繋がりの王者   作:宵取与一

50 / 55
この章からすこしずつオリジナル要素出てきます


厳しいアメと優しいムチ
1話


森を抜けた先に、ハクタイシティはあった。

 

 石畳の道がまっすぐ街の奥へ続き、その両側には古い木造の建物が並んでいる。軒先には乾いた薬草の束や木彫りの飾りが吊るされ、店先の小さな看板は風に揺れるたび、控えめな音を立てていた。人通りはある。けれど街全体が急いでいない。立ち話をしている老人も、荷物を抱えて歩く人も、店の前で花に水をやる人も、それぞれの時間を邪魔しないように動いているようで、俺は門の近くで一度足を止めた。

 

「ここがハクタイシティか」

 

 声に出すと、ようやく街へ入った実感が湧いた。足元の石畳は少しだけ湿っていて、靴底が触れるたびに硬い音が返ってくる。森の中で聞いていた雨音とはまるで違う音だった。隣に立つシロナは、俺が街並みを眺めるのを少し待ってから、ゆっくりと歩き出す。

 

「ええ。ハクタイシティはシンオウでも歴史の長い街よ。古い建物も残っているし、神話や伝承に関わる場所も多いの。私にとっては、何度来ても退屈しない街ね」

 

「神話って、シロナが好きなやつだろ」

 

「好きなやつ、でまとめられると少し雑だけれど、間違ってはいないわね」

 

 シロナはそう言って笑った。洋館の中で見せていた張り詰めた顔ではなく、好きな場所へ帰ってきた人の顔だった。俺はその横顔を見てから、少し前を歩くラルトスへ視線を移す。ラルトスは店先に並んだ木彫りの置物を見つけるたび足を緩め、軒下に吊るされた古い飾りを見上げていた。知らないものを見つけると、声に出さなくても足取りで分かる。クチートはさらに少し後ろで、道の端や路地の奥へ視線を向けながら歩いている。近付きすぎず、離れすぎず、振り返ればそこにいる位置。旅に出てからずっと変わらない距離だった。

 

「ユア」

 

 名前を呼ばれて顔を戻すと、シロナがこちらを見ていた。

 

「後ろばかり見ていると、石畳につまずくわよ」

 

「つまずかねぇよ」

 

「今、少し引っ掛かりかけていたけれど」

 

「見てたなら言えよ」

 

「転ぶかどうか観察していたの」

 

「性格悪いな」

 

「研究者は観察が大事なのよ」

 

「便利な言い訳だな、それ」

 

 シロナは楽しそうに目を細める。チャンピオンで、神話に詳しくて、俺よりずっと強い人のはずなのに、こういう時のシロナは年上らしさと子供っぽさが同じ場所に並んでいて扱いに困る。道端に古い石碑を見つければ足を止め、店の窓に古地図を見つければ目を輝かせ、俺が少しでも気を抜くと、当然のように説明を始める。

 

「ねえ、ユア。あそこの石碑、かなり古いものなのだけれど、見ていかない?」

 

「見ても読めないだろ」

 

「読めなくても見ることは出来るわ」

 

「それはそうだけどさ」

 

「じゃあ決まりね」

 

 返事を待たずにシロナは石碑の方へ歩いていった。俺は小さく息を吐いて後を追う。ラルトスも静かに続き、クチートは少し遅れて石畳を踏む。石碑の前でシロナは刻まれた文字を指でなぞりながら、昔の人がこの街をどう見ていたのか、どんな神話を残したのかを話し始めた。言葉は難しい。けれどシロナの声は楽しそうで、ただ暗記した知識を並べているのではなく、本当にその向こう側を見ようとしているのが分かった。

 

「つまり?」

 

 しばらく聞いたあとでそう言うと、シロナは少しだけ眉を上げた。

 

「つまり、昔の人たちはこの街を特別な場所として見ていた、ということね」

 

「最初からそれでよかっただろ」

 

「途中が大事なのよ」

 

「シロナの途中、長いんだよ」

 

「かなり短くしたつもりよ」

 

 どこがだ、と言いかけてやめる。隣でラルトスが石碑を見上げたまま首を傾げていたからだ。

 

『……むずかしい』

 

「だよな」

 

「ラルトスまで」

 

 シロナが少しだけ不満そうにする。ラルトスは慌てたように俺の後ろへ隠れ、シロナはそれを見てわざとらしく肩を落とした。怒っていないのは分かっている。分かっているのに、ラルトスが本気で困った顔をするから、俺は少しだけ笑いそうになった。

 

 それから俺たちは街の中をゆっくり歩いた。古い本を扱う店、薬草の匂いがする小さな店、木の看板を掲げた喫茶店。シロナは気になるものを見つけるたびに足を止め、俺はそのたびに少し遅れて立ち止まる。何度目かでシロナが振り返り、何でもないことみたいに言った。

 

「こうして歩いていると、少しデートみたいね」

 

「は?」

 

 思わず変な声が出た。ラルトスがぴくりと反応し、クチートまでこちらへ視線を向ける。シロナは店先の花を眺めているが、口元だけは完全に笑っていた。

 

「冗談よ」

 

「冗談に聞こえなかったんだけど」

 

「ユアが面白い反応をするから、つい」

 

「やっぱ性格悪いだろ」

 

「観察よ」

 

「それもう禁止な」

 

 シロナは軽く笑って歩き出す。俺は文句を言いながら後を追ったが、足取りは重くなかった。森を抜けた先に、こういう時間がちゃんと残っていた。そのことが少しだけありがたかった。ラルトスは俺たちのやり取りを見上げていたが、やがてぽつりと呟く。

 

『……なかよし』

 

「違う」

 

「違うわ」

 

 今度は二人同時だった。ラルトスは不思議そうに首を傾げ、シロナはとうとう声を出して笑った。クチートは興味がないと言いたげに視線を逸らしていた。

 

 しばらく歩くと、建物の影が途切れ、整えられた花壇と石の道が広がる公園へ出る。人の流れもそこへ向かっていて、ベンチで話す老人や、花壇の周りを歩く子供たちの姿もあった。けれど俺の目を引いたのは、公園の奥に立つ二つの巨大な石像だった。

 

「でか……」

 

 足が止まる。二体の石像は向かい合うように立ち、片方は鋭い輪郭を持った竜のような姿で、もう片方は空を裂くような形の腕を広げている。古い石で作られているはずなのに、ただの飾りには見えなかった。街の中心で、長い時間ずっと何かを見守ってきたような重さがある。ラルトスも隣で立ち止まり、クチートも少し後ろで足を止めた。

 

 シロナは俺の反応を見て、満足そうに笑う。

 

「気になる?」

 

「そりゃ気になるだろ。あんなの、街の真ん中にあるんだから」

 

「なら、少しだけ話してあげる」

 

「少しだけ?」

 

「ええ。少しだけ」

 

 信用できなかった。シロナがそういう顔をしていたからだ。俺が黙っていると、シロナは石像の前へ進み、さっきまで冗談を言っていた時とは違う目で二体の像を見上げる。好きなものを語る時の顔だった。

 

「シンオウ地方にはね、昔から伝わる神話があるの」

 

 その声は、公園のざわめきの中でもはっきり聞こえた。俺は二つの石像を見上げる。時と空間。さっき石碑で聞いた言葉が、まだ頭の片隅に残っていた。





【挿絵表示】


挿絵はAIです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。