地の文を増やし、段落と改行を可能な限り削減。
キャラの1回事の「」の中の長さ
文字数大幅増加
同じ文章、シチュエーションの使い回し削減
過去の回想の削減
1話
ソノオタウンを出てから半日ほどが過ぎた頃には、周囲の景色はすっかり変わっていた。道の脇を彩っていた花々は少しずつ数を減らし、その代わりに背の高い木々が増え始めている。まだ空は見えているものの、枝葉が重なり合うせいで光は柔らかくなっており、吹き抜ける風にもどこか森の匂いが混じっていた。遠くには深い緑が広がっていて、その向こうにあるハクタイの森を思うと、ユアは自然と周囲を見回してしまう。
「楽しそうね」
隣を歩いていたシロナがそう言って笑った。
「そんなに分かりやすいか?」
「ええ。さっきからずっと周りばかり見ているもの」
「だって変わるんだよ。ソノオの辺りと全然違うし、花畑が少なくなったと思ったら、急に森っぽくなってきたし」
「ふふ、それは良いことだと思うわ。景色が変わったことに気付けるなら、それだけちゃんと旅をしているってことだから」
シロナの言葉はいつも少し不思議だった。普通なら見て終わりにするようなものにも、彼女は何かしら意味を見つける。花が咲いていることにも、風の匂いが変わることにも、道の先に森が見えてくることにも、きっとシロナにはユアとは違う何かが見えているのだろう。そう思うと気になって、ユアは森から視線を戻した。
「シロナはこういうの見慣れてるのか?」
「どうかしら。同じ景色なんて一つもないもの。季節が違えば変わるし、一緒に歩く人が違えば気付くものも変わるわ」
「そういうもんかな」
「そういうものよ。例えば今の私は、景色よりもさっきから落ち着きなく辺りを見回している男の子の方が気になっているもの」
「それ景色関係ないじゃん」
「あるわよ。ユアがそうしているから、私もこの道を前とは違うふうに見ているの」
納得できたような、できないような返事だった。けれどシロナが楽しそうに笑っているので、ユアもそれ以上は言い返せなくなる。隣ではラルトスも小さく肩を揺らしていて、その静かな笑い方につられてユアも笑ってしまう。急ぐ理由もなく、危険もなく、ただ次の町へ向かって歩いているだけの時間だったが、不思議と気分は軽かった。そのまま何となく後ろを振り返ると、少し離れた場所にはクチートの姿があった。
クチートは相変わらず一定の距離を保ったまま歩いていた。こちらへ近付いてくることはないが、離れていくこともない。時折周囲へ視線を向けながら静かについてきており、ユアと目が合った瞬間だけわずかに動きが止まる。
「なんだよ」
思わず声を掛けると、クチートは前を向いたまま大顎を鳴らした。
ガチン。
「別に見てたって怒らないぞ。そんな堂々と逸らされると逆に気になるんだけど」
ガチン。
今度は少し強い。それ以上言うな、とでも返された気がしてユアが思わず吹き出すと、クチートは何事もなかったように前を向いて歩き始めた。その態度が余計に可笑しくて、ラルトスもまた小さく肩を揺らしている。クチートはそれに気付いているのかいないのか、少し離れたまま黙ってついてきた。
そうして進むうちに森はさらに近付き、昼を過ぎたところで休憩を取ることになった。道端の木陰へ腰を下ろすと、ラルトスは当然のようにユアの隣へ座り、クチートは少し離れた木の根元を選ぶ。誰も特別なことはしない。ただ風が葉を揺らし、遠くから鳥ポケモンの鳴き声が聞こえる中で、それぞれ静かな時間を過ごしていた。
「そういえば、この辺りには少し変わった噂があるのよ」
不意にシロナがそう言った。その顔を見た瞬間、ユアは嫌な予感がした。シロナは何かを教える時、たまにこういう顔をする。落ち着いた顔をしているのに、目だけが少し楽しそうな顔だ。
「その顔やめろ。絶対怖い話する時の顔だろ」
「失礼ね。まだ何も言っていないわ」
「否定しないのかよ…」
ユアがそう言うと、シロナは小さく笑った。やっぱり否定しない。
「この先にある森の近くには古い洋館があるんだけど、夜になると窓の向こうに人影が見えるとか、誰もいないはずなのに足音が聞こえるとか、そういう噂が昔からあるの」
「ほら怖い話じゃん。しかもそういうのって最後に『ただの噂だけどね』って付けるくせに、妙に具体的だから嫌なんだよ」
「でも面白いでしょう?」
「全然」
「私は好きよ。昔から残っている話には、案外ちゃんと理由があるものだから」
「だから嫌なんだよ。『本当は何かありました』みたいな話になるじゃん」
ユアが思わずそう返すと、シロナは楽しそうに笑った。怖がらせようとしているというより、ユアの反応そのものを面白がっているらしい。そのことに少し文句を言おうとした時、ふと隣のラルトスへ視線が向いた。
ラルトスはいつの間にか森の奥を見ていた。最初は野生のポケモンでも見つけたのかと思ったが、どうも違う。何かを探しているようにじっと木々の向こうを見つめたまま動かず、その様子が妙に気になったのでユアも同じ方向へ目を向ける。しかし見えるのは風に揺れる木々ばかりで、おかしなものは何も見当たらなかった。
「ラルトス、どうした?」
呼び掛けても、ラルトスはすぐには反応しなかった。しばらく森を見つめたまま動かず、やがて小さく首を傾げてから、ぽつりと短く答える。
『……へん』
「やめろよ。さっき怖い話を聞いたばっかなんだから、そのタイミングで『へん』なんて言われたら余計気になるだろ」
ラルトスは不思議そうにユアを見上げるだけだった。どうやら本人にも上手く説明できないらしく、それ以上の言葉は続かない。何が変なのかも、何がいるのかも分からない。それでもラルトスがこうして森を見つめている以上、何か理由があるのだろうと思っていると、少し離れた場所から聞き慣れた音が響いた。
ガチン。
振り向くと、クチートも森の奥を見ていた。飛び出す様子はなく、戦う構えを見せているわけでもない。ただ何かを確かめるように木々の向こうを見つめていて、その横顔を見た瞬間、ユアの胸にも小さな違和感が残った。ラルトスとクチートが同じ方向を気にしている以上、何もないとは思えない。それなのに改めて森の奥へ目を向けても、見えるのは風に揺れる木々だけだった。鳥ポケモンの鳴き声も聞こえるし、どこかから物音がしたわけでもない。森は何事もないように静かで、その静けさが、さっき聞いた怪談話と妙に重なってしまう。
シロナも笑みを消して、森の奥へ視線を向けていた。
「……何か見えるの?」
尋ねられて、ユアは首を横に振る。
「何も。でも、ラルトスとクチートが見てる」
「そう」
シロナはそれ以上すぐには言わなかった。ただ森の奥を見つめたまま、少し考えるように目を細める。その横顔を見ていると、さっきまでの怪談話の空気が少しだけ遠ざかり、代わりにもっと別のものが近付いてくるような気がした。何かがいるのかもしれない。何もいないのかもしれない。ただ、理由の分からない違和感だけがそこに残っていて、ユアはもう一度ラルトスとクチートを見る。
ラルトスはまだ森を見ていた。
クチートも、同じ方を見ている。
風が吹き、葉が揺れ、何事もないように森は沈黙していた。その奥に何があるのか、今のユアには分からない。けれどその日、ハクタイの森へ入る前に感じた小さな違和感だけは、妙にはっきりと胸の奥に残り続けていた。