繋がりの王者   作:宵取与一

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エピローグというか、今回の締め

しばらく誰も動かなかった。

 

 雨音だけが静かに窓を叩いている。ゲンガーは絵を見つめたまま立ち尽くし、ラルトスもその隣で何も言わない。俺も言葉を探していたが、結局何も出てこなかった。今この部屋に必要なのは言葉じゃない気がしたから、最初に動いたのは俺だった。

 

 部屋の隅で倒れているシロナへ近付く。呼吸はある。顔色も悪くない。ただ反応がないのが気になって肩を揺すると、小さく睫毛が動いた。

 

「シロナ」

 

「……ん」

 

 ゆっくり目が開く。数秒だけ視線が合い、なぜかシロナが固まった。俺もつられて固まる。

 

「いっっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 勢いよく起き上がったシロナの額が顎へ直撃する。

 

「ったぁ…ち、ちかいのよ!!!」

 

 鈍い音が部屋に響き、シロナは額を押さえながら距離を取り、俺も顎を押さえる。妙な沈黙が数秒続いたあと、先に口を開いたのはシロナだった。

 

「何するのよ!」

 

「それはこっちの台詞だろ!」

 

「女の子の顔をそんな距離で覗き込む人がある!?」

 

「起きないからだ!」

 

「だからって!」

 

「死んでたら困るだろ!」

 

「死んでないわよ!!」

 

 即答だった。思った以上に元気そうで少し安心する。

 

「大体あなた、距離感がおかしいのよ」

 

「なんで怒られてるんだよ」

 

「怒ってないわ」

 

「怒ってるだろ」

 

「怒ってない」

 

「怒ってる」

 

「怒ってない!」

 

『……なかよし?』

 

「「違う!」」

 

 二人同時だった。ラルトスがびくりと肩を震わせ、クチートは呆れたように視線を逸らす。その様子を見ているうちに、少しだけ笑いそうになる。洋館へ入ってから初めて、部屋の空気が軽くなった気がした。

 

 シロナは周囲を見回し、ゲンガーと絵を見たあとで俺へ視線を戻した。

 

「……何があったの?」

 

「色々」

 

「雑ね」

 

「説明すると長い」

 

「それは見れば分かるわ」

 

 シロナは小さく笑う。

 

「……終わったの?」

 

「ああ」

 

 短く答えると、シロナはそれ以上何も聞かなかった。ただ一度だけ頷く。

 

「そう」

 

 その時、ゲンガーがゆっくり振り返る。赤い瞳にもう敵意はない。ゲンガーはそのまま部屋を出ると、廊下の途中で立ち止まり、一度だけこちらを振り返った。付いて来い。そう言われた気がして顔を見合わせるが、ゲンガーは何も言わないまま待っている。だから俺たちも後を追った。

 

 洋館の廊下は相変わらず薄暗く、剥がれた壁紙の向こうでは雨上がりの森が静かに揺れていた。けれど来た時のような息苦しさはなく、誰かに見られているような感覚も消えている。ゲンガーは少し先を歩きながら一定の距離を保ち、時々振り返っては俺たちが付いて来ているか確認するように立ち止まった。その姿は、最初に俺たちを閉じ込めた存在と同じとは思えなかった。

 

 来た時には何度も迷った廊下を今は不思議なくらい迷わず進める。曲がり角を曲がり、階段を下り、見覚えのある扉を通るたびに記憶が蘇るのに、不思議と恐怖は戻ってこない。やがて玄関ホールへ辿り着くと、ゲンガーは開かなかったはずの大扉の前で立ち止まり、ゆっくり振り返った。

 

 ほんの少しだけ笑ったように見えた。

 

 次の瞬間には、もう姿はなかった。

 

「……帰りましょうか」

 

 シロナがそう言う。

 

 俺は頷き、扉を押した。

 

 重い音を立てて開いた隙間から冷たい風が流れ込む。森の匂いがした。雨は止んでいた。外へ出た瞬間、胸の奥に溜まっていた何かが少しだけ軽くなる。

 

 洋館から少し離れたところで足を止めて振り返ると、古びた洋館は静かに森の中へ立っていた。その時、二階の端の窓に小さな女の子の影が見えた気がした。

 

 こちらを見て手を振っているように見えて思わず目を凝らす。けれど次の瞬間にはもう姿はなく、窓の向こうでカーテンだけが静かに揺れていた。

 

「……?」

 

「どうしたの?」

 

「いや」

 

 そこで小さく笑う。

 

【子供部屋へ行きなさい】

 

【あの子を助けてくれ】

 

 お父さんの言葉が頭を過った瞬間、それまでバラバラだった出来事が一つに繋がった。最初に聞いた足音も、食堂で見たお父さんの落ち着いた様子も、迷わず子供部屋へ辿り着けたことも、クチートが吹き飛ばされた時にあの絵が現れたことも、全てはひとつの理由で繋がっていた。

 

ーーああ。

 

ーーそうだったのか。

 

 父親は知っていたのだ。

 

 娘がずっと近くにいたことを。

 

 だから俺たちを子供部屋へ向かわせた。

 

 だから託した。

 

 自分たちでは終わらせられなかったかくれんぼを。

 

「……ユア?」

 

「なんでもない。ただ、何も終わってなかったんだなって思っただけだ」

 

 シロナとラルトスが顔を見合わせて首を傾げる。

 

 それでいい。

 

 これはたぶん、俺だけが知っていればいいことだった。

 

 俺たちは再び歩き出す。森の向こうにはハクタイシティがある。けれど歩きながら、俺は一度だけ洋館の方を思い出していた。

 

 もう隠れる必要はない。

 

 もう探し続ける必要もない。

 

 だから今度こそ、ちゃんと見つけられるだろう。

 

 とても仲のいい親友同士で。

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