繋がりの王者   作:宵取与一

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5話

ーー殺される。

 

 そう思った瞬間、横から飛び込んできた青い影が、コドラの体へぶつかった。鋼の体同士がぶつかるような重い音が洞窟の中で跳ね返り、さっきまで俺たちの目の前にいたコドラが横へ弾き飛ばされる。ラルトスは俺の前に立ったまま動けず、俺も何が起きたのか分からないまま、舞い上がった土煙の向こうを見ていた。砕けた石が足元まで転がってくる。出口から差し込んでいた光が煙で濁り、その中に、コドラとは違う大きな影が立っていた。

 

「……え?」

 

 その影がこちらを向いた。青い体。力強い四肢。頭から伸びる鋭いヒレ。鮫みたいな顔。俺はその姿を見た瞬間、名前を叫んでいた。

 

「ガブ!!」

 

 父さんのガバイトだった。俺にとっては、もう一人の家族みたいな存在だ。何度も遊んでもらったことがある。昼寝していた時に、ガブの腹の近くで丸くなったこともある。父さんが仕事で遅くなる日は、家の前で一緒に座って帰りを待ったこともあった。怖い顔をしているくせに、俺が転んだ時は鼻先でそっと背中を押してくれる。そんなガブが、今は俺とラルトスの前に立っている。ガブは一度だけこちらを見て、口元を少し上げた。

 

 離れたところで、吹き飛ばされたコドラが立ち上がる。岩壁にぶつかった体を揺らし、荒い息を吐きながら地面を掻いた。青い目はまだこっちを見ている。けれどガブは動かない。背中だけで俺たちを隠すように立ち、コドラの唸り声を正面から受け止めていた。ラルトスは俺の前に立ったまま、振り返らなかった。小さな背中がまだ震えている。それでも、ガブが来てもすぐには俺の後ろへ逃げなかった。

 

「ユア!」

 

 聞き慣れた声が、出口の方から響いた。

 

「……父さん!」

 

 光の向こうから人影が駆けてくる。父さんだった。その後ろから母さんも走ってくるのが見えて、俺はその場に立ったまま息を忘れた。夢じゃない。本当に来てくれた。そう分かった途端、足が勝手に前へ出る。

 

「父さん!」

 

 父さんもこっちへ駆け寄ってきた。次の瞬間、俺は強く抱きしめられていた。痛いくらいだった。肩も背中も岩にぶつけて痛かったのに、それでもその腕から逃げたいとは思わなかった。父さんの服は土と汗の匂いがして、肩のあたりが少し震えていた。

 

「この馬鹿!」

 

 耳元で怒鳴られる。けれど、その声はいつもの怒った声とは違っていた。

 

「どれだけ心配したと思ってる!」

 

「ご、ごめん……」

 

「ごめんで済むと思ってるのか!? 山の奥へ行くなと言っただろう!」

 

 父さんは俺を離さないまま怒鳴った。俺は返す言葉がなくて、父さんの服を掴むしかなかった。母さんも追いついて、俺の肩や腕、膝を次々に確かめる。

 

「怪我は!? どこか痛いところはない!?」

 

「だ、大丈夫……たぶん」

 

「たぶんじゃない!」

 

 母さんの手は少し冷たかった。けれど何度も俺の頬や額に触れて、傷を見つけるたびに顔を歪める。俺はその顔を見て、さっきコドラに追われていた時より、うまく息ができなくなった。父さんも母さんも、俺を探していた。怒っているのに、俺がここにいることを何度も確かめるみたいに触ってくる。

 

「ごめん……なさい」

 

 今度はちゃんと言った。父さんの腕の中で頭を下げると、母さんは大きく息を吐いた。

 

「帰ったらお説教だからね」

 

「うっ」

 

「覚悟しなさい」

 

 それはそれで怖かった。でも、今はその言葉すら少しだけいつもの家みたいで、俺は何も言い返せなかった。

 

 背後でコドラが吠えた。父さんの腕が少し緩み、俺は振り返る。コドラは地面を蹴り、ガブへ向かって一直線に突っ込んできていた。さっき俺たちを追い詰めた時と同じ勢いだった。岩を砕き、足元の砂を跳ね上げながら迫る鋼の体に、俺は思わず息を止める。母さんが俺の肩を引き、父さんがその前に立った。

 

「ガブ」

 

 父さんが静かに言った。

 

「止めろ」

 

 ガブが前へ出た。コドラの突進を正面から受け止める。いや、受け止めたというより、ぶつかった瞬間に押し返した。コドラの前脚が浮き、鋼の体が後ろへ流され、そのまま岩壁近くまで弾かれる。ガブは足元の石を少し削っただけで、すぐに姿勢を戻した。

 

「すご……」

 

 声が漏れた。テレビでバトルを見たことはある。強いポケモンも本でたくさん見たことがある。でも、目の前で父さんのガブがコドラを押し返すのは、そういうものとは全然違った。音も、揺れも、立っているだけの背中も、全部が近すぎる。あのコドラが、ガブの前では簡単に止められている。

 

 コドラはもう一度立ち上がった。さっきより足運びが遅い。すぐには突っ込んでこない。ガブから目を離さず、鼻先を低くして唸っている。父さんは俺を母さんの方へ預けるようにしてから、一歩前へ出た。

 

「お前も必死だったんだろうな」

 

 父さんの声は落ち着いていた。ただ、コドラをまっすぐ見ていた。

 

「縄張りを守りたかっただけなんだろう」

 

 コドラが低く唸る。ガブも一歩だけ前へ出る。父さんは続けた。

 

「だが」

 

 俺は父さんの背中を見た。さっき俺を抱きしめていた時とは違う。

 

「だが、俺の息子に手を出した時点で、お前は敵だ」

 

 ガブの前脚が岩を踏む。大きな音ではなかったのに、コドラの体がわずかに引いた。しばらく、二匹は動かなかった。洞窟の奥で水滴が落ちる音がする。コドラは低く唸り続けていたが、やがて一歩、後ろへ下がった。悔しそうに岩を掻き、こちらを睨んだまま、ゆっくり背を向ける。

 

 重い足音が洞窟の奥へ遠ざかっていく。曲がり角の向こうに鋼の体が消え、その音も少しずつ小さくなった。最後に小石が一つ転がり、それきり何も聞こえなくなる。

 

 俺はようやく息を吐いた。母さんの手が、まだ俺の肩に置かれている。父さんはしばらく洞窟の奥を見ていたが、コドラが戻ってこないのを確かめると、ゆっくりこちらへ振り返った。ガブも鼻先を少し下げて俺を見た。俺が何か言おうとする前に、ガブの視線が俺の足元へ落ちる。

 

「ユア」

 

「な、なに?」

 

 父さんも同じ場所を見る。俺もつられて下を見る。そこには、いつの間にか俺の近くまで戻ってきていたラルトスがいた。さっきまで俺の前に立っていた小さな背中は、今度は俺の足元に寄り添うようにして、父さんと母さんを見上げている。俺と目が合うと、ラルトスは小さく俺の後ろへ半歩だけ下がった。けれど、完全には隠れない。

 

「そのラルトスは誰だ?」

 

 俺は固まった。ラルトスも、俺の後ろで動きを止める。母さんの手が肩に乗ったまま、父さんの目が俺とラルトスを交互に見る。ガブまで、こっちを見ていた。

 

 そういえば。

 

 まだ説明してなかった。

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