にそんなポケモンがいてもおかしくない気がした。
「ありがとう、か」
口に出すのは簡単な言葉だ。
でも、改めて考えると少し難しい。
シロナは俺の方を見る。
「何か思い当たることがある?」
「いや……」
そう答えかけて、少し考える。
旅に出てからのことが頭に浮かんだからだ。
ラルトス。
クチート。
アイ。
シロナ。
コトブキシティ。
ソノオタウン。
まだ短い旅なのに、思い返せることは意外と多い。
「感謝って言われると、あんまり考えたことなかったなって」
正直な気持ちだった。
クロガネにいた頃は、それが当たり前だったからだ。
父さんも母さんもいた。
ラルトスもいた。
家もあった。
毎日が普通だった。
でも旅に出てからは違う。
知らない町へ行って、知らない人に助けられて、知らない景色を見ている。
当たり前じゃないことが増えたからこそ、初めて気付くこともあった。
「でも、旅に出てから少し分かった気がする」
「何が?」
シロナの問い掛けに、花畑へ視線を向けたまま答える。
「一人じゃここまで来れなかったんだなって」
ラルトスがいた。
クチートがいた。
アイと出会った。
シロナとも出会った。
誰かがいたから今ここにいる。
そんな当たり前のことを、少しずつ実感するようになっていた。
シロナはしばらく何も言わなかった。
その代わり、どこか嬉しそうに笑っている気配だけが伝わってくる。
「それなら、きっと旅は順調ね」
「そうなのか?」
「ええ」
シロナは夕焼け空を見上げる。
「世界を知ることも大切だけれど、人との繋がりを知ることも同じくらい大切だから」
その言葉は妙に胸に残った。
俺は花畑を見る。
ラルトスは花の間を歩き回っている。
クチートは少し離れた場所からその様子を見ていた。
いつもの距離感。
でも、前より少しだけ近い。
そんな気がした。
しばらくして帰ろうかという話になり、俺たちは花畑を後にする。
その時だった。
視界の端で何かが動いた気がした。
「ん?」
思わず振り返る。
花畑の奥。
夕日に照らされた花々の向こう側。
一瞬だけ、小さな何かが見えた。
桃色の花。
いや、違う。
動いた。
そう思った瞬間には、もう何もなかった。
風が吹き抜け、花が揺れる。
それだけだ。
「どうしたの?」
シロナの声が聞こえる。
俺は少し迷ってから首を振った。
「いや、なんでもない」
見間違いかもしれない。
そう思ったからだ。
けれど、花畑を離れる直前、もう一度だけ振り返る。
夕暮れの中で揺れる無数の花々。
そのどこかで、誰かがこちらを見ていたような気がした。
気のせいだったのか。
それとも本当に何かいたのか。
その答えは分からない。
ただ一つだけ確かなのは、ソノオタウンで過ごした時間が、俺にまた新しい景色を見せてくれたということだった。
花の町を背にして歩き出す。
次の目的地はハクタイシティ。
森の向こうには、まだ知らない世界が待っている。
夕日が沈み、空に最初の星が灯り始める頃。
俺たちは次の道へ向かって歩き出した。