繋がりの王者   作:宵取与一

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2話

結局、あの後は何かが起きるようなことはなかった。

 

 ラルトスとクチートが同じ方を見ていたことは気になっているし、シロナもあの時は少し考え込んでいるように見えたけれど、それだけだ。休憩を終えて歩き出してからしばらく経つが、森の奥から何かが現れることもなければ、妙な物音が聞こえることもない。

 

 なのに、気付けばまたラルトスを見ている。

 

 ラルトスはもう森の奥を見ていなかった。俺の隣を歩きながら、時々道端の草を見たり、頭上を飛んでいく鳥ポケモンを目で追ったりしている。少なくとも、さっきみたいな様子ではない。それを見るたびに少し安心する。安心するのに、じゃああれは何だったんだろうとも思う。

 

「そんなに見ると穴が空くわよ」

 

 隣から聞こえた声に顔を上げる。

 

 シロナが少しだけ笑っていた。

 

「そんなに見てたか?」

 

「ええ。ラルトスがコケたら支えて起こしてやるって意気込みが伝わってくるわ」

 

「めちゃくちゃ見てるなそれ」

 

 言われてもう一度ラルトスを見るとラルトスもこちらを見上げていた。

 

『なに?』

 

「いや、何でもない」

 

 そう返すと、ラルトスは少しだけ首を傾げてから前を向く。本人はもう気にしていないのかもしれない。それならそれでいい。考えたところで答えが出るわけでもないし、ラルトスが平気なら俺まで引きずる必要はないだろう。

 

 そう思いながら前を見ると、道の先では木々の数がさらに増えていた。休憩していた場所からも森は見えていたが、今はもう目の前だ。枝葉が重なり合うせいで光も少し柔らかくなっている。このまま進めば、もうすぐ森の中だろう。

 

 そう考えていると、不意に後ろが気になり、振り返る。

 

 相変わらず一定の距離を保ったまま歩いているクチートは、こちらへ近付いてくることはないが、離れていくこともない。時折周囲へ視線を向けながら静かについてきていて、その様子を見ていると、またシロナの言葉を思い出した。

 

 焦る必要はない。大切なのは積み重ねだ。

 

 あの時は分かったような顔をしたけれど、本当は今でもよく分からない。積み重なっているのかどうかなんて、自分では見えないからだ。ただ、出会った頃と同じかと言われれば、それも違う気がした。少なくとも、近付いただけで睨まれることはなくなったし、大顎が鳴るたびに勝手に意味を考えている自分もいる。それが良いことなのかどうかは分からない。でも、何も変わっていないと言い切れるほど鈍くもなかった。

 

 そんなことを考えていると、不意にクチートと目が合った。ほんの一瞬だった。次の瞬間には前を向いてしまう。

 

 ガチン。

 

 聞き慣れた音が響く。

何となくだけど、「こっち見るな」と言われた気がした。

 

「見てたら悪いのかよ」

 

 思わずそう言う。

 

 ガチン。

 

 今度は少し強い。

 

 それが妙に可笑しくて、思わず吹き出してしまう。

 

「何を笑っているの?」

 

 シロナが不思議そうに聞いてくる。

 

「いや、別に」

 

「その顔は別にじゃない顔だけど」

 

「クチートのこと考えてただけ」

 

 そう答えると、シロナは少しだけ後ろのクチートを見る。

 

「どうだった?」

 

「正直、まだわからない」

 

 即答だった。

 

 自分でも少し笑ってしまう。

 

「でも、前よりは分かるようになった気がする」

 

 それは上手く説明できない感覚だった。何かが大きく変わったわけじゃない。急に仲良くなったわけでもない。ただ、出会った頃と同じかと言われれば違う気がするし、何も変わっていないと言われても納得できない。そう思えるくらいには、一緒にいる時間が増えていた。

 

 シロナは何も言わなかった。ただ小さく笑っただけだったので、たぶん変なことは言っていないのだろう。

 

 そんな話をしているうちに、いつの間にか森の入口へ辿り着いていた。

 

 木々の下へ一歩足を踏み入れる。

 

 怪談話を聞いたせいでもっと薄暗くて不気味な場所を想像していたけれど、実際は思っていたより普通だった。木漏れ日が地面を照らしているし、どこかでは鳥ポケモンの鳴き声も聞こえる。風が吹けば葉が揺れ、その音が頭上を流れていく。

 

「……普通だな」

 

「少し残念そうにも聞こえるわ」

 

「気のせいだよ」

 

「そうかしら」

 

 絶対分かって言っている。

 

 そんなことを思いながら歩いていると、ラルトスに袖を引っ張られた。

 

『あれ』

 

 指差した先を見る。

 

 倒れた木の根元に、小さな白い花が咲いていた。

 

 ソノオタウンで見た花畑みたいな華やかさはない。けれど、薄暗い森の中にぽつんと咲いているせいだろうか。妙に目を引いた。

 

「こんなところにも咲くんだな」

 

 思わずそう呟く。

 

 ラルトスは小さく頷いていた。

 

『きれい』

 

 短い言葉だった。

 

 でも、その一言で何となく足を止めた理由が分かった気がする。花の名前なんて知らないし、珍しいものなのかも分からない。それでも綺麗だと思った。ソノオタウンにいた頃なら見逃していたかもしれない。

 

「旅を始める前は、花なんて見ても何も思わなかったんだけどな」

 

 ぽつりとそう言うと、シロナは少しだけ驚いたような顔をした。

 

「そうなの?」

 

「だってクロガネじゃこういうの見る機会あんまりなかったし。見ても綺麗だなで終わりだろ」

 

「今は違うのね」

 

「まあ」

 

 自分でも理由はよく分からない。でも、旅を始めてからは違った。景色も、町も、人も、前より少しだけ気になるようになった気がする。

 

「良いことだと思うわ」

 

 シロナはそう言って花へ視線を向けた。

 

「旅って、遠くへ行くことだけじゃないもの。同じ景色を見ても、前と違うことに気付けるようになるのも旅だと思うわ」

 

 その言葉は、どこかさっきの話と似ていた。

 

 積み重ね。

 

 変化。

 

 旅。

 

 全部繋がっている気がする。

 

 再び歩き出してからも、森の中は思っていたより穏やかだった。木々の間を抜ける風は涼しいし、足元には見たことのない草花も生えている。道は細いが歩きにくさはなく、時折トレーナーらしき人とすれ違うこともあった。そのたびに軽く挨拶を交わしながら先へ進んでいると、前方から一人の青年が歩いてくるのが見えた。

 

 年齢は二十歳前後だろうか。肩には少し大きめの荷物を背負っていて、靴には泥が付いている。森の奥から出てきたらしく、額にはうっすら汗も浮かんでいた。

 

「こんにちは」

 

 シロナが声を掛ける。

 

 青年もこちらに気付いたらしく、小さく会釈した。

 

「ああ、こんにちは。今から森に入るんですか?」

 

「はい」

 

「それなら気を付けてくださいね。道自体はそんなに危なくないですけど、結構広いので」

 

 そう言って青年は苦笑した。

 

「実は俺も少し道を間違えてしまって」

 

「迷ったんですか?」

 

「迷ったというか、変な方向へ行っちゃったというか」

 

「変な方向?」

 

「森の奥の方です。あんまり人が行かない場所らしくて」

 

 その言葉にシロナが少しだけ反応する。

 

「人が行かない場所?」

 

「ええ。なんでも古い洋館があるとかで」

 

 その瞬間、俺とシロナは顔を見合わせた。

 

 休憩中に聞いた話が頭をよぎる。

 

「本当にあるんですか?」

 

「ええ。俺も遠くから建物らしいものが見えただけなんで。でも、森のトレーナーの間じゃ結構有名みたいですよ。幽霊が出るとか、人影が見えるとか、そういう話ばかりですけど」

 

「やっぱりそういう話になるんですね…」

 

「好きなんですよ、みんな」

 

 それは否定できなかった。少なくともシロナは好きそうだ。ちらりと隣を見ると、案の定少し楽しそうな顔をしている。嫌な予感しかしなかった。

 

「まあでも、所詮は噂ですよ」

 

 青年はそう言って肩の荷物を持ち直した。

 

「それじゃ、気を付けて」

 

 そう言い残し、青年は森の出口の方へ歩いていく。

 

 その背中を見送りながら小さく息を吐く。正直、少し安心しかけていたのだ。ラルトスも普段通りだったし、森の中も思っていたより普通だった。だから、あの違和感も気のせいだったのかもしれないと思い始めていた。

 

 それなのに、今度は本当に洋館があると言われる。

 

 噂も怪談話も洋館も、さっきまで少し薄れていたはずなのに、青年の話を聞いた途端また頭の中へ戻ってきてしまった。

 

 そんなことを考えていると、頬に冷たいものが落ちた。最初は気のせいかと思ったが、もう一滴、今度は手の甲に落ちる。そこでようやく顔を上げると、枝葉の隙間から見える空はいつの間にか灰色の雲に覆われ始めていた。

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