繋がりの王者   作:宵取与一

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6話

 

冷たくて重い岩の匂いが消えて、代わりに草と土の匂いが鼻を抜ける。

気付けば夕方になり、辺りは赤く染っていた。

山の向こうに沈みかけた太陽が、テンガン山の稜線を赤く染めている。

その光を見た瞬間、ようやく実感が湧いた。

 

生きて出られたんだ、と。

 

だがその安心は長く続かなかった。

 

「ユア」

 

父さんの声が低い。

振り向くと、腕を組んだまま立っていた。

 

「ちょっとこっち来い」

 

「……はい」

 

とても重い声が、怖い。

 

説教だ。

逃げられないやつだ。

父さんの横にたっている母さんも、笑顔だけど目が笑ってない。

その笑顔がなにより怖かった。

 

「まず」

 

父さんが一歩近づく。

 

「なんで勝手に森の奥に入った」

 

「……足跡があって」

 

「だからって付いて行くか普通」

 

「でも珍しくて……」

 

「珍しいで済ませていい話じゃない」

 

ぐうの音も出なかった。

母さんがため息をつく。

 

「しかも洞窟まで入って、結果、迷ってるじゃない」

 

「はい……」

 

完全に詰んでいた。

横でラルトスが小さくこちらを見ている。

なんとなく申し訳なくなる。

 

でも、助かったのも事実だ。

ガバイトがいなかったら今頃どうなっていたか分からない。

 

説教はしばらく続き、気付けば夕日が落ちて辺りが暗くなり始めていた。

 

「もう二度と勝手に山へ行くな」

 

「……はい」

 

最後に父さんがため息をついて頭を軽く叩く。

それでようやく解放された。

母さんがラルトスを見る。

 

「で、その子は?」

 

「あ、えっと」

 

そういえば、父さん達になにも説明をしていなかったことを思い出す。

俺は慌てて説明する。

 

 洞窟で出会ったこと。

 

 怪我をしていたこと。

 

 コドラに追われていたこと。

 

 助けたこと。

 

 全部。

 

父さんは腕を組んでラルトスを見つめる。

ラルトスは少し緊張したように身を縮めた。

 

『……』

 

何も言わないけど、不安は伝わってくる。

 

「ふむ」

 

父さんが小さく頷いた。

 

「なるほどな」

 

「え?」

 

「お前が助けたのか」

 

「う、うん」

 

父さんは少しだけ表情を緩める。

 

「ならいい」

 

「いいの!?」

 

母さんが呆れたように肩をすくめる。

 

「この人、そういうとこあるから」

 

「褒めてるのかそれ」

 

少しだけ空気が和らいだ。

父さんはしゃがみ込み、ラルトスと目線を合わせる。

 

「怖かったか」

 

『……』

 

ラルトスは少し迷ってから、小さく頷いた。

父さんはそれ以上何も言わず、ただ静かに立ち上がる。

 

「家に連れて帰るか」

 

「え?」

 

「もう遅いしな、それに、山の夜は冷える」

 

「その子、怪我もしてるしね」

 

父さんの言葉の後に、母さんが続ける。

俺はラルトスを見る。

ラルトスは戸惑っていた。

 

『……いいの?』

 

頭の中に声が響く。

 

「…みたいだね」

 

ラルトスは少しだけ目を見開く。

そして、小さく頷いた。

 

 

家に着いた時にはすっかり夜になっていた。

灯りのついた家を見ると、妙に安心する。

ラルトスは玄関で少し躊躇していた。

 

「大丈夫だって」

 

俺は手を引く。

中へ入ると母さんがタオルを持ってきた。

 

「まずは汚れ落とすよ」

 

「え?」

 

「お風呂」

 

その言葉にラルトスが固まる。

 

『……おふろ?』

 

「そ、張ったお湯に浸かるの」

 

俺は笑う。

 

「気持ちいいよ」

 

俺とラルトスは風呂場に向かった。

湯気が立つ。

ラルトスは最初、完全に警戒していた。

浴槽の縁にしがみついている。

 

『……あつい』

 

「熱くないって」

 

「ほら」

 

そっとお湯をかける。

ラルトスは一瞬びくっとしたが、すぐにお湯の心地よさに目を細める。

 

 やがて。

 

少しずつ体の力が抜けていく。

湯気の中で、ラルトスの傷がはっきり見えた。

 

「やっぱり結構ひどいな」

 

『……いたい』

 

しばらく沈黙。

でもその沈黙はもう怖くなかった。

 

 

風呂から上がった後、ラルトスはタオルで包まれていた。

もふっとした姿になっている。

 

「なんか変だな」

 

『……へん?』

 

「いや、かわいいって意味」

 

『……かわいい?』

 

「うん」

 

ラルトスは少し考えてから、視線を逸らした。

どうやら恥ずかしがっているらしい。

 

 

部屋に戻った俺たちは、各々の時間を過ごしていた。

ラルトスは俺のベッドの上で丸くなっている。

 

まだ落ち着かない様子だ。

でも逃げようとはしなかった。

 

「そろそろ寝るか」

 

立ち上がり、部屋の明かりを消す。

 

静かな夜。

外では風の音がする。

 

しばらくして。

 

『……ユア』

 

小さな声。

 

「ん?」

 

『……ありがとう』

 

俺は少し驚く。

 

「急にどうした」

 

『……たすけてくれた』

 

そう言ったラルトスのその声には、安心感が含まれているような気がした。

 

少し間があいて。

 

『……わたしも』

 

そこで止まる。

言葉を探しているようだった。

 

『……つよくなる』

 

「強く?」

 

『……たすけるために、ユアと一緒にいるために』

 

その声は震えていなかった。

さっきまでの怯えとは違う。

小さくても、確かな意志だった。

 

俺は布団の中で笑う。

 

「そっか」

 

「じゃあさ」

 

「一緒に強くなろうぜ」

 

ラルトスは少しだけ目を閉じる。

 

『……うん』

 

その返事は、とても小さかった。

 

 

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