繋がりの王者   作:宵取与一

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4話

「……まさか、閉じ込められた?」

 

 扉が開かない。試してみたが窓も開かない。外は普通に見えているのに、そこへ出る方法だけがなくなってしまっていた。閉じ込められたと考えると落ち着かなくなるが、シロナは思っていたより冷静だった。

 

「困ったわね」

 

「随分と冷静だな?」

 

「慌てても扉は開かないでしょう?」

 

 正論だったが、納得できるかは別の話だ。

シロナは少し考えるように顎へ手を添える。

 

「雨も止みそうにないし、今日はここで休むしかないかもしれないわね」

 

「泊まるのか?」

 

「泊まるのよ」

 

「幽霊屋敷に?」

 

「古い洋館に」

 

「言い方変えただけだろ」

 

 思わずそう返すと、シロナが吹き出した。その様子を見ていると、本当に大したことではないような気がして不思議で少しだけ安心できた。

 

「とりあえず使えそうな部屋を探しましょう。それと離れて行動するのは禁止ね」

 

 それには素直に頷く。怪談話を信じているわけではない。それでも知らない建物で別行動をしたいとは思わなかった。

 

「今日は全員同じ部屋よ」

 

「全員?」

 

「私とあなたとラルトスとクチート」

 

「……いや、この状況で男一人なんだけど俺」

 

「変なことしないでね」

 

「この場合、多分変なことされるの俺の方だよな」

 

 シロナがまた笑う。ラルトスは意味が分からないらしく首を傾げていた。少し離れた場所にいたクチートは、

 

 ガチン。

 

 とだけ鳴らした。

そんなやり取りをしているうちに張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。

 

 シロナを先頭に洋館の探索が始まる。

 

 玄関ホールから続く廊下は思っていた以上に長く、壁には古い絵画や額縁が並び、所々に家具も置かれている。埃は積もっているが荒れ果てているわけではない。その中途半端さが妙に気になった。

 

 最初に入ったのは応接室だった。古びたソファと低い机、本棚には何冊もの本が並んでいる。誰かが生活していた痕跡は確かに残っているのに、人の気配だけが綺麗になくなっていた。試しに机へ触れると指先に埃が付く。少なくとも最近まで使われていた部屋ではなさそうだ。

 

「思ったよりちゃんとしてるな」

 

「そうね」

 

 シロナも部屋を見回す。

 

「もっと崩れてると思ってた」

 

「古い建物でも残るものは残るわよ」

 

 応接室を出てさらに奥へ進む。次は食堂だった。長いテーブルが部屋の中央に置かれていて、その周囲には椅子が並んでいる。十人以上座れそうな大きさだった。けれど皿もなければ食器もない。料理の匂いもない。ただ空っぽの椅子だけが並んでいて、人だけが消えてしまったように見えた。

 

 その時、不意にラルトスが後ろを振り返る。

 

『……』

 

「どうした?」

 

 ラルトスはしばらく廊下の奥を見ていたが、小さく首を振った。

 

『なんでもない』

 

 そう返してくる。

 

 再び歩き出したところで、今度は壁に掛けられた額縁の前で足を止めた。

 

『これ』

 

 古い家族写真だった。父親らしき男性と母親らしき女性、そして真ん中には小さな女の子が写っている。どこにでもありそうな写真だった。ただ一つを除いて。

 

女の子の顔だけが傷付いていた。

 

「……なんだこれ」

 

 シロナも写真へ視線を向ける。

 

「不自然ね」

 

「だよな」

 

 誰がやったのかは分からない。けれど明らかに意図的に付けられた傷だ。

 

 写真を後にしてさらに奥へ進む。廊下にはまだいくつもの部屋が並んでいた。どの部屋も長い間使われていないことは分かるのに、不思議と荒れ果てているようには見えない。床には埃が積もり、家具も古い。それでも誰かが暮らしていた痕跡だけはしっかり残っていた。

 

 次の部屋には玩具が残されていた。積み木にぬいぐるみ、小さな木馬。多分子供部屋だったのだろう。

応接室や食堂とは雰囲気が違う。窓際には小さな机が置かれ、その上には色褪せた絵本が数冊積まれている。

誰もいないはずなのに、少し前まで誰かがここで遊んでいたような気さえした。

 

「本当に子供がいたのかもな」

 

 そう呟くと、シロナも部屋を見回した。

 

「写真もあったしね」

 

「家族で住んでたのかな」

 

「たぶん」

 

 そんなことを話していると、ラルトスが棚の前で足を止める。視線の先には片目の取れた古い人形が置かれていた。

 

「気になるのか?」

 

『……わからない』

 

 小さな返事だった。

 

 結局それ以上は何も分からず部屋を後にする。子供部屋を出た後も探索は続いたが、それ以外に気になるものは見つからなかった。応接室、客室、使われていない倉庫。どれも似たようなものだった。閉じ込められたことを除けば拍子抜けするほど普通だ。

 

 そう思い始めた頃、小さな書斎のような部屋へ辿り着く。本棚が並び、机が置かれている。ほとんどの本は湿気で傷んでいたが、その中に一冊だけ妙に状態の良いノートが差し込まれていた。

 

「日記?」

 

 本棚から引き抜いてみる。表紙は色褪せているが破れてはいない。少なくとも他の本よりはずっと状態が良かった。

 

 開こうとした瞬間、

 

「待って」

 

 シロナに止められる。

 

「なんだよ」

 

「それは後にしましょう」

 

「なんで?」

 

「先に休める場所を探したいの。今日はここで過ごすことになるかもしれないでしょう?」

 

 反論しようとしてやめた。確かにまだ寝る場所も決まっていない。

 

「それに」

 

 シロナが日記へ視線を向ける。

 

「どうせ読むなら落ち着いてからじっくり読みたいもの」

 

「そっちが本音だろ」

 

「否定はしないわ」

 

 俺は苦笑しながら日記を鞄へしまった。

 

 その後もいくつか部屋を見て回った。ラルトスは時々足を止めて廊下の奥を見ていたが、呼べばすぐこちらへ戻ってくる。クチートも普段以上に周囲を警戒しているようだったが、それ以上のことは起きない。

 

 結局、一階の比較的綺麗な客室を使うことに決まった。窓もある。ベッドも残っている。少なくとも床で寝るよりはずっとマシだった。

 

「結局何もないな」

 

「今のところはね」

 

「今のところとか言うなよ、こわいから」

 

 シロナが少しだけ笑う。俺もつられて肩の力を抜いた。

 

 その時だった。

 

 コツ。

 

 小さな音が聞こえた。

 

 思わず足を止める。

 

「……聞こえたか?」

 

「え?」

 

 シロナは首を傾げていた。聞こえていないらしい。立ち止まったまま耳を澄ませるが、廊下は静まり返っている。雨音も遠い。ラルトスもクチートも反応していなかった。

 

 しばらく待ってみる。

 

 何も聞こえない。

 

 そうして再び歩き出した瞬間だった。

 

 コツ。

 

 今度ははっきり聞こえた。

 

 誰もいないはずの廊下の奥から。

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