繋がりの王者   作:宵取与一

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ゲンガーは絵を見つめ続けていた。

 

 手を繋いで笑う女の子と、そこに描かれた昔の自分を。

 

 雨音だけが静かに響いている。ラルトスは絵の傍に立ち、クチートは壊れたクローゼットの近くからこちらを見ていた。シロナはまだ眠ったままだ。誰も動かない。けれど、不思議と焦りはなかった。もう戦いは終わっている。そう思えたのは、ゲンガーがもう俺たちを見ていなかったからだ。

 

 赤い瞳は絵へ向いている。怒りも敵意も、さっきまで俺たちへ向けられていた激しい感情も、今はその一枚へ吸い寄せられているようだった。

やがてゲンガーの手がゆっくり持ち上がる。絵へ伸びた指先は途中で止まり、僅かに震えた。触れたいのに触れられない。そんなふうに見えた。

何度か同じ動きを繰り返したあと、ようやく指先が紙へ触れる。

 

 その瞬間、ゲンガーの肩が大きく揺れた。

 

 絵の中の女の子は笑っている。

 

 また遊ぶ。

 

 また会う。

 

 次は自分が見つける番。

 

 日記にも残されていた約束。ラルトスが拾い上げた気持ち。女の子はゲンガーを嫌っていない。忘れてもいない。置いていったわけでもない。その事実はもう十分過ぎるほど分かっている。分かっているのに、受け入れることだけが出来なかったのだろう。受け入れてしまえば終わるからだ。もう探せなくなる。もう待てなくなる。だからゲンガーはずっと立ち止まっていた。

 

『……また、あした』

 

 ラルトスの声が響く。

 

 ゲンガーは絵から目を逸らそうとした。けれど逸らせない。一度離れた視線は結局また絵へ戻り、その姿は認めたくない答えから逃げ続けているようにも、ずっと会いたかった誰かから目を離せなくなっているようにも見えた。

 

『……しずか』

 

 ぽつりとラルトスが呟く。

 

 説明はなくともなんの事かは分かった。この洋館へ入ってからずっと、ラルトスは苦しそうだった。悲しみも怒りも後悔も、いろんな感情が混ざり過ぎていて読めないと言っていた。それが今は違うらしい。

 

『……よめる』

 

 ゲンガーの周囲を覆っていた黒い気配が少しずつ薄れていく。怒りだったのか、執着だったのか、それとも別の何かだったのかは分からない。けれど、それはもう誰かを傷付けるためのものではなかった。

 

 ゲンガーの指先は絵から離れない。何かを確かめるように何度も女の子の姿をなぞっている。その仕草を見ているうちに、俺はさっき自分が口にした言葉を思い出していた。

 

「お前は、見つけたんだな」

 

 ゲンガーは答えなかった。けれど否定もしなかった。かくれんぼが上手かったからこそ、誰よりも早く見つけてしまったのだろう。女の子がもう帰ってこないことも、本当は最初から知っていた。だからこそ受け入れられなかった。認めてしまえば全部終わるからだ。

 

 どれだけの時間だったのかは分からない。何年なのか、何十年なのか、それさえ俺には想像できなかった。けれどゲンガーはその長い時間をずっと同じ場所で止まり続けていたのだと思う。

 

 赤い瞳がゆっくり閉じられる。絵へ触れたまま動かない姿は、まるで昔の時間へ手を伸ばしているみたいだった。

 

『……また、あそぶ』

 

 ラルトスの声が落ちる。

 

 ゲンガーの肩が震える。

 

『……いっしょ』

 

 もう否定しないし、逃げようともしない。絵から目を逸らすこともなく、ゲンガーはただそこに描かれた女の子を見つめ続けていた。泣いているのかもしれない。けれど確信は持てない。ただ絵を見ているだけなのに、その姿から目を離せなかった。

 

 女の子は自分を捨てたわけでも、嫌いになったわけでもなかった。また会うつもりだったし、また遊ぶつもりでもあった。それでも来られなくなった。ただそれだけのことを、ゲンガーはようやく見つめ始めていた。

 

 長い沈黙が続く。雨音だけが静かに窓を叩く中、ゲンガーは絵を見つめ続け、ラルトスもまた何も言わずその姿を見守っていた。

 

『……みつかった』

 

 小さな声が落ちる。

 

 ゲンガーの肩が一度だけ震える。

 

 返事はない。けれど、それで十分だった。

 

 かくれんぼは終わったのだと思った。ずっと終われなかったかくれんぼが、ようやく終わりを迎えたのだと。

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