ラルトスの手は小さかった。
俺の手よりずっと小さくて、だけど、暖かい。
生きている命の温かさ。
その手は確かに、そしてしっかりと俺の手を握っていた。
出会った時なら考えられなかったことだ。
あの時のラルトスは、俺を見るだけで怯えていた。
それが今ではこうして半歩うしろを歩いている。
もちろん完全に信用されたわけじゃないだろう。
でも、少しだけ距離は縮まった気がした。
「よし」
俺は立ち上がる。
「出口を探そう」
『……うん』
ラルトスは小さく頷く。
俺たちは再び洞窟を歩き始めた。
天井から落ちる水滴の音、湿った岩壁、薄暗い通路。
迷った時はただ怖いだけだった場所なのに、不思議と今は少し心強い。
だって、一人じゃないから。
うしろを見る。
ラルトスは周囲を警戒しながら歩いていた。
時々立ち止まっては耳を澄ませている。
野生のポケモン達の感情を感じ取っているのかもしれない。
「そういえばさ」
俺は歩きながら聞いた。
「その声」
『……こえ?』
「頭の中に聞こえるやつ」
ラルトスが少し首を傾げる。
『……みんな、できない?』
「できない」
『……え』
今度はラルトスが驚く番だった。
ラルトスにとって、できて当たり前のことのようだ。
『……ほんとう?』
「ほんと」
俺は笑う。
「俺、めちゃくちゃびっくりしたからな」
『……』
「最初なんて幽霊かと思った」
『……ゆうれい?』
「うん」
ラルトスは少し考えて。
『……わるかった』
顔を俯かせながら、申し訳なさそうに言った。
「いや、謝ることじゃないって」
むしろすごい能力だと思う。
人間とと話せる、そんなことができるポケモンがいるなんて知らなかった。
「他のポケモンとも話せるのか?」
するとラルトスは少し考える。
『……ことば、じゃない』
「ん?」
『……きもち』
「気持ち?」
『……わかる』
なるほど。
相手の”気持ちを読み取る力”か。
図鑑にもそんなことが書いてあったのを思い出す。
『……ユアは、わかりやすい』
「え?」
『……すぐ、おもったこと、でる』
「それ褒めてないよな?」
ラルトスは黙る。
でも少しだけ楽しそうだった。
この子は結構いたずら好きなのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
ふと。
ラルトスの足が止まった。
「どうした?」
『……』
返事がない。
ラルトスは通路の奥を見ていた。
その表情が少しずつ硬くなる。
嫌な予感がした。
「ラルトス?」
『……いる』
消えそうなほど小さな声。
『……ちかい』
背筋が冷える。
俺も、ラルトスの見ている方を見た。
「何が?」
なんて。聞くまでもなかった。
ラルトスの顔を見れば分かる。
あいつだ。
コドラだ。
次の瞬間、洞窟の奥から轟音が響いた。
ガァン!!
金属同士がぶつかったような音。
そして、低い唸り声。
「嘘だろ……」
俺は顔を引きつらせた。
ラルトスの手を掴む。
「走るぞ!」
『……うん!』
今度はラルトスも迷わなかった。
二人で駆け出す。
直後。
後方の曲がり角からコドラが飛び出してきた。
赤い目、鋼の身体、怒りに満ちた咆哮。
完全に俺たちに狙いを定めていた。
「なんでまた見つかるんだよ!?」
叫ぶ。
当然返事はない、その代わりにコドラが突進してきた。
岩が砕ける。
地面が揺れる。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
でも立ち止まれない。
立ち止まったらそこで終わりだ。
走るしかない。
通路を曲がる、さらに曲がる。
しかし、コドラはしつこく追ってくる。
「はぁっ……!」
息が切れる。
足も重い。
さっきから走りっぱなしだ。
七歳の体力なんてとっくに限界だった。
それでも、と隣を見る。
ラルトスも必死に走っていた。
傷だらけなのに、小さな体で、足を引きずりながら。
それでも諦めていない。
だったら俺も止まれない。
『……ユア』
「なんだ!?」
『……ひかり』
「え?」
前方を見る。
暗い通路の先。
ほんの少しだけ明るい場所が見えた。
確かに光だ、自然の光、太陽の光。
「出口だ!」
思わず叫ぶ。
ラルトスの顔も明るくなる。
走る。
全力で。
転びそうになりながら。
息を切らしながら。
目の前に現れた希望の光を目指して。
光はどんどん大きくなる。
風も感じる。
外の空気だ。
今度こそ本当に、出口だ。
「やった!」
思わず声が出る。
あと少し、あと少しで外だ。
その時だった。
背後から嫌な音が聞こえた。
ゴッ!!
地面が揺れる。
思わず振り返って、そして凍り付いた。
コドラがいた。
すぐ後ろに。
「なっ――」
速い、速すぎる。
いつの間に距離を詰めたんだ。
コドラの青い目が俺たちを捉える。
そして。
前脚が振り上げられた。
出口まではあと少し。
ほんの数歩だった。なのに。
コドラに追いつかれてしまった。
…もうだめだ。
そう理解した瞬間。
ラルトスが俺の前へ飛び出した。
「ラルトス!?」
赤い瞳が真っ直ぐコドラを見据える。
その小さな背中は震えていた。
それでも、逃げなかった。
俺を庇うように立っていた。
そして――。